第二章 魔法少女の学校生活-2
「まさか……新手キィッっ!」
男が拳を止め、声のした方を向いたとき、無数のビームが男を襲った。
「な、なんで私までぇ!」
ビームは私のほうにまで飛んできた。
「あれは威力拳銃相当の千円ビームマネ!」
フランが安全地帯の鞄の中から叫んだ。
「え、せ、せんえん……じゅ、にじゅ、えええ、さんじゅっぱつ!?」
ビームの数の多さに、私の膝はがくがくと震える。
千円ビームを三十発ってことは、三万円……時給三時間分だ。ちなみに私の食費三ヶ月分でもある。
「キ、キィイーーーーッ」
男は悲鳴をあげながら、遠くへ逃げていった。
私はビームの放たれた方向へ駆け寄り、その場に立つ人へ声をかけた。
「ユカリさん! 早かったですね」
光が徐々に消え、人物のシルエットがあらわになる。けれど、あれ? ユカリさん縮んだ?
背の高いユカリさんよりも、かなり小さい……私よりも小さい。
光が消えて、その人物が姿を現した。
長く艷やかな黒髪。その右側をちょこんと結んでいる。彼女の着ている衣装は私と色違いの青色だ。
肌の色は白く、目は大きくて丸い。背は小さいけれど顔と体は人形のように整っていた。
小学生? と一瞬思ってしまいそうな容姿だけれど、彼女の胸はぼんっと、ぼんっと、ぼんっと出ている! 大切なことなので三回言いました。
こ、こここ、こんなおっぱい、見覚えがないっ!
その女の子は私の方に視線を向けてきた
気のせいかもしれないけれど、その視線、少し冷たい気がする。
「あなた、魔法少女?」
「は、はい。そうだよ!」
「なんで魔法使わないの?」
「そ、それは……ええっと、お金がもったいないから、かな?」
「ふーん」
女の子は腕を組んで、私をじっと見てくる。
そしてゴミでも見るような目を向けて
「ばっかじゃないの?」
と言ってきた。
しょ、初対面でバカと言われたのは初めてだ。
『貧乏臭いね』とは何度か言われたことがありますが。
「ば、ばかってなによ!」
「魔法少女なのに、魔法使わないなんて、ブタに真珠よ」
「うっ」
言葉はキツいけれど、確かにその通りだ。
「き、キイイイイッ!」
その時、先程まで逃げていた黒タイツの男が、私達の方へ向かって走ってくる。顔は黒タイツで隠れているが、地の底から響くような声は恐ろしく、鬼のような気迫があった。
「ひ、ひいいいっ!」
あまりの気迫に泣きそうになりながら逃げる。
でも、あの子は逃げようとしない。
砂埃を立てながら駆けてくる男を真正面から見ている。
「に、逃げないとっ! あの人に浄化魔法は通じないんだよ!」
名も知らない、青い彼女の腕を引っ張った。
けれど彼女は私の手を振り払い、ステッキの先を黒タイツの男に向ける。
「――私は逃げないわ」
「な、なんで、危ないよ!」
「危なくないわ。だって、私には魔法があるもの」
か、頑固だ! この子とっても頑固だ!
……仕方がない。
私は顔を上げた。
「わ、私も戦い……」
ドドドドドドドドドドドド【ガドリング×3】
ドギャーーーーン【バズーカ砲】
ちゅどーんちゅどーん【ミサイルの音】
……うーわぁお。
爆風で前が見えない。爆音で耳がキーンっとする。
なにか恐ろしいことが起こっている、ということだけは理解できた。
よかった……校庭に生徒がいないっぽくて。
しばらくすると音が止んだ。
砂埃が消え、景色がくっきり見えるようになる。
そこにはボロ雑巾になって地に這い蹲っている黒タイツの男と、青い魔法少女が立っていた。
「…………計三十万円マネ」
フランが呆然としながら呟いた。
「三十万円……」
三万円で驚いていた自分がアホみたいだ。
「さぁ、あなたたちの目的を吐きなさい」
青い魔法少女は、男の頭を踏みながら問いかける。むごい、むごすぎる!
「さすがにやりすぎなんじゃあ……」
「豚は黙ってなさい」
女の子は私のほうなど見ずに、吐き捨てた。
……ぶた? フラン? いや、彼女はフランのことを知らないはず……。ってことは、豚っていうのは……。
「私が豚?」
「魔法も使えない魔法少女なんて、豚も同然よ」
「ひ、ひどい!」
さすがに豚扱いされたのは初めてだ。鶏ガラ扱いされたことはあるけれど、豚はない。
「で、さっさと吐けばもう痛い目には合わさないわよ」
「い、痛い目って……まさか、拷問するつもりなんじゃ……」
私はごくりと唾を飲む。
「爪を一枚一枚剥ぐとか、手の皮をライターで炙るとか……」
「ひいいいっ、残酷マネっ! 紅緒の考えることは残酷すぎるマネ!」
フランが涙目で言った。
そのとき、青い女の子が突然、耳を塞いで座りこんだ。
女の子の肩はぷるぷると震えている。
「……つめ……あぶ……ぴええええ……」
女の子がぼそりと呟いている。どうかしたんだろうか。顔をのぞき込んでみると、そこには涙目になった女の子がいた。
さきほどまでの女王様態度はどこにいったやら。
意外とグロいのは苦手なようだ。
「…………っ!」
そのとき、黒タイツの男が体を動かした。いけないっ! このままだと逃げられてしまう。
「え、えいー!」
私は魔法のステッキを、黒タイツの男に向かって振り下ろした。
ステッキの先についているハート型の石が、男の臀部にクリーンヒットする。
「あ、外れた……急所を狙ったのに」
「紅緒、恐ろしい子……」
フランが宙に浮きながら、全身をぶるぶる震わせている。フランが震える度、腹の中にある小銭がちゃらちゃらと音を鳴らした。
「じゃあもう一回」
魔法のステッキを振りかぶる。
今度こそ外さない!
ステッキを振り下ろそうとしたそのとき、男が腰を押さえながら、悲鳴のような声を上げた。
「ひぃいいんっ わかった、わかった、話しますぅうう!」
「わ、わかればいいのよ!」
いつの間にか元に戻っていた青い女の子が、すくっと立ち上がった。彼女の目元にはまだ涙が残っている。
「お、俺は《マレフィキウム》って組織で働いてる」
《マレフィキウム》
この間、フランがいっていた悪の組織の名前だ。そして、求人情報誌に載っていた組織の名前と同じ。
「それは知っているわ。目的は?」
青い子は冷たい目で訊ねた。
「組織の目的はただ一つ『征服』だ」
「どこを征服しようとしているの?」
青い魔法少女が続けて訊ねる。
「さぁな。東京かもしんねぇし、日本かもしんねぇ。いや、もっと大きい地球全体かもしんねぇ。ボスならどこでも征服できるだろうなぁ。あの方はそれほどの知恵を持っている」
「あの方って……」
こんなにも強い力を振るう黒ずくめの集団のボス。
いったいどんなやつなんだろう。想像するだけで体が震えてしまう。
「俺が知ってるのはそのくらいだ。所詮バイトだからな。幹部クラスにならないと詳しくは知らねえよ」
「そう。じゃあもうあなたに用はないわ」
青い女の子は冷たい目で、黒タイツの男を見る。
そして無言のままステッキを握り、呟いた
「この人の穢れを浄化せよ」
彼の体が光り出した。
光が消えたとき、男はきょろきょろと周りを見渡したあと、自分の姿を見て
「は、はずかしいいいいいっっ! ごめんなさいぃいいいい!」
とその場からダッシュで逃げていった。
彼の反応は、私が浄化魔法を使った時と似ていた。でも、黒タイツの男には――
「な、なんで? 浄化魔法、効かないんじゃあ」
「あなた、目まで腐ってるのね」
「なっ!」
本当にこの青い女の子、口が悪いです!
「よく見なさい」
女の子の視線の先、そこにはタバコの吸い殻があった。
ここは高校。タバコなんて生徒が吸ったら退学だ。
それならこれは誰のもの?
「あの男が落としたのよ。このタバコ。タバコを吸う人間なんて肺だけじゃなく心も穢れているわ」
「そ、そんな言い過ぎだよ……」
「言い過ぎ? タバコは人間の体に害があるのよ。それも、吸っている人よりも、周りで副流煙に巻き込まれる人の方が害が大きいのよ? 被害者は何もしていないのに」
「そ、そりゃあそうだけど……」
「そんな、害を、毒をばらまいているやつなんて、悪よ。だから浄化魔法が使えたの。きちんと敵を観察していればわかるわよ」
青い女の子はぎろっと私を睨みつけてきた。こ、怖い……。
そして女の子は私に向かって、ステッキを向けてきました。
「あなた、魔法少女に向いていないわね。そのまま給料泥棒を行うなら、わたしはあなたを悪として退治する。それが嫌なら、とっととやめて普通の生活に戻るのね」
そういって、女の子は私に背を向けた。
女の子が校門を出た時、黒塗りの、どう見ても高級車が止まった。
女の子はその車に乗り、去っていった。
三十三万の魔法を平気な顔で使う魔法少女――
とんでもない人に出会ってしまった気がする……。