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「あなた」
外国からの船がやって来た。
そこから降りた男が向かったのは、片田舎。
先祖の由来で気まぐれに訪れてみた男が出会ったのは、その里の女。
言葉はあまり通じないが、ふたりはすぐに惹かれあった。
男は名乗ろうとしなかった。
王族だったからだ。
見聞ならいざ知らず、その里になにがしかの縁を感じて気まぐれに寄った見の上。
停まった花に蝶が名乗るわけにはいかないような決まりごとでたくさんである。
期限が来て、男は国に帰らなければならなくなった。
女が、最後かもしれないから名前を教えて、と泣きながら言った。
男は王宮のなまりで、我の名は「あなた」だ、と答えた。
女は「あなた」と何度も言いながら出港する船を見送ったそうだ。




