【7オーダー目】 無邪気過ぎる面接四人目
四人の内三人の面接を終えて、ようやく一人まとも(そうな)スタッフを見つける事が出来た。
残るは一人となったわけだが、その誰かがどちらに転ぶのかという不安はあるものの、すでに三人とも採用しているので最悪断っても店は回るはずだ。
そう考えるといくらか気が楽になる。
懸念材料はあのヤンキー女がバックレる可能性ぐらいか。……うん、結構現実的にありそうだ。
敵意を具現化した様な女、如月神弥。
暴力を具現化した様な女、相良巴。
オタク文化を具現化した様な女、音川湖白。
次は何を具現化してくるんだ? 慈愛とか思いやりとか、せめておっぱいを具現化してくれていれば世界は救われるのになぁ。
俺の最大の願望である白咲さんがうっかりパターンはもはや望み薄であるだけにそんな望みを抱いてしまうのも無理はない。
もし白咲さんがここに面接に来るなら恐らく如月はそのことを知っているはずだ。
その如月が何も言わなかった以上、それは無いということだろう。
如月なら分かっていて黙っているということもあり得るのかもしれないけど……。
「まあ……無いよな」
と、一人寂しく呟いた時。ドアベルが本日四度目の来客を告げた。
「リリーだヨ!」
入って来た人物は、俺を見るなり元気にそう言った。
にっこりと笑って、片手を挙げながら。
「………………」
強いて言うならば、先に挙げた三つの中から例えるならば、それはおっぱいを具現化していることになるのかもしれない。
いや、具現化しているのかどうかは知らないが、しかしその胸部の双丘は見事なまでに自己主張をしている。
白いシャツの下に着ているキャミソールのせいで谷間が全開になっている分、一層強調されているように感じるのかもしれないが、恐らく耶枝さん以上じゃなかろうか。
しかし、である。
今考えるべき点はそこでは無い。
視線をその一点に注ぎたい気持ちは否定のしようも無い事実ではあるが、しかしそれは後回しだ。
俺より年上であろうその女性の風采はブルネットというのだったか、褐色の肌に明るい緑色の綺麗な瞳をしている。
まさかの異国人登場に固まる俺。
「リリーだヨ?」
「あ……すいません。聞こえてます」
なんとも間抜けな返事である。
外国の方が来るなら前もって言っておいてくれ。という不満は後でぶつけるとして、今はどうにか職務を全うしなければならない。
「えーっと……面接、ですよね?」
「伝説? ゼルダのことカ?」
「いや、そうじゃなくて……」
なんで会った瞬間ゲームの話をするんだよ。
あんまり日本語が出来る人じゃないのか? 面接って英語でなんて言うんだ? ていうか英語圏の人かどうかも分からねえ……。
「リリーはアルバイトのお願いに来たんだヨ」
「それです、それが聞きたかったんです。とりあえず椅子に座ってもらえますか?」
「オッケー♪ ちなみにオマエは誰か?」
「あー、俺はですね……一応この店の副店長です」
と言って通じるのかどうか。それなりには会話は出来るみたいだけど……。
「オォ! フック店長か!」
「フック船長みたいになってるんですけど……」
別に俺の左手はハンガーとか装着してないから。
「ナンバーツーということネ?」
「そうですね。理解してくれているなら良かったです」
自らをリリーと呼ぶ豊乳お姉さんは納得してくれたのか、そのまま椅子に座った。
どうしてこう次から次へと難儀せねばならんのか……幸いにしてこの人はコミュニケーションが取れるか否かが心配点であって、人間性、性格的な難はなさそうなのが救いか。
何が楽しいのかは知らんけどずっとニコニコしてるし、人柄は良さそうだ。
「えーっと、まず履歴書もらえます?」
「ほいサー」
「……どうも」
履歴書は分かるんだ……ていうかテンションたけえな。
ひとまず俺は履歴書を受け取り、中身を見る振りをして一瞬胸元をチラ見して、今度こそ中身に目を通した。
リリー・アグスティナ。年齢、二十歳。
現在はこの近隣にある清江坂外国語大学の二回生であり留学生。
職歴には特に何も書いていない。
「失礼ですけど、国籍はどこなんですか?」
「生まれはスウェーデンだヨ。リリーはハーフだ。マァムはタイ人、ダッドがスウェーデン。生まれてすぐにイギリスに移ったから言葉はほとんど英語」
日本語もオッケーだヨ。と、彼女は続けた。
オッケーと言い切れる自信がどこから出てくるのかは若干疑問ではあるが、会話が成立するレベルならマイナス評価を付けるほどではないだろう。
自慢じゃないけど俺は英語はギリギリ赤点を取ったことはないし、伝わり辛い部分は英単語を交ぜればなんとかなりそうな気がする。
彼女の日本語で問題なく接客が出来るかどうかは別問題なんだろうけど、コミュニケーション能力について言及するのは無しだ。そういうつまらない偏見で差別する人間には虫酸が走る。
「ちなみにこれまでに接客とかの経験は?」
「アハハ、残念ながらリリーはまだ処女だヨ」
「全然伝わってねえ! っていうかさっきから意図的に歪曲してません?」
『セッ』しかあってねえし。どこのセクハラ上司だよ俺は。
と、全力でツッコんでみたものの当の本人は不思議そうに首を傾げているだけだ。
「リリー間違ったか?」
「間違いまくりですし、間違ってなかったとしても普通答えないでしょそれ。要するにですね、今までに他にどんな仕事をしたことがありますか? ってことです」
接客を英語で言えなかったので質問を大雑把に変更。
どちらにせよ職歴を聞けばおおよそ推測は出来るだろう。
「アーハ、そういうことカ。ちょっと小さい頃に運び屋やってたヨ」
「運び屋?」
運送業ってことか?
いや、この歳と性別でそれもおかしな話か。さしずめ配達とかポスティングとか、その辺だろう。
なんてコナン君も驚きの名推理は、付け足された「トラックだヨ」という言葉によってすぐに否定された。
人は見掛けによらないというか、なぜ女性ながらにガテン系の仕事をしようと思ったのだろうか。
もしかしたら外国人だからとか日本語が完璧じゃないからという理由で対人アルバイトを選ばせてもらえなかったのかもしれない。
推測の域を出ないが、そう考えると少し不憫にも思える。
せっかく良い胸を、いや良い笑顔を持っているだけにメイド服とか似合いそうなのに。
「おっと、イカンイカン。俺はエロい妄想と自らを慰める行為はしないと白咲さんに誓ったんだ」
「何をブツブツ言ってるカ?」
「はっはっは、なんのことだかサッパリ分かりませんね。誤解も甚だしいです」
俺ルール第二条。
白咲さん以外の女子は女子ではない。但し蠱惑的なおっぱいに於いては酌量の余地有り。
「それじゃ、えーっと……リリーさん? 呼び方的にはアグスティナさんになるのか」
「リリーだヨ」
「ではリリーさん」
「はいサー!」
相変わらず元気一杯の返事だった。こっちまで釣られて笑顔になりそうなぐらいだ。
「ハイサイ!」
「…………」
「シーサー!」
「……なんで急に沖縄に寄せるんですか。そもそもハイサイって男の言葉でしょ」
「沖縄イイ所だヨー。リリーも行ってみたい。連れて行ってヨ、シャッチョサーン」
「なんで俺が……そもそも俺社長でも店長でもないし」
シャッチョサーンて……表現古いし一気に水商売臭が漂うから止めてくれ。
「ウーン、じゃあ泳いで行くカー」
「いやいやいやいや……」
行くな。なんで随所に野性味を醸し出すんだこの人。
「沖縄はともかく、採用させてもらうんで明日また来てもらえますか? これ契約書とか必要書類です」
「最高か!」
「いや、最高じゃなくて採用です」
「最高かー!」
聞く耳持たず、リリーさんは封筒を渡す俺の手を取ると勢いよくと上下に振り始めた。
その嬉しそうな顔に止めてくれとも言えないままブンブンと上下運動を続ける二人の両腕が制止したのは少ししてからだった。
他所に働きに行った経験も無い俺には分からなかったことだが、バイト一つでこれだけ喜んで貰えるならきっと頑張ってくれるだろう。
こんなメンバーを上手く纏めていける自信なんて無いけど、俺も耶枝さんも店そのものもゼロから始めようとしてるんだ。
オープニングスタッフということが自覚と責任感と連帯感を生んでくれれば、ギリギリどうにかなるかもしれない。
そんな風に思わせる個性的過ぎる四人との人生初面接はこうして無事? 終わったのだった。
ちなみにこの後、耶枝さん宅の夕食に招かれて手料理を振る舞ってもらったのだが、案の定プリンを忘れて帰ってきた耶枝さんの代わりに俺がきっちり怒られた。