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週1更新を目標に頑張ります。
※1/13 表現の修正(視点の変更)をしました。
『おめでとうございます。厳正なる抽選の結果、あなたは御使いに選ばれました。異論は認めません』
夏輝は、突如聞こえた鈴のような声に困惑した。
周囲をきょろきょろと見回すも、声の主は見つけられない。それもそのはずで、ここは夏輝の自室なのだ。
それゆえ気のせいだと考えるのが道理にかなう。
『え? いやいや、気のせいじゃないですよー?』
しかしながら、やはり声が聴こえる。それは鼓膜を通さず直接脳に響いているように感じられ、夏輝はそれを幻聴と判断した。もしくは、極度の緊張から、起きながらに夢――それも悪夢の類でも見ているのだろうと思考する。
『悪夢!?』
声に不快さが滲む。先刻までの鈴のような優美さは鳴りを潜めたが、そのことをどうでもいいと振り払う。夏輝には、それよりも考えるべきことがあった。
深呼吸をするように、ゆっくりとひとつずつ思い起こす。
直江夏輝という名前
愛で有名な名字のくせに恋愛をしたことのない人生
平凡でつまらないと感じながらも穏やかに流れる日常
そして
18歳の誕生日の今日もらった、過去最低のプレゼント
父の部下が自殺し、その責任を問われたのだ。夏輝は語られた言葉をはじめは理解出来なかった――嘘であって欲しいと願った――が、いつもは威厳に満ちた父が力なく漏らす姿は、それが嘘ではないと夏輝に突きつけた。
なぜ自殺したのか。なぜその責任を取らなければならないのか。そして、なぜよりによって父の部下だったのか。疑問は尽きる事なく溢れ出たが答えは出ないままだった。
根が真面目な少年は、答えのでない問いに対しても思考放棄することが出来ず苦悩を深める。そうして苦しんでいると、声が聴こえ始めたのだ。
そして、夏輝の考えが纏まるより早く、謎の声は『わたしは神様、いや女神様、それも超絶美少女女神様!』と騒々しさを増す。
父親のリストラという事実を受け止めるのに必死なのに、加えて幻聴まで聴こえ始めたことに夏輝はウンザリする。まるで悪魔のようだという表現が似合っていると思う。
『また悪夢って言ったなこんにゃろーっ!!』
「それで? 自称女神がなんの用だ?」
いつまでも騒がしい声に、夏輝の諦めた返事が返る。
もしかしたら気が紛れるかもという期待はあるが、それでも真面目に対応する気分には到底なれなかった。第一、姿も見えないのに超絶美少女もなにもない。
『確かに! 姿が見えないとわたしの可憐さは伝わらないわね!!』
思考を巡らせていると、憂鬱な気を晴らすような快活な声が響き、景色が一変する。
美しい野原が広がっている。自然の生み出す青と緑が視界の遥か先でやっと交わるほど広大で、清澄な雰囲気だ。起伏に富む国では見ることができない眺めに、夏輝は心の澱が少し取り除かれるのを感じる。
しかしながら、視線は目の前の眺望以上に、ひとりの女に否応なく釘付けになる。
年齢は夏輝と同じか少し上くらいで、端正な顔立ちをし、艶やかな髪は腰のあたりで短い三つ編みに纏められていた。その肌にはシミもシワも、存在した痕跡すらない。
その姿は、心が洗われるほどの情景を前にして、なお色褪せることなく輝きを放っている。
だが、
「……露出狂?」
「なっ!?」
民族衣装を思わせるエキゾチックな服は似合っているが、上も下も、肢体が盛大に露出していた。
それはひとつの魅力なのだろうし、健全な男子である夏輝としては、嬉しくないわけではない。それが美人であればなおさらなのだが、それでついつい、じいっと見てしまったのは明らかに失敗だった。
「~~~っ! いいから話を聞きなさい!!」
視線を遮るように、女の怒声が響いた。頬が少し赤らんでいる。女は格好のわりに恥ずかしがりなのだ。
そして、ただの照れ隠しなのだが、夏輝にとってはたまったもんじゃない反撃がきた。
「ナナの脳の容量を使うけど、もういいわ。お茶にする! 決定事項ね!!」
不穏な言葉が夏輝の耳に飛び込む。
――脳の容量を使う?
「ちょっと待て!」
慌てて発した悲鳴は間に合わず、女の目の前には、豪奢なテーブルセットと、その上に設えられた優雅な昼下がりに似合いそうなティーセットが不意に顕れた。その光景に呆気に取られていると、夏輝の頭に不意に痛みが走る。
(――っ!? なんだ今の? なんて言った? それにこの痛みは――)
夢というにはリアル過ぎる痛みが、夏輝を一つの答えに導いた。勝手に脳の容量とやらを使ったのだ。そして、この女神が幻覚や夢でないことを直感させた。
それなら、無駄に豪華なのは完全に嫌がらせじゃないか、と夏輝はゲンナリした。
「さ、話を戻すわよ」
好き放題やったおかげかすっかり落ち着いた声が、続きを促す。声の主は、いつの間にか優雅に椅子に座っている。
だが、話を続ける前に確認すべきことがあった。
「……俺の椅子は?」
豪華なテーブルセットにはなぜか椅子が1脚しかないのだ。そして、それはすでに占領されている。自身の脳の容量を使われた夏輝としては、自分の椅子が無いのは釈然としない。
問いに対し女は視線で答え、その先を見やると、そこにはさらに釈然としないモノが存在した。綿が抜け煎餅のように薄い座布団だ。
苛立ちを覚えるが、かといってこれ以上脳の容量を使われるはたまったもんじゃないと、夏輝は我慢した。仕方なくペッタンコの座布団に座り、いよいよ話し合うために視線を上げると、慌てて立ち上がることになった。
素晴らしい光景――美脚――が夏輝の前に広がったのだ。
「……露出狂」
うっかり口にした言葉に女神は再び怒り顔になりかけたが、思い至ったのかすぐに顔を赤らめて、結局怒りだした。
たっぷり30分も怒り、女はやっと落ち着きを取り戻した。結局脳の容量を使うことになったと、痛む頭を抱えながら夏輝は生み出された椅子に座る。「はじめる前から疲れちゃった……」というぼやきが聞こえるが、自業自得か、むしろ被害者は俺の方だと夏輝は思った。
出会って間もないが、目の前の女の性格が、よく言えば感情豊か、悪く言えば起伏の激しいと夏輝は察する。
その一方で、慌ただしく移り変わるその姿が、先刻まで夏輝が感じていた悲痛なほどの思いを忘れさせられていることに、この時の夏輝は気が付いていなかった。