記憶
私はゆうきが調理場で料理を作っているところをじっと見ていた。調理するゆうきの手はとても速く動く。家だときっと親が作ってくれるのだろうから、ゆうきが一人でここにきてどれくらい経つのかが知れた。
「そんなにじっとみて、どうしたんだい」
ゆうきは出来上がったほかほかの料理を両手に持ち、苦笑混じりに訊いてきた。
「向こうで待っていてもよかったのに」
私はゆうきに合わせて歩く。というよりも、ゆうきが合わせて歩いてくれていると言った方が正しかったけど。
「ゆうきって、料理がとっても上手なんだね! あと、調理している姿がかっこよかった」
「ありがとう。家に居たときは母さんが作ってくれていたから、料理はこっちに来てからさっきの男に習ったんだ」
「そうなんだ」
料理が机の端と端に置かれる。
「私、ここがいい! 」
「え……」
私は自分の分の料理を持ってゆうきと九十度の位置に置いた。
ゆうきは戸惑ったように自分の席に着く。
「だめだった? 」
「いや、いいよ。でも、どうして? 」
「ゆうきとたくさんお話したいから! あのね、お母さんが言ってたんだけど、人は真正面から見つめあって会話すると緊張しちゃうんだって! 」
「そうなんだ」
「うん! 」
それから黙々とご飯を食べた。
半分くらい食べ終わって、会話するという目的が果たされていないことに気付いた。
「ゅ、ゆうき、さっきかっこいいって言っても怒らなかったね? 」
「かっこいいって言われるのは嬉しいかな。あの時の凛の発言はわざとだと思っていたから……それに、今はもう、生贄じゃない」
「よかった」
食べ終わって、お風呂に入った。最初はお風呂には何もなかったのだけど、ゆうきがそれを気にして湯船に食用のバラを浮かべてくれた。
それにゆっくりと浸かって着替えると、眩暈を覚えた。でも、倒れたと思ったとき、痛みを感じなかったんだ。
目を開けると、そこは屋敷の玄関だった。私がここに来たときと同じように、後頭部をぶつけた場所に倒れていた。ドアの開いた隙間から差し込む光は、朝日だった。
「ゆうき……? 」
声に出してみても、返事はない。見回してみても、いない。近くにいない事は明らかだった。
朝だったから、まだ寝ているかも知れないと思い、寝室に行ってみた。扉を開けてみると、何かが舞った。むせ返った。ほこりだった。
中に入ると、ベッドは錆び、その上の布団はぼろぼろ、近くのソファは色あせていた。長い間、ここが使われていないのは明らかだった。
さっきまでの事はなんだったのか。ゆうきの声は、料理の味は……しっかりと覚えている、お湯とバラの花びらが肌をくすぐる感触は?考えられないことに呆然としながら浴場へ。
中を見ると、からりと乾いた床と、わずかなカビの臭い。さっきまで確かにあったはずのバラの花は一枚もなく、ここもまた、しばらくの間使われた痕跡がない。
焦って、でもわずかな希望を抱いて案内されたゆうきの部屋へ入った。ここにも、ゆうきは居なかった。しかし、部屋の真ん中にぽつりと置かれた小さめの机の上に一冊のノートと、一枚の紙があった。
紙には、
凛へ
もしここに戻ってきて、これを読んでくれれば……という願いを込めて書く。
君は出て行ったのか、消えてしまったのか、わからない。けど、消えてしまったのだと思う。
消えてしまったというか……元の時代に戻ったんだろう。
服装を見ればわかる。明らかに、この時代の人ではなかった。男はこの町にはいないと
言っていたし。幽霊が本当にいるのなら、こういう事もあるのだろう。
僕の本当の名前は、ゆうきではなく、鳴海だ。名前を知ってしまったら、帰れなくなるのでは
と思ったんだ。
ただ、それだけ。それだけ、知っていてほしかった。僕を知ってくれている人が。
どうか、これを凛が読んでくれますように。
ゆうき こと 鳴海
と書かれていた。私宛の手紙だった。
もう一冊のノートは、どうやら日記帳のようだ。中を見ると、日付は数百年前。内容は私がいなくなったと書かれているから、きっと私がいた日だったのだ。
ぱらぱらと読んでみると、中には私がいなくなったことと、段々と体調が悪くなる内容が書かれていた。最後には、地下に行かなくてはならない。と、力のない字で書かれていた。最後の日にはそれだけ、ページの一番上の一行に書かれていた。
「地下……」
よくわからない事が書かれていて戸惑いが隠せないが、地下という単語でゆうきの言葉を思い出す。確か『この屋敷の地下の部屋には、今まで生贄としてここに住んできた人たちの骨があるから。ここの地下は凄いんだ。何百も部屋があって、生贄の人が一人ずつ部屋を与えられても余るんだ』と言っていた。
こんにちは、桜騎です! 今回は謎が解けました。なんというか……恋愛というジャンルは難しいですね笑
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!