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魔石の超新星《スーパーノヴァ》  作者: 寒夜 かおる
第二章
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チャウダーは罪の味 II



「我々から視認できる窓。そう、あの窓だ。その反対側……つまり窓側ではなく向こう側の壁にアパートの玄関がある。説得が無理な可能性を考えてドアをピッキングしてみた。が、開かなかった。技術云々じゃねえ。道具が穴に入んねえんだ」



 モリスは穴に弾かれると表現する。

 依然犯人と人質の状況は変わらず。人質のためにもなるべく早く行動に移したいところだが、情報がないことには解決策は見つけられない。

 アルヴィンは怪訝そうな顔で続きを促した。



「犯人に警告した上でドアに体当たりもしてみたが駄目だった。異様なほどにビクともしない」

「『アンジェリカの血脈』は物質強化の魔力ルキの担い手。だけど奴は濃度が…………ああ、だからか。だから、チャウダー」

「そういうこった。最悪だろ。とりあえずこれで奴を見てみろ」



 アルヴィンはモリスから渡された簡易双眼鏡で犯人と人質の様子を探る。拡大された先の景色を見てアルヴィンは再度最悪ですね、と呟いた。


 アルヴィンの後方で待機させられている三匹のカラスたち。彼らはボスカラスからの指示を待っている。

 そんな中この場に居にくそうに指で指を弄っている新米カラスが一匹。

 体に響く銃声と怒号は止んだものの、背後から感じる威圧感にキョーコは押しつぶされてしまいそうだった。



(若いな)

(まだ子どもだろ)

(どこの出身だ?)

(あれ『キモノ』じゃないか)

(藤夜のヨーサリだなんて)

(とんでもねえエリートだな)



「ニコ先輩……」

「なんじゃいキョーコちゃん」

「後ろのお兄様方、私のこと喋ってるんでしょうか……?」

「あ〜〜……、まっ、気にしない方がいいと思うよ!」



 自分たちと同じように国の平和を守る組織で、しかし自分たちよりも特殊な任務を遂行する特捜隊。若き分隊長で有名なケンドリュー隊に新たなメンバーが、研修生ではあるが追加されたという噂の真相を、今、警ら隊は確かめている。

 キョーコは頭からつま先までをじっくりと観察されていた。それがどんな意味を持つのかキョーコには分かりかねて、ただひたすら下を向くしかなかった。



(藤夜とは全然違うんだな、ヨーサリへの視線が)



 またこの国の暗い闇を垣間見た気がする。ニコーレの何とも言えない笑顔に全く救われなかったキョーコは心の中でため息をついた。

 つき終わると同時に右肩からふいに甘い香りがした。顔を少し傾けるキョーコ。視界の端っこで月のような金髪がその輝きを主張していた。



「ロッ……レンスせんぱ、い……」



 美顔の青年がまたしても至近距離にいた。ご丁寧に高い背を折って、藤夜人女性と頭の位置を合わせてくれている。長く見ているとその紅い瞳に吸い込まれてしまいそうだ。キョーコは美顔の青年に吸い込まれまいと目線を下げた。すると彼の顎あたりが視界にチラつく。そして硬直した。

 


(うひゃあ)



 彼の唇の左下に、小さな黒子があったのだ。

 吹けば飛んでしまいそうな軽やかな点がぽちりとひとつ。黒子はコンプレックスの要素だと思っていたキョーコだが、ローレンスのそれを見て彼女は考えを改めた。小さなそれがそこに在るだけで彼が悩ましい香りに包まれている。

 まあ、なんというか、要するに。



(…………え、えっちだ……)



「チャウダーって知ってる?」

「えっ、ち? ちゃうだぁ?」

「習った? チャウダー」

「あ、えっと」

「今回の犯人はチャウダーなんだって。僕初めて見たときゲロ吐いちゃったから気をつけた方がいいよ」



 キョーコは過去最高に脳を回転させていた。しかしこのザマである。赤くなる頬を両手で押さえる。そして、思い返せば自分は今まで父親以外の男性とこの距離で会話をしたことがないなぁ、と狼狽の理由を経験に見出した。


 自分が言いたいことを言うだけ言ったローレンスは背筋を直してボスカラスの様子を伺っている。せめてもう一言説明を、と願いたくなるような喋り方はローレンスの特徴であった。


 ふたりの会話にすらなっていない言葉のやりとりを盗み聞いてたニコーレがキョーコのそばへ一歩寄る。困惑と赤面で涙目になる年下の女の子に、ニコーレはローレンスの翻訳を行った。



「チャウダーっていうのは『魔力暴走状態』の通称。魔力を使いすぎて魔力濃度が極端に変化するとヨーサリは暴走しちゃうの」

「……あ、習ったと思います……、確か体がすごく熱くなるんですよね」

「そ。血液に含まれる魔力が暴れちゃってね。魔力そのものが暴走するわけだから、体だけじゃなくて魔力が通っているところも熱くなるの」

「それとゲロがどんな関係が……」

「爆発するんだよ」



 再びローレンス。顔は前を向いたまま気だるげな態度で物騒な台詞を彼は吐く。


 ニコーレの説明通り、『チャウダー』とはヨーサリの魔力暴走状態を意味する俗語である。

 魔力は暴走すると熱を持つ性質があるため、チャウダー状態のヨーサリの肉体は熱くなる。それこそ火のように。そして体と心の臨界点を突破した瞬間、その者の肉体は爆ぜるのだ。

 飛び散ったヨーサリが、地面にこぼれたチャウダースープを彷彿とさせることからその呼び方が定着した。


 飄々とした青年が堪えきれず戻したというのだから、悲惨な光景が簡単に思い描ける。



「でも心配しないで! ボンッてなる前にやっつけちゃえば爆発は小規模だからね」

「ニコ先輩はチャウダーを捕まえたこと、あるんですか?」

「ううん。爆発するのは何度も見たことあるけど」

「……そうなんですね」

「一番おっきいのだと、劇場がひとつ吹き飛んだよ」



 キョーコの赤面と狼狽はもう落ち着き、むしろチャウダーの恐ろしさに触れ彼女の表情は硬くなった。ニコーレが普段の笑みをしまって真面目な顔つきで答えてくるので、うまく返事もできない。

 少し遠く、でも離れすぎていないところでモリスと状況を確認し合うアルヴィンをキョーコは眺めるしかなかった。


 劇場を吹き飛ばすほどの力を持った犯人を、彼が制圧するのだろうか。

 だとしたら凄いなぁ。キョーコは自分の事を手放しにそう思った。



「機嫌悪い」



 ローレンスがぽそりと言葉を漏らす。

 アルヴィンが顎を触りながらこちらに近づいてくる瞬間だった。



「おかえりアルヴィン。で、どうするんだい?」

「チャウダーだから選択肢すくにゃい感じ?」

「制圧するなら僕いけるよ」

「ニコちゃんも」

「……アルヴィン?」



 輪の中にボスカラスが戻ってきたが、ボスは一言も鳴かない。むしろ深く考え込んでいる。割と決断力のあるアルヴィンが、珍しく何かを躊躇している様子にニコーレとローレンスは戸惑った。そのためつい機嫌を伺うような喋り方をしてしまう。


 アルヴィンが顎に添えていた手を頭にやり乱暴に髪をかき混ぜる姿を、キョーコはふたりの先輩の隙間から覗いていた。闇夜の双眸と視線がかち合う。全ての感情を夜で塗りつぶした瞳だ。瞬間、顔を背けたいと思ったキョーコだが、それは出来なかった。

 アルヴィンの瞳が自分を呼んでいたからだ。



「キョーコさん」



 一歩後ずさる少女に、重い足取りで歩み寄る夜の青年。



「君に、人質救出任務の要を担ってもらう」



 

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