教授と座学
すっかり上のものが片付けられた机は、なんと四つあった。
あそこまで詰めて乗せられると机の境がなくなるというか。実際なくなっていたのだけど。
「申し訳ありませんが、この学科に参考書はありません。ノート、しっかりとってくださいね」
「はいっ」
昨日から何度も確認して、ノートと筆記用具の準備は完璧だ。
黒板は本棚を遮るようにかけられた。
ノートに筆記用具、黒板に、教授に生徒。これだけいれば授業になる。すばらしい!
ダルシュ助教授は、片手に本を見つつ、授業を聞くというスタイルだった。この人何気にスペック高い。というか、助教授だしすでに修了しているのかも。
「まずモンスターとはなんですか? サントゥルーさん」
「は、はい。モンスターとは、街や街の外に突然現れ、人に害なす生物です」
私なりの、そして周囲から聞いたモンスター観だ。
「その通りです。しかしそれはモンスター学や魔法を志したことがない人が受ける、一般常識です」
そこでブラムゲット教授は、モンスターと上部に横に書く。
「モンスター学科で学ぶモンスターとは、動物と同じく群れ食事をし、思考し時に身を守るために戦う種族です」
ブラムゲット教授の言葉をノートに書き写す。写したあとに疑問がわき、手を挙げた。
「はい、サントゥルーさん」
「それじゃあ動物と変わらないと思います」
「その通りです。それでは、モンスターと動物の違いを一つずつあげていきましょう。ダルシュ助教授、モンスターの生まれはなんですか?」
大きく頷き、満足そうな笑みを浮かべるブラムゲット教授。
生まれ? 動物と同じなら、親がいるはず。私はそう思ったがダルシュ助教授の回答を聞くことにした。
「モンスターとは、マナの残滓。残りカスです。環境に溶け込めなかったものが、変容して実体化したものをモンスターと言います」
私はそこで手を挙げた。ブラムゲット教授に指される。
「マナとはなんですか?」
「わかりません」
えっへんとブラムゲット教授は胸を張る。ええ、っと声をあげた私に対して、首を傾げて困ったように笑った。
「大精霊が生み出す、環境にすごく良いもの、あと魔法の燃料、というのが今の研究の総意ですね。僕はちょっと違うかなと思っているのですが」
「環境に良いものすぎて、毒になる。それがモンスター、と先日の学会で発表されましたね」
ダルシュ助教授が興味なさそうに本のページをめくっている。
「環境に良いものが、どうしてモンスターになるんですか?」
「そこです。先ほどの学会の話、間違ってはいないんです。環境に良いものは確かですが、反面悪い作用もあるというのが僕の見解です」
そこでブラムゲット教授は、先ほどダルシュ助教授が言ったモンスターの生まれる経緯を黒板に書いた。
「変容して実体化、ここがポイントです」
今までのことはノートに殴り書きのように書かれている。あとで整理しなくては。
「なんらかの外的な要因があり、変容したと思われるのがモンスターです」
まぁ、と頭をかくブラムゲット教授。
「そのどうして変容したかまでは、わからず、まだ研究中なのですけどね」
「そこを究明するのがモンスター学科なんですね」
当たり前みたいに言ったら、ブラムゲット教授とダルシュ助教授が各々びっくりした顔でみてきた。
そのあと、ブラムゲット教授はにこにこして何度も何度も頷く。
「ええ、はい! その通りです! 一緒に頑張りましょうね、サントゥルーさん」
「はい!」
「暑苦しいのが増えたなぁ」
ダルシュ助教授の呟きは空中分散した。
授業は次の段階に進んでいく。
「動物は子孫繁栄しますが、モンスターはしません。まずはこれが一つ」
二つ目と指を折るブラムゲット教授。
「二つ目は、モンスターがモンスターと呼ばれる所以ですね。モンスターはほぼ全てが肉食です」
ごくり、と唾を飲み込む。肉食、と書き込もうとした私を遮るようにブラムゲット教授は続けた。
「主に人の肉を食べます」
鉛筆を持つ手が震える。
モンスターは人を襲う、その理由がわかって。私は怖くなった。
「しかし、モンスターに消化器官はありません」
「えっ」
私が思わず聞き返すと、ブラムゲット教授は日常会話のような気安さで何かを語っていく。
「調べたのでわかったのですが、別種の十数体をかい……」
「教授、教授。その話はまた別の機会に」
何かを語ろうとしたらブラムゲット教授を、ダルシュ助教授が遮る。
ハッとした顔をしたブラムゲット教授は、にこりとぎこちない笑みを浮かべた。
「そうですね。これはまたの機会に」
ブラムゲット教授は何を言おうとしてたんだろう……?
首をかしげる私を放置して授業は再開される。
「どこまでいいましたかな?」
「モンスターの主食のところです」
ダルシュ助教授がフォローをいれてくる。もしかして授業に参加してくれてるのはこのために?
「ありがとう。そう、人の肉を食べるために人を襲うんですね。同じ肉食である、動物のライオンなどとは違います」
ライオンと肉食モンスターの違い、生きるために食べるとかそういうのかな。
「ライオンは賢く、人がライオンを跳ね除ける力を持っているのを知っています。だから襲ってきませんし、逆にモンスターにそこまでの知能はありませんね」
時々いますがと付け足す。個体差というやつだろうか?
挙手する。はい、と促される私。
「草食のモンスターはいないんですか?」
「いい質問です。少数ですがいますよ」
「いるんですか!?」
びっくりした。
草木や木の実を食べるモンスターもいるんだ。でもそれだと、モンスターとは言わないんじゃあ? ノートに書きながら思い、疑問を抱いた私は挙手しようとして、遮られた。
「このモンスターは非常に大人しく、実は学会では動物として登録されています」
「モンスターが動物として登録?」
「ええ、ちょっと話が逸れるので、後日詳しく話しましょう」
「はい!」
と、遠くの方から鐘の音が聞こえる。それが終了の合図だというように、ブラムゲット教授はにっこりと笑う。
「今日はここまでにしましょう。あまり詰め込みすぎても覚えられないでしょうから。─では、今日の振り返りです。モンスターとは?」
がさがさとノートを振り返る。殴り書きされたメモをみて、答える。
「群れ食事をし、思考し時に身を守るために戦う種族です!」
「では、その生まれとは?」
「マナの残滓の反作用から生まれます!」
「百点ですね」
ぱちぱちと拍手をされて、照れた私は下を向いた。親にも勉強を褒められたことがなかったのに、教授というすごい人に褒められるなんて。
「授業反芻しただけですけどね」
「君はまたそういう」
ダルシュ助教授はブラムゲット教授の咎めるような視線も気にしない。
「片付けも手伝ってもらったし、美味しい昼食はいただいたし、いやぁいい助手がきてくれて嬉しいです」
「いい助手」
顔が赤くなるのを感じて、自分の両手で頬を包んだ。熱い。
「フィールドワークで逃げられなければいいですね」
「ダルシュくん」
弱り切った声をだすブラムゲット教授がおかしくて、笑うのを堪えているとダルシュ助教授の矛先が私に向かってくる。
「君も笑い事じゃないよ。もっと厳しくなるから、学生気分を抜いてもらわないと」
「学生ですけど……」
私が反論すると、ダルシュ助教授はむっとした顔をした。交わる視線、ばちっと散る火花。
間であわあわと慌てるブラムゲット教授。
思わず私は吹き出した。
「ぷっ、なんだかダルシュ助教授が、教授みたいですね」
「博士号まだ取れてませんけどね」
嫌味ったらしくダルシュ助教授が言う。ブラムゲット教授は、あははと乾いた笑いをした。
こんな楽しくて賢い人達に囲まれていたら、きっと私も大学卒業できる気がしてきた。
がんばりたいし、認められたい。
その日は帰宅して、早速自分の部屋にこもる。
母さんの淹れたてチャイティーを飲みながら、今日の授業を振り返る。
(モンスターはマナの残りカス)
びっくりしたのは、動物と周知されたモンスターがいることだった。
知らない人が出会ったとして、どうすればいいんだろう。襲われたら?
「でも、襲わないかもしれな……むにゃむにゃ」
「ツラ? ご飯よ。あら、この子ったら、しょうがない子ね」
机に突っ伏して眠るツラにタオルをかけると、母親はどこか嬉しそうに部屋を後にした。




