【5オーダー目】 バイオレンス過ぎる面接二人目
二人目が表れたのは、十六時十五分ぴったりだった。
おかげで如月との攻防の後に一息吐くことが出来たのだが、やや乱暴に扉を開けて入って来たその人物を見た瞬間、俺は如月を見た時以上の衝撃を受けて固まることになる。
「あン? なんだてめぇは?」
その人物は、俺と目が合うなりそう言った。
眼光鋭く、睨みつけるように、言葉を失う程に怖い顔で。
一言で表すと、とてもガラの悪い女だった。
特筆すべきは二点。
まず頭部だが、真っ直ぐな髪のきっちり右側半分だけが綺麗に金色になっている。そして何よりも服装だ。
「………………」
完全に特攻服じゃん。
これ違うよ。面接に来た人じゃないよ。そんな敵意剥き出しの真っ赤な特攻服でバイトの面接に来る人なんて居ないよねどう考えても。
では何をしに来たのだろうか。話し掛けるのこえぇ……。
「あのー……」
「ああン?」
はい、無理!
追い出す勇気なんてねえ!
こんなに木刀が似合いそうな女見たことねえもん!
下手に刺激したら血祭り必至だ、ここは丁重にお帰り願うのが最善の策か。それにしたって取り敢えず用件を聞かないことには……。
「あの……ショバ代を払えとか、そういう用件でしょうか」
「あぁ? なんだそりゃ、喧嘩売ってんのか」
「…………」
違うらしい。
「では、あの……どういったご用件で?」
「バイトの面接受けに来たに決まってんだろ。喧嘩売ってんのか」
「バイトの……面接」
間違いじゃなかったらしい。泣きそうになってきた。
「つかぬ事を伺いますけど、どうして特攻服を着ていらっしゃるのでしょうか?」
「そりゃお前面接なんだから正装のが良いだろうが。喧嘩売ってんのか」
俺の全ての質問は喧嘩を売っていることに変換されるらしい。なんだよ特効服が正装って……そんな裏社会の認識とか知らねえよ。
これはさすがに俺の手に負えるレベルじゃない。
そんな判断の下「ちょっとお待ちいただけますか?」と、一言伝えて携帯を取り出す軟弱生物その名も俺。
いっそ警察に電話しようかとも思ったが、一応先に耶枝さんに助けを求めることにした。
困っている旨を伝えるとすぐに耶枝さんは二階から降りてきてくれる。
「どうしたの優君~。って、凄い格好してるねー」
「はい……この人も面接を受けに来たみたいで、俺じゃもう判断出来ないっていうか……」
帰ってくれと言う勇気が無いというか……とは本人の前では言えない。
それを察してくれたのか耶枝さんは、
「おっけー、じゃあわたしが代わるよ。じゃあ席に座ってくれるかな?」
と、ヤンキーさんに言うと、彼女も「おう」と短く答えて耶枝さんが引いた椅子に座り、俺と耶枝さんがその正面に座る。
大人パワーで上手く追い返してくれる事を切に願いつつ、黙って見守るしかなさそうだ。
「履歴書は持って来てくれてるかな?」
「おらよ」
「はい。えーっと……お名前は相良巴さん、巴ちゃんね。歳は十六歳、高校二年生なんだね。まず、どうしてこのお店で働きたいと思ったのかな」
「金。バイクとか維持すんのにも金が掛かるんだよ。ここは時給たけーし、他の店じゃ速攻で拒否りやがるからよ」
そりゃそうだろ……と言いたい衝動がハンパない。
「自分の長所はどこだと思う? 得意なこととか」
「殴り合い」
怖っ!
「ふむふむ、ところで巴ちゃんは何かのチームに入ってるの?」
「おう。ウチは【赤龍】っつーレディースのヘッドやってんだよ」
「へー、凄いんだねぇ」
と、感心した様に耶枝さんが言うと、名を相良というらしい総長は「そうだろ」と得意げに笑った。
そして、話が逸れている様に感じて耶枝さんに頼った事を後悔し始めた時、俺は初めて耶枝さんの大人な一面を見ることになる。
「あのね、巴ちゃん。本当にうちで働きたいと思ってるのなら考えないこともないけど、そのためにはいくつか言っておかないといけないことがあるの」
「んだよ」
「まずその言葉遣い。巴ちゃんはチームのリーダーなんだよね? もしも巴ちゃんの下の子、例えば後輩だとかが今の巴ちゃんと同じ口調で巴ちゃんに話し掛けて来たらどう思う?」
相良総長はその質問にやや黙考し、
「ヤキ入れるな」
「そうでしょう? 少なくともこの店においては、わたしは店長でこの子が副店長なの。つまり巴ちゃんよりも上の立場ということなの。だったら今の巴ちゃんの言葉遣いはおかしいって事も分かるよね?」
「お、おう……」
「それから、今も椅子に膝を立てて座ってるけど、この店に限らず働いてお金も貰おうと思ったらそういう威圧的な態度も駄目。勿論喧嘩や暴力も駄目。巴ちゃんを雇うことになって、何かトラブルになったらどうするの? わたし達が迷惑するだけで済めばいいよ? だけど、喧嘩して誰かに怪我を負わせちゃったらどうする? 口論をしたりお客さんを怖がらせたりしちゃってお店に損害が出ちゃったらどうする? そうなった時に責任を取らないといけないのは巴ちゃんじゃなくて巴ちゃんのご両親なんだよ?」
「そりゃ困るぜ! 親には迷惑掛けらんねぇっつーか……」
赤報隊ならぬ爆走隊の相良総長は気まずそうに目を伏せる。
ヤンキーなのに親思いとかどこのラグビー部の方ですか? 幼馴染みにイソップとかいんの?
「分かってくれるならいいの。家族思いなんだね巴ちゃんは」
「いや、別にそういうんじゃ……ねぇけど」
「そういうことも踏まえて巴ちゃんが頑張れるのかどうか、それを考えてみて? 喧嘩、暴力それからこのお店の中では特効服は禁止。それから言葉遣いも気を付ける。その約束が守れるならうちで働いて欲しいと思う。どうかな?」
相良は下を向いたままバツが悪そうな表情のまましばし無言になった。
やがて、
「分かったよ……ッスよ」
「うん、じゃあこれから一緒に頑張ろうね♪ ほら、優君封筒」
「え、ああ、はい」
慌てて我に戻り封筒を差し出す。
どこか神妙な様子のヤンキーの姿が物珍しくてつい見入ってしまった。危うくまた「喧嘩売ってんのか」とか言われるところである。
「じゃあ巴ちゃん、これで面接は終わり。これに契約書やうちで働くにあたっての説明資料なんかが入ってるから、必要事項を記入してまた明日来てくれるかな?」
「……うっす」
こくりと小さく頷き、立ち上がる。
背を向けて歩き出したので、そのまま出て行くのかと思いきや扉の前で振り返ると深々と頭を下げ、
「よろしくお願いしゃす!」
と、大きな声で言った。
喧嘩や暴力禁止という約束がどこまで守られるのかは不安要素ではあるが少なくとも、いわゆる仁義とか約束といったものを大切にするタイプなのかもしれない。
それにしたって如月も含めて二分の二で問題児っぽいけど、耶枝さんが居れば少なくとも人間関係という面では上手く回ってくれるのではないかと今初めて思った。
やっぱり大人というのは凄いもんだ。