茜
「いやだ、離して! 私、町の湖なんて知らない! 」
私はなすすべもなく男の人に引きずられながら、左右の景色を見ていた。まったく見たことのない景色で、私の家もなかった。
そのことに驚きすぎて、抵抗する気もなくなった。
いつの間にか私は湖の前にいた。男が湖の周りにいたお爺さんに何か言うところが見えた。やっぱり私は、湖の事も、湖の周りの景色も知らない。ここがどこなのか、全くわからない。なぜ屋敷は変わらずあるのに、町は変わっているのか。気になって仕方なかった。
男が戻ってきて私を軽々と抱き上げると、どこからか運ばれてきた壷のような物に入れようとした。
何で入れられるのかわからないけど、嫌な予感がしたから足を広げて引っかけた。
「……大人しく入れられろ」
低い声でそう言われた。怖かった。
「あーよいよい。生贄なのだから、雑に扱っても構わぬ。そう、だから例えば……足を、折ったりとか。殴り、脅して自ら入らせるとか」
「町長……」
このおじいさんが、町長……。長くて白いひげと髪に囲まれたその顔は優しそうで、でも瞳はとても冷たい光を宿していた。その中にわずかに焦りのようなものも見えた気がしたが。
その時、強い風が吹いたと同時に湖の水が大きくはねた。海の波が荒れているときの高さだった。
「どんな手を使ってもいいから、速く生贄を捧げろ!! 」
町長は声を荒げて言った。
男は私の足に手を伸ばしてきた。
町長が焦っているのを見て、頭にひらめいた。
「待って! 」
「なぜだ」
「おい! 生贄の言う事に耳をかさなくていい! 速くしろ! 」
「私を生贄にすることは、やめておいた方がいいんじゃない? 町長さん、なんで湖の精霊がこんなに怒っているのかわかってる? 」
町長は鼻で笑った。
「生贄がなかったからだろう」
「違うよ? 」
「どうしてそう言い切れる? 」
「だって私、知っているから! 」
町長は男に命令して私をおろした。
「あなたたち、屋敷に生贄を捧げすぎたんだよ。だから、この町を見守っている湖の精霊は怒った。精霊は、みんなに悲しい思いをしてほしくない。死んでほしくないって思っているから! 」
私が話している時、湖も風もしんとしていた。それがきっと、町長さんが信じた理由だと思う。
町長さんは屋敷にいる鳴海も自由にしてやれと男に命令した。ゆうきじゃないのかな?
私は男に連れられて屋敷に戻った。屋敷の入り口はたくさんの荷物が置かれていて、その先にあるドアはずっとどんどんと揺れていた。
荷物をどけるのを手伝って玄関を開けた。ゆうきはドアに体当たりをしていたから、急に開いて驚いていた。でも、私を視認したとたんに崩れ落ちた。
男は町長からの命令を伝えると、ゆうきは屋敷から出ないと言った。
「この屋敷は気に入ってるんだ。汚くなるのは嫌でね。……それに、外国人の幽霊はいなくても、他の幽霊は居るかも知れないよ」
聞いたのは私だった。
「それ、どういう事!? 」
「だって、この屋敷の地下の部屋には、今まで生贄としてここに住んできた人達の骨があるから。ここの地下は凄いんだ。何百も部屋があって、生贄の人が一人ずつ部屋を与えられても余るんだ。その代り狭いけどね」
幽霊が本当かもしれないと思うと泣きそうになった。
「でも、見たことはあんまりないから泣かなくていいよ」
笑顔で言われた。
「……そこは一回も見たことないって言ってほしかった」
「あはは。ごめんね? てことで、僕はこの屋敷に住むことにします。君は、この近くに住んでいなかったんだね。両親が心配しているかも。帰った方がいい」
「…………うん」
帰ると言っても、帰り方なんてわからない。だって、屋敷で目が覚めたら知らないところになっていたから。
しばらく黙っていたゆうきが口を開いた。
「本当はすぐ帰った方がいいのかも知れないが、僕1人ここにいるのは寂しい。だから、ここにいて、帰りたくなったら好きな時に帰ればいい。どうかな? 」
何かを察してくれたのだろう。ゆうきは自分を理由にして提案してくれた。
「そうする」
今度はすぐにうなずいた私に、ゆうきは優しく微笑んだ。
「ということだから、それでは」
ゆうきは私の腕を引き、屋敷に入れると男に笑みを向けて玄関のドアを閉めていく。
「じゃあ、簡単に屋敷の案内をするよ。広いから、迷子にならないでね」
「ぅ……はい」
もしかしたら、今朝の書斎の部屋が寝室から遠すぎたことから、方向音痴だということに気付かれているのかも知れなかった。
ざっくり部屋を案内され、気が付いたら日が暮れていたから、ゆうきの手料理を食べることになった。
こんにちは、桜騎です! 今回の投稿は前回から18日も経っていました。遅くなってしまい、すみません。そして、今年受験生になってしまったので、投稿はまだ遅れそうです。一月に一回は必ず投稿するようにします。すみません。