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魔石の超新星《スーパーノヴァ》  作者: 寒夜 かおる
第二章
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福地の園 Ⅳ


 キョーコはそれから一分近く痙攣を繰り返したが、その跳動の幅は長くなっていき、ついに彼女はすうすうと穏やかな寝息を立て始めた。

 ニコーレは口元を両手で覆い、大きく息を吐く。その手は微かに震えていた。



「ニコーレ、凄かった。お疲れ様」

「……訓練毎年受けてても、緊張した。今もちょっと不安……。急変したらどうしよう……」

「救援隊呼んだからさ。大丈夫だよ」



 各隊に必ずひとり、衛生担当を担わなければならないというのがサテライト特別捜査隊のルールである。ニコーレは衛生担当で、毎年魔力(ルキ)暴走状態や怪我等の対処方法について訓練研修を受けている。それでも暴走状態のヨーサリに処置を施したのは初めてだったので、その緊張感は強烈なものだった。


 大抵の魔力暴走は助からない。

 ニコーレが今まで出会ってきた暴走状態のヨーサリは、その状態になってから時間が経っている者ばかり。爆発して飛び散るイメージを殺しながらの懸命な対応だった。


 ニコーレはふと、空を見上げる。緊張から解き放たれ、額の汗も引いていた。アパート同士の外壁に挟まれた窮屈な場所から眺める夜空は美しい。たとえ、彼らの足元が犯人たちのアパートから飛散した血痕で汚れていたとしても。



◆◆◆



「ケンドリュー分隊長」



 恐る恐るかけられた声からは躊躇いを感じられた。彼に罪はないので、努めてにこやかにアルヴィンは振り返る。

 どうした? と至極普通に聞き返したはずなのに、通信隊員は顔を痙攣らせていた。そして震え声で報告をする。



「ゴッドスピード総隊長からです……」



 通信機の受話器を取り、アルヴィンは無言という圧力で「もしもし」と言った。ゴッドスピードは全て理解していて、挨拶も無しに話し始める。



「危なかったですわね」



 責任は自分が取ると言っていたくせに、ゴッドスピードはどこか他人事のようにそう宣った。冷静にしていようと思っていたアルヴィンも、思わず言い返してしまうほど悪びれもなく。



「知らなかったのか」

「何が?」

「彼女の魔力。格納だけじゃないだろ、あれ。知らなかったのか、と聞いている」

「ええ、知らなかったわ」

「本当に?」

「可能性は考えてたけれども」

「クソババア!!!!!!!!」



 通信隊員は両手で耳の穴を塞ぐ。遠巻きに見ていた警ら隊隊員がざわつく。そんなこと、アルヴィンにはどうでもよかった。



「死ぬところだったぞ!!!!」

「でも生きてる」

「知ってることについて隠さず話せと言ったのに!」

「知ってたことは話した」

「今から殺しに行く。待ってろよゴッドスピード。すぐだ、すぐに行くぞ」

「あらやだもう寝る時間。じゃあまたね、アルヴィン。夢枕で会いましょう」



 ガチャン、と無慈悲な音を立てて通信は途絶えた。警ら隊員は唾を飲み込む。アルヴィンの顔が、恐ろしい。月明かりが逆光となって、怒りの陰影をさらに強めた。



(クソ、クソ、クソ)



 アルヴィンは顎に触れ、剃り残しの髭で指の裏を刺す。痛みなどまるでない。ただただ自分の心を慰めるために撫で付けているだけだ。



(俺が、間違えたんだ。判断を間違えた)



 アルヴィンは若くとも筋の通った立派な人である。だからこそ悩み、苦悩することを忘れない。

 犯人も殺した。キョーコも瀕死にさせた。ローレンスも怪我をしている。警ら隊たちにも損害が……。



(でも誰も叱らないんだ)



 ゴッドスピードにケツを持たれながらも、結局は彼女を罵倒した自分を、アルヴィンは今になって殺したくなってくる。特別捜査隊分隊長は冷静で正しいヨーサリで無ければならないのに。自分は今日、それができていなかった。

 

 警ら隊の面々が獣の檻を突くように、声をかけてくる。大丈夫か、と安否の声だ。とても勝利を喜ぶ顔ではない彼らを見ると、自分にも鎮静剤が必要だと心の底からアルヴィンは思った。



「アルヴィンーーっ!」



 犯人のアパートの方から牡牛が一匹。彼の背後には救急隊の姿が見える。彼は得意の駆けっこで息を弾ませながら大きな声で任務成功を謳っていた。



「人質も隊員も、全員無事だよーーーー!!」



 何はともあれ、王国はしじまを取り戻した。アルヴィンは空に向かって息を吐く。真っ白な吐息が夜空の星を切り裂いた。





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