003
柔らかな暖かさを感じながら、夏輝は目を覚ました。心地良さに浸りながら、ゆっくりとまぶたを開く。サラが穏やかな笑みを浮かべているのが見えた。ならばこの暖かさの正体は、思った通りのものだろう。
もう少し堪能しようと狸寝入りを考えたのだが、夏輝が起きたことに気付いたサラが慌てて動いたせいで、後頭部を地面に打ち付けることになった。
「ナナ!? ごめんね!!」
サラはビックリしたように謝ったが、夏輝に怒る気はなかった。邪な考えをした自分が悪いのだ。それに、さっきみたいに権能を暴走させるのはごめんだとも思った。
そこまで考えると、夏輝は慌てて身体を起こし周囲を見回す。己が引き起こした惨状を思い出したのだ。
「……あれ? 綺麗だ」
しかし、辺りには既に元通りの緑が広がっていた。落ち着いて見れば、サラが負ったはずの火傷もどこにも見当たらなかった。安堵したが、同時に疑問が浮かびあがる。確かに炎を暴れさせたはずなのに。
夏輝は意識を失う前の事を思い出そうとするが、炎が暴れる光景まででその後の事は思い出せなかった。
「凄かったのよ! あっという間に焔を創って火事にしたと思ったら、あっという間に治してったんだから!」
サラが話す。やや興奮して話す姿は、小動物の愛らしさに近いものを感じる。
(俺が治した……?)
言われて、薄いピンクに炎が変わった様子が夏輝の脳裏をよぎるが、それでも思い出せたのはそこまでであった。
「ナナってば、きっと焔と相性が良過ぎるのね。あのまま燃え続けてたら、ナナは廃人だったの! ここはナナの頭の中だから、ここが燃えるのはナナの脳が壊れるのと同じ意味なの。ほんと危なかったんだから!」
サラの言葉に夏輝の背筋がゾッとする。
「でも、ナナのお願いのおかげね! 権能を作り替えることができるなんて知らなかった!」
なにか、聞き逃さない単語が混じっていた気がして、夏輝は意を決して尋ねる。
「あの、サラさん? 願いのおかげって、なに? 権能を作り変えたって言った?」
サラはきょとんとしている。頭にハテナマークが見えそうだ。
「ナナが願ったんじゃないの? 焔で傷つけたものを治せるように! って。確かにお願いを叶えた感じがしたわよ? 自分で傷つけて治すって、自作自演って言うのだっけ? ナナってば意外とひどいのね」
サラはカラカラという音が聞こえそうに笑った。コロコロ変わる表情は、普段であれば見惚れてしまいそうな可愛らしさだったが、夏輝にその余裕はなくなっていた。
(願いを……叶えた……?)
夏輝は茫然とし、何度も同じ言葉をループした。
夏輝としては、願いは慎重に考えて使うつもりだった。願いでサラを無理やり追い返そうとはもう思っていなかったが、少なくともそんなことに使うつもりはなかった。
出来れば、父親のリストラを取り消す、そうでなくても新しい仕事に就けるようにしたかったのだ。今はまだないが、もしかしたらこの先良いアイデアが浮かぶかもしれない。
例えば、良い包丁と鍋、それに火力を自由自在に操れれば大繁盛の中華料理店を開けるのではないか、とかそんなこと。夏輝の父は望まないのだが……あくまで一案である。
落ち込む夏輝を心配そうに見つめていたサラが、慰めるように話しかけた。
「ナナ、その、大丈夫……じゃないよね……。今日は疲れてるだろうから、本題は明日にするね。明日の夜にまた話しかけるから、それまではゆっくり休んでね!」
サラ本来の明るさではなく、努めて明るく振舞っていることに夏輝は気づいていた。それでも、あえて気づかないフリをした。サラの優しさは嬉しいが、それを表明するのは照れ臭かったのだ。
サラの心配そうな声に見送られ、正しい意味で目が覚める。そこはいつもの夏輝の部屋だった。机に突っ伏して寝ていたようで、夏輝は凝った体をほぐすために大きく伸びをする。そのまま時計を見ると、短い針はてっぺんを超えていた。逆算すると、6時間は気を失っていた計算になる。
今日一日の出来事を思い出す。とんだ誕生日だった。父親がリストラされ、サラの声が聞こえて、不思議な場所にいて、言い争って、暴走して、傷つけた。
思い返すとあまりの幼稚さにいたたまれない気持ちになったが、サラと仲良くなれたことはよかったと思う。きっと面倒なトラブルに巻き込まれる予感はあるが、それでも後悔しない予感も感じていた。
ゆっくりと振り返りたかったが、疲労感が全身を襲いかかる。寝ていたはずなのに、脳はまだまだ休みを欲していた。倒れそうになりつつ、頑張ってベッドまで辿り着く。
明日一日どうするかと、サラという女神のことを考えながら、夏輝は眠りに落ちた。
見切り発車はよくないですね…。
書き溜めるか、書き直すかします。