第5話 喧嘩の種
拙い文章ですが、よろしくお願いします!
それでは、お楽しみ下さいませ!
ギルド長室は質素な作りで装飾品などは一切なく、まさに仕事部屋という感じだ。湿気を吸った木材の匂いとタバコの匂いが混ざりあった独特な匂いがする。
案内されるとすぐに来賓のソファに座って事前に置かれていた飲み物を頂く。
テーブルを挟んでドワルムルもずっしりとソファに腰掛けてコーヒーをひと啜りする。
暫くすると秘書官も入室してきて、ドワルムルの横にじっと立つ。メガネをかけたお堅そうなエルフの女性秘書官はペンを構えて、準備万端という感じだ。
「……それで?いつ遠征から帰った?今朝か?」
「いや、昨日の夜中だよ。攻略後にすぐ祝賀会さ」
ドワルムルがスンスンと鼻をひくつかせる。ドワーフの彼の鼻は特に酒の匂いに敏感で、眉間に皺を寄せながら顔をしかめる。
「おいおい、相当飲んだようだな」
「あぁ、お陰で二日酔いだ」
ガンガンと痛む頭を大袈裟に抱える。横でハーヴィーが大きな溜息をつく。「だから言わんこっちゃない」とでも言いたげけた顔だ。
「……ということは、遂に攻略したのか。あの54階層を」
ドワルムルは感心でうなり声をあげた。片方の口角だけを吊り上げて口髭をさする。ドワルムルの癖だ。
ダンジョン53階層を攻略したのが、つい半年前のこと。一つの階層の攻略に半年もかかったのは初めてだった。
一つの階層はその階層にももちろんよるが、一つの街が入るくらい広い。探索するだけで相当な時間を要する。マッピングをしながらの地形の把握。その階層特有の性質や出現するモンスターの種類や強さの把握。一つの階層の攻略だけで相当な労力だ。
しかも、ダンジョンは下に行けば行くほど、モンスターも強くなる。フロアボスが待ち構えるボス部屋に辿り着くことすらとても困難になるのだ。
俺たちがボス部屋を見つけたのが、つい一週間くらい前。装備やアイテムを整えて何度も前進後退を繰り返しながらついに昨日フロアボスを倒すことに成功したのだ。
「あぁ、攻略したさ」
「本当に、今までで一番厳しい戦いだった」
俺とハーヴィーは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「そんで、これがドロップアイテム」
俺は異空間収納から『邪竜ゴラス』のドロップアイテム『邪竜の雫』を取り出す。
詳しくは鑑定士に鑑定してもらわなければ分からないが、どうやら回復系のアイテムみたいだ。その他にも遠征で手に入れた貴重なドロップアイテムは数百に及ぶ。どれもギルドで良い値で買い取って貰えるだろう。
テーブルに置いた『邪竜の雫』はキラキラと常に輝いている。手のひらサイズのそれはひし形のダイヤモンドのようで青白く発光している。
「……なんと神々しい」
ドワルムルが掴もうとすると、まるで電気が流れたようにその手は弾かれる。ドワルムルはすぐに手を引く。
「あ、言い忘れてたけど。ラストアタッカーの俺以外触れられないらしい」
「そう言うことは早く言ってくれよ……」
ドワルムルは手に息を吹きかけてヒラヒラさせる。俺以外の『鑑定』すら弾くこのアイテムはまるで自身の謎を暴かれるのを拒んでいるようだ。鑑定してもほとんどその情報は浮かび上がってこない。その装甲同様、情報保護システムはとても硬い。
今の段階じゃ俺含め誰も手が付けられないのでとりあえず異空間収納にしまっておく。
「とりあえず、だ。54階層について詳しく聞かせてもらおう。これからの後輩冒険者達のためにもな」
「はいよ、今日はちょっと長くなるぞ」
「あぁ、なるべく詳しく頼む」
それからほぼ半日かけて俺とハーヴィーは今回の冒険について詳しく報告したのだった。
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俺とハーヴィーがギルド長室を出ると異様な空気が部屋に流れていた。いつもは冒険者の喧騒が絶えない冒険者ギルドが静寂に包まれていたのだ。部屋の中央に人だかりができている。
人だかりに近づくと、何やら言い争っている声が聞こえた。
「そんなことで!そんなことで彼を!」
「あんたに口出される筋合いは無いわよ!」
人混みをかき分けて喧嘩の渦中へと歩みを進める。冒険者同士の喧嘩は御法度。見つかれば最悪冒険者の資格を剥奪される。それを止めずに傍観している奴らも同罪とされている。
「おい!何やってんだ!」
「冒険者同士の喧嘩は御法度だぞ!」
野次馬が俺たちに気づいて道を開ける。この場にいるほとんどが俺たちよりランクが下の後輩冒険者達だ。もしかしたら喧嘩を止めないのではなく、止められないのか。
「ふざけないで下さい!」
「ふざけてるのはあんたでしょ!」
そこにいたのは、なんとパーティメンバーのメリルと受付嬢のサヤだった。今にも掴みかかりそうな勢いでお互い激昂している。
俺たちに気づくことなく、二人は顔を真っ赤にして激しく言い争っている。普段感情を昂らせることの少ない彼女達が珍しく声を荒げて言い争っていることでただ事ではないと分かる。
二人とも明らかにキレている。
「なんでカイス君を追放なんて!あの子は必死に頑張っていたじゃないですか!」
「何度も言ってるでしょっ!お荷物だったのよ!邪魔だったの!」
周りの冒険者が驚きの声をあげる。ひそひそと何か言い合っている。俺たちを軽蔑する目が至るところから向けられる。顔を真っ赤に染めるメリルはギリギリと歯ぎしりする。
『追放』とは、パーティから所属しているメンバーを一方的に追い出すこと。引退や移籍とは訳が違う。つまりクビにするということだ。
義理堅いことが美徳だとされる冒険者の間で仲間を追放することは非常に印象が悪い。仲間をすぐに見捨てる奴らだと認識されても文句は言えない。
「ちっ!メリル!もうよせ!」
俺はメリルの腕を掴んで渦中の最中から引きずり出す。ここは注目を浴びすぎる。他の冒険者もいる手前俺たちS級冒険者が問題を起こすのは良くない。
冒険者稼業は実力主義であるとともに他者からの評価が重視される世界だ。たとえ腕っぷしがあろうとも、冒険者としてのあるべき心構えや気概が無ければ正当に評価してもらえない。
要するに自分の評価を下げるような行動はしてはいけない。たとえそれが、自分たちにとって正しいことであっても。
「待って!見損ないましたよ!アモンさん!」
「……サ、サヤ?」
冒険者ギルドを後にしようとする俺にサヤが大声で呼び止める。その瞳には涙が浮かんでいる。いつもは向日葵のように明るい顔に影が落ちる。とても暗くてとても冷たい。
「……そんな酷いことをする方達だったんですね」
ぼそりと呟いたその言葉が俺の胸に突き刺さる。今まで積み上げてきた信頼が一瞬で崩れる音がした。なにか言い返してやりたいという本能と穏便に事を終わらせなくてはいけないという理性が俺の中で攻めぎ合う。
「………っ」
出かけた言葉を飲み込み、彼女の顔から目を逸らして背を向ける。たとえ何を言っても今は逆効果だろう。理解してくれと彼女に頼み込むなんて無様な真似はしたくない。
酷いことをしたというのは事実なのだ。
俺たちは……カイスを追放した。
「……いくぞ、メリル。ハーヴィー」
俺たち三人は冷たい視線に晒されながらギルドから退散した。未だ黒い雨は降り注ぐ。今日はもう止む気配がない。
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