002
邂逅から1時間近く経過し、ようやく話し合いが始まった。
「わたしの名前は――、サラよ。超絶美少女女神をやってるわ!」
また超絶美少女を自称しているが、さっさと終わらせたいと夏輝は無視を決める。
「あなたはナナね! 直江夏輝で、略してナナ!」
サラから自信満々の台詞が言い放たれると、夏輝は目の前の女神に対する理解を深めた。サラは自分勝手なのだ。
そもそも、ナナというのは世間一般的には女性の名前だ。はっきり言ってセンスがないと感じるが、この女神に期待するのは酷だろう。もしかしたら、神様のネーミングセンスは自分たちとは違うのかもしれないと、心の中でフォローをする。
「わかった、それでいい……」
「よかった! 気に入ってくれたみたいね!」
夏輝としてはただの諦めだったのだが、自分に都合よく捉えたサラは、その心を表すように澄んだ声を響き渡らせる。
「それでね、ナナ。もう一度言うね! あなたはわたしの御使いに選ばれました!!」
それは初めに聴こえた言葉の焼き直しだった。
女神の存在はなんとか認め始めた夏輝だったが、御使いというのはわけがわからなかった。だが、夏輝が質問する前に、サラは気持ちよさそうにペラペラと(勝手に)話し始める。
「御使いってのは、私たち神様に選ばれた人のことね。私たちはこの世界に普通に現れることはできないから、御使いを選んで代わりに行動してもらうの。目的はいろいろなんだけど――、ねぇ、ナナ。最近、悲惨なニュースが多いと思わない? あれって、他の神様のせいなの。神様はこの世界に普通に現れることはできないって言ったけど、普通じゃなければ、つまり無理すれば現れられるってことでもあるの。でも、無理の代償は必要で、災害って形で支払われるの。まったく迷惑な話よね」
悲惨なニュースと聞いて、夏輝は父のリストラを連想する。タイミングは良過ぎると思う。しかし、一方でさすがに個人的過ぎると一笑に付した。それに、サラが喋り続けるせいで、満足に考える時間もなかった。
「それでね、ナナにはわたしの御使いとして行動してほしいの。超絶美少女女神の御使いなんて、ナナってば本当にラッキーなのよ? それに、お礼もあるわ。わたしに叶えてあげられるお願いなら、ひとつ叶えてあげる! あ、でもいくら超絶美少女女神のわたしでも叶えてあげられないお願いはあるからね。わたしたちはそれぞれ権能という力を持ってて、それにあったお願いじゃないと無理よ」
できることしか叶えてくれないとは、神様のくせにずいぶんケチ臭かった。
「権能って言ったか? あんたのはどんな力なんだ?」
それでも、権能という言葉に夏輝の興味が掻き立てられる。まだ若いと幼いとも取れる年頃の男なのだ。不思議な力を使えるというのは惹かれるものがあるのだろう。
「わたしの権能は、焔を操る力と想像した武器を実体化させる力ね。どっちも結構すごいのよ! わたしが凄いから!」
サラの自画自賛は果てしなくウザく、また、炎と武器が現代でなんの役に立つのか疑問ではあったが、それでも心は少し浮かれた。役に立つ立たないではないのだ。
「まぁ、ナナの想像力次第だし、大きい力を使うと脳の容量もすごい使うけどね」
そう夏輝が思った直後に、浮かれた心は地に叩きつけられた。
ゆえに、夏輝は決めた。
「サラ、あんたさっき、願いごとを叶えてくれるって言ったよな?」
「うん。なに? もう決まったの?」
夏輝の問いに、サラは興味深そうな視線を返す。狙っているのか狙っていないのかわからないが、愛らしい上目遣いであった。だが、情け容赦は無用である。
「帰れ」
「ダメ!」
合いの手かと思うほどの早さで返事が返る。
「帰れ」「ムリ!」
「頼むから帰れ!」「ヤダ!!」
繰り返したお願いは――世間一般的には命令と呼ばれるものだったが――すげなく却下された。
「できることなら叶えるっつっただろ!!」
「できないことなんですーっ!!」
二人の怒号が共鳴した。
それから、サラの弁明が続いた。
曰く、「神様は人間よりも高位の存在だが、この世ではこの世の法則に束縛される」「高位の存在がこの世から帰るには、エネルギー保存則のように相応の代償が求めれる」「わたしくらいになると、無理矢理帰ると一国が滅びかねない」と。ふざけた話だった。
「それにね、わたし、もうナナの脳に住み着いちゃったもん。無理に帰ると、ナナは廃人確定よ?」
最後にとんでもないことを、内容とは裏腹に明るい声でカミングアウトされた。
堪忍袋の尾が切れた。
「ふざけんなっ!! 頭に住み着いた? 帰れない? 廃人になる? なにが女神だ!? ただの厄病神じゃねーか!!!!」
堰を切ったように怒りが溢れ、その怒りに呼応するように猛り狂う炎が顕る。夏輝が初めて権能を行使した瞬間であり、一面に広がっていた緑の絨毯はあっという間に赤く色変わりした。
初めて目にする権能に驚くが、その驚きも怒りも長続きできなかった。食いちぎるような痛みとともに、炎は夏輝をも襲い始めたのだ。
「ナナ! ストップ! タイム! ステイ!!」
サラの焦る声が聞こえた。必死な状況にも関わらずワードチョイスは頭が悪いとしか言えなかったが、その声色は真面目でありツッコミをいれる余裕は存在しなかった。
「ナナ、お願いだから落ち着いて!」
サラは、炎を消すためにガバッと夏輝に抱きつく。
「ば、か……。なに、してんだ……よ」
柔らかな肢体が押し付けられ、サラの心臓の鼓動が伝わる。苦痛に整った顔をわずかに歪めながらも、サラは気丈に笑みを浮かべる。
「大丈夫。いい、ナナ。ゆっくりと、焔が鎮まるようにイメージして。急にだと負担がかかるから、ゆっくり。ね」
それまでのお転婆や勝手な印象とはうってかわって、夏輝のすべてを包み込むような優しい声だった。
サラの姿に、夏輝は後悔した。本当の意味で自分勝手なのは、己の短慮さからサラも巻き込んだ自分の方だと自覚した。だから、この本当は優しい女神だけは助けたいと願った。そして、願いが叶えられた。
全てを灰にせんと燃える赤は、淡く光り輝く薄桜色に変化し、自らの残した傷痕を癒し始めた。燃え尽き薄茶色に様変わりした草原を桜色の輝きが撫でるように走り、緑が芽吹く。
サラはその光景を驚嘆し見守る。その姿は、傷一つない元の姿になっていた。
(これはもしかしてナナの願い……?凄い……っ!!)
サラは、夏輝を選んだことが正しかったと確信した。夏輝となら、自分の目的を達成できると。
(……っ!? そうだっ!! ナナは!?)
夏輝は、サラの腕の中で眠っていた。サラが無事なのを確かめ、安堵し、脳の容量を使い過ぎた疲労から、暖かさを感じながら眠りに落ちていた。
今更ながらに、男――夏輝――を抱きしめている事実を認識した。先程は夏輝を助けたい一心でそれどころじゃなかったが、落ち着いたら恥ずかしかった。慌てて放り出そうとしてしまう。が、思いとどまり、もう一度軽く抱きしめる。夏輝の暖かさが嬉しかった。
夏輝の頭をゆっくりと膝の上に移すと、自然と歌が口からこぼれ出た。