第一章 魔法少女はじめました―2
「魔法少女――って知ってるマネ?」
突然、私の目の前に現れた貯金箱は、暗い公園の中でそんなことを言った。
「魔法少女って、よく子供向けアニメで出てくるのでしょ?
」
私は幼い頃を思い出した。
毎週日曜日、休日なのに早起きをして、狭い四畳半のリビングにおいてあるテレビで見たっけ。
当時はまだアナログ放送だったから、日によって電波が入らない時もあって、ノイズ混じりの映像を必死に眺めていた覚えがある。
「なっつかしいなぁ~。憧れたなぁ~。魔法のステッキを振ったら、魔法の光が出て、色んな悩みを解決してたっけ」
貧乏だった私の家庭でおもちゃなんて買ってもらえるわけは、もちろんなかった。
「新聞紙丸めて絵の具塗って、自作のステッキを作ったけど、さすがにそれを持って友達と遊ぶのは恥ずかしかったから、家の中だけで遊んだんだっけ――はっ」
ふと、自分がこの状況に馴染みかけていることに気がついた。
言葉を話して宙に浮く貯金箱に、ほろ苦い思い出話をする女子高生なんて、もうなんかいろいろ終わってる。
「これは夢、これは夢、これは夢……」
自分に言い聞かせるように何度も呟く。
貯金箱はそんな私に向かって溜息を吐いた。
「まぁ、そう思うのは勝手マネ。じゃあ夢だとして、紅緒は魔法少女になってみたいマネか?」
ちょっと呆れられたような感じに聞こえたのは気のせいだろうか。
「魔法少女? そりゃあなれるならなってみたいけど……」
「なれるマネよ」
「はい?」
「愛野紅緒、君は魔法少女になれる素質があるマネ」
突然そんなことを言われて、私の頭はフリーズした。
停止した頭を何とか起動しなおして、喉の奥から絞り出した。
「へー」
抑揚のない棒読みで私は言った。
「目ぇ死んでるマネ! 信じてないマネ?」
「いや、信じる信じないそういうんじゃなくて、現実味が全くないし……」
「うーん、これだから思春期の過ぎた女は……。じゃあ、お試しでなってみるマネ?」
「なにに?」
「もちろん、魔法少女マネ!」
フランはそう言って、私の手の上に乗った。
すっごく胡散臭い。でも面白いからこのブタの貯金箱の話にノッてみようと思った。
せっかくの夢だ。満喫してやろう。
「フランを頭より上に持ち上げるマネ!」
「フラン?」
「フランはフランの名前マネ!」
「あ。もしかしてブタさんの名前?」
「ブブブブブブブタとは失敬マネ! フランは高貴なマジックアニマルマネよ!」
フランと名乗ったブタの貯金箱は、身体を小刻みに震わせた。どうやら怒っているようだ。彼が震えるたびに腹の中の小銭が揺れるのだろう、チャリチャリと金の音が鳴っている。
「ふ、ふん、まぁいいマネ。とりあえずさっき言ったことをやってほしいマネ!」
フランはそう言った後、怒ったように私から視線を逸らした。
お腹のお金がまだチャリチャリと音を立てているので、いまもきっと怒っているのだろう。
「ええっと、こう?」
フランに言われたとおり、彼の体(貯金箱)を頭より上に持ち上げる。
「そうマネ、そしてチャージ・ザ・マネー! と叫ぶマネ!」
「え、やだ……そんなこと叫んだら変な人みたいじゃん」
「い、今なら人通りが少ないし、きっと大丈夫マネ!」
「でも……」
「イケる! 紅緒ならイケるマネ!」
「じゃあ……、こほん」
私は一度咳払いをして、大きく息を吸う。
フランを右手で持ち上げて、夜空に向かって思いっきり叫んだ。
「チャージ・ザ・マネー!」
「マネ――――!」
フランが私の言葉に合わせて叫ぶ。
その時だった。
フランのおへその蓋から七色の光が飛び出して、私の体を包み込んだ。
今まで着ていた制服が光に包まれて消える。
光はまるでリボンのように変化して、私の体に巻きついて、衣装に変化した。
赤い靴に、白いニーハイソックス、純白の手袋、太ももの半分をぎりぎり隠す丈しかない短い桃色のワンピースには、白いフリルと赤いリボンがふんだんに使われている。
「うぇええええ!? ほ、ほんとに変身した!」
視界の端に移った髪は、いつもの赤茶色い髪ではなく、鮮やかなピンク色に染まっていた。
フランは私の手から離れ、宙に浮きながら私の周りをくるくると回った。
「も、もうちょっと女の子らしい驚き方をしてほしかったマネ……。でも無事変身できたようマネね」
フランは文句を言っているけれど、あまりの驚きで彼の言葉は私の右耳から左耳を通って出ていってしまう。
どうやら髪は目よりも高い位置でまとめられているようだ。
こんな高い位置で髪を纏めたのは、小学校中学年以来かもしれない。
恥ずかしさよりも珍しさの方が優っていて、私は手袋を外して服のあちこちを触った。
「鏡みてくるね!」
「ちょ、ちょっと待つマネ! はしゃぐのはいいけど、ここからが本題マネ」
「本題?」
私は首をかしげてみせた。
フランは私の目の前まで浮び上がり、塗料で描かれた黒い瞳で私をじっと見つめてきた。
「愛野紅緒。君に魔法少女になって、この世界の悪と戦って欲しい」
「魔法少女……」
私は外した手袋を握りしめた。
「そもそも、悪って何? 窃盗とか売春とかインサイダー取引とか?」
「それも確かに悪マネ。でも、魔法少女が倒す悪はもっとわかりやすいマネ。人々の心に巣食う黒い感情、それを取り除くのが魔法少女の仕事マネ」
「余計わかりづらくなったような、ならなかったような……」
人々の心に巣食う悪――そんなのよりも窃盗や売春のほうがわかりやすいような気がする。
でも窃盗犯を捕まえたり、売春している同い年の子を説得したりする勇気なんて、私は持っていない。
「ちなみに時給一万円マネ」
「やります!」
即決だった。
すごく胡散臭いけれど、今の私にとって時給一万円はかなり助かる。
「よく決心したマネ! じゃあそんな紅緒に、この魔法の使い方を教えるマネ」
「うんうん。お願いします」
「まずマネーパワーと叫ぶマネ」
「マネーパワー」
ださいと思いながら、蚊のなくような声でつぶやいた。
するとフランのお腹から再び光が溢れだした。光はステッキとなって私の手元に現れた。
五十センチほどの棒の先端に、ハート型のダイヤモンドがついている。
「なにこれ高く売れそう!」
「売っちゃだめマネ! これが初心者魔法少女用のステッキマネ。これなら紅緒でも簡単に魔法を使えるマネよ。魔法は公私混合しても構わないマネ。好きなときに使うといいマネ」
「す、好きなときに? 本当にいいの?」
「マネ!」
フランは上機嫌なのか、踊るように私の周りを浮いている。
「そうマネ! 紅緒、何か魔法を使ってみるマネ。紅緒、君が今欲しい物を言うマネ!」
「ほしいもの……」
――ほしいもの。
ご飯、布団、お風呂、新しいスニーカー。
いや、それよりも、私が今、一番欲しいものは――
私は魔法のステッキを握りしめて、目を瞑った。
「家。家が欲しい。大きくなくていいの。お風呂と台所がついて、落ち着ける家が欲しい。あと、できれば赤い屋根がいい」
温かい光が、私の体を包み込んだ。まるで母に包まれているかのような、そんな落ち着ける温もりがその光にはあった。
私はゆっくりと目を開ける。
目の前――公園だった場所には、私の思い描いた通りの家があった。
赤い屋根で、決して大きいとは言えないし、新築のように綺麗でもない。でも、私が一番欲しかった理想の家だ。
「ほ、本当に叶った!」
「良かったマネ!」
「うん! ほんとによかった!」
これなら野宿しないで住む。
そして、家が、帰る場所があればいつか母も戻ってくるかもしれない。
私は目元に浮かんだ涙を拭ったあと、ステッキを握りしめた。
「こんな、お伽話みたいなことが起きるなんて……夢みたい……」
「夢じゃないマネ! これが現実マネ! おめでとう紅緒。あ、あとこれ」
「え?」
フランは私の手元に、一枚の紙切れを置いた。
紙切れの右上には、明朝体で『借用書 20,000,000円 魔法代』と書いてあった。
「?」
私は思わず首を傾げた。領収書? なんじゃそりゃ。しかも0多くない?
「人件費はかからなかったから引いているマネ、金利はゼロにしとくから、ちゃんと返済するマネよ」
「返済?」
「土地代と家代、それから魔法代を合わせて二千万円マネ」
「ちょ、ちょっと待って。そもそも魔法代ってなに?」
「もしかして……何の対価もなく魔法が使えると思ったマネ? はぁ、これだから学生は世の中舐めてるマネ」
フランは溜息を吐いた。
「物を買うにはお金がいるマネ? それと同じで、魔法を使うと、その魔法の大きさに合わせてお金が発生するマネ。等価交換マネよ」
「え、え? そんなこと聞いてないよ」
私は領収書と家を交互に見た。
領収書には今まで見たことのない量のゼロがついている。
「まあ、フランもそんな大きな願いをするとは思ってなかったマネ。でも使ったもんはしかたないマネ」
「と、取り消し、取り消しはできないの?」
「取り消したら更に取り消し魔法代が上乗せされるマネよ?」
「うぇええええんんん」
「ちなみに返済期限は五年間。延滞したら、ベーリング海でカニ漁行きマネよ」
「いやあああああ。それって世界で一番過酷な仕事じゃない!」
もう逃げられない、そう確信したら、涙は出ていないのに心が泣いた。
「まぁ、魔法少女として稼げばあっという間マネ。大丈夫、きっとすぐに返せるマネ!」
フラン(詐欺師)の言葉が悲しい励ましにしか聞こえない。
理想の家を手に入れた。けれど、女子高生にはあり得ない量の借金を負ってしまった。
これから、私……一体どうなるんだろう。
(プロフィール)
【愛野紅緒】
主人公 一人称:私
愛称:紅緒、紅緒ちゃん
外見イメージ:赤髪、セミロング、細身、貧乳
性格:スポ根、ケチ
年齢:16歳
身長161センチ
体重:45kg
(詳細)
市立金森第三高校一年生。
ある日、母が男と夜逃げし、二万で一人生きることに。
魔法少女お試し中、魔法で家を作ってしまい、二千万円の借金を背負う。
五年以内に完済しなければ、ロシアでカニ漁をすることに。
必死で働いてお金を貯めていく。
幼いころから母と二人なため、家事はひと通りマスターしている。
クラスメイトの男子の間では「嫁にしたい子NO1。だけどご飯もっと食べて欲しい)
お弁当として「塩」を持って行き、クラスメイトに同情された過去を持つ。
魔法少女としては百年に一度の大魔法少女レベル(同時に百年に一度のケチという意味でもある)