【6オーダー目】 掴み所がなさ過ぎる面接三人目
相良が帰ったのを確認すると、耶枝さんは再び二階に戻っていった。
なんでも今は明日の発注リストを作っているらしい。
先ほどのことも含め、なんだかんだでしっかり店長をやってくれているようで何よりだ。
時刻はまもなく午後四時半。
三人目こそは、今度こそは差し障りなく面接に臨みたい。
俺のそんな願いはどうやら叶いそうだ。
間もなく表れた音川湖白という名の女の子は、どこからどう見ても普通の子だった。
入ってくるなり、
「こんにちは」
と、微笑を浮かべてそう言いってこちらを伺っている。背が低く小柄で私服姿が可愛らしい女の子だ。
本日初のまともな挨拶にまずホッと一息。
俺が副店長であることを伝えると少し驚いた様子ではあったが、彼女は素直に席に座った。それだけのことでなんとも言えぬ安堵と感動を覚える。
しかし、かといって引っかかりが無いというわけでもなかった。
表情も態度も落ち着いた雰囲気の子ではあるが、それはどこか他所行きのものに感じられる。
意図して微笑を作っているとでも言うのか。面をかぶっているというか、余裕を演じているような、そんな感じだ。
俺もガキの頃そうしていたことがあるからなんとなく分かる。
この手のタイプも、どこぞのアイスドールと同じで感情が読めないところがある。もっとも如月のあれとは逆バージョンだし、こっちが嫌な気分になることはないのだが。
まあ、俺のパターンと違ってこの子なりの社交性なんだろうけど、喜怒哀楽が分かりにくい相手であることに違いはない。すなわち俺の苦手なタイプだ。
「履歴書をもらえる?」
「ああ、どうぞ」
「えっと、音川……こはく? でいいのかな。十五歳ってことは一年?」
「そうだね」
「…………」
タメ口だった。
いやいや、このぐらいの歳なら割と普通だよな。クラスの奴らだって結構先生相手にタメ口で喋ってるしさ。ちなみに俺は十六歳高二。
「じゃあ勿論バイトは初めてだと思うけど、志望動機とかって何かある?」
別に動機とかどうでもいいんだけど、面接官だと意識すると無意味に聞いてしまう不思議。というか他に何聞けばいいのか分からん。
「いくつかあるんだけど、まず家からは離れていて学校から近いというのが第一条件だったんだ。時給も高いに越したことはないけどね。何よりも共同寮というのが一番の魅力だったかな。家賃光熱費が安く済む分学生のアルバイトでも頑張れば生活費は賄える。そもそも僕がアルバイトをすると決めた理由は自立をしたかったという目的を果たすためだからね」
「………………」
僕っ娘だった。
聞き間違いじゃない。今絶対自分のことを僕って言った。
「どうしたんだい? 急に遠い目をして。ああ、この呼称が気になったのかな。こればかりは勘弁して欲しい。僕は今模索している最中でね、所謂自分のキャラというものを」
「自分の……キャラ」
「その通り。いかにしてモテるか、つまりは男子人気を獲得するかというキャラ探し、いや自分探しかな」
「……それで僕っ娘なのか」
「そう。やはりどんな世界であれ人気を得るために必要なのは個性だからね。特に君も含め、活字で見せる他に手段の無い僕達のような人間にとってはより重要なんだよ。状況描写が無ければ誰の台詞かも判らないようなキャラじゃあ薄い本の一つも作れやしない」
「ごめん……何を言ってるのか全然分かんねえ」
「これでもね、一時期は昨今のヒロイン事情に倣って口調を弄ってみたりもしたのさ。語尾に『のだ』とか『にゃん』とか『づら』とかを付けたりなんかしてさ。だけどよく考えてみて欲しい、現実にそんな喋り方をする人間を見たらどう思う? 普通に気持ち悪い奴が一人出来ただけだったよ」
「そりゃそうだろ……ていうか語尾に『づら』とか付けるヒロインなんているのか?」
「知らないかい? 秘打白鳥の湖」
「野球漫画じゃねえか!」
主役どころか二番バッターだよ。ヒロインってヒーローインタビューのことだったのかよ。
「薄々分かって貰えているかと思うけど、僕はオタクだ。ただ漠然とオタク女子だという認識を持たれているよりは何か特徴があった方が少なくとも目には止まるだろう? 悲しきかな、どうにもオタク女子というのはオタク男子にしかモテないみたいでね。だけど僕はそんなのは御免だ。どうせなら普通にイケメンと付き合いたい」
「………………」
知らねえよ、そんな願望。
どうなってんだよ昨今の面接事情は。
どいつもこいつも求めてもいないのに一芸披露と言わんばかりに個性をアピールしすぎだろ。
この街のタウン誌の読者層はどこなんだよ。
「それで、どうだろうか。僕としては雇ってくれるととても助かるのだけど」
首を傾げてねだるような顔で俺を見上げる音川湖白。
まあ……確かに奇抜な個性をしてはいるが、どう考えても前二人よりはまともな人間性を持っていることは確かだろう。
仕事も真面目にやってくれそうだし、本人の言ところの自立が目的の労働であれば責任感も生まれるとも思う。
あの二人を雇ってこの子を蹴る理由は無い……か。
寮に入ること、すなわちここに住むことを希望しているようだが親の承諾サインもあるしな。
「うん、そうだな。やる気があるのなら是非採用させてもらうよ」
「本当かい? どうもありがとう。頑張るよ」
そう言って、音川湖白は笑った。
それは今日初めて見せた本物の笑顔だったのか、思わず目を反らしてしまうほどに可愛らしい表情だった。
前二人が微塵も笑わなかっただけに、余計にそう感じたのかもしれない。
だからというわけではないが、この子ならきっと大丈夫だろう。
最後までタメ口だったけどね……言うの忘れてたな。