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魔法少女は生きづらいっ!?  作者: なのかしら
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第一章 魔法少女はじめました―3

――とはいっても、私が魔法少女になったからといって、突然怪獣や悪の組織が現れるわけもなく、世界は至って平和だった。


 魔法少女になって一週間が経った。


「どうしよう……」


 キャミソールとパンツ姿でぬるい炭酸飲料を飲み干していたとき、ふと思った。


 冷蔵庫がほしい。

 家は建って住居は確保できた。新築の家はモデルルームのように空っぽだった。けれど肝心の家具が全くないのだ。


 洗濯機はなくても、一人分なら手洗いで十分だ。

 ガスコンロがなくても、火を使わない料理や、コンビニ・スーパーで使わせてもらえる電子レンジや電気ポットを使えば意外と乗り切れる。


 けれど食料を保存する冷蔵庫はなかなか代用ができない。


 一度、スーパーで配られるナマモノ用の氷で代用してみたけれど、この真夏日だ。


 学校から帰ってきたとき、氷はでろでろに溶けて、お肉や魚は異臭を放つようになっていて、私は嗚咽を漏らしながら泣いた。


 そんなこんなでお金がいる。


 けれど仕事がない。


「この部屋暑いマネェ……」

 フランはフローリングの上でぐったりとなっている。


 陶器で出来ているのに、暑さは感じるんだ……とぼうぜんと見ていたら、フランがごろんと仰向けになった。そのときおへその蓋が丸見えだ。


 普通の貯金箱なら、あそこを開ければ中に貯めていたお金が出てくるはず。

 私はそっとフランに近寄り、フランの体をガッと掴んだ。


「な、なにするマネ!」


「ええい、じたばた暴れないの! そのお腹の中にお金……あるんじゃないの?」


「そそそそんなことないマネ。ぼくのお腹には夢と希望しか入っていないマネよ!」


「あやしい、あやしいわ! 開けてみてやる!」


「い、いやん! やマネ! やめるマネっ! あっ……ああんっ!」


――ぽんっ。

 フランのおへその蓋が開いた。


「おっしゃあ! お金ぇ!」

「や、やン、振らないで、そんなに振っちゃったら……っ、あっ……で、でちゃうマネぇえええん」

 ぱああっとフランのお腹から光が漏れる。


 その光は私の体を包み込み、あっという間に魔法少女に変身してしまった。


「なんだ……お金、出ないのか……」

「当たり前マネ! お金は労働の対価マネよ! 働かざるモノ食うべからずマネ!」

「でも仕事ないじゃん。時給一万円に踊らされたけど、仕事ないんじゃお金も入らないよ」


「ふぅ……」

 フランは呆れたようにため息を吐いた。


「あのね、紅緒。大型怪獣やテロリストがすぐに出てくるほど日本は物騒じゃないマネ。でも悪はどこにだって存在するマネ。それを紅緒は見つけられていないだけマネ」

「見つけられてないって……」


「人って言うのは、防衛本能で嫌なことを見て見ぬフリをするマネ。だから、悪がないんじゃなくて、単純に紅緒が見つけられていないだけマネよ」

「うぅ……」

「落ち込んでる暇があるなら自分から探しにいけば良いマネ!」

「探しに行くって……」


「いざ! パトロールマネ!」


 フランは意気込んで鼻を鳴らした。


「ちょっと待って。この格好で出歩くの恥ずかしいから、まずは着替えないと」


「魔法少女の自覚……もうちょっと持ってほしいマネ」

「うっさいなぁ。世間体が気になる年頃なの!」


 私は慌てて魔法少女の衣装を脱いだ。フランは冷めた目で私を見ていた。



 徒歩一時間かけてたどり着いた繁華街には人が溢れていた。

 駅前にあるファッションビルは特に人が多く、気を抜けばすぐ人の波に飲まれてしまう。


「……ここはやめとこ」

「なんでやめるマネ! こういう人が多いところこそ犯罪が多いマネよ!」


 鞄の中に入ったフランが、ファスナーの隙間から、ちょこっと顔を出してヤジを飛ばしてくる。


「だって、こんな大勢の前で変身するなんてちょっと恥ずかしいじゃん……それに逆に通報されそう」

「きっとパフォーマンスで許されるマネ!」

「ちょっと無理あるなぁ……」

 ため息混じりにそう言って、私は来た道を戻った。


「ちなみに、このパトロールの時間も時給に入るの?」


「それはないマネ。時給は魔法少女として変身して、ちゃんと活躍している時に発生するマネよ。今の紅緒は普段着。ただの暇な女子高生が散歩しているだけで時給が入るなんて、そんなの給料泥棒マネ」


「うぅ……」

 魔法少女というのは思ったよりもせこい職業らしい。


 こうなったら早く悪事を見つけないと!


 町から家へと続く道を自転車で駆けていると、薄暗い路地裏を見つけた。両隣には古く寂れた中華飯店と個人経営の電気屋が建っている。


 じめっと湿気が強く、黴臭い。


「いかにも犯罪が起きそうな路地裏ね」


「それはちょっと偏見が入っているマネ」


 フランの言葉を無視して、路地裏を覗きこんでみる。人の気配はない。


「よし、ここで犯罪を待ってみる!」

「まぁ、紅緒が言うならやってみるといいマネ」


 少し呆れたようにため息をつくフラン。


 私はスカートが地面について汚れないように、お尻を押さえながら座り込んだ。横には錆のついたドラム缶がある。これが身を隠してくれるだろう。



――一時間後。


 事件なんてものは何も起こらなかった。


「あし、こし、いたい……」


 軋むように痛む私の下半身。

 一時間も身動きをとらないというのは、かなり苦痛だった。

 でも少しでも動いたら悪(時給一万円)が逃げてしまうかもしれない。そんなことを考えたらやっぱり一歩も動けない。


 そもそも、どうして正義のヒーローポジションの私が、悪事が働かれるのを待っているのだろう。

 正義の味方なら、悪事が起こらないように見守らないといけないんじゃないだろうか。

 良心が痛む。こうやって人は大人になっていくんだろう。


 ずずずっ


 なにかが私の足の上を這う。

 視線を落とすとそこにはムカデがいた。


「ひぃい!」


 でもここで身動きをとったら(以下略)


「がんばれ紅緒! たかがムカデマネ!」


「たかがって、刺されたらすっごく痛いのにいいいいい!?」


――二時間後。


 日は落ちて、空が赤く染まった。

 空のてっぺんはもう藍色に染まっている。


「もうやだ、おしっこ行きたい」


 泣きそうだった。


 相次いで出てくるムカデやイモリやゴッキーちゃんには少しずつ慣れてきた。


 でも膀胱(ぼうこう)がつらい。限界だ。


「ちょっとトイレとか……」

「ダメマネ! その間に犯罪が起こったらどうするマネ?」


「で、でも、もう限界が近くって……」


「我慢するマネ! そうだ、尿意を消し去る魔法をかければいいマネ!」


「そんなことに魔法を使うなんて…………経費で落ちるの?」

「落ちないマネ」

「いやよ! 使わない!」


「だからフランはあの町中に居た方がいいって言ったマネ!」

「でもあんなところで変身するなんて恥ずかしいじゃん」


「そんなこと言ってたら立派な魔法少女になれないマネよ!」


「別に私、立派な魔法少女になりたいわけじゃないし。お金ほしいだけだし」


「おいごらああああ!」

 突然怒声が聞こえた。

 一瞬フランかと思い「このブタ叩き割ってやろうか」と思ったけれど違う。フランのように人の感情を逆撫でするような声じゃない。


「なぁ、兄ちゃん。ええやん。金だしてぇな。オレ今金欠なんや、ちょっとくらい恵んでくれてもええやろ?」

 ヒョウ柄のスキニーを履いた眉のない男が高校生くらいの男の子に絡んでいる。


 眉なし男の年齢はわかりずらいが、見たところ十代後半くらい。

 高校生は近所にある私立の制服を着ている。


「ぃ、いや……でも、これは塾のお金で……」

 高校生は目をそらしながら、おどおどと答える。

「なんや? 俺みたいなヤツには金くれへんのか? 差別ってやつちゃうか? 世の中ビョードーやろ? ん?」

 眉なし男は優しく諭すように言っているが、明らかに恐喝だ。


 うわあああ、本当に出会っちゃったよ。


「紅緒、変身マネ!」

「うん!」


 私はフランを頭より高く持ち上げて、叫んだ。


「チャージ・ザ・マネー!」

「マネーーー!」


 フランが私の声にあわせて叫ぶ。フランのお腹から飛び出た七色の光が私を包み込み、フリルのついた衣装――魔法少女へと変身した。


「そそそそこのああああーなた! やめなさい!」


 思いっきりどもってしまった。


「あ?」


 眉なし男は、私のほうを睨みつけたが、その目はすぐに丸くなる。


「な、なんだ姉ちゃんその恰好。ネーちゃん……コスプレか?」

「こ、コスプレじゃないわ」

「魔法少女マネ!」


 フランが鞄の中から飛び出してきた。


「ぶ、ブタの貯金箱が宙を浮いている!?」

 眉なし男が目を見開く。

 高校生クンはまだ口を開けたままだった。


「マネーパワー」


 フランのお腹の蓋から七色の光が溢れ出し、私の手元に集まると、ステッキとしての個体になった。


「さぁ紅緒、魔法で彼の悪をやっつけるマネ!」


「うん! ……あ、一応確認だけど、魔法少女として活躍してるんだったら、魔法代は経費で落ちるわよね?」


「落ちないマネよ」


「うん?」


「だから、落ちないマネ」


「え、どういうこと? 魔法使えないじゃない」


「自腹すればいいマネ。だから時給が高いマネよ」


「じ、自腹!?」


 信じられない言葉を聞いた。


「あ、でも最後の最後に使える、悪の心を浄化する魔法、それなら一日一回無料で使えるマネ」


「そ、そんな……じゃあそれ以外は自腹なの?」


「マネ!」


「そんな、そんなのいやああああ」


 絶望だ。これが絶望だ。やっとありつけた魔法少女という高給取り。

 でも、でも、魔法代が自腹なんてきいていない!

 って聞いていないこと多すぎる!

 聞いてないって言う、これで何回目だ!


「でも彼が相手なら大丈夫マネ」


「え・・・・・・?」


「見てみるマネ。彼は反抗する意がほとんどないマネ」

 フランが短い手を動かして、目の前の眉なし男を指さす。


 眉なし男は、私のことを指さして、げらげらと笑っている。確かに反抗する気はなさそうだ。


「今ならほかの魔法を使わずに浄化魔法が使えるマネ!やるマネ!」

「や、やるって・・・・・・方法がわからないよ」


「この間、家を建てたときと同じマネ。思い描けばいいマネ」

「わかった。マネーパワー」


 初めて魔法を使ったあの時のように、フランのお腹から光が溢れだした。光はリボンのように束ねられ、魔法のステッキとなって私の手元に現れる。


「紅緒! やるマネ!」

「うんっ!」


 私はステッキを掴んで目を瞑る。


「お願い。あの人の心を浄化して・・・・・・」

 温かい光が、私の体を包みこむ。


 そして――カッと目を開ける。


 ステッキから溢れだしたまばゆい光が、眉なし男へ向かって走り、弾けた。


「な、なんだこりゃああああああ」

 眉なし男は、光に包まれて叫んだ。


 光が消えるころ――

 眉なし男の眉間に寄っていた皺はなくなり、彼は赤ちゃんのように無邪気な笑顔を浮かべていた。


「あ、あの・・・・・・おかね・・・・・・」

 高校生が、お金の入った封筒をもっておどおどとしている。


「お金? そんなもんいらねーよ」

「へ?」

 高校生は口を大きく開けて驚いている。


「世の中平和が一番だ。ラブアンドピースだ。俺、今までなにやってたんだろう。本当に悪かったな」


「い、いえ・・・・・・」


 高校生はなにが起こったのかわからない、といった表情で、私と眉なし男を交互に見ていた。


「すごい・・・・・・」


 浄化魔法――こんなに人の心を浄化できるなんて。


「これが……魔法少女の仕事、なのね……」


「そうマネ! やっとわかったようマネ。魔法少女というのはすさんだ現代社会を浄化するためにと――っても必要な職業マネ。決してふざけた職業じゃないマネよ」


 フランがふふんとブタ鼻を鳴らす。

 彼の腹のコインが、鼻から入った空気に揺られたのか、ちゃりんと鳴った。


(登場人物紹介)

【フラン】

ポジション:パートナー

通称:ブタ、フラン

外見イメージ:ブタの貯金箱

性格イメージ:いじっぱり、鬱陶しい、人をおちょくる。

年齢:不明

身長:18センチ(横)14センチ(縦)

体重:300g(中に入っているお金の量により、上がったり下がったり)

語尾:マネ


(詳細)

紅緒の相棒の魔法動物。功利主義。

正義の魔法少女委員会<<ユースティティア>>の使者。

紅緒のことはケチでめんどくさい小娘だと思っている。

けれど紅緒のお金を大切に思う気持ち(魔法の源)を見抜いている。

だからこそたくさん魔法を使ってほしいとも願っている。


端的にいうとクズである。

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