幕間-1 篠崎ユカリ
ワタシは篠崎ユカリ。魔法少女だ。
今日は新しい魔法少女の紅緒ちゃんと出会った。
現在はその帰り道。ワタシは魔法少女の変身をとき、女子アナウンサーのように清楚系の白いシャツに、春らしい若草色のスカートに着替えた。ちなみに短いスカートは恥ずかしいので膝丈のものを選んでいまーす! きゃっ(照)
こんなおしゃれな格好をしているワタシの目的はただ一つ。
「帰り道に良い男を捕まえるため!」
とガッツポーズをとってみたけれど、いつものように出会いはなく、流されるように家路に着いた。
最寄り駅から徒歩五分、3LDKのファミリー向けマンション、ここがワタシの家だ。エントランスを照らすオレンジ色の光が、温かく出迎えてくれる。
ポストを確認すると、電気代の請求書と共に、一通の封筒が入っていた。
寿マークが記された、禍々しいオーラを放つ純白の封筒……。
ワタシは電気代の請求書の下にそれを隠して、部屋まで持ってあがった。
どくん、どくん……。心臓がやたらとうるさい。
ワタシはゆっくりと封筒を手に取る。
『結婚式のご案内』
「だと思ったぁあああ!」
滝のような涙を流しながら、ベッドにダイビングする。
自慢のウォーターベッドは、水音を立ててワタシの体を受け止めた。
招待主は高校時代からの友だちの美香だった。
「美香……この間まで『結婚なんてしなくても良いもんね』って言い合ったのに……」
ワタシは勇気を振り絞って、はがきをみる。
プリンターで印刷したはがきの隅には、丸っこい文字で『お先に。ユカリも良い相手が見つかるよ。ファイト!』と書いてあって、更に泣きそうになった。
「……お、落ち着こう」
キッチンに行き、デパートで買ったハーブティーを入れる。リラックス効果のあるカモミールを抽出している間に、亀のトゥグルグを透明な水槽に入れる。
砂の上を鈍い動きで這う彼にそっと話しかけた。
「ねぇ、トゥグルグ。ワタシも結婚がしたいなぁ」
トゥグルグは水槽越しにワタシを見て、首を伸ばした。
彼は滅多に喋らない。何度か声を聞いたことはあるけれど、決してフランくんのように饒舌ではない。けれど最近は首の伸ばし方で、肯定と否定がわかるようになった。
「ワタシたちが出会ってから、もうどのくらい経ったのかしら……」
随分長い時を過ごしたような気がする。トゥグルグと出会ったのは十四歳の時。病める時も健やかなる時も共にいた。
「ねぇトゥグルグ、ワタシたち、結婚しようか」
ワタシの言葉にトゥグルグは首を引っ込める。否定だ。
「ふふふ。冗談よ、冗談」
笑ってみせるけど、心の中では『動物にまでフラれてしまった』とやっぱり泣きそうだった。
携帯には親からの鬼のような着信履歴。どうせまた見合いの件だろう。
去年の誕生日、膨大に膨らんでいた貯金でこのマンションの一室を買った。
いつか結婚したときに、そのまま住めるようにファミリー向けにしたのだけれど、結婚どころか彼氏すらできる気配がない。
「…………っ!」
突然、トゥグルグが首をピンっと伸ばした。これは悪事が近くで行われているセンサーだ。
時計を見ると、二十二時を指している。
「いま、高校生の紅緒ちゃんを呼んだら、労基に怒られちゃうわね……」
二十二時以降、高校生の勤務を禁止する。これを違反したらさすがに魔法少女という得体の知れない機関でも労働法基準違反に咎められる。
水槽からトゥグルグを出し、頭より高い位置へ持ち上げた。
「チャージ・ザ・マネー!」
トゥグルグの甲羅から、七色の光が溢れでて、ワタシの体を包み込む。
魔法少女に変身したワタシは、窓から外へ出ようとした。
その時、窓に自分の姿が映った。
疲れた肌、目元にくっきりと残った隈。そして年々深くなる口元の皺――
「いっけなーい。忘れてたぁ」
こつんと頭を叩いて、魔法のステッキを振る。
「マネーパワー。若くなぁれ」
そう唱えると、ステッキの先から出た光がワタシを包み込む。
これはワタシのお気に入り魔法。
十年分の若返り魔法【一時間:五千円】。
これをするとしないとでは、肌のハリや翌日にくる疲れがぜんぜん違う。
「さて、お仕事がんばりますか」
ワタシは長い髪を一つに束ねて、夜の闇へ飛んだ。
篠崎ユカリ。
【職業】専業魔法少女。
【年齢】三十四歳。
まだまだ現役。