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百万回異世界転移した勇者

作者: 相葉 茶虎

 むかしむかしあるところに貴樹陸(たかきりく)という少年がおりました。

 むかしむかしといいつつも、生まれは2000年代の日本。

 ごく普通の家庭で育ち、仲のいい友達と平和な日常を過ごしておりました。

 しかし、そんな日常は何の前触れもなく崩れ去ったのです。


 トラックに轢かれたとか授業中にクラスごと爆発したとかもなく、唐突に異世界に召喚される陸。

 そこは、魔王に侵攻され、このままでは人類滅亡を迎える危機に瀕した世界。

 魔法と剣の中世ファンタジー風世界のとある王国に召喚された少年は、理不尽にも一方的に、「魔王を倒すまでは元の世界に帰れない」という魔法の契約をその身に刻まれたのです。


 そして、別世界から来た陸がその身に宿していた力は「成長限界の突破」と「ありとあらゆる技能を習得可能」。

 すごい力ですが、どちらも地道な努力があってこそのもの。

 その身に降りかかる理不尽と重責に比べれば釣り合わないと言えるものでした。


 しかし、陸は努力しました。

 愚痴も文句も募るほどありましたし、苦痛と涙の連続でした。

 しかし、少年はその手を伸ばせる力がありながら、困っている人を見過ごすことができるほど達観もできず、善の心も捨てきれなかったのです。

 本人は後にそれが自分の弱点だと笑っていましたが、魔族の支配に怯える人々にとって英雄の輝きとなったのです。


 15歳だった少年の横顔は幾たびの戦場を超えて、甘さが消えました。

 20歳になり、その肉体と精神に精悍さが宿りました。

 25歳になり、その背中には多くの人々の想いと力が宿りました。

 30歳になり、彼は万人が認める人類の英雄となりました。

 屈強な肉体、尋常ならざる魔力。

 それはもはや人類の枠を超える程の力。

 しかし、それでもその瞳にはいつも優しさがあったのです。


 多くの力、多くの仲間、多くの応援を受け、遂に勇者は魔王の居城で最後の戦いを迎えました。


 ***


「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 陸の剣が魔王を薙ぐ。

 最初こそ通じているのか怪しかった攻撃が、はっきりと魔王の肉体を削り取っているのが分かる。

 対峙してから丸三日が経過する戦いは熾烈を極めていた。

 既に肉体は限界を超えていたが、ここ魔王城に到達するのに十五年かかったことを考えればたかが三日と、鍛え上げられたミスリス鋼のごとき精神がその体を支えていた。


 その間の戦いは正に英雄譚とも言うべき艱難辛苦の道のりだった。

 魔王軍の侵攻で滅びを迎えつつある村や国を救うのは日常茶飯事。

 時には世界の危機ということを理解できない悪辣な人間の手によって陰謀に巻き込まれることも多々あり。

 それでも、それらを乗り越えるたびに力と仲間を手にしてきた。


 幾多の国を救ってきた借りとカリスマを元に人類をまとめ上げ、軍を結集して魔王の領域に攻め入ったのが三年前。

 魔王の支配する大陸の先兵たる魔王軍十将鬼を倒し、魔王城を包む結界を守護する六天魔を倒し、魔王城で待ち構えていた四天王を倒し、魔王の元に辿り着いたのが三日前。

 どこのタイミングで死んでもおかしくない激戦の連続だった。

 事実、ここに辿り着く前に、そして魔王との戦いの中で失った仲間も多かった。


 召喚された時からの付き合いで、今や背中を預けられる最硬の戦士ガリアン。

 世界をまとめ上げるのに一役買ってくれた勇神教皇の孫娘にして、世界最高峰の癒しの神官であり、初恋の女性だったマリアナ。

 亜人諸国をまとめる連合体の首脳陣に連なる部族からは、ハイエルフのリルル。ドワーフのゴウザ。獣人のガルルガ王。

 自分を召喚した王国の王族で最強と呼ばれた聖騎士、ハルトマン王子。

 闇の国で命のやり取りをして以来、陰に陽に立ち回り助けてくれた暗殺者ジーン。

 自身で卵から孵して、今や若き竜王のドラゴン、ドラスケ。

 魔族の跋扈する海を渡る手助けをしてくれた伝説の海賊、シーパルサー。

 そして、大賢者の最後の弟子にして、自分の最愛の女性、シャラ。


 皆と過ごした日々は、それこそこの世界で過ごした苦労釣り合うだけの宝物だった。

 皆がいたから彼は諦めずに戦ってこれた。

 だが、彼らはもういない。

 誰ひとり例外なく、陸の力を一片たりとも疑うこともなく、その人類救済のための血路となり散っていった。

 もはや自分に残された仲間は、精霊王と契約した際に与えられた伝説の精霊クインだけだった。


 魔王の放つ攻撃が勇者の盾を吹き飛ばす。

 相棒だったドラスケの遺言で、その鱗から作り上げた盾だった。

 立て続けに降り注いだ死の呪いがその身を蝕む。

 海底王国の人魚たちから授けられた兜がそれを退ける。

 大賢者が命と引き換えに完成させた究極魔法が魔王の結界を吹き飛ばす。

 魔王の一撃は、友誼を結んだ伝説のドワーフの名工が作り、エルフの細工師が魔法をかけた鎧が間一髪致命傷を防いでくれた。

 最愛の女性シャラが最期にかけてくれた魔法で地を駆け抜け、神が鍛えあげたと呼ばれる神造剣が魔王の心臓を貫き勝利を掴んだ。

 それは、どれが欠けても勝てない戦いだった。


「陸様、大丈夫でちか!?」

「俺は、……まあギリギリだな。……クインも無事か?」

「僕は陸様の魂に結びついているからへいきでち。今、回復するでち!」

「でちでちうるさいよ。緊迫感がなくなる……」


 大量の血を流しながらも、座り込み深呼吸をする陸。

 その周りを小さな妖精が飛び回る姿に、普段だったら冗談交じりに振り払う動作をする陸だったが、今はその動作をする気力も残っていない。

 激闘だった。

 失うものは多かった。しかし、彼はやり遂げたのだった。

 そんな姿の彼に話しかける姿がひとつ。


「無様なものだな」

「黙れ魔王。今のお前ほどじゃない」

「ククク……。確かにな」


 それは目の前で心臓に剣を突き立てられ、正に消滅しようとしている魔王だった。

 陸の目には、その体から急速に存在ともいうべき力が失われているのがわかっている。

 自分がこの世界に呼び出された元凶ともいうべき相手であり、多くの仲間が殺された今、決して許す気も助ける気もない。

 しかし、長い間戦い続け、自分が下した相手ともなれば、多少なりとも言葉を交わしてもいいかとぼんやりとした思考をするに至っていた。


「どうだ。我を倒して満足か?」

「俺は自分を満たすために戦った訳じゃない。強いて言うならほっとしているよ」

「だが、お前は身勝手な人類に呼び出されてその身を縛られているだけの駒だ。この後は感謝もなく追い返されるだけだぞ。それでいいのか」

「さてな。帰ってどうなるのかという思いはあるけど、もう恨みとか怒りはとっくの昔に過ぎ去ったさ。俺もいい歳だしな」

「我は死に、お前は去り。それで残されたこの世界に未練はないのか?」

「ないよ。王国も教団も亜人連合も多くの主要なメンバーを失ったけど、優秀な後継者は残してきたつもりだ。あとは勝手にやるだろう」

「……ふん。我もつまらんやつにやられたものだ」


 魔王はそういうと覚束ない足取りで立ち上がった。

 魔王は今も死につつある。

 もはや復活も逆転の目もないはずだった。

 では、なぜ立ち上がったのか?

 陸も立ち上がろうとするが、一度糸が切れた体はいかに強い意志を持とうとも、立ち上がることを許してくれない。


「勇者よ。お前は強い。だが、この勝利は奇跡だとは思わないかね? だから我は不本意ながらも運命の枝を辿ることにしたよ。例えこの一回を無様に敗北しようとも、残りを勝てればいいとな」


 そう言いながら魔王は邪悪な笑みを浮かべる。

 運命の枝。

 その言葉に陸はぞっとした。

 それは大賢者の残した最後の魔法に関わる禁断の理論だったからだ。

 現代日本人の自分にわかるように言えばそれはパラレルワールド理論。

 いくつも広がり重なり合う世界を、大賢者は運命の枝と名付けていた。

 その究極魔法は、枝分かれした世界から魔力をかき集め、本来放てないはずの力を奮うもということが限界だったが


「大賢者とかいう人間は優秀だったな。こうして我が魂が並行世界に散ることが可能になったのだから。逆らわなければもう少し長生きできたものを」

「クイン! 俺を回復――、いや浄化魔法を放つぞ!」

「この忌々しい剣のせいで我が魂は傷ついてしまったが、問題あるまい」

「クイン!!」


 勇者の悲鳴のような叫び声にクインは焦りながらも浄化魔法を練り上げる。

 それは完成すれば肉体から離れた邪悪な魂を消滅させる術だったが、元々陸の魂を媒介に存在する妖精クインは、戦いに疲弊しきった陸から必要な力が届かず焦りを募らせる。


「そうだな……この分だと、ざっと百万の分裂が限界か」


 その言葉に陸の血の気がざっと引いた。

 この悪しき魔王の魂が百万も並行世界に散る。それは悪夢以外の何物でもない。


「ではさらばだ、勇敢なるものよ。元の世界でわが残りの百万の勝利を祈っていてほしい」


 そう言いながら魔王の姿が急激に薄れていった。

 その瞬間、妖精クインが叫ぶ。


「できたでち!」

「間に合え! オラクルベル・ライト!」

「さらばだ!」


 魔王の居城が二つの光に包まれる。

 陸はそのまばゆい光に目を細めるが、決して閉じることはなく結果を見届けようとする。

 そして、その目は捉えていた。

 自分の放った光は確かに魔王の魂にダメージを与えた。

 しかし、滅することはできず、並行世界にたどることを許してしまったと。

 光の収まった世界で陸は拳を床に叩きつけた。


「失敗した! 最後の最後で俺は何をやっているんだ!!」

「……陸様は悪くないでち。それに、この世界は救われたでち」

「だが、残りの百万の並行世界はどうする。一体なにが起きるんだ?」

「推測でちけど、並行世界にも魔王は同一個体、同位体が存在することが予想されるでち。それに、この世界の分裂した魔王の魂が同位体に同化して、記憶や力の一部が吸収されると思われるでち」


 それは、並行世界で失敗を糧に学んだ魔王が誕生を意味する。

 それを理解した陸は、声を振り絞るようにして言った。


「その世界に、その、俺の同位体とやらは存在するのか?」

「勇者様は元々この世界には存在しないから、同位体はいないはずでち。その並行世界で同様に勇者様が召喚されていればいるかもしれないけど、正直よくわからないでち」

「そんな……」


 その言葉で陸は絶望的な気持ちに落ち込んだ。

 この世界は異世界人である自分を召喚しなくてはいけないほど追い詰められていた。

 そんな中で、この救われた世界の記憶を持った魔王が表れて、勇者である自分がいなかったらどうなるのか。

 絶望しかない。

 そんな暗澹たる気持ちで、なす術がない自分の無力さに嘆いていると、クインがその小さな手で陸の肩を叩いた。


「そんなに悲しまないで欲しいでち。魔王の言っていた通り百万回に一度の勝利だったかもしれないけど、陸様にとっては一度の人生で掴み取った一回でち」

「クイン……」


 まだ心に魔王の残した棘が突き刺さり、すっきりとした気持ちにはならなかったものの、自分はこの世界だけは救ったのだと言い聞かせる。

 そう考えているところで、陸は自分の足元に魔法陣が浮かび上がり、自分の体が光に包まれていることに気付いた。

 その魔方陣は十五年前に自分をこの世界に送り込んだ召喚と契約の魔方陣に違いなかった。

 契約の魔法は、魔王を倒せば還してくれるという約束をきちんと果たしてくれるようだった。


「これでおしまいか」

「お疲れ様でち。さあさあ元の世界での生活がこれから待ってるでちよ。もっと前向きに考えるでち」


 その言葉に陸はようやくもはや記憶も薄れつつある故郷のことを思い返した。

 家族に友達。

 それはこの世界に来るまで、なによりもかけがえのなかった存在。

 自分が戻った時に、十五年経っているのか、それとも全てリセットして元の時間に帰るのかという不安はあるが、それはその時考えればいいと開き直ることにする。

 何があってもこの世界で体験した困難よりはましだろう。


「そうだな。うん。クイン、世話になった」

「世界を救ってもらって感謝するのはこっちでち。なにもしてあげられないのが心残りでちが」

「まあ、そこらへんはもういいよ。なんてったって勇者だからな、俺」


 そう言って微笑むと、その言葉を最後に、陸はその場から消え去ったのだった。

 残された世界は勇者と魔王を失って、急速に変わっていくだろう。

 だが、それは残された人々の為すことである。


(転移は、終わったのか?)


 視界を覆い尽くしていた光が収まると先ほどまでの浮遊感は消え、陸の足元にはしっかりとした大地の感触。

 だが、視界が戻るよりも前に、陸の感覚は違和感を捉えていた。

 固い石畳の感触。そして、この十五年で耳慣れた言語でのざわめき。


「おお、勇者よ。よくぞ参ってくれた。一方的に呼び出したことはすまなく思う。だが、この世界は魔王により滅びの危機に瀕しているのだ!」


(なにっ!!)


 そこにいるのは大勢の魔術師と衛兵達。

 そして、王国の王の姿。

 しかし、その姿は自分が最後に見た時より若がえっている。

 それはまるで自分がこの世界に来た時と同じように。


「これじゃ、まるで……」

「勇者様! これはどういうことでちか!?」

「クイン? お前もいたのか」

「おお、なんと。勇者はすでに精霊を従えてるのか」


 横を飛ぶクイン。クインの存在を知らない王。

 クインの声で自分の体を見下ろすと、はるか昔に捨てた日本製の服。

 剣を振ったこともないような貧弱な腕。縮んだ背丈。


「この世界に来た時に戻ってる!」


 ひとまず陸は、先ほどまでの言動は異世界転移で混乱したためと言い訳し、説明もそこそこにクインと個室で休ませてもらうことにした。

 そしてクインと現状確認する。


「俺はここは十年前の召喚された場所で間違いないと思う。つまりは時を遡ったんじゃないか」

「……僕は時を遡ったんじゃなくて、平行世界に移動したと思うでち」

「平行世界? 魔王と同じってことか? でも一体どうして」

「契約魔法でち。勇者様は魔王を倒すまで元の世界に戻れないっていう強力な術で縛られてるでち。そこで、元の世界に送還される直前に契約魔法が発動して、魔王が存在する世界のほうに送られたんじゃないかと」

「馬鹿な! 運命の枝を移動するなんて契約魔法の範囲外だろう!」

「推測でしかないでちけど、魔王が平行世界に散ったことで通路ができて、なおかつ、同位体が存在しない勇者様だから世界からの反発もなく移動できたのと思われるでち」


 その後も二人は現状とお互いの体を見ながら推測をまとめ上げた。


「よし、つまりはこういうことだな。

 ①俺は百万の並行世界に散った魔王を全て倒すまで戻れない。

 ②知識は引き継ぐけど、肉体はリセットする。

 ③クインは俺の魂に結びついているから付いてこれた。

 と。――なんてこった」

「陸様、落ち込まないでほしいでち。僕にできることがあったらなんでも――」

「落ち込む? 確かに気が遠くなるな。だけど、俺は前の世界でなんども後悔してきたんだ。あの時ああしていればあいつは死ななかったかもしれないって。魔王を倒した。でももっとできることはあったはずなんだ。だから――」


 陸はぐっと視線に力を込める。

 それは十五年前に何もわからないまま異世界に放り出された子供のものではなく、強い信念によって研ぎ澄まされた勇者のそれだった。


「俺はもっと完璧に世界を救う!」


 ***


 こうして、勇者・陸による魔王討伐の長い旅(2回目)が始まりました。


 ***


「やったわね!」


 シャラがこちらを見つめながら言ってくる。

 ここは魔王城。

 再び世界を救うと誓った日から八年。

 勇者は魔王に剣を突き立て、そして即座に浄化魔法を放って消滅させてから座り込んだ。

 実際、かなりうまくいったことと思う。

 この世界の言語も身に着けていたので、最初の時は苦労していた魔法の習得もスムーズにできた。

 起きそうな反乱、事件は極力早めに潰していった。

 だが、変えれば変えるほど未来の予想がつきにくくなるのと同時に、最初に世界と違って魔王の手先が執拗に迫ってくるという違いが起こったのだ。

 それでもこうやって魔王を倒し、傍らには最愛の女性のシャラが立っている。

 だが、逆に言うとシャラ以外は失ってしまったのである。

 そのことを悔いていると、勇者の姿が光に包まれていった。


「もう、帰っちゃうのね……。私もあなたの世界に――!」

「泣くなシャラ。俺が行くのは修羅の道だ。君はこの世界で幸せに生きてくれ。次は、仲間も救ってみせる」

「それはどういう……?」

「さらばだ。また次の世界でも君と出会う」


 ***


 こうして2回目の世界は幕を閉じました。

 そして、次の冒険(3回目)が始まりました。


 ***


「シャラ、リルルさらばだ」

「あなた!」「ゆうしゃさまー!」


 次へ。


「シャラ、リルル、マリアナ。愛しい妻たちよ。さらばだ」

「「「あなた!」」」


 次へ。次へ。


「ガリアン。懐に俺が作ったこの身代わりのペンダント入れておいてくれ」

「よせやい。そういうのは勇者であるお前が……」

「いや、まじでお前が持てよ。お前何度やられると思ってるわけ?」

「勇者様! 落ち着くでち」


 次へ。次へ。次へ。


「愛しい妻、ジーン。俺は、お前を愛していたよ」

「勇者よ……」


 次へ。次へ。次へ。次へ。


「ハルトマン王子……。俺、やりましたよ」

「ああ、わが愛しの君よ……///」


 次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。


「やったな! ガルルガ王、ドラスケ! そして獣人のみんな! 愛してるぜ!」

「「「「ご主人・・・///」」」」


 次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。次へ。


「クイン……///」

「やめるでち! 正気をかえるでち!!」


 何度も繰り返す周回の中、優しく強い、そしてただの人間だった勇者の精神はいつまでもあきらめませんでした。

 でも、ちょっとだけおかしくはなっていました。

 特に千週目くらいで主要な人物全員生還ENDを迎えてからは、かなりおかしくなっていきました。


 やる気を失い、一度は普通に隠遁して暮らしてみたけど、やっぱり最終的には魔王を倒す日々。

 試しに無心で魔王を倒すマシーンになってみましたが、八百周くらいやったら元に戻りました。

 さらに悟っても結果は変わらないとまたぶっ壊れかけ、それでもルーチンワークの魔王狩りを続けることで、勇者の精神はなんとか均衡を保っていたのです。

 そう、魔王を殺すという目的だけはしっかりと持ち続けたのは勇者の頑強な精神があればこそでしょう。

 たくさんの周回の中で、自殺が頭をよぎることもあったけど、それでも魔王を倒すという目的だけは揺るがない姿はまさしく勇者でした。


 ***


「なあ、クイン。今何周目だっけ?」

「1万と365周でち」

「そろそろやめていいかな」

「ばかいうなでちっ!」

「痛ぇ! 何するんだよ!」

「『俺の心が折れそうになったときは、お前が止めてくれ』って百周目で言ったのは勇者様でち!」

「んなもん無効だ無効! 決めた!俺はこの周は平和に過ごすぞ!」

「そう言ってジジイになってから魔王を倒して時間を無駄にしたってい言ってた5千432周目を忘れたでちか!」

「忘れたよ!」


 彼はなんやかんや勇者でした。

 そして、かなり魔王狩りに飽きていたところである転機が起きました。


「クイン。俺、拳で魔王倒してみる」

「な、なに言ってるでちか? もう1年目には神造剣手に入るようになったんでちよ?」

「いや、いけそうな気がするんだよね」

「ば、馬鹿なこというなでち! ちょっと!」


 そして、勇者はそれから試行錯誤の百周の時を超えて、武器なしで魔王を討伐した。

 その時の達成感といったら。


「最高だ。よし、次は何縛りで魔王を倒そう」


 こうして、長く続く伝説の勇者の縛りプレイ周回が始まったのでした。


***


「魔王城爆破を確認。続いて狙撃。……任務完了。魔王のみ撃破完了。これにて魔王ピンポイント殺害完了」

「ピンポイントすぎて、この世界は陸様が去った後も魔王幹部達と人類の戦いが続くでちよ?」

「知らん。俺は魔王を楽しく倒したいだけだ」


 次。


「やめるでち! やめるでち! みんな引いてるでち!」

「うるせぇ! 俺は全ての敵を股間攻撃オンリーで倒すんだよぉ!!」

「股間狩りの勇者じゃ誰もついて来ないでち!」

「ソロプレイ縛りも追加か……。興奮してきた」


 次へ。


「勇者よ! なんだそのパーティーは! それが魔王である我に挑む体制か!」

「いかれたパーティーを紹介するぜ! 奴隷商人で女好きのグレイシー。路地裏のチンピラのアンポン。腐敗王国の悪徳宰相マゼンダ。全員レベル100だ! 以上でお送りする」

「こんなふざけた連中なのになんだこの強さは! グワー!!!」

「やったぜ」


 NEXT。


「魔王軍十将鬼、六天魔、四天王すべてが裏切るだと! 我の部下になにをした」

「これも全て俺の股間にかけた魔法のおかげだ。ナニをしたとは言わんけど」

「え!? サキュバスクイーンとか妖狐姫とかはともかく、グレートゴーレムとかスケルトンロードとかビッグゴールデンスライムとかどうしたの?」

「地獄を見たでち……。おえ」


 光の先へ。


「魔王様! 民からの苦情が鳴りやみません! 魔王城前に退任を求めるデモが!」

「鬱だ……。死のう」

「お気をしっかり! 扇動しているのは一人の人間という噂があります。人類どもの罠かも」

「でも、人気ないのは事実だし。やっぱり死ぬわ」

「魔王様―!」


 ***


 こうして、勇者は1回1回を大切に。

 全力で魔王を討ち果たしていきました。


 周回の最後に魔王の魂をわざと逃すと並行世界に逃げ出すため、次回に魔王の記憶が引き継がれていい感じに難易度が上がるので、完全に討ち果たさないこともありましたが。

 しかし、終盤は魔王も半分諦めムードが漂ってしまい、難易度と勇者のやる気が下がってしまうこともしばしば。

 そんな終わりのないかのように思える旅でしたが、それでも魔王の屍山血河の激戦を乗り越え、遂にゴールを迎えようとしていました。

 百万回の魔王討伐。今、彼は何を感じているのでしょうか。


「感謝――、ですかね。つらいことも多かったですけど、終わってみるとやっぱり感慨深いものがあります。今はすべてのものに感謝ですよ」


 なるほど。特に思い出に残ることとかありますか?


「色々ありすぎて個別の出来事は忘れちゃいましたよ(笑) その場になれば、自分が何をしたら何が起こるってわかるんですけどね」


 すごい記憶力ですよね。


「いやー、常にデジャビュが起こっているような感覚ですよ。それに細かいことは相棒のクインが覚えてくれていますからね」


 今回が最後ということですが、これまでを振り返って一番大切なことはなんですか?


「そうですね。やはり一番大切なのは――」

「おい、勇者よ。なにをぶつぶつ言っている……」


 陸が空に向けた視線を足元に向けると、そこにはずたぼろになった魔王が疲れ切ったような声でそう問いかけてきます。

 ちなみに陸は無傷です。

 陸はとてもとてもやさしい表情でそれに返しました。


「すまない。俺の領域まで来ると、ちょっと想像しただけで、架空の人物と会話できるようになるんだ。最後だからちょっと話し込んじゃった」

「……これも我の責任だから何も言わぬよ。頭おかしいとか、イカレてるとか、もうやめてとか、頭おかしいとか」

「本当にお前が言うなでち。確実に一番つらかったのはこの勇者の横で正気を保ってた僕でち」


 魔王とクインがなにか言っていますが、清々しい気持ちの陸は特にそのことにはつっこみません。

 別のことを考えて首をひねります。


「この長い旅を終えるにふさわしい終わりはどうすべきだろう?」

「もういいからさくっと殺してくれ……」

「いや、それじゃあ気持ちよくしめれないだろう。最後の晩餐がカップラーメンじゃ納得できないように」

「じゃあ、どうするんだ。もう八つ裂きだろうが撲殺だろうが爆殺だろうが毒殺だろうが好きにしてくれ」


 投げやりな魔王の言葉に陸は首を振りました。


「先ほどの問いの続きになるが、一番大切なことを伝える終わりにしたいと思うんだ」

「問いの続きの意味が分からないが、なんだ?」

「それは愛だよ」

「愛?」

「うん。魔王も愛にあふれていたらこんなひどいことをしないと思うんだよ。それを最後にしたい。具体的には俺とラブラブな生活を寿命が尽きるまで送ってもらい天寿を全うしてもらう」

「い、いやだ! なんでそれをわざわざ最後の周にする!? お互いこれがラストだろうに!」


 ちなみに今まで描写がありませんでしたが、魔王は見目麗しい少女とかそんなことはなく、マッチョで身の丈4mくらいある異形の存在です。

 男かと言われると、種族自体違うのでなんとも言えませんが、少なくとも女の要素もありません。

 陸は地を這いずって逃げようとする魔王の後ろに回り込み、そっとあすなろ抱きをしてささやきました。


「愛、教えてやるよ」

「やーーーーー!!!!!!!!!!」


 こうして勇者・陸と魔王は二人仲良く愛を育み、自分の行いを死ぬほど反省して過ごしました。

 そして、ある日魔王は静かに動かなくなりました。

 陸はその隣で涙を流し、そして姿が消えていきました。


 そして、魔王はもう別世界に行くこともありませんでしたし、陸が勇者として呼ばれることもありませんでした。

 その後、彼がどうなっているかは、神のみぞ知るといったところです。


 おしまい。

温かい言葉や石を投げつけたい人はコメントください。

反省はしてます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個人的に面白かったですw 人こんな同じことを何度も何度もなんどもなんどもナンドモナンドモ繰り返していたら狂ってしまいますよね……。 オチもとても良かったです。そこに行き着くか!みたいな…
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