表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蓮と藤  作者: 讃嘆若人
14/20

14

 何もない部屋というと「殺風景」というイメージが付くかもしれないが、建築技術の発達していないこの時代、むしろシンプルな部屋の方が普通である。

 余計な装飾のない、物もすっかり片付いた部屋で、田目王は来客を迎えていた。

 目の前の男は大柄で筋骨隆々としていた。

()理勢(りせ)殿、久しぶりであるな。」

 田目王は、自分の叔父にあたる目の前の男に語り掛ける。

「田目王様、ご機嫌麗しく。」

 その男――蘇我臣(そがのおみ)境部摩理勢(さかいべのまりせ)は答えた。

 二人以外に、何もない空間。田目王は目の前の大男に自分が吸い込まれるような、そんな感じがしていた。

「ありがとう。」

 田目王は、それだけ答える。

「おめでたいお知らせがあります。額田部王様が大后になられます。」

「そうか。」

 そう答えながらも田目王は複雑な気分であった。彼にとって兄貴分である――実際には叔父であるが――難波王が、事実上失脚した。前大后の薨御に関連して、だ。

 まだ10代の田目王は中々、感情の整理の追い付かない面があった。

「これで上手くいけば、殿下は次の次の大王ですな。」

「え?」

「大王と大后の弟ということは、次の大王は池辺王様で決まりでしょう。何しろ、押坂彦人大兄王様は喪に服しておられ、難波王様も大王位継承者の候補から外されて、大王様のお子様には次の大王に相応しい方はほかにいません。残るは弟様に次いでもらうしかなく、すると池辺王様が最有力候補となる、何しろ、大王様の弟君は多くとも大后様の同母兄でもあるわけですからな。」

「父上が大王、か。」

 田目王にとって何となくそれは怖ろしいことのように思われた。

「大王位が近くなると不幸が起きるように見えるな。」

「田目王様、それは大王家に生まれた者の宿命ですよ。国を治めるものにはそれしきのことは耐えていただかねば。」

「それはそうだな。」

 そう言いつつ、田目王の中には何か不安のようなものが出てきた。難波王は公式には冤罪であったということになったが、あの一件以来これまでの明るかった性格が一変して、人を引き寄せないようになった。

 ――あのようにはなりたくない。

 そう、田目王が思ったのも止むを得ないことである。

(難波王の無実は信じているのだが。)

 田目王にとって大切なのは、難波王が無実かどうかではない。難波王が公式には無罪であるとなっているにもかかわらず、彼のことを犯人視している人たちが存在していること、しかもその中には難波王と近かった者までもがいることに、彼は怖ろしさを感じていたのである。

 やや人間不信気味になっていたのかもしれない。摩理勢との会談もあまり乗り気ではなかった。

(若い私があまり我儘を言うのも良くないのは判るが・・・。)

 摩理勢が帰った後、自分の置かれた立場を考えながら屋敷の中を歩いた。

 父親が次の大王候補として浮上した、ということは、当然に自分は政治的な抗争に巻き込まれる、ということである。幼い頃から権力が身近にあった田目王にとって、そのこと自体は何も嫌なことではなかった。

 問題は、その権力抗争において「誰も信用できないのではないか」という冷酷な事実である。そんな田目王は一方で「誰かを信じたい」という強い欲求を持っていた。

「田目王、どうしたの?摩理勢に何か言われた?」

 ふと、ある女性の声がした。

「間人王様・・・。」

 振り向くとそこには義母であり叔母でもある間人王がいた。

「何かあったの?」

 再び問う間人王に、田目王は答えた。

「いいや、何も。」

「本当に?」

「うん。強いて言うなら、ちょっと寂しい、ってことぐらい。」

「それって、私たちが厩戸王に掛かりっきりだから?」

 それを聞いて田目王は思わず笑った。

「そんなことじゃないよ。難波王の件。」

「ああ、なるほどね。」

 間人王は大きく相槌を打った後、言った。

「私も子育てで忙しいけれど、時間があるときは相談に乗るわね。」

 そう笑顔で言いながら間人王はその場を去っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ