はじめてのパシリ
何度目か数えるのも億劫になる猛暑日の夜。うだるように暑い。暑いが、嘆いていても仕方がない。
テレビでは連日、熱中症の被害が話題になり、温暖化やヒートアイランド現象が取り上げられているが、原因は別にある。
その原因を取り除くために、光に照らされた街並みを避けるようにして、裏通りを駆ける。
傲神と慈神。この世界に現界した神々。
世界を呪う神が傲神と呼ばれ、祝福する神が慈神と呼ばれる。
だが、その境界は非常に曖昧で、人の基準ではかり知れない。神々は気まぐれだ。女心や秋の空よりも軽く、両者は移り変わる。
目標を見つけた。
影は揺らめき、懐に右手を忍ばせている。
右手に警戒を移す。
「――っ!」
突如、目の前に巨大な牙が迫る。ギリギリで避けられたが、頭に女の罵声が鳴り響いた。
『あんな見え見えの罠にひっかかるな! このバカッ!!』
イラっとするが、振り払って影を見据える。
影の形が、獣になっていた。
『あれも権能か?』
脳に響いた声の主に、こちらも脳内で問いかける。
『そうよ! 狼に化ける能力のようね。人間が相手じゃないんだから、油断してんじゃないわよ!』
言われて、何と相対しているのか実感した。
『そう、相手は神なのよ。まずは権能を警戒するべき! なんだけど・・・」
確かに、神の権能はナイフや銃などよりもはるかに危険だ。だが、
「狼になるだけ? その辺の魔術と変わらないじゃない。たいしたことない相手ね」
そう。獣に化けるだけなら、権能どころか魔術ですら可能なのだ。ならば、この相手は脅威ではないだろう。
不格好な避け方になり心臓は脈打つが、無駄に慌てる必要はない。
今度こそ敵の全体を観ると、明らかにうろたえているのが見えた。
今のは殺す気の、それも、不意打ちという絶好の形だったのだ。避けられたのは予想外だったのだろう。
『攻撃してくるってことは、やつが原因なのか?』
『間違いないわね。さっさと片付けなさい!』
言われなくても、早く終わらせたい。逸る鼓動を抑え、幻想する。敵の無力化。出来れば殺したくない。そうイメージをかためる。
目の前の空間に幾何学模様が浮かぶ。淡く輝きを放つと、無数の鎖が現れた。
鎖は目にも留まらぬ速さで敵に迫るが、敵はそれを避ける。獣の如き動きと言うが、獣そのものなのだから、当然だろう。
『バカナナ!! なに簡単に避けられてるのよ!?』
脳が痛む。
『バカバカうるさいぞ! 想定の範囲内だ!!』
予めイメージした幻想を敵の足下に発現させる。新たな鎖は、人を超える獣の認識の、更に外から縛りあげた。
鎖に搦めとられ獣が地に伏せる。
「キサマハ・・・ナン・・・ダ・・・」
俺に問いかけてきた。
俺は僅かに逡巡し、諦めて答える。
「ただの、パシリだ。」