助教授ととある青年
●
朝、通学したら研究室に見たことがない美形さんがいた。
後ろ姿しか見えず最初は女性かと思うほど、綺麗な水色の長髪をしていた。
ダルシュ助教授と話していた美形さんは振り返れば男性だった。
彫りの深い鼻筋に、涼しげな水色の瞳。線は細いのに、男性とはっきりわかる骨格をしていた。
言葉を失う私に、ダルシュ助教授が紹介してくれる。
「彼女はツラ・サントゥルー。新しい助手です」
「ああ、例の」
声もかっこいい! 水のような低く優しい音色のような声音。
男性は品のいい清潔な白いローブを着ていた。体の前で組んだ両手も品がいい。
全体的に、美しい……!
男性は私に近づいてきた。構える私に、ダルシュ助教授は落ち着くように合図をしている。
「初めまして、ツラ。僕はマハ。ここに時々顔を出しているブラムゲット教授の知人です」
「は、初めまして、ツラ・サントゥルーです。今年度からこちらでお世話になっています」
さらりと男性、マハさんの髪が流れるように動く。
身分の高い人なのかも知れない。
「大変かと思いますが、頑張ってください」
「は、はい! ありがとうございます!」
にこりと微笑みかけられる。儚くて優しい笑顔だ。
マハさんは私に頷くと、ダルシュ助教授の元に戻っていく。
─私が話を聞いていてもいいんだろうか。
迷う私を放置して、二人は会話する。
「幻想種保護協会から、相変わらず出版した書籍への苦情がありますね」
「風の国はお世話になっているから難しいな。国として対応してみるが、後手になるかもしれない」
「だいぶ胃が痛いみたいっすね」
「だろうな。魔法で幻想種とモンスターの種別ができればいいんだが」
「できるんすか」
「やりたい、とは思っている」
「お力になれることがあれば、ぜひ」
「頼りにさせてもらおう」
二人の会話が途切れた瞬間を狙い、コップ二つ分いれたチャイティーを差し出す。まだ熱々だ。
「よろしければどうぞっ」
「─ありがとう」
驚きつつマハさんはコップを受け取った。ダルシュ助教授にも差し出すと、手で礼を言いながら受け取る。
「研究室の拡張は承認されませんかね」
「モンスターを研究するという場所を大々的に作るというので反対されている。価値観の問題だろうな」
「がっかりするだろうなぁ」
「それは僕もだ。モンスター学がもっと広がれば、被害は減るし正しい知識でもって対応することができる」
マハさんのお口にチャイティーはあっただろうか。なんて深刻そうな二人の会話を聞きながら思う。
モンスター学、気にしたことなかったけど、正しい知識を持てば街に現れるモンスターもすぐ対応できるようになるだろうか。
私も力になれるだろうか。
ことり、と机にマハさんがコップを置いた。
「また、様子を見にくる」
「いつもありがとうございます」
「いや、僕が選んだことだ。こちらこそ、肩身の狭い思いをさせてすまない」
マハさんは歩きながら私にも語りかけてくる。
「ごちそうさまでした」
「はい!」
マハさんが建物を出て行くと、はーとダルシュ助教授が長いため息をついた。
私は気になっていたことを問いかける。
「あの方、どこかの貴族様ですか?」
「貴族の方がよっぽど楽だよ……」
ダルシュ助教授は、残っていたらしいチャイティーを飲み干すと、少し乱暴にテーブルにコップを置く。
結局、マハさんの正体は不明なままだけど。
「そういえば教授はどこに?」
会話するあいだも帰ってくる気配はなく、昨日まで収容されていたモンスターも消えている。
机には散らばった書類と教授のコップ。
「教授は国に呼ばれて城に」
「く、国に呼ばれて!?」
「あーいい忘れてたけど、ブラムゲット教授は国賓扱いですから」
「こくひん!? ってなんですか?」
「王家が招いた他国のお客さん」
私は国賓という言葉の重さにいまいちピンときてなくて、ふーんと流した。それより気になったのは。
「教授って火の国の方じゃないんですね」
日に焼けて火の国の住人ぽいからわからなかった。
「それより」
じっとダルシュ助教授が見つめてくる。
ハッ。ふ、二人きりだ。身の危険を感じて構えると、ダルシュ助教授はいたずらっぽく笑った。
「昼食でも食べに行きますか」
「は? え、でも私、昼食持ってきて……」
「たまには学食もいい。行こう」
がし、っと腕を掴まれ引っ張られる。
「わ、わぁ! ちょっと待ってください……!」
少々強引に引っ張られて、私はダルシュ助教授とともに学食へ向かった。
●
学内の建物は綺麗だった。
白塗りの清潔な建物。石造りぽいけど、何でできてるんだろう?
相変わらずダルシュ助教授に引っ張られていたから、まじまじと建物をみる余裕はなかった。
学食にいくというのだから、行くんだろう。黙ってついていくしかない。
学生に見られ、他学科の教授らしき人にも見られ、恥ずかしさに爆発しそうになっていた私の腕がやっと解放された。
「ついた」
学食は広かった。
木目調の壁に、所々に木々が添えられている。窓は大きく開かれて、景色がよく見えた。
机は均等に並べられて、隣が邪魔にならないくらいだ。テーブルも清潔にされている。
「わぁ……」
綺麗! おしゃれ!
目をキラキラさせている私の顔を覗き込んだダルシュ助教授が、ニヤリと笑う。
「地獄へようこそ」
そう言って先に歩く。慌てて後を追うと、何かに躓いて思い切り鼻を床に擦り付けた。
「いった……」
くすくすと笑い声。振り向くと、座っていた学生たちが見下ろして嗤っていた。
強烈な恥ずかしさに、鼻をおさえて、あわてて待っているダルシュ助教授の後を追う。
顔が痛い。
食堂はカウンターで料金先払いで注文するらしい。広々としたメニューに目移りしていると、後ろから思い切りぶつかられた。
「邪魔だよ」
「とろい」
振り返った頃には、すでに姿はなく、私のモヤモヤゲージは溜まっていく。
「な、なんなの」
初めてきたところなんだから、戸惑って当然じゃない! と言いたいのを飲み込んだ。ダルシュ助教授は涼しい顔をしていたからだ。
「注文、好きなものどうぞ」
「は、はい」
好きなものって言っても。
メニューは多岐にわたっていた。火の国メニューから、水の国メニュー、風の国メニューに、雷の国メニューまである!
「迷うなぁ……!」
先ほどまでの恥ずかしい痛い思いを忘れて、私はメニュー表を見上げる。
「スープパスタがいいです!」
「はいはい。おばちゃん、カツカレーとスープパスタ」
「あいよ! ……おや、久しぶりだね。毎日食べてなくて痩せたんじゃないかい?」
「食べてますよー。いくら?」
「千五百と……久しぶりだから千エンでいいよ」
「どうも」
払い終え、引き換え券を受け取った私はダルシュ助教授に頭を下げた。
「ごちそうさまです」
「いえいえ。席取りしましょうか」
「あの、窓ぎわとか」
「窓ぎわはやめたほうが」
はしゃいでいると、私とダルシュ助教授の目の前に人影が立ちふさがる。
金髪長髪ドリルの青目の高飛車そうな、派手な服をきた女性だ。幾つくらいだろう?
「あーらダルシュ助教授、まだ学校に惨たらしくしがみついてらっしゃったのね」
「えーと、どなたでしたっけ?」
「む、ムキイイイ!? 火の国貴族アムルバーンの名を忘れたというのですか!? なんと失礼な!!!」
(うるさい)
隣にいた私にダルシュ助教授が耳打ちしてくる。情報でもなんでもないそれに、吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。
「ふんっ! まぁどこの骨とも知らぬ教授と、裏切り者の助教授しかいない学科なんてもうすぐ潰れるでしょうし」
矮小で、貧弱で、身分が低く、学力も低い!
そんなことより。
(確かにうるさいです)
私が耳打ちすると、ダルシュ助教授が頷く。
(この人ダルシュ助教授のこと裏切り者って)
気になったが、問いかけるのは憚られた。
「で、そこの娘はなんですの?」
「教える義理があります?」
「あなた!」
びしぃっと指さされて、固まる私。そっと目の前にダルシュ助教授がかばってくれるように立ちはだかる。
「ちょっと邪魔ですわよ!!」
「入学して数日の新入生をいじめる悪趣味をお持ちの、なんとかバーンさんは貴族なのにお高いことですね」
「なっ!」
周囲がざわつく。ぷるぷると震え出したなんとかバーンさんは今にも爆破しそうだ。
「できたよ!」
食堂のおばちゃんの威勢のいい声を合図に、すっと振り返るダルシュ助教授。惚けていた私の手を取って、引き上げてくれる。
「ちょっと、まだ話は終わってませんわよ!」
「ここ、食事するところなんで」
素気無くやんわり無視して、ダルシュ助教授は私の手を引いてカツカレーとスープパスタを受け取りにいく。
無視してもいいものか、私が迷っていると。窓際の席を取ってくれたダルシュ助教授は両手を合わせて食べ始める。
「ここには、ああいうのばかりいるんで。無視するのが一番」
「はぁ」
「相手にしてたらきりが無い。モンスター学科を潰そうとしてる人はいっぱいいる」
カツカレーもおいしそうだな、と私はスープパスタを食べる。
スープパスタは野菜の味がしておいしい。
景色は最高だった。ダルシュ助教授に感謝。
「どうしてそんなに疎まれるんですか?」
「……モンスター学科は、害をなすモンスターを研究してる」
カツをフォークで突き刺し食べるダルシュ助教授。吐き捨てるような言い方だった。
「さっきも話してたことだけど、幻想種とモンスターを混同するのは冒涜だって怒る層が一定数いまして」
幻想種。穏やかで神聖な存在。ユニコーンとか、ドラゴンとか、コロポックルとか。
それと同じにしてしまう。
「あとは細々した、積み重ねですね」
「……そんなに、モンスター学は人を踏みにじるような研究なんですか?」
「いいえ」
ダルシュ助教授は即答した。
しかし俯いた。
「いいえ、と言いたいですが。実際のところかなり踏み荒らしてますね」
「……」
パスタを食べる。美味しかった。
振り返ると、コソコソとこちらをみて話していた人たちと目が合う。逸らされた。
元に戻った私は、フォークを握りしめた。
「悔しいです」
「ん?」
「だって、ブラムゲット教授はあんなに手を傷だらけにして、楽しそうに授業してくれるのに、それを誰も認めてくれないなんて!」
「俺もそう思うよ」
「何かみんなに認めてもらうような方法があれば……」
「変な気は起こさない。ほらパスタが伸びるよ」
たしなめられてしまった。
二人とも受け入れてるってこと? この状況を?
私みたいにモンスター学科に入ったばかりの学生は、他学科の学生から洗礼と言う名のいじめを受ける。
モンスター学科が他学科の学生からどう思われてるか明白じゃない!
声もあげられないなんて。
最初は美味しかったスープパスタも、味がわからなくなって無理やり飲み込んだ。
学舎から出るまでダルシュ助教授も無言だった。
「あそこに行けば、モンスター学科がどういう風に思われてるかわかる」
「だから連れていったんですか?」
早くあの狭いけど暖かい場所に帰りたい。
「そうだよ。だから今後、他学科に行く時や食堂に行く時は十分注意すること」
「……はい」
食堂のおばちゃんはいい人そうだったけど、もう二度と行かない。
私は強く、何度も心に決めた。




