【9オーダー目】 無駄な足掻き
「つーわけなんだよ。さすがにあんなんじゃそのうち停学、退学になっちゃうぞ? どうにかならんもんかね親分」
学校を出たのち、当然の如く店へと直行した俺はTシャツの上にエプロンを重ねて厨房に立った。
ほとんど時間差なくやって来たメイド服姿の相良に労いのコーラを注いでやりつつ、思わず今日の放課後の出来事を愚痴ってしまうのはそれだけ危機感を覚えているからに他ならない。
何が悲しくて俺の信条であり棲み分け区分である平穏から逸脱したパリピに混ざらなければならないのかという話なのに、せめてその中では目立たず、目を付けられず、目を向けられずを貫こうとすることすら絶望的とくればどうにかしようと自分のために動くことを非難される謂れはないはずだ。
もっとも、ここまでの道中で必死に考えた結果思い付いたのがボスにチクるという残念極まりない手段だったのだが……そんな淀んだ気持ちは自覚だけではなく第三者にとってもそう変わりはないらしく、風呂上がりのコーヒー牛乳の如く一気飲みしたコーラのグラスを流しに置くと相良は何とも微妙な反応を示した。
「うちのチームん中でもあいつ等は特に荒んでるからなぁ、とりわけ華は家にも帰りたがらねえし色々問題抱えてんじゃねえの? つーか誰が親分だコラ」
「ねえの? って、相良でも詳しく知ってるわけじゃないのか?」
「そんなもん興味本位で聞き出していいことでもねえだろ。相談されりゃいくらでも聞いてやるし、助けがいるなら何だってしてやるけど、華はあんまりそういう弱みを見せたがらないしな。ま、うちが偉そうに言えたことでもないけどよ」
「言えたことでもなかったら誰も彼もがあれだけ相良を慕ったりしないだろうに」
「うち自身も含めって話だけど、そういう奴等の居場所を作れりゃと思って始めたチームだからな。最低限のルールは守れって決めごとはあるけど、私生活やら人間関係ってもんには無暗に踏み入らないって暗黙の了解みたいなのがあんだよ。唯一無二の仲間相手に負い目だの劣等感だの抱いてたらツマんねぇからよ」
「なるほどなぁ……そういうとこは素直に良いことだと思うけど、だからこそいざって時に口出しし辛いみたいな感じにはならないのか?」
「本当に辛そうだったりヤバそうだったらキレられようが殴られようが勝手にお節介焼くさ。だからってわけじゃねーけど、あいつ等だって良い意味でも悪い意味でも一線は超えないようにしてると思うけどな。まあ香織は香織でチームで一、二を争う喧嘩っぱやさだし、華なんかはとにかく人嫌いが凄くてな。由佳が一緒なら割と緩衝材になってくれるんだが、あいつだけ学校ちげえからなぁ」
「……由佳? ああ、吉田か」
「誰だよそいつ」
「ま、まあお前達にはお前達の都合や関係性があるのは分かるから無理は言わないし、駄目元のつもりだったからしつこく言うつもりもないけど、要約すっともうちとどうにかならんもんかねって相談だよ」
「お前が言ってやりゃいいじゃねえか。あいつらも優の言うことなら素直に聞くだろ? 学校のことならそっちの方が効果的だと思うぜ?」
「素直にとは到底言えない気がするけど……俺なんてお前等仲間内以上に人の生活態度に口出し出来る立場でもないからなぁ」
「それを言うならうちだって同じだろ。生活態度を改めろ、なんてどの口が言うんだって話だしよ。そりゃチームの方針に反してんならビシッと一言ってもんだけどさ」
「それもそうか」
奴等がいくら世間的に社会不適合者であっても特攻服着た総長に説教食らう筋合いはないわな。
そして生き方に口を出す筋合いも、出してやる筋合いも俺にだってない。
結論、為す術なし! いや、駄目じゃねえか。
「でもさぁ優君、気持ちは分からないでもないけどそれじゃあ論点がズレちゃってるんじゃないの?」
ふと、話が纏まりかけたところで会話に割り込んできたのは用意してやった隅っこでミルクティーを啜っていた音川だ。
十五歳という年齢がそうさせるのか、はたまた元来の性格ゆえか、これもこれで件の二人組と同じく社会をナメ腐った奴である。
基本的に四時ぴったりにしか降りてこないし、そのくせこうしてのんびりジュース飲んでこっちが言うまで仕事をしにいかないというサボり魔っぷりには俺もそろそろ慣れた。
今がそうであるように、相良もそうだけど時間が過ぎても率先して職務にいそしもうとはしない。
客も大していないし、呼ばれたら行けばいいぐらいの感じだからと余裕ぶっこいているのだ。
耶枝さんが口うるさく言わないからって悪い方に手を抜くことを覚えたのかもしれないけど、俺は常にチェックしてるからね。
「ずれてるって何が?」
まあ、忙しい時間帯には頑張ってくれるし今日のところは大目に見てやろう。
なぜかって? 音川相手だと俺が正論を口にしているはずなのに気付いたら論破されているからです。
「だって、最初はあのヤンキー姉妹がいるいないよりもそのダンスが嫌だって話だったじゃないか」
「そりゃそうだけど、ただでさえ憂鬱なその時間に奴等がオラついて滅茶苦茶するせいで余計面倒になりそうだし、そんなチンピラ達に普段みたく気軽に寄ってこられたら目立たずにやり過ごそうとする俺のせめてもの最終防衛線が台無しになるって心配をしてんだよ。あと別にあいつら姉妹じぇねえし」
「なるほどねぇ。で? それは最終的に誰が一番悪いの?」
「そんなもん決まってんだろ、あの極悪女王だよ」
「はは、やっぱり姫になるんだね」
「あいつが俺を巻き添えにしたのが全ての始まりなんだぞ。ペアにならなきゃいけないからって気兼ねなくバイトで抜けるためだけに! 俺の同意なく! 同調圧力という武器を駆使して!」
「そういうのって片方だけ抜けると空気読んでない感じになっちゃうもんねぇ。姫の性格からしてそれが後ろめたいというよりは変に自分の領域を荒らされないためな気がするし、それはそれで気持ちは分からないでもないけど、優君としても仕事の上では助かるんじゃないの?」
「は? なんで?」
「だって、唯一の主力メイドである姫が遅れたり休みが増えたりしたら大変でしょ?」
「だな」
「だな、じゃねえよ。自覚あんならお前等がもうちょい頑張れっつーの」
唯一って言っちゃうとか何それ悲しい。
何なの、向上心ゼロかお前等。
「人にはそれぞれ成長の速度ってものがあるのさ、僕が優君好みじゃないお子様体形であるようにね。いつか成長してリンリンみたいになるから楽しみにしてくれたまえ」
「それ仕事と関係無くね? そりゃそうなれば嬉しいけど」
「欲望に素直過ぎるだろてめえ、殴るぞ」
「なんで殴るんだよ、俺は男なんだぞ。仕方ないだろ」
「……何が仕方ねえんだ? うちはお前のことを信頼もしてるしチームの連中と同じぐらい仲間だと思ってっけど、たまに自分が血迷ってんのかと不安になってくるぞおい」
「それはお前やお前のチームの奴等が男嫌いだからだ。世の男ってのは皆こういうもんだ」
「胡散臭せぇんだよこういう時のおめえはよ」
「優君優君、僕の話はどこにいったのさ」
ものっそい軽蔑の眼差しを華麗に受け流していると、反対側でジト目を向ける音川がエプロンを引っ張った。
どうやら放置プレイがお気に召さないらしい。
「話たって諦める以外に答えはないと言わんばかりだったじゃねえか」
「何なら僕が変わってあげてもいいよ? こう見えてもダンスは割と得意だからね」
「嘘つけオタク野郎。どうみても運動出来るタイプじゃねえだろ」
「それは俺も同意せざるを得ない」
「優君もモエモエもオタクというものを分かってないね。確かに運動はてんで駄目さ、だけどアニメのエンディングに合わせて踊るのが趣味だった頃があってね。何だったら手取り足取り教えてあげてもいい、どうだい優君?」
「いやいや、それが事実だとして、変わってくれるって話だったのに何で俺がダンス教わるんだよ。結局踊っちゃうのかよ」
「ということで今日仕事が終わったら僕の部屋に来るといい」
「いかねっつの、お前ゲームしたいだけだろどうせ。明日も学校なんだぞ」
「ちぇ、何か理由を付けて呼び出したらこっちのものだと思ったのに」
「そういうのはせめて俺のいないところで言え。そしてもう二度とお前の部屋でゲームはせん!」
「あーうそうそ、ほんの冗談じゃないか。可愛い妹のさ」
と、悪びれることなく腕を取る音川にも慣れたものだ。
つーか、こういうとこ見ると本当に変わったなぁこいつ。前はヘラヘラしててもどこか揺るがぬ壁が存在していたのに。
つーかいつまで厨房でくっちゃべってんだ俺達。
「腹黒い、の間違いだろ。それより、俺が持ち掛けた相談だから文句は言わんけどそろそろ仕事しようぜ」
そもそもお前は妹じゃねえだろと言いたいが、言ってもすかされるだけだからもういい。
言っとくけど俺に妹属性はねえから。というか実際に妹がいるのにそんな属性身に付いてる奴いないだろ、知らんけど。
思いつつ、音川の背を押して厨房の外に出すと同時に相良にも一緒に来るように目で訴えた。
ちょうど厨房の境目であるレジ横まで来た時、目の前にある扉とベルの音が来客を告げる。
慌てて出迎えの態勢を取るのが俺一人という虚しさは、すぐに現れた二つの人影が別の脱力を誘い言葉にならない。
「ちわーっす、姉さん、兄貴、変な奴」
「ちゃーす」
頭の悪そうな挨拶からも分かる通り、現れたのは今まさに話題にしていた二人組である華と香織だった。
一度帰ったのか共にお決まりの上下ピンクのジャージーである。
というか変な奴て。
「おう、よく来たな。由佳は一緒じゃないのか?」
「うっす姉さん。今日は補習があるからこれねーらしいっス」
「……ん? 補習? って体育とかか?」
「いやコブン? の小テストっつってましたけど」
「何でだよ。あいつお前達一味の中じゃ頭よさそうな見た目してんじゃん、何で学力お前等と同レベルなんだよ」
「何言ってんスか兄貴、あいつ頭良いっスよ? ウチ等は同中だから知ってますけど、由佳だけいつも補習三教科ぐらいしかなかったっスもん」
「……ちなみにお前等は?」
「全教科赤点に決まってんじゃないっスか」
「勿論補習とか出たことないっス」
「何ならテストすら受けずにバックレた教科の方が多かったかもな」
「馬鹿ばっかりだ……」
よく高校進学出来たなこの二人。
うちの学校ってそんな底辺なの? いや違うな、そういや去年から定員割れしてたんだっけか。
「んなことよりよー、ちょうど優がお前達の話してたところなんだよ」
げんなりする俺を励ましてくれる奴などこの世にはいない。
それどころか相良のそんな一言に二人は興味津々である。
ちなみに音川はヤンキー嫌いなのでサッサとテーブルの方へ行ってしまった。
「え? アニキが?」
「何すか兄貴、とうとうウチ等に惚れたんすか」
「告る相談的なアレですかアニキ」
「兄貴ならギリオッケーっスよ? 付き合っちゃいます?」
「うるせえよ、人にそんな相談するリア充に見えんのか俺が」
思わずチョップをカマしてしまったものの、当の華は『いで』とか言いながら笑っているだけだ。
どんなタイプの人間でも女子ってこういう話好きなのね。
漫画の知識だし、縁の無い俺にしてみりゃ反吐が出るけども。
「そういうんじゃなくて、お前らの学校での荒くれっぷりを相談してたの。何だ今日のあれは、先生やら三年やらに平気で喧嘩腰になって。そんなんだからクラスメイトにすらビビられんだぞ」
「ビビられて損なこととかなくないっスか?」
「な、女だからってナメた態度取る上級生とか一番シメとくべきっしょ」
「……君達は一体どういう世界観で生きてるの? あとあの先輩別にナメた態度取ってなかったよね」
「てか何でアニキが放課後のこと知ってんすか?」
「もしかして兄貴あの教室いたんすか?」
「アニキ、同じ組なんすか」
「………………………………………………チ、チガウヨ?」
しまった~、それがバレないようにどうすればいいかと苦心してたってのに!
後悔と失態への焦りで頭が上手く働かない中でもどうにか否定したのに、二人は全然信じてなかった。
信じる心って何ですか?
「そうならそうと言ってくださいっスよ~」
「ったく、この兄貴はいつもいつも水くせえんすから」
仮に同じ組だったとして、それがどうしてそうなるのかは一切理解出来ないが急激に馴れ馴れしくなる謎現象が起きていた。
背中をバシバシ叩いて来る香織と肩を組んでくる華を引き払い、俺は悪足掻きを続けるしかない。
「違うってばよ。全然気のせいだってばよ」
「いやいやだいぶ無理ありますってアニキ、手遅れ感ハンパないですって。言われてみりゃアタシ裏ボス先輩見た気がすんだよなぁ」
「マジ? うち全然気づかんかったけど。じゃあ兄貴もやっぱいたってことじゃん」
「……何でそういうとこだけ見てるの? そして何でそういうとこだけ頭の回転早いの? 全教科赤点の奴がさ」
そんな至極真っ当な指摘は当たり前のように誰の耳にも届いていない。
日頃から兄貴兄貴と敬っているふりをする割に全然人の話を聞かないのはいつものことである。
余談ではあるがこの二人、如月のことを【裏ボス先輩】と呼ぶ神をも恐れぬ所業を素知らぬ顔でやってのける強者だ。
言わずもがなそうなった理由は誰かの入れ知恵があってのことだが、それでも怖いもの知らずもここまでくると尊敬しそうにすらなるレベル。
え? 誰の入れ知恵かって?
そんな質問は決してしてはいけない。何故かってそんなの本人にバレたら俺が死ぬ可能性があるからに決まっている。
「だったらうち等も顔ぐらい出してもいいんじゃね香織」
「だな~、サボれないようにとかいって先公が勝手に決めただけだしバックレる気満々だったけどアニキがいるなら暇はしなそうだし」
「それをやめてくれって相談をたった今してたんだよお馬鹿さん。先生が何を言ったかは知らんけど全然サボってくれていいんだよ。お前等サボるの得意だろ?」
「そりゃ得意っスけど、何でそんな嫌そうにするんスか?」
「つーか兄貴学校で会っても露骨にしゃべりかけんなオーラ出しますよね」
「ああ、生まれ持った特異体質なんだ。学校に限らず大体の人間に発揮するスキル的な」
「なんか根暗っスね」
「孤高の一匹狼気取りっスね」
「たまに平気で酷いこと言うよなお前等って。事実でも言っていいことと悪いことがあるんだぞ? いや、なんでもいいけど、そういうわけで体育祭の準備時間は決して俺に近寄ってはならない。俺は世界の片隅で人知れず生きていきたいんだ」
「いやワケわかんねーっスけど」
「もうちょい分かりやすく言ってくれません?」
「ならハッキリ言おう、今この瞬間より俺とお前達は赤の他人だ。だから決して関わってはいけない、オーケー?」
「嫌っス」
「無理っス」
「何でだよ! せめて学校にいる間ぐらい俺に平穏をくれでもいいんじゃないの!?」
大袈裟なリアクションと共に訴えてはみたものの、やはり言いたいことは伝わっていないらしく二人は説明を求めるが如く揃って相良を見た。
少し悩んだのち、こんな説明をする。
「要するにな、お前等が学校でヤンチャするせいで目立つし先公だの上級生だのチャラい野郎共に目を付けられるだろ? そんなお前等と一緒にいると優まで悪目立ちする、こいつはそれが嫌なんだとよ。波風立てずに平和に卒業してえってな」
「そーゆーこと。だから今後は直接話し掛けずに用がある時はMINEでもしてくれ」
「いや兄貴せっかく連絡先交換したのに返信くれたことないじゃないっスか」
「ちょいちょい飯奢ってもらおうと思って誘ってるんスよ? 電話しても常に留守電みたいなのにしか繋がらねぇし」
「……そーなの?」
「気付いてないんスか!?」
「あり得なくないっスか!!」
「そう言われても……」
両親と耶枝さん、りっちゃんを除けば松本と山本以外のメッセージは通知音が鳴らないようしてるから気付かないしマメに確認とかもしないもの。あと電話に関してはたぶん登録してない番号は繋がらないようにしてたからだと思う。
番号交換させられたはいいけど、お前等の番号とか登録してなかったわそういえば。
「「どー思います姉さん!」」
「こいつの返信しなさはある意味筋金入りだからなぁ。この店のグループもこの間入れてやったチームのグループも頑なに書き込みも返信もしやがらねぇし、グループチャットとかSNSとか病的なまでに毛嫌いしてんだよコイツ」
「なんか根暗っスね」
「孤高の一匹狼気取りっスね」
「ほっとけ!」
どうにも三対一では話が逸れる一方で本題が遠ざかるばかり。
基本的に陽キャ寄りの頭ハッピーセット軍団には中々日陰者の価値観を分かってもらえないのが世知辛いところだ。
結局、相談しようと直談判しようと事態が好転する気配の欠片も得られぬまま次なる来客によって話が終わってしまうのだった。




