教授とサントゥルー
●1
モンスター学科にきて半年ほど経つが、ここは案外人の訪いが多いことがわかる。そして手紙が倍以上に多い。
そして本も増えていく。
「また! せっかく片付けたのに」
「す、すみません」
憤慨した私に首をすくめて謝るブラムゲット教授も見慣れてきたところだった。
半年ともなると、私の知識量は座学なら学科一。一人しかいないけど。ちょっとした自慢だった。
「まだまだ半人前ですけどね」
ダルシュ助教授の毒舌もスルーできるようになってきた。ダルシュ助教授にはなんのダメージにもなってないのが悔しいけど。
「サントゥルーさん」
軽いフィールドワークにも慣れて(慣らされて)きた私は、とある日ブラムゲット教授に話しかけられた。
「今度、ある場所に行くことになりました。そこである方とお会いします」
「ある方?」
「はい、幻想種と呼ばれる賢者ゴーレムです」
「ゴーレム?」
幻想種には聞き覚えがあったものの、賢者ゴーレムに聞き覚えがなかった私は聞き返す。ブラムゲット教授は、そうか、と顎に手を乗せて考える風をする。
「まだ幻想種の種類については詳細は教えてませんでしたね」
「はい。ドラゴンとかユニコーンとか、フェアリーとか大雑把な種類は聞いています。それらは意志を持ち、会話が可能であると、幻想種だけで集落を形成し各地に点在し、人と同じように生活していること」
「それだけ覚えていれば十分です、ばっちりです。出発は三日後、荷物はいつも通りで構いません。着替えと、チャイティーを忘れずに。作れるとなおグッドです」
ブラムゲット教授から褒められた!
チャイティーもたくさん用意してかなくちゃ。
張り切る私は思い出したように質問する。
「あ、武器は必要ですか?」
大切なことだ。
この三ヶ月ほど、私は座学だけでなく、剣術の修行にも身を注いでいた。
二人を守るためじゃなくて、自分を守るため、そして捕獲や観察などを成功させるため。
筋肉もちょっとついたし、気力も危険時はましに対応できると思うな!
ブラムゲット教授は、少し考えてから、神妙に頷いた。
「そうですね。持って行ってもらえるとうれしいです。……ごめんなさい。最初は女の子に荒事はさせないつもりだったんすが……」
「いいんです! 私、魔法使えませんし、体力だけはあるので!」
しょんぼりするブラムゲット教授に、重ねて、私は浮き出た力こぶを露出させて披露する。
「おお、鍛えられましたね」
「はいっ!」
「でも、あんまり無理しないでくださいね。いざという時は、僕たちを頼ってもらっていいんですから」
「では、危なくなったら容赦無く頼らせていただきます!」
「はい」
ほんわかと笑い合う私とブラムゲット教授を、椅子に座って見ていたダルシュ助教授はつまらなそうに本をいじっていた。
「ダルシュくんも行くんですよ」
「げ」
矛先が自分に向かってきたのを顔をしかめているダルシュ助教授。
頭をぽりぽりかいてから、本を置いてこちらに混ざりにきた。
「苦手なんすよね、幻想種」
「こわい方なんですか?」
私が問いかけると、ブラムゲット教授が首を振る。
「ううん。むしろ穏やかで博識な方だよ」
「それが苦手なんですよ。人間みたいで」
「──」
人間みたい。
その言葉からはとてつもなく、いやな響きがした。ダルシュ助教授がどうこうではなく。
私は何も言えずにダルシュ助教授を見つめていると、ブラムゲット教授はやんわりと咎めた。
「差別は関心しないな。幻想種も生きているものたちだ。それは人間も変わらない」
差別。
貴族と私たち民。王族とそれ以外。他国と自国民。
そして人間と幻想種。
私はぐるぐる考えた。人間と幻想種はたしかに違う生き物だけれど、生きて意思があること以外に共通するところがあるのだろうか。
「すんません」
ダルシュ助教授の声にハッとした。
ぼりぼりと後頭部をかいて、表情はいつものぼうっとした顔で。私には反省してるようには見えなかった。
けど幻想種を知らない私がとやかく言うのも違う気がして、言葉を飲み込む。
「ダルシュくんの言いたいこともわからないでもないんだけどね。とにかくこの話はこれで終わり。さ、久しぶりにお会いするんだから準備は念入りにしなきゃね」
「私もお手伝いします!」
手伝うことがあるならなおさらだ。私で役に立てることなら、しなくちゃ。
しかし。
「嫁入り前のお嬢さんを夜更けまで働かせるわけにはいきません」
ときっぱりブラムゲット教授に断られてしまった。ブラムゲット教授は案外堅い考えの人なのかも知れない。
しょんぼりする私の肩をぽんぽん叩くダルシュ助教授。
「まぁ、甘えられるうちは甘えておいてください。そのうちこき使われることになりますから」
「ダルシュくん、一言多いよー」
「はーい」
そう言いながら二人は片付けられた机に向かっていった。
ポツンと残された私は、なんだか無性に物悲しくなって二人を押しのけて机に向かった。
驚いた二人が「おお」と声を上げるのも聞かずに。
「私も! 手伝います!」
「は、はい……」
二人に引かれたのも気にせず、私はブラムゲット教授の指示に従って本や書類を出してくることとなった。
●2
本館の図書館から資料を出してくることになった私は、食堂にはじめてきた時以来の訪れにドキドキと不安に胸を潰していた。
(なるようにしかならないけど)
ダルシュ助教授と一緒じゃないから、顔を覚えられてないだけマシかな。
どうだろう? 覚えられているかも?
不安と戦いそんなことを思いつつ、教えられた図書館に向かうべく本館に足を踏み入れた。
中は学生が思い思いに動いている。
(一階の、南。大きい通路の左側)
教えられたほうに動こうとした私の行く手を、強い薔薇の香水が阻む。
「よくもぬけぬけと顔を出せましたわね」
甲高い声。金髪ドリルの女性。
気の強そうな青の瞳に、自信満々につり上がった眉と唇。
やたら装飾の凝った色の濃い服に、火の国ではそうそう履かないかかとの高いヒール。
「えっと」
相手が待っている。そう、えっと。
「なんとかバーンさん」
「アムルバーン! 失礼な方ですわね。でもまぁ、仕方ありませんわね、平民ですし!」
「はぁ」
「わたくしの名前も知らないようですから、教えて差し上げますわ。わたくし、カチューナ・アヤ・アムルバーンと……っていない!」
興味ないから記憶を頼りに歩き出した私の腕を、なんとかバーンさんがと掴む。
ムッとした私は振り払おうとしたけど、向こうの力が強くて振り払えない。
「なんですか」
「わたくしの名を聞いたのです、あなたも名乗るのが筋でしょう!?」
「知り合いでもないのに必要がありますか」
「ムキィィイ! どういう教育を受けたらそんな失礼になるんですの!?」
すごくめんどくさい。
ダルシュ助教授があしらいたくなる気持ちすごくわかる。
まともに相手をしてたら疲れるだけだし、さっさと追い払おう。
「ツラ・サントゥルーです。失礼します」
「お待ちなさい!」
ぐっと服を強く掴まれる。
ざわざわと周りが騒ぎだしていた。まずい。
「ご挨拶しましたよね」
「サントゥルー、聞き覚えがありますわ。左将軍が確かその名だったはずです。苗字まで偽称して恥ずかしくないんですの!?」
イライライライラ。
掴まれていた服を思い切り振り払う。ビッと服が破れる音がしたが気にしない!
「リリアーナ・ツラ・サントゥルーと言います。父は左将軍のジマング・ゴラ・サントゥルー。これでいいですか。急いでいるので失礼します!」
ポカンとしたなんとかバーンさんを無視して、小走りに私は走った。
(ああ、ああ)
頭に血が上って、なんていうことを!
別に両親に名を名乗ることを止められていたわけじゃない。
私が嫌だったからだ。
父とか貴族とか無視して気楽な学校生活を楽しみたかっただけなのに!
かっとなって涙まで溢れてきた。
柱の物陰に隠れて、座り込む。落ち着くまでここにいよう。
目の前に図書館があった。出入りする気配は少なく、入り口からここは見えない。
騒ぎになって、娘がモンスター学科なんて怪しいところにいるってバレたら、学校辞めされられるかな。
父さんに限ってそんなことはないだろうけど。母さんが反対するに違いない。
せっかくブラムゲット教授やダルシュ助教授と仲良くなれたのに。勉強だって頑張って、剣術だって習い始めて。
「もうだめかな」
「何がだめなんですか?」
びっくりして身を竦めた。
ダルシュ助教授が立っていた。
ああ、私、隠してたんだ。ブラムゲット教授やダルシュ助教授に隠し事してた。
自業自得だ。
「もう、学校辞めなきゃいけないかなって」
「なんとかバーンさんを怒らせたからですか?」
ダルシュ助教授は私の目線にしゃがみこむ。顔を見れずに俯いた。
騒ぎは耳に入っているらしい。
頷く。
「あと、いっぱい隠し事してました」
「あーそれ」
それ、というダルシュ助教授に、なんだろうと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、金色の瞳だった。
ダルシュ助教授が目を開いてる。綺麗な色だった。思わず見惚れる私を遮るように、両目を閉じてしまうダルシュ助教授。
「知ってましたよ、教授も俺も」
「え……」
「サントゥルーと言えば、左将軍。それか貴族に連なる者の名前ですからね。バレないわけがない」
「あの、私、でも、黙ってました」
しどろもどろに言うと、ダルシュ助教授は表情を変えることなく言う。
「後ろめたさが辛かったでしょう。俺たちのほうから言ってやればよかったですね」
涙が溢れそうで、ううん、溢れてきて。
涙を拭う私に、ダルシュ助教授はハンカチを差し出してきた。頷くことで礼を言って、拭う。
「もう、モンスター学科で学べないかと思って。母さんが反対するかもしれなくて。でも私、モンスター学科にいたいです! せっかく慣れてきたし、何よりもっとモンスターのこと知りたい!」
「それはブラムゲット教授に言いましょう。とりあえず資料だけ持ってくるんで、ここで待っててください」
そう言うが早く、ダルシュ助教授はささっと図書館に入っていってしまった。
取り残された私は、ハンカチで涙を拭いつつダルシュ助教授がでてくるのを待った。
●3
図書館から帰ってくる途中、人の視線は気になったものの、ダルシュ助教授の巨体で阻まれた。
本館から出たところで、ダルシュ助教授が言う。
「内緒話なんですけど。俺も実は貴族なんです」
「え!?」
声を上げた私に、しーっと唇に手を当ててダルシュ助教授は続ける。
「例をだすと、なんとかバーンさんもアヤっていうし、こないだ来たマハさんも、ツラさんも、二文字の名前ですね?」
「ああ、はい」
「二文字の名前は位が高いものにしか与えられません。っていう決まりがあります。火の国には」
「法律ですか?」
「んーそれとはちょっと違いますが、まあ堕ちた貴族とかもいますしね」
暗黙の了解というやつだろうか。
「俺はモンって言いますが、これはミドルネームですね。本名もあります」
無言でダルシュ助教授をみる。
しばらくの間。
「教えてくれないんですか? 本名」
「いやぁ、それはもうちょっと親しくなってから……」
「ブラムゲット教授はご存知なんですよね?」
ムッとして聞くと、はぁ、とかまぁ、とか曖昧な答えしか返ってこない。
そりゃあ、私は二人とあって間もないけど!
「ダルシュ助教授は私の本名知ってるのに」
むくれると、参ったようにダルシュ助教授は眉尻を下げた。
「いや、聞いてません」
「え? だって騒ぎを知ってるんじゃ」
「アムルバーンさんはそういうところ厳しい方ですからね。貴族の名を平民と思ってる俺に教える人じゃないです」
「……アムルバーンさんのこと、見直しました。ちょっと」
「あの方はブラムゲット教授と俺が気に入らないだけですよ。あっ、そうだ。アムルバーンさん、申し訳ないって謝ってましたよ」
「それ最初に教えてください!」
アムルバーンさん、謝ってくれたんだ。
今度会ったらちゃんと話してみよう。案外いい人かも知れない。
●4
資料を持って研究室に戻ってきた私たちは、ブラムゲット教授に事の顛末を話した。
「ああそれは大変でしたね」
とやっぱり、私が貴族であることを知っていたようで。
「私まだここで学びたいです」
「それはもちろん、こちらからお願いします、サントゥルーさん」
「でも両親に反対されるかもしれません。母は特に。私がモンスター学科にいることを知りません」
うーんと少し悩んだあと、ブラムゲット教授はにっこりと笑う。
「ではその時は、まずサントゥルーさんが今の気持ちといたいという気持ちを伝えてみてください。それでもダメなら、私が出向きましょう」
「はい! 頑張って説得してみます」
「その調子ですっ」
やる気をみせる私とブラムゲット教授をみて、呆れ顔のダルシュ助教授ははぁとため息をついた。
「何してるんですか」
それから資料をまとめる作業が始まる。
びっくりしたのだけれど、持ってきた本のうち数冊はブラムゲット教授が書いたものだった。
「モンスター学の第一人者ですからね」
とはダルシュ助教授。当の本人ブラムゲット教授は、照れたように頭をかいていた。
時計は深夜を指し、やがて朝に。
大きく伸びをしたブラムゲット教授に、実験道具で淹れたチャイティーを差し出す。ついでにダルシュ助教授にも。
「ああ、ありがとう」
「どうも」
目がさめるわけじゃないけど、すっきりはするはず。
私も自分用に淹れたマグカップを抱えて飲む。
テーブルに広がっている資料は、幻想種やモンスターのものばかり。
私も知らない資料があって、読みふけってしまうこともあったりした。
「サントゥルーさん、今日は帰っていいですよ」
「やることはありませんか?」
「はい。手伝っていただいたおかげで、進みました。今日はしっかり休んで。明日、よろしくお願いしますね」
「はい! あの、ところでどの辺に行くか聞いてません」
大事なところだ。ブラムゲット教授は、ああ、とこぼして黒板に掛けられている世界地図を指差す。
「場所は土の国の東です。この辺りですね。何もないところですが、幻想種の住処になっています」
「土の国までどれくらいかかりますか?」
「早くて一週間でしょう。そうですね、行き先を言っておくべきでした。すみません」
「いえ! それじゃあ明日よろしくお願いします!」
ブラムゲット教授、ダルシュ助教授に頭を下げて私は元気よく研究室を飛び出した。
明日はいよいよ旅へ!




