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教授と岩の賢者


●1

 それから一週間歩き通しでたどり着いたのは、静かな森林地帯だった。

 途中モンスターの襲撃にもあったが、私の剣術と主にダルシュ助教授の魔法で撃退した。ブラムゲット教授は逃げ回って敵を引き付けた。これ以上ないチームワーク。

 それでも一番動き回ってたブラムゲット教授はピンピンしてたし、鍛え方が違うんだろう。見習わなきゃ。

 森林地帯に沿うように歩くブラムゲット教授の後に続く。何かを探すようにして歩いていたブラムゲット教授は、やがて、とある木の前に止まった。

 なんの変哲もないただの木。若いのかそれほど大きくはない。幹はしっかりしてる。周囲と見比べてみても違いなんてなかった。

「ブラムゲット教授?」

 話しかけると、ブラムゲット教授は唇に指を当ててしーっと合図する。とっさに両手で口を押さえた私に苦笑して、ブラムゲット教授は木に向き合った。

 幹に手を当てて、口の中で何かを唱える。ブラムゲット教授も魔法が使えたのだろうか?

 しばらくすると、木の幹が翠色に光り始めた。それはやがて上に下にいき、木全体に届く。

 翠色に光り輝く木は幻想的だった。

「わぁ……」

 思わずため息が漏れる。私に一瞬振り向いたブラムゲット教授は、木の方を向いて呟く。

「いきましょう」

 そういうと、木の幹に向かって歩き、幹の中にブラムゲット教授の体が飲み込まれた。

「!!」

 今までの不思議で一番の不思議だ。

 驚いて固まっている私の肩を、誰かが押す。振り返るとダルシュ助教授が顎で木を指した。

「どうぞ」

「木の、木の幹に」

「入るんですよ」

 ぐいぐいと押される。足を踏ん張っていたけど、目の前の不思議から目をそらせず。最後は私から木の幹に飛び込んだ。

 光に包まれた私の体は、浮遊感にも包まれて。ふわりと光の床を歩く。

 何もない。眩しくない光以外何も。真っ白の景色。

「サントゥルーさん、こっちです」

 光の中にブラムゲット教授の声が響き渡る。どこから響くかわからず、キョロキョロしていると右腕をぐいっと引き寄せられた。

 光から出た。

 森の中だった。木々に苔がはった深い深い森の中。湿った香りがして、火の国では味わえないものだ。

(森林浴……ってやつ?)

 それだけ空気すらも緑に包まれていた。

 私の右腕をブラムゲット教授が引いたままだった。後からダルシュ助教授も現れる。

「さ、さっきの場所は? ここはどこなんですか?」

 混乱する私を落ち着けるように、ブラムゲット教授はどうどうと手で合図する。

「さっきの場所はあの世と精霊の世界をつなぐ場所」

 ダルシュ助教授が言う。続けて、森を見渡したブラムゲット教授が説明してくれた。

「ここは精霊の住処です。さっきの場所は、ダルシュくんがいった通り、僕たちの世界と精霊の世界をつなぐ通路です」

「私、世界の通路を歩いてきたんですか?」

「そうです」

 にっこりと笑顔で頷くブラムゲット教授に、私は気絶しそうなほどびっくりして驚いて、今すぐチャイティーが飲みたかった。

「歩きながら説明しましょう。幻想種の住処はもうすぐです」

「はは、はい」

「はい、落ち着いて」

「ダルシュ助教授は、初めてじゃないんですか?」

「まだ二回目ですね」

 なんでそんなに落ち着いてられるんだろう。疑問を込めて見つめると、なんだか居心地悪そうにそっぽを向いてしまった。

 聞かれたくないことだろうか?

「初めてダルシュ助教授を尊敬しました」

「女性じゃなかったら殴ってますが」

 軽口をやりとりしつつ、二人でブラムゲット教授の後を追う。

 森の中は静かで穏やかだった。木の陰から小動物が顔を出し、声をかけようとすると引っ込んでしまう。

「ここでは人間が異質の存在です。いい言い方をすると、お客さんですね。あ、みてください。珍しい方がいますよ」

 ブラムゲット教授は遠くを指差す。指の先にいたのは七色の鳥だった。

「わぁ」

「絶滅した七色鳥です。こちらではまだ生息してるんですよ」

「初めて見ます」

 教科書にも載ってない、未知の生物たちに私は夢中になった。

「人の世にいられなくなった動物や幻想種、モンスターがここにはいます。興奮すると攻撃的になるものもいるので注意してくださいね」

「も、モンスターもいるんですか?」

「はい。知能のあるモンスターで人に見切りをつけたり、危険を感じたモンスターがこの世界に。この世界もひとつじゃないので、いろんなところにあります」

 モンスターがいるなんて驚きだ。私はまだ知能を有したモンスターにあったことはないので、それがどういうものか検討はつかない。

 やがて歩いた先がひらけた場所にでた。

 大きな岩が現れた。苔や小さな花だらけで、ただみていれば岩がそこにあるだけの。

「こんにちは、ダルドボルドさん」

 ブラムゲット教授は岩に話しかける。

 ゴゴゴと大きな音を立てて、岩が動くと、両目と、口らしき顎が突出する。大きな岩が顔になった!

『やぁ、ロイルート。久しぶりだね』

(岩が喋った!)

 岩の口を動かし、岩の眼球を動かし、ダルドボルドと呼ばれたなにかはブラムゲット教授、それに私たちを眺めてきた。

『それに、モン。それと、あたらしい、お客さんだね』

「は、初めまして!」

 ブラムゲット教授に紹介される前に、私は喋り出していた。

 緊張もあったし、何より早くこの大きな岩の正体を知りたかった。

「ツラ・サントゥルーと言います」

『ツラ、よろしく。私はダルドボルド。こう見えて、ゴーレムだ』

「ゴーレム! 幻想種なんですよね?」

 一瞬の間。

 なんでだろう? 私は思わずブラムゲット教授を見た。

 しかしその前にダルドボルドさんが静かに語り出す。

『いいや。私は人間のくくりで言う、モンスターの仲間だ。ロイルート、可愛らしいお嬢さんに、嘘を、ついたね』

「……ああ、うん。すまない、ダルドボルド。僕は願望を彼女に話したんだ」

 ブラムゲット教授は私に向き直った。どうして、嘘をついたんだろう?

 そして、こんなに穏やかなモンスターが存在する事実に、私は打ちひしがれていた。

「ダルドボルドは、ゴーレムというモンスターだ。しかし私はダルドボルドは、ゴーレムは幻想種という新しい見解を学会に発表して、──風の国から追放された」

 ダルドボルドさんを見上げるブラムゲット教授の目は穏やかだった。私は質問を堪えて、次の言葉を待つ。

「今少し話してわかったかな。ダルドボルドはとても賢く、穏やかで、誰かを傷つける要素がない」

 私は頷く。

 短い時間の中で、ダルドボルドさんはとても穏やかで、敵意がない。誰かを傷つけるようには思えなかった。

 それに安心したように、ブラムゲット教授はホッとしたように優しく微笑む。

「どうして嘘をついたんですか?」

「……そうであってほしいと思ったからだよ。ダルドボルドは本来、静かなところで暮らすべき存在だからだ。人の身勝手な拘束に阻まれていい幻想種じゃない」

 ブラムゲット教授は心からダルドボルドさんを幻想種と認めてあげたいんだ。それをこれから私の質問が崩す。そんな予感を感じながら、私は問いかけずにいられなかった。

「ゴーレムがモンスターと呼ばれるのは、どうしてですか?」

 息を飲む音がする。ブラムゲット教授の拳がぎゅっと握られる。

 私は残酷な質問をしている。わかっていたけど、問いかけをせずにいられない。いや、何も知らない私だからこそ問いかけなきゃいけないんだ。

「ゴーレムは生まれた当初は二足歩行の、岩人間と呼ばれる種だ。その頃から知能はあるが、本能的な予知本能しか持ち合わせていない。ダルドボルドまでになるには、少なくとも千年は必要だ。ダルドボルド本人は覚えていないが、研究の結果から千三百年ほどの年齢を重ねていることがわかった」

「その幼いゴーレムは、人に害をなすんですね?」

「……そうだよ。自分を守るために」

「それが学会には、幻想種とは認めてもらえなかった」

『賢い、お嬢さんだ。ツラ、おいで』

 呼びかけられて目の前に立つと、動いてなかった岩が腕となり、私の体を易々と持ち上がる。

「わ、わ」

 目の前に鼻に小さな白い花が咲いたダルドボルドがくる。近距離で見つめ合うなんて、照れ臭い。

『ツラ。我らは人に認めてもらえなかった、が、悲しくはないんだ。何故だか、わかるかい?』

「いいえ。教えていただけますか?」

 素直に首を振る。

 確かに人に認めてもらえなかった悲しみはわかるとして、他に悲しくならない事情があるのだろうか?

『友達が、いる。ロイルート、遠き地のドラゴン、モンやツラも、我らの理解者で、友人だよ』

「私もですか?」

『もちろん、だとも』

「嬉しいです」

 大きな鼻に、私は抱きついた。硬くてゴツゴツしていた。

 でも暖かかった。

「そうだ! 私、チャイティー作るの得意なんです! 飲まれますか?」

『おお、それは、嬉しい』

「ここで火使えますかね」

 ダルシュ助教授がぼやくがそんなのは無視。

 ダルドボルドさんから飛び降りて、軽やかに走る。

 リュックを下げて荷物を取り出し、私はチャイティーを作る。

 これを飲めばみんな元気になる。

 そう、信じて。


●2

『チャイティー、ごちそうさま。不思議な味だったがおいしかったよ』

「よかった! また作りますね」

 私は片付けをしながら、ダルドボルドさんに声をかける。

 私だけ明るいふりをしていたけど、ブラムゲット教授もダルシュ助教授も暗い顔をしていた。特にブラムゲット教授は。

『ロイルート』

 ダルドボルドさんがブラムゲット教授に声をかけた。ブラムゲット教授は、沈痛な顔を向ける。

『私は、気にしていない。君の気持ちはよく、わかっているしね。ただ、君たちは人間だ。それを、忘れないで』

「ああ……」

 私たちは人間。

 その言葉だけが重くのしかかった。

『そういえば、話が、あったんじゃないかい?』

「サントゥルーさんの顔見せだけだったんだよ。新しい弟子ができたから」

『そうか。それは、喜ばしいことだ』

 そこでやっと、ブラムゲット教授はにこやかな笑顔を浮かべた。

 私みたいなのでもダルドボルドさんやブラムゲット教授の話の種になれば嬉しい。片付けをしながら、私はまるで生まれた時からの兄弟のような絆を見せる二人から、目を離せなかった。

 その日は、そこで一泊することになった。

 食べ物は木の実や持ってきた干し肉だったけど、ダルドボルドさんの話は楽しいものだった。

『私の旧い、友人のドラゴンはね、とても話を聞かないなんだ』

「例えば?」

 私が問いかけると、ダルドボルドさんとブラムゲット教授はくすくす笑う。

『冬の国で、新しくドラゴンが、卵から孵ったと聞いたら、急いで飛んで行った。でも冬の国は二つあるだろう、間違えて別の国に飛んで行ったんだ』

「百年ほど前に水の国で水の竜が産まれたけど、ドラゴンが向かったのは光の国だったんだ。話をちゃんと聞いていれば、そんな間違いは起こらなかったんだけどね」

「もしかして、水の龍神様ですか?」

「そうだよ」

 水の龍神様と言えば、柱に次ぐ国の象徴だ。人に近い幻想種とあって、とても頼りにされそして尊敬されている。

「……ダルドボルドさんも、同じなのに」

 ポツリと口からでた言葉に、ブラムゲット教授は驚き、私自身も驚いた。慌てて取り繕うとして、やめた。だって、どう考えても同じなのだ。

「ダルドボルドさんも、みんなから尊敬されたり、頼られる存在です。それをモンスターだからって退治の対象にするなんて間違ってます」

『……ありがとう、ツラ。君のような人間が、いてくれるだけで、幸せだ』

「私、また来ます。何度も、何度でも! ダルドボルドさんがさみしくないって思えるくらい、たくさん!」

 現実はそんなに甘くない。

 ここまでくるのに、土の国を経由して、見つかりにくい世界の狭間を探してやっときたというのに。

『ありがとう。でも、そんなにたくさん、こなくていいんだよ。私は、心があれば、寂しくない。ツラも人の生があるだろう』

「それは」

 ハッとして俯いた。あまりにも短絡的な言葉だった。恥じる私の肩をブラムゲット教授が叩く。にこりと微笑まれて、それだけで私の言ってしまったことが消えるような、そんな気さえした。

「私も来ようと努力はしてるけど、なかなかね。あんまり気にしないように」

「はい、ごめんなさいダルドボルドさん」

『いいよ、いいよ』

 ダルドボルドさんはおおらかに笑う。それだけで私の胸は軽くなった。


 その日は、ダルドボルドさんの前を基地にして幻想種やモンスターの観察にあてた。

 幻想種はいたずら好きなフェアリーに髪を引っ張られたり、モンスターは無垢な丸く黒いぬいぐるみみたいな数匹の群れをみつけた。

「フェアリーは害虫として、普通の家庭でも退治されるので、こうして逃げてくる個体がいるんですね」

 私の髪からフェアリーを剥がしながら、ブラムゲット教授は笑う。

「俺も昔、フェアリー退治しましたよ」

 ダルシュ助教授が久しぶりに喋る。近くフェアリーを手で払いのけている。

 そういえば私も昔、メイドさんたちの手伝いと称したいたずらをフェアリーに仕掛けた気がする。

「申し訳ないことをしました……」

「フェアリーをモンスターと呼ぶ人もいますからね。知能が高くなればダルドボルドのようなものもいます」

「あの丸くて黒いのはなんですか? かわいいです」

 私が指差す先にいる、ぬいぐるみのような黒くて丸い手足のついた何か。

 ダルシュ助教授が後ろから私の肩に手を乗せて、低い声で囁く。

「あれは夢魔。人の夢に巣食って精神を喰らい尽くす奴です」

「ひっ」

「ダルシュくん」

 呆れたような困ったようなブラムゲット教授の声に、ダルシュ助教授ははぁいと気の抜けた声で応える。

「またからかってっ」

「事実を教えてましたー」

 拳を振り上げた私に、ニヤリと笑うダルシュ助教授。敵わないのはわかってるけどっ。

「人の夢を主食にしているというのは本当です。ただ喰らい尽くすことはありません。限度を守って食べてますよ」

「知能があるんですか?」

「はい。あと逃げ足がとても早いです」

「じゃあぬいぐるみにするのは無理ですね……」

 私が寂しそうにいうと、ブラムゲット教授はくすくすと笑う。

「本当にペットにするつもりだったんですか?」

「ダメですか?」

「いいえ、全然。捕まえて、食の世話をできるならいくらでも」

「はい!」

 いつか飼おう。

 心に決めた私にダルシュ助教授が肩を竦めた。

「さて、そろそろ一度ダルドボルドのところに帰りましょうか」

「はーい」

 その日はダルドボルドさんところに帰って野営をした。

 ここで一日野営して、それから火の国に帰るのだという。

「ダルドボルドさんとおしゃべりできるのもあと半日くらいかぁ。さみしいです」

 火の番をしているダルシュ助教授を遠くに見て、私はダルドボルドさんに話しかけた。

 暇があればこうしている。だって、ダルドボルドさんはとても心地いい幻想種だったから。モンスターと言われているとは思えないほどに。

『ツラは、大変じゃないかい?』

「何がですか?」

『ロイルートは、厳しいひとだ。過酷なことや、荒々しいこともやるだろう?』

「ブラムゲット教授は厳しくないですよ。でも私、今が楽しいです」

 昼間、森の中の枝でついた切り傷を撫でた。来るときはそれ以上に危険なことをしてきた。

 それが生きている証。だと思った。

「生きている、人生を楽しんでる気がします。私が見たことない世界を見せてもらって、私すごく幸運だと思います」

『……ツラは輝いているね。知らない世界を、楽しいと思えることは、素晴らしいことだ』

 私は頷く。ダルドボルドさんが笑った気がした。

『賢い子だ。きっと君は、よいひとになる』

 ダルドボルドさんは、肩に咲いていた小さな白い花を私に差し出す。

 少しためらってから、私は受け取った。

 行動以上の、花以上の何かを受け取った気がした。

「ありがとうございます」

 花を受け取ると、私は火の方に駆け出す。

「おやすみなさい、ダルドボルドさん!」

『おやすみ、ツラ』

 優しい声が暗闇の中から聞こえてきた。

 明日はいよいよお別れだ。一抹の寂しさを感じながら、私は眠りについた。

 ダルシュ助教授の守る火だけがパチパチと音を立てていた。

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