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蓮と藤  作者: 讃嘆若人
13/20

13

 物部贄子(もののべにえこ)は一族の氏長者である物部守屋(もののべのもりや)に呼び出された。

「守屋様、どうしましたか?」

「贄子か。実はな、今回の広姫様の薨御なのだが、暗殺の可能性が高いのだ。」

「え?暗殺?」

「そう、暗殺だ。しかも、その被疑者として浮上したのが、難波王なのだ。」

「難波王・・・・。大王様のお子様ではありませんか!」

「そうだ。裁判や捜査は我が物部一族の部曲(かきべ)である解部(ときべ)が行うことになっているのだが、王族に出頭を命じて下手に騒がれてはかなわん。」

「はい。」

「そこでだ、お前に頼みがある。」

「何でしょうか?」

「もうすぐ相嘗(あいなめ)祭があるだろう、そこに参列した難波王を十数人の兵で捕えてくれ。」

「承知しました。」

 相嘗祭は新嘗祭の前に行われる祭祀で、豊作を祈る宮中祭祀である。多くの王族が参列することになっていた。

 難波王は老女子(おみなご)夫人の第一子であり、大王位継承者候補でもある。相嘗祭に参列しないことはなかった。

 相嘗祭当日、難波王は祭典に参加した。大后の薨御という大事の後も宮中祭祀は滞りなく行われている。

 が、いつも見るはずの押坂彦人大兄王たちの姿はない。広姫の子どもたちはみな喪に服しているのだ。

「寂しいものだなぁ。」

 難波王は呟いた。もしも自分の母親が死んでも、世間が滞りなく日常を過ごしていたら――そんなに寂しいことはないだろう。

(世間というものは、個人に対して冷酷なのだな。仮にその相手が、大后様であっても。)

 そう思いながら、難波王は舎人達には門前で待たせて会場の大井宮に入る。

「今日の私の席は?」

 案内役の三輪(みわ)(さかう)に訊くと

「いつも、押坂彦人大兄王様が座っている席です。」

と言われた。

(そうか、今日は私が父上の子供を代表するのか。)

 そう思うと難波王は身を引き締める。

 と、難波王が案内された席に向かおうとした時だった。

「難波王様、少しよろしいですか?」

 目の前に一人の男が立ちはだかった。見ると周囲に解部の兵士たちがいる。

「物部贄子と申します。難波王様には不義の嫌疑があります。」

「ふ、不義だと?」

 不義とは重大な犯罪に使われる言葉である。難波王には全く身に覚えがなかった。

「何のことかは判っているでしょう。」

「知らぬ!何の話だ!」

「まぁまぁ、ここで話すのもなんですから・・・。」

「何の嫌疑かと聞いておるのだ!」

「貴方様が王であることに配慮してここでは詳細は言わぬようにしているのです。大人しく来てください。」

「バカなことを言うではない!無実の嫌疑でどうして解部の裁きを受けないといかぬのだ!」

「それは困りましたなぁ。」

 そう言いながら、贄子は兵士に目をやる。

「殿下、失礼します。」

 そういうと一人の兵士が難波王の両手をつかみ、手慣れた手つきでその両手を後ろに回し、縛り上げた。

「ぶ、無礼者!」

「相嘗の場で騒がぬように。」

「騒いでいるのはお前じゃないか!」

「はいはい、あまり声をはり上げると見苦しいですよ?」

 そう言いながら贄子は難波王を連行していった。

(一体、どんな取り調べを受けるというのか・・・。)

 解部の取調室に一人で入れられた難波王は、今後のことに不安を覚えていた。

 一方、難波王の居なくなった大井宮では、何事もなかったかのように祭典が執り行われていた。

「守屋殿。」

 相嘗祭が終わった後で池辺王が物部守屋に声をかけた。

「どうしましたか?殿下。」

「先程の難波王のは、一体、何があったのですか?」

「ああ、それですか。既に大王殿下には報告してありますが、何とも難波王の贈った鯛醤を食べたことがきっかけで広姫様がお隠れになられというものですから・・・。」

「え?先程、何と言いいました?」

「いや、ですから、難波王様の贈られた鯛醤を・・・。」

「そ、それは、本当なのですか!?」

「え?池辺王様、どうなされましたか?」

「そ、そ、それは、私が難波王に贈ったものなのです。」

「え?なんと?」

「実は、あれは筑紫から届いたものでして・・・・。もしかしたら、遠路から運ぶ方で傷んでしまっていたのか・・・・。そうだとすると私の責任・・・・。」

「え?いや、ちょっと待ってください、筑紫から届いたものだと?」

「はい、そうなのです・・・。もしもあの鯛醤が原因だとすると、私があれを贈ったばかりに・・・。」

「いえ、食べ物が遠路から運ばれると傷むのは、よくあることです。殿下のせいではありません!しかし、そういうことでしたか・・・・。」

「これは、難波王は全く悪くありません!すべて、私が悪いのです。どんな罰でもうけると、大王様に申し開きしてきます。」

 そういうなり池辺王は大王の部屋へと駆けていった。

「これは大変なことになったぞ・・・。」

 そうぼやきながら物部守屋は解部の建物へと向かうことにした。

「守屋様、わざわざお越しになられるとは・・・。」

 取調室に入ると贄子が難波王から事情を聴いているところだった。

「私は何もしておらぬ!守屋殿、これは冤罪であるぞ!」

 難波王は守屋の姿を認めるなり、守屋の方を向いて怒鳴った。

「釈放せよ。」

 守屋は言った。

「も、守屋様!どういうことですか?」

「仕方ない。池辺王様が全ての責任を取ると言われた。恐らく、甥っ子のことを庇う気なのだろう。」

「え?池辺王様が?」

 贄子が「信じられない」という顔をする。

「庇うも何も、俺は無実だ!」

 難波王は叫ぶ。

「うるさい!お前が大王位を窺っているという噂は前からあるんだ!」

 守屋は難波王に対して怒鳴る。

「今回は政治判断で食中毒ということになったが、あの広姫様の容態の急変、食中毒にしては明らかにオカシイのだからな。」

「何を言っている!一体、どこに俺が犯人という証拠があるんだ!」

「黙れ!今のところは釈放してやる。池辺王様に感謝しろよ。」

 そういうなり守屋は部屋から出て行った。

「そういうことだ。今日のところは大目に見てやる。帰れ。」

 贄子が難波王を睨みながら言う。

「おのれ、物部氏め!覚えていろよ。」

 そう言いながら難波王も部屋を出て行った。


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