【8オーダー目】 個性的過ぎる開店スタッフ達
翌日金曜日。
例によって学校が終わるなり店に向かう。
相変わらず一人で入るのが若干躊躇われるお洒落なお店【ファミリー喫茶 シャルール デ ラ ファミーユ】の入り口には『開店準備中』という札が掛かっているままだ。
店に入ると、先に着いていたらしい制服姿の如月がただ一人立っていた。
音に反応してか如月はいつにも増してサラッサラの髪を振り巻いてこちらを向く。
なぜか目が合った途端急激に鋭い目付きに変わり、俺を睨みつけた。
「……なんでキレてんの?」
「別にキレてなんかいないわよ。振り向いたことを後悔しただけ」
「相変わらず嫌な奴め」
「何か言った? いえ、この際言ってなくてもいいわ。死ね」
ボソっと言ったつもりが聞かれていた。言ってなくても結論変わらないのかよ。
「お前さぁ……そんなんでちゃんと接客出来んの? 店に迷惑掛けんなよ?」
「なによ、もう上司気取り? 偉そうに言わないで頂戴」
「偉そうとかいう問題じゃなくてだな……」
「仕事は仕事で割り切ってやるわよ。私は私にとって価値のある人間以外とは人間関係を作らない主義なの。同じ職場で働いているというだけで馴れ合うつもりがないだけ」
「あーそうですか」
なんというか、よくもまあここまで人を拒絶出来るもんだ。
社交辞令とか愛想笑いとかってもんを叩き込んでやりたくなるぜ。
意外とそういうものを身に着けていれば世渡りってのは出来るもんだとうちの店を手伝い始めてから知った幼き時分。
人付き合いが得意ではない俺ですら客とは世間話が出来る様になったほどだ。店を出た途端一切発揮出来なくなるのが悲しい性ではあるが……。
そういえば如月も学校じゃ特定の女友達といつも一緒に居るけど、そいつらのことはどう思って付き合っているんだろうか。
「クラスの友達とかはお前にとって価値があるから付き合ってんのか? 主に白咲さんとか白咲さんとか他にも白咲さんとか」
「友達かどうかは別としても白咲さん以外にもいるし、窓際族のあなたと違ってそれなりに女子同士の交流はあるもの」
「ほっとけ。というか友達かどうかは別問題なのかよ」
「少なくとも自分にとって必要なものだという認識は無いわね」
「えぇ~……だったらなんで」
「友達が居ない人間だと思われると面倒だし、何よりも見下されたり憐れまれたりするのがムカつくから友達っぽい距離感を最低限キープしているだけよ」
「お前やっぱ最低だ!」
って、お俺も似たようなものか?
山本や松本や橋本……あれ三人になっちゃったぞ? まあいい。別に俺も奴らと友情を感じているわけでもないしな。
「というか友達が居ないってだけでそんな風に思われるか? 別に友達じゃないならお互い無関心なんじゃねえの?」
「さすがに説得力があるわね。クラスメイト全員に記憶を頼りにクラスの名簿を作れという課題を出したら八割方の生徒に忘れられていそうな存在だけあるわ」
「……人を傷付けてそんなに楽しいか?」
多分事実だけども。俺だってクラスで空気であることぐらい自覚しているけども。
「だけど、仮にあなたの言う通りだったとしても勝手に劣等イメージを持たれることに違いはないでしょう。私はそういうのが何よりも気に入らないの。見下すのは私一人で十分」
独裁者の思想だ……と言いたいのを我慢し、
「……俺とは逆過ぎる」
「逆?」
「俺は確かにロクに友達も居ないけど、だからって大して好きでもない奴と友達同士、クラスメイト同士みんなで仲良くやってます的な空気に混ざるのは嫌なんだよ。そんな薄っぺらい人間関係ならむしろ要らねえ。空気を読んでれば楽しそうに見える学生生活も出来るんだろうけど、そういう奴等がいざという時に仲間で有り続けてくれるとは思えないからな。人に合わせて離れて行く、見て見ぬ振りをする、一緒になって敵に回る。そんなオチだ」
そんな奴らを嫌というほど見てきたからこそ俺は雰囲気友達というのが好きじゃない。
小さな多くの繋がりは必要ないと思うのだ。しかし如月はというと、
「何を勝手に自らの残念な人生を語っちゃってるのかしら? 秋月の生き方や考え方に興味なんて無いし、どうでもいいんだけど」
どうでもいいのかよ。八方美人ならぬこの捻くれ美人に結構良いこと言ったつもりだったのに。
なんか格好付けてスベったみたいで恥ずかしいわ。
「それよりも、私はいつまでここにいればいいわけ? 四時に店にと書いてあったから来たのだけれど? 第一、曲がりなりにも副店長だとほざくなら先に来ているのが常識でしょう」
「お互い学校終わって直行してんのに差が付けられるわけないだろ。ていうか耶枝さんに何も言われてないのか? あと女子がほざくとか言うな」
「耶枝さん?」
最後の一文は無視され、訝しげに睨まれた。
ということはまだ会ってないのか。だからドアベルの意味ねえよ……。
「店長兼経営者だよ。ちょっと電話してみるわ。多分上に居るだろうし」
すぐに電話を掛けてみる。昨日と同じく電話に出る代わりに階段から降りてきた。
「優君おはよー。久しぶりっ、早かったね」
エプロン姿の耶枝さんは入り口からすぐに位置するレジの後ろにある階段から現れるなりにこやかな表情で近付いて来る。
若干時と場合が間違っている気もするが、相変わらずどこまでも平和な笑顔と穏やかな雰囲気である。
「いや昨日も一昨日も会いましたし、もう二十分前ですからそこまで早くはないかと」
「細かいことはいいのいいの♪ って、どうしてよけるの? あれ、そっちの子は……確か如月神弥ちゃん?」
ハグしようと両手を伸ばしてきたのを防御しているうちに耶枝さんが如月に気付いた。
よく考えてみればアルバイト勢は相良以外は耶枝さんと顔を合わせていないのか。
「はい」
と、名前を呼ばれた如月は短く答える。
店長と分かって尚、物腰が柔らかになることはなく機械的な返事だった。
「そっかそっか、実際に見ると写真より何倍も綺麗だねー。わたしは店長の桜之宮耶枝だよ。これから一緒に頑張って行こうね♪」
「お世話になります。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
如月が頭を下げただと!? 恐るべし……耶枝さんの大人力。
「その顔は何?」
「いやー、如月にも人間の感情が残ってたんだなぁと」
蹴られた。しかもつま先で。
「なんで蹴るんだよ!」
「ふざけた口を利くからでしょう。そもそも馴れ馴れしいのよ、業務以外で顔見知り面する許可を出した覚えはないということを脳に叩き込んでおきなさい」
「だから顔見知りなのは事実じゃん! なんで許可とかいんの!?」
第一馴れ馴れしいと思われる様な会話なんざ皆無だったろ。俺だってお前と必要以上に関わりたくねえっつーの!
と、口に出す度胸の無い悪態を心で並べていると、そんな俺達を見ていた耶枝さんが暢気に一言。
「あらあら、もう仲良しになったんだね。良かったじゃない優君」
「「仲良くなんかありません」」
綺麗にハモった。
それでもやっぱり睨まれる俺だったが、負けじと睨み返し、
「珍しく気が合うじゃねえか」
「そうね。あなたが下等生物である自覚だけはあるようで何よりだわ。涙が出そう、色んな意味で」
「九割方憐れみの涙だろそれ」
「自己評価が高いのね。正確には九割九分九厘よ。ちなみに残り一厘は目にゴミが入ったから。ああ、ゴミといっても秋月のことじゃないから安心して。いくら寛大な私でもゴミと同列に語るほどあなたを過大評価したりはしないもの」
「………………」
絶句。
もう泣いていい? クラスメイトの女子と親戚の前で大の男が泣いていい?
「あはは、面白い子だね。でも優君が本気で凹み気味だからそのぐらいにしておいて欲しいな」
「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません。なにぶん学校でもこんな調子なものでつい気が緩んでしまって」
「…………」
嘘つけ! 学校でなんか一言も喋ったことねえじゃねえか。
「ううん、仲良くしてくれるとわたしも嬉しいし気にしないで。ていうか神弥ちゃんは優君と同じ学校なんだ」
「ええ、不名誉なことに同じクラスです」
「……俺と同じクラスであることの何がお前の名誉を傷付けたのか言ってみ?」
「ところで店長」
無視だー!
「今日はこれから研修ということですが」
「うん。他の子達もじき来ると思うからもう少し待ってね。その前に契約書貰ったり制服支給したりしないといけないから上に行ってもらえるかな? 二階はわたしのおうち兼アルバイトの子達の共同生活寮兼休憩室になってるんだ。階段登ってすぐのダイニングテーブルとソファーがある部屋がそうだから先に上がって待っていてくれる?」
耶枝さんが言うと、如月は「分かりました」と平坦に言って、そのまま階段を上がっていった。
「はぁ……やっぱあんな奴採用しなけりゃよかった」
白咲さんの件で取引を飲んだ俺だったが、あんな調子じゃそれも期待出来そうにない。
となると俺のハートがブレイクし続けるだけだろこれ。
「変わった子なんだねー優君のお友達は」
「いや、友達じゃないですって。ほんとただのクラスメイトってだけで」
「そう? でもあんな綺麗な子がクラスメイトだったら学校楽しいんじゃない?」
「いやいや、あいつがいくらモテようと知ったこっちゃないんで。微塵も興味無いんで。それに如月も相当人間性に難がありますけど、あいつで変わってるとか言っちゃうと他の人達が来てから大変ですよ」
ヤンキーとか僕っ娘とか留学生とか。
「あはは、そんなに個性的な面子なんだ。確かにわたしは巴ちゃんしか会ってないもんねぇ。でもせっかく増えた家族なんだし、個性も無いよりはある方がいいよ」
「家族?」
「そ、このお店で働く子は従業員じゃなくて家族って呼ぶことに今決めたの。お店の名前からとってね。なんかそういうのっていいじゃない?」
「同意を求められても……」
ていうか今決めたのかよ。
思い付きで何でも決めすぎだというのに。
「それじゃあわたしも上に居るから、他の子が来たら二階来るようにに伝えてもらえるかな?」
「あ、はい。分かりました」
「食材とかは午前中にほとんど届いてるから好きに使っていいし、待ってる間に手慣らしでもしておいてよ。機材も機具も優君の好きなようにしていいからさ」
「了解っす。まあレシピを見る限り作る分にはほとんど問題無いと思います。念のために少しだけやってみて、後はコーヒーだけ練習しておきたいんですけど」
さすがにコーヒーの煎れ方までは親に習っていない。
昨日色々調べてはみたものの、実際にやって覚える他ないだろう。
「そっか、今じゃ料理では優君に適わないかもしれないけどコーヒーはさすがに姉さんに教われないもんね。じゃあ研修が終わった後でわたしが手取り足取り教えてあげるよ」
なぜか『手取り足取り』の部分を強調して言うと耶枝さんは『それじゃあよろしくね』と二階に上がっていった。
別に口で説明してくれればいいんだけど……ていうか耶枝さんってコーヒーに対する造詣が深かったのか? どこまでも謎な人である。
そんなこんなで、そのまま残された俺は調理器具やら冷蔵庫の食材をチェックしながら待つことにした。
調理場の真後ろにある棚に並んでいる珈琲豆を見比べたりしているうちに他のアルバイト勢も続々と集まってくる。
最初に入り口から入って来たのは相良だった。
脳内では呼び捨てにしているが決して口には出さない。如月とはまた違った種類の、いわゆる腕力的な怖さがある奴には目を付けられないようにするのが賢い生き方だ。
相良は俺と目が合うなり、
「よう、ヘナチョコ」
「へなちょこって……」
なにその見下してるのを隠す気ゼロな感じ……相変わらず態度もガラも悪い女だ。
昨日見た時と変わらず髪の毛の半分はまっ金金で、さすがに特効服ではなく制服姿だったが、だからといってその他を威圧する人間性は留まることを知らないらしい。
しかし、その髪に加えて鋭い目付きには不釣り合いなベージュのカーディガンに水色のチェック柄のスカート……これは確か隣の市の女子校の制服だったはず。
此奴もしかしてレディースの総長のくせに頭良いのか?
「何見てんだよコラ」
「せっかく可愛い制服着てるんだからそんな険しい顔してないで笑えばいいのに」
なんて言おうものならブッ飛ばされること間違い無し。
そもそもこんな暴力の権化に使うお世辞なんざ持ち合わせていないし、やましいことなんてないわけだから誤魔化す必要も無い。
「せ、制服を分析してただけだって。この辺りの学校の女子の制服は大体調査済みだったからさ」
自慢じゃないが、この学区の制服は全て網羅している。
行きたい学校もなければ将来は今と変わらずうちで働いている気でいた俺に進学先を選ぶ基準など女子の制服しかなかったわけだ。
そのぐらい健全な男子なら珍しいことでもないだろうけど。
「気持ちわりー奴だなテメーは。副店長だかなんだか知らねーけど、あんまナヨナヨしてっとウチがヤキ入れっからな」
「いやいや、気持ち悪がられる理由が一切無いから」
一般論を突き付けたら逆ギレとかこれだからヤンキーってのは困る。
これ以上話していても罵倒されるだけっぽいし、さっさと耶枝さんの所に送ってやろう。
「とにかく、二階に店長が居るから上がって話を聞いてきてもらえるかな」
言うと相良はなぜか慌てふためき、
「お、おう。あの店長か。だったらテメーもっと早く言えよ。待たしたら失礼だろが」
そう言い残して、急いで階段を上っていった。
さすがは縦社会に生きる修羅。目上の人間には礼儀を重んじるらしい。
俺が目下と思われているらしいことが問題なんだけど……目下だけに目下の悩みってか。
「こんにちは」
馬鹿な事を考えてるうちに三人目登場。
カランカランと音を立てた入り口から入って来たのは、恐らくバイトの四人の中で唯一まともに挨拶が出来る子であろう僕っ娘だ。
こちらは昨日と同じく私服だった。なぜか小さめのキャリーバッグを持参している。
「えっと……音川、だっけ?」
「おや、一度会っただけの僕の名前を覚えてくれているなんて嬉しいな。僕が君の名前を覚えていないことが申し訳ない限りだよ」
「……そういうのは口に出して言わなくていいから」
掴み所がない奴だとは思っていたが、これは普通にただ失礼なだけだった。
音川は俺の名札を見て名前を確認すると、
「秋月優、か。じゃあ優君だね。それともユーミンの方がいいかな?」
「ユーミンとかねえし。何任谷さんだよ俺は。普通に呼んでくれ」
「お気に召さないようで残念。なんにせよ、今日からよろしくね」
「ああ、それなりによろしく。っていうか何そのキャリーケース」
「僕は住み込み希望だからね。昨日あの後電話して今日から住まわせてもらうことにしたんだ。これは引っ越しの荷物ってわけさ」
「荷物はそれだけなのか? さすがに少なすぎねえ?」
女子って服とか化粧品とか大量に持ってるもんだと思ってたんだけど、このサイズのキャリーケースじゃ二泊三日の旅行分ぐらいしか無いように思える。
「衣類と学校の物や身嗜み関係の物と愛用のノートだけしか入ってないからね。生活する分にはこれで十分だよ。さすがに漫画やラノベ、同人誌とコレクション達は量があって持ち運ぶのは難しいから郵送にしたけどね。おかげで大した出費さ」
「別にそんなもん家に置いておけばいいんじゃねえの? 別に引き払ってここに住むわけでもあるまいに」
「家なら引き払ってきたよ」
「え、マジで?」
「冗談だよ。ただ、僕は自立するのが目的だからね。自立っていうのは親にお金を出して貰って独り暮らしをするボンボン達を指す言葉じゃないってことさ」
そんな親が居れば僕も苦労しないんだろうけど、と音川は続けた。
それは誰を思い浮かべての言葉なのだろうか。
少し前にクラスメイトの奴が、独り暮らしがしたいと親に言ったところ「そんなにしたけりゃ自分の金でしろ」と親に怒られたという話を盗み聞いたことがあるが、この音川もその手の経験があるのかもしれない。
だけどそんなの高校生なら当たり前のことだろう。遠くに進学することになった大学生ならまだしも、世の中金持ちで甘やかしてくれる馬鹿親ばかりじゃないっての。
だからって本当に自力でやろうとするのもある意味すげえけど……。
「僕はまだ高校生だからこういう共同生活が精一杯だけど、家を出る以上は困ったら帰ればいいだなんて簡単な気持ちでもないし、何より僕のコレクションが僕の目の届かないところで何かあったらと思うと夜も眠れないじゃないか」
「ああ……そう」
オタクなりの拘りってやつか?
人形眺める趣味の無い俺にはよく分からんが、本人なりに真剣に自立というものが何なのかを考えての結果なら文句を言う筋合いもないか。
「そうだ、到着したら君にも見せてあげるよ。特に僕が気に入っているのが……」
「あー、ちょっとストップ」
「?」
「そういう話は後でしよう。今は店長が上で待ってるから先に話を聞いてきてもらえるか」
「おっと、僕としたことがつい熱が入ってしまったよ。その店長はどちらに?」
「そこの階段を昇ったところに休憩室兼リビングがあって、そこで他のバイト達と話をしてるはずだから上がっていってくれれば分かると思うぞ。ここに住むなら部屋も二階にあるし」
「分かった。じゃあ行ってみるよ」
音川はキャリーケースを持ち上げて階段の方へと歩いていった。
元々小柄なこともあってか、単にキャリーケースが重たいのか、抱えて歩くのは随分大変そうにしている。
「それ、上まで運んでやろうか?」
俺が言うと、音川は一瞬驚いたような顔になったが、すぐにいつもの微笑に戻り、
「お気遣いありがとう。でも気持ちだけいただいておくよ。オタクのパソコンは聖域だからね、簡単に人に触らせていいものではないのさ」
そう言って階段を昇っていった。
いや、それを持つだけでそんな警戒されんの?
と思いつつ、しつこく聞くのも押しつけがましい感じなのでこれ以上は言うまい。
別にパソコンとかどうでもいいっていうか、新築の店を心配して言ってるんだけどね。実際ガンガンガンガン壁や段差にぶつける音が響いてるし……。
とまあそんな感じで三人が出揃った。残るはリリーさん一人だけ。
しかし一対一でも苦労しそうな面子が四人揃ったりしたらどんな図になるんだこれ。ていうか同じ女子とはいえあいつら同士はうまくやっていけるんだろうか。
如月と相良とかすぐ喧嘩になりそうなんだけど。
さっきの音川なんかは世渡り上手っぽいから大丈夫そうだけど、社交辞令のしゃの字も知らなそうな二人は要注意だ。シフトも基本俺が組むらしいからあの二人は出来るだけずらすことにしよう。
といっても総数が四人じゃ選んで組み合わせられる余裕もないっぽいけど……。
なんて尽きない悩みの種に珈琲豆を物色する手を止めていると、
「リリーだヨ!」
元気な声が店内に響いた。
振り返らずとも誰だか分かる名乗りながらの入店ではあるが、勢いよくドアを開けたらビクっとするからもう少し静かに入ってきてくれと言いたい。
「おはようございます、リリーさん」
「オハヨー。リリーだヨ!」
相変わらず立派なおっぱ……いや、明るい人で何よりだ。
「いや何回も言わなくてもリリーなのは分かってますから」
「そっかー、リリー反省。そういうオマエは……お手つき?」
「秋月だし。そんな失敗の烙印を引っ提げた名前の奴いないでしょ」
「アキツキか、良い名前だネ。リリーがハマったゲームを思い出すヨ」
「……ゲーム?」
「知らないカ? アキツキの女神」
「それ暁ですから」
大丈夫かこの人……大体ゲームを思い出すから良い名前ってどんなセンス?
会話するたびにツッコみと訂正を必要とされそうで早くも面倒臭くなってきたが、昔から胸の大きい人に悪い人は居ないというし、四人の中では一番人柄が良さそうなだけに邪険にするのも躊躇われるところ。
「取り敢えずですね、二階に店長が居るんで上がって話をしてきてください。他の奴らももう来てるんで」
「了解だヨ。ありがとネ、啄木鳥」
「鳥になっちゃったよ!」
覚える気ねえじゃねえか! ていうかなんでそこだけ日本人でも書けない様な難しい漢字使えんの!?
俺の人生でも一、二を争う渾身のツッコみもどこ吹く風。リリーさんは階段の手前で振り返って俺に手を振り、そのまま二階へ上がっていった。
どこまでも気苦労の絶えない面子である。こんなんで本当に無事オープン出来るのだろうか……。
あの四人が客相手に仕事をしている姿を思い浮かべるだけで無謀感がハンパない。
というか、今になって思えば四人が四人とも学生なんだけど。平日の昼とかどうするんだろう。耶枝さん一人で回すのか?
「………………」
やっぱ何も考えてねえわ……あの人。