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教授とキャンパスライフ

●1

 書類の山と本の山。

 どうしたらこんなに積み上がるのか。頭が痛いと私は、まずは本を本棚に戻すところから始めようと腕をまくる。

 片付けは得意だから任せて! とは言いたいものの、いきなりこれはちょっと心が折れそう。

「あいうえお順に並べてほしいです」

 ダルシュ助教授が書類の山から顔を出して言う。

 だったら! 最初から! 散らかさないでください!

 という言葉をぐっと飲み込んで、崩れ落ちそうな何冊か手に取る。

 お、重い。

 全部図鑑並みの分厚さ。こんな本はうちには数冊しかないけど、高価なんだろうなと運んでいると、行く先をダルシュ助教授に遮られ、持っていた数冊の本を持たれる。

 そのまま無言で運ぶダルシュ助教授。

「あ、あの」

「重いものは運ぶんで。本棚の整理お願いします」

 あ、案外優しい……?

 ぼうっとしていると、糸目が見つめてくる。

「早くしてくれない?」

「は、はい!」

 優しいのかスパルタなのかわからない。私たちの様子をみていたブラムゲット教授はくすくすと笑っていた。


 本棚に収められた本の中には、場所がめちゃくちゃになっているのもあり、整理に苦労した。

「ていうか……」

 本棚に本が収まらないんですけど……。

 テーブルに置いた溢れた数冊を眺めていると、隣にブラムゲット教授が立つ。

「またいくつか処分しなきゃいけないかなぁ。手狭でね、広いところを希望してるんだけど。ほら、モンスターを収容したりするから許可が下りなくて」

 そう言って、入ってきたときに大きな音がして、私がびっくりした牢屋のほうを指す。

 ふと湧いた素朴な疑問を問いかける。

「モンスターを収容してどうするんですか?」

「生態を研究したり、放して群れるのか行動を観察したりだね」

「あ、危なくないですか?」

「すごく危ないねぇ」

 それでもやらねばならないのだろう。なんせモンスター学科なのだから。

 先行きに怪しい影が立ち込める。しかし一度はいったからには完遂しなければ……!

(卒業したい)

 ぽろりと漏れそうになる本音を飲み込んだ。

 ふと、本棚から溢れた数冊の本の背表紙を見る。

『森と生物の生態』

『山に棲む動物』

『幻想種』

「あの、本なんですけど」

「うん」

「処分するならいただいても構いませんか?」

 ブラムゲット教授は銀色の目を丸くした。それに慌てて言い訳するように、私は説明する。

「これからここでお世話になりますし、少しでも勉強したくて!」

 それでも、ブラムゲット教授からすぐに答えは返って来ず。まじまじと見つめられていよいよ体がむず痒くなっていたら、がし! と手を掴まれた。

「ええ、はい! ぜひ持っていってください。なんなら、本棚にあるのもいくつか貸そうか」

 ばたばたと本棚に向かうブラムゲット教授の服の裾を私は咄嗟に掴んだ。

「い、いいです! そっちは後日お借りします!」

 せっかく片付けたばかりなのに!

「教授、片付けたばかりなのでやめてください」

 ダルシュ助教授がすかさずツッコミをいれて、ブラムゲット教授はハッとして手を引っ込めた。

「ああ、そうだね。せっかく片付けてもらったのに散らかすわけにはいきませんね。気がつかず申し訳ない」

「いえ、私こそ服を掴んですみません」

 謝り合ううちにおかしくて、私は笑ってしまう。ふふと、ブラムゲット教授も吹き出した。


●2

 山になってるもう一つの片付け案件、書類の山は昼休憩の後になった。

 空いたテーブルの上に椅子を引いて、お弁当と母さん特製チャイティーを乗せる。

 と、二人がわいわい群がってくる。

「手作り?」

「わぁサンドイッチだね。美味しそうだ」

「お、お二人はお食事は?」

 ダルシュ助教授は椅子に身を預けて天井を眺め ている。ブラムゲット教授は、気まずそうに頬をかいた。

「学食なのですが、人が多いとちょっと……」

「??」

「めんどくさいなぁ。はっきり言っちゃいましょうよ。他学科から疎まれてて食事も気持ちよくとれないって」

 教授は小さくなって、指を組んだりしながらもじもじしていた。

「私には多いので、お二人もいかがですか?」

 私の選択は簡単。みんな楽しくた食べれば、お腹は膨れる!

 ぱあああとブラムゲット教授の顔が輝く。学食でよほど嫌な思いをしたのかもしれない。

 へにゃりと年不相応なとろけた笑顔を浮かべると、椅子を引っ張ってきて私の隣に座る。ごく自然な動きに驚く暇もなかった。

 目の前の机を挟んだ向こう側にダルシュ助教授が椅子に座って乗り出していた。

「あの、コップも持ってきてください」

「水筒には何がはいってるんですか?」

「母さん特製チャイティーです! 元気になるんですよ」

「わぁチャイティー、僕チャイティー好き」

 明らかに知能が低くなったブラムゲット教授に苦笑しつつ、ダルシュ助教授が持ってきたコップを二つ追加で置いた。

 ちょっとした室内ピクニックだ。

 私は二人のコップと自分のコップにチャイティーを注ぎ、五切れあったサンドイッチを二人にふた切れ分ける。一切れは自分の。

「いいんですか? こんなにいただいて」

「はい! 食事は皆でとるとお腹いっぱいになりますから!」

 我が家の家訓である。

 学業を反対されているとしても、そこは親。

「今日の具はトマトと葉野菜、それにチキンです」

「わぁ、いただきまーす」

「いただきます」

 もぐもぐとみんなで咀嚼。一足先に飲み込んだダルシュ助教授が、まだ食べているブラムゲット教授を見つつ私に耳打ちしてきた。

「だいぶ忙しいのと、周囲からの圧力で参ってるようなので、しばらくこうしてほしいな」

「昼食を作ってくることですか?」

 ダルシュ助教授は無言で頷いた。

 それならお安い御用だ。人数が増えたところで負担は家計くらいなものだ。

「材料費は請求してくれればだすよ」

 家計の負担もなくなってしまった。ますますやる気が盛り上がってくる。

 ツラ・サントゥルー初めてモンスター学科で役に立てる! みなぎるやる気にダルシュ助教授に引かれた気がした。

「このチャイティー絶品だねぇ。作り方教えてくれない?」

「門外不出なので秘密です。ここで作ってあげることはできますけど……」

「それお願いしたいな。徹夜のお供にすごく良さそう」

 キッチンが見当たらないが、とキョロキョロした私に答える形でダルシュ助教授が、どこからかアルコールランプと網を取り出した。

「これでやれと……!?」

 思わず元来のツッコミ癖がでてしまった。

 サンドイッチをもぐもぐしていたブラムゲット教授が、黒焦げになった網を掲げる。

「結構火力でるんですよ、これ」

「魔法でシュバ! っとかないんですか?」

「残念ながら、僕もダルシュくんも魔法は使えないんだ」

 魔法のことは詳しくないが、使えない人は使えないのだという。

 ちょっとしたがっかりな気持ちでサンドイッチを頬張っていると、先に食べ終えた二人がバタバタと動き出す。

「書類どうしましょうかねぇ」

「いるのといらないので分ければどうですか」

「うんうん、まずはそこからかな」

 私も慌てて飲み込む。ちょっとぬるくなったチャイティーで強引に飲み込むと、片付けてランチボックスをリュックに詰め込んだ。

「僕とダルシュくんが一枚ずつ確認して、君に必要か不必要か渡していきますね」

「はい!」

 しばらく、二人からの怒涛の書類パスが繰り出される。

 しかもほとんどいらないもの。ゴミ入れは膨れ上がっていく。

「そうだ。サントゥルーさん」

「は、はい」

 いらないもの、いるもの、いらない、いらない。

 ブラムゲット教授が話しかけてくるのに必死で答える。

「明日からは授業をしましょう」

「は、え!?」

 今持っているのがどっちか忘れてしまった。

「いらないもの」

 すかさずダルシュ助教授がフォローを入れてくれる。二人からの書類渡しは終わったが、まだまだ書類はいっぱい残ってる。

 その前に。

「いま、授業するって」

「はい、言いました」

「私、単位いただけるんですか!?」

「もちろん。フィールドワークの結果や、レポートの提出もしてもらいますよ」

 すごく大学生らしい!

 私は思わず両手を広げて喜ぶ。

「やっっ……たーーーー!」

 その様子を、ブラムゲット教授やダルシュ助教授が生暖かい目で見ていたことには、あえて触れずにおこう……。

 ツラ・サントゥルー、十八歳。火の国国立大学、モンスター学科一年!

 やっと授業に入れます!

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