チャウダーは罪の味 I【挿絵有】
警ら隊の怒号がキョーコの頭上を飛び交う。ついでに爆ぜる銃弾の音も聞こえた。もし雨が硬かったら、地面に当たる時こういう音がするのだろう。
「サテライト特捜隊分隊長ケンドリューだ。プラネット警ら隊隊長はどこに?」
全ての輪郭すらぼやけてしまうような曇った夜。四羽のカラスだけが黒々と光り、輝かしい夜を象徴してその場に現れた。
カラスが質問を投げたことでプラネット警ら隊は怒号をやめた。数秒後、奥の方から男が人をかき分けてカラスに近づいてくる。土ぼこりで頬を汚しつつも勇気に満ち溢れた顔つきをしている。警ら隊隊長である。歩み寄るスピードを変えず、警ら隊隊長はカラスーー……、アルヴィン・ケンドリューに手を差し出した。
「ケンドリュー分隊長か。頼もしい。久しぶりだな」
「モリス隊長。ご無事でなによりです。微力ながらお手伝いさせていただきます」
「けっ、よく言うよ。あんたが来た以上特捜隊が現場の指揮官だ。俺の方こそできることがあればなんでもやろう」
モリスと呼ばれた男は分厚い手のひらでアルヴィンの肩を威勢良く叩く。その衝撃で思わず口角を上げるアルヴィンよりも、モリスは大分年上に見えた。乾燥した肌にゆっくりと刻まれた溝が丁度いい具合に貫禄を醸し出している。
主に国民や観光客のトラブル、ヨーサリによる規模の小さい事件を担当するのは、アシタとヨーサリの混合メンバーで構成されたプラネット警ら隊だ。街中を常に見守る彼らへの国民からの信頼は深い。テ・ルーナの悪しき日常茶飯は彼らが解決してきた。しかし彼らだけではどうにも対応できない事案もある。例えば立てこもり、とか。
「状況は?」
「最悪だぜ」
「連絡を受けてから変わったことは?」
「ある。時間制限制になった」
「それは一体……」
「『チャウダー』さ。もうじき爆発する」
モリスが親指で指す方向には一棟のアパートがあった。夜でも赤茶けていることが確認できるレンガの古びたアパートだ。侵入防止のために窓に取り付けられた柵の奥に人影がある。今回の特別制圧対象と人質だと考えられた。
アルヴィンは顎を触る。
危険な任務の始まりは午後十時丁度の電話から始まった。
「立てこもり?」
キョーコがロッカーの鍵をどこにしまうか考えていたその時、アルヴィンは辺りに聞こえる声量でそう言った。メモ用紙に蒼いインクを滑らせ、電話が語る情報を手早く書き出していく。
「事件だ。キョーコ君、君も一応出動準備」
「は、はい!」
ローレンスはデスクの上の書類に重しを置きながら、キョーコに声をかけた。キョーコは咄嗟にデスクの中に鍵を投げ込んで席を立つ。イスがギィ、と鳴くのと同時に受話器を置く音がした。
アルヴィンは一呼吸置いて、メンバーを一瞥した後口を開く。
「六区で事件発生。ヨーサリがおそらくアシタの女性を人質に自宅に立てこもってるらしい。プラネット警ら隊が応戦して七分経過。詳細は現地で聞く。準備は?」
「ニコちゃんばっちし」
「僕も行ける。キョーコ君も連れてくかな?」
「残って待っていても何も得られない。ぜひ」
「はいっ!」
そうして専用車を飛ばし急いでここまで来たわけだが、四分で状況は変わってしまったとのことだ。
警ら隊のモリスが言うには犯人は五十前後の男性。アパートの大家と近所の聞き込みから導き出された男の名はジム・ワーズワース。そして人質の名はヘレン・ワーズワースである。
「母親を息子が拘束している……?」
「近隣住民が人相を確認しているから間違いはないだろう。今プラネットとサテライトの総務に野郎の魔力属性等々を検索させてる」
「モリス隊長ーー!! プラネット総務課から通信来ました!!」
「はん。総務は耳がいいな。どうせ俺たちの会話聞いてたんだぜ」
モリスが軽口を叩くのは余裕があるからではなく、緊迫しているからこそのガス抜きである。呼吸をする合間を自分たちで作っていかなければ、こういった受け身の状況では必ずミスが起きる。モリスはアシタではあるが、何度も悪いヨーサリを逮捕してきた。アルヴィンは彼の台詞に相槌を返しながら、共に通信隊員の元へと急いだ。
対象のアパートと大きな道路を挟んで向かいに建った、これまた古びたアパートの裏側で、アルヴィンとモリスは総務課の報告に耳を傾ける。地面に置かれたカバン型の通信機から、ノイズと男性の声が聞こえてきた。
「対象は『アンジェリカの血脈』、濃度は『七』、血脈による特殊な物質強化は検査時には報告なし。独身。母との二人暮らし。アパートの契約者は彼だ。高齢者支援施設勤務で前科等もなし。毎年の魔力調査も問題なく参加している。極めて問題のない人物としての情報しかない」
「母親は?」
「彼女はアシタだ。彼女も前科等なしの息子同様クリーンな国民。四十年前にエヴァリカから移り住んでいる。夫は……いない。登録なし」
「アルヴィン分隊長。欠けているピースは父親か?」
「……父親がいないことが問題の発生因子なら対象がもっと若い時に起こすはず、と考えます」
「なるほどな……。通信感謝する。要件があればまた連絡する」
「了解。特捜隊、警ら隊に月の加護がありますように」
無機質な声は激励の言葉で途切れた。モリスは一呼吸おいてアルヴィンに向き直る。現地で得た情報を、モリスは語る際に自身の主観が入っていることを前置きしてから報告し始めた。
朝ごはんのクレープをニコーレさんに奢ってもらったキョーコちゃん。初めてのクレープなのでドキドキです。
第二章よろしくお願いします!