床入り
髪を梳きながら、姉やが言い含めた。
「三つ指をつき、『この日をまちわびておりました』・・・そう言ってから、頭を下げる、いいですね?三つ指をつき、『この日をまちわびておりました』です。『今日という日を』でもいいかもしれませんね」
大きなため息を吐いて、物思いにふける。
十二歳で、嫁にいくことになった。
相手は十七歳で、良家の一人息子。
家のための結婚、ということになるが、お相手がどのようなお人なのかを思うと、胸が苦しくなったり、食がのどを通らなくなったり、溜息ばかりが出てきたりするようになった。
お相手に会いたいような会いたくないような気分のまま、嫁ぐことになった。
そして、床入りの晩。
静かな夜で、虫が鳴いていた。
寝所にて私は座っていて、廊下を歩いてくる足音を聞いて居ずまいを直した。
緊張している。
髪を梳きながら姉やが言い含めたことを何度か呟いてみる。
寝所に入ってきて、目の前にどかりと座った男は「よう」と言った。
三つ指をつく。
「あ、あのあのあのあのっ・・・『この日をお待ちわびて申しましたっ』」
勢いをつけて頭を下げる。
「ん?」
数秒、会話が途切れた。
耳と顔が真っ赤になっていくのが分かる。
心の中で、「まーちーがーえーたーっ」と叫んだあと、顔が上げられない。
「はははははははははっ。いいから、顔をあげよっ」
恐る恐る顔を上げると、そこには額を片手でおおい、くつくつと笑っている男が見える。
「はぁ~・・・すまぬすまぬ。緊張しているのだな?」
そう言って、男がこちらに手を伸ばしてきた。
びくりと身体が硬直し、身を少し引いてしまう。
男は頭を撫でて、顔をずずいと寄せてきた。
「安心しろ。今晩はなんもせんから」
「は?」
そしてそう言ったか否かの間で、男は私の唇を吸った。
どん、と突き飛ばすように離れる。
「いまっ、何もしないって言ったのにっ?」
男は口元を上げた。
「そういうことは、だ」
これからが心配よ・・・
そんな風に思っていたが、男はその晩、本当にそうゆうことはせずに、一晩中、自分のことを語ってくれたし、私に自分のことを語る機会をくれた。
これから色々とありそうだけれど、
このひととなら、
これから、を
共に歩んでいきたいかもしれない・・・
そう思った。




