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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第四話】
54/56

【7オーダー目】 尊い犠牲

 


 あっという間に土日が過ぎ去り、迎えた月曜日。

 仕事がどれだけ忙しくとも学校に出向く朝の方がテンションが下がるのはお約束。

 誰と会話や挨拶を交わすことなく普段通り教室に直行し自分の席に腰を下ろすと、本本コンビとお決まりの雑な挨拶を済ませる。

 大抵の場合に話題を提供する役目を勝手に担っている松本ちゃんが今日はどんなくだらないネタを仕入れてきたのかと黙って切り出しを待ってみるも、その前に近付いてきた一人の人物が雑談の声を飲み込ませた。

 その名は東城某。

 このクラスにおいてリア充代表みたいなグループに属する陽キャで俺達とは正反対の生物である。

 最近……というか、俺のバイト先や環境を知った途端に絡んでくるようになったひたすらに迷惑な存在だ。

 あの如月をスナイパー的な何かとは違う意味で狙う数多存在する命知らずの一人で、俺にしてみりゃそのためだけに寄って来るよく分からん奴としか言いようがない。

「なあなあ秋月」

 と、東城は隣の空いていた席に勝手に座るなり一方的に会話をスタートさせる。

 要件の前に挨拶とかしねえのかなと曲がりなりにも社会人を自称する俺はモヤモヤするのだが、勿論生物学を参照するにそんな指摘も口には出来ない。

「どしたの」

 また如月のシフトでも聞きに来たか?

 思いつつも、どうせ何を言っても店に通う行為をやめてはくれないのでこれも口にはしない。

「今国島達と話してたんだけどよ~、やっぱ如月はダンスに欲しいわけよ」

「……国島?」

 誰だ?

 ああ、ギャルか。

「ダンスっていうと、体育祭のあれ?」

「そうそう。でも白咲とかも説得してんのに頑なに無理って言ってるらしくてさ」

「はあ……」

「理由がバイトが忙しいってことらしいから俺がお前を説得しに来たんだよ」

「……何で俺を?」

「いや同僚なんだろ? 放課後多少遅れるぐらい大丈夫だよな?」

「それは俺に言われてもな……そんな権限ないしさ」

 実は結構あるけど、俺が許可したところであいつが意見を変えるとも思えんし、それがバレたら絶対恨まれるしな。

 それを口実にして断るってことは純粋に嫌がっているんだろうさ。

 俺だって同じ立場になれば同じことをするだろうし。誰に何を誘われる予定もないけど。

「それはわかってっけど、あの美人の店長さんにこっそり聞いてみてくれよ。如月は真面目そうだからそういうの嫌がりそうだしさ」

「まあ……うん」

 あれのどこがどう真面目そうなのか。

 邪悪以外に表現する属性が見つからないよ?

 恋は盲目ってやつですね、分かります。大いに分かります。

 俺だって白咲さんには幻想抱きまくりだもの。

 いやいや、そんなことはさておき。同じバイトの俺にあれこれ言われても困る、という言い訳も最近はあんまり通じないのが悩みの種である。

 そりゃそうだ、こいつ等が店に来た時にうっかり名前の上に【副店長】と無意味な表記がしてある名札見られちゃったからね。そんな飲食店聞いたことねえよ。

「今日行ったら言っておくよ。最終的には本人の意思次第になるだろうけど」

「おう、如月の説得は俺達が頑張るから任せとけ」

 なぜか、無駄に格好付ける東城は見てくれが悪くないだけに逆に残念な奴感がプンプンしていた。

 つーか君は別にさっきの交渉に参加してなかったよね。ギャルその他女子勢が直談判してるの近くで聞いてただけだよね。

 ま、別になんだっていいけど……実際問題、如月の奴がそういう理由で入り時間が遅くなったり出勤日が減ったら店にはどういう影響が出るだろうか。

 うん、なまじ一番有能なだけに俺と耶枝さんが若干困ったことになる気しかしないな。

 サボり魔で楽したがりの音川。

 迷った時や分からない時はノリと勢いで乗り切ろうとして大体間違った結論に辿り着き、男女関係なくチャラい客にはすぐ喧嘩腰になる相良。

 そして一生懸命ではあるものの無邪気に悪気なく満面のスマイルで勘違いから生まれるミスを連打するリリーさん。

 思えばいつの間にかそういった問題児達を人知れずカバー、フォローしてくれていたのが如月だった。

 まあ、俺が調理に手一杯な部分があるので仕方がないし、それは本来耶枝さんの役目な気もするのだが……本人がね、アレだから。

 八時九時ぐらいになって店が落ち着きだしたら顔見知りの客に勧められてビールとか飲みだすからねあの人。え? 店長が一番の問題児なの?

「ダンスって毎年可愛い衣装着て踊るんだろ? 確かに如月さんだったらそっちに行かないと勿体ないよな~、去年みたいにエロい格好するんだぜきっと」

 自分の言いたいことだけ言って東城が去っていくなり、松本も何やら妄想を働かせている。

 聞けば昨年も一人で女子の写真撮りまくっていたらしい。ここまで欲望に忠実だと逆に清々しいな。

「ま、如月かどうかはさておき確かに唯一の参加意義みたいなもんだしな~。だからって自分がやる側には死んでもなりたくないけど」

「ああいうのは見ているだけだからいいんだよ。チームとか関係無くもう釘付け待ったなしだ」

「ああ、むしろあれがメインまであるな」

「あるな」

 教室の片隅で、実に残念な二人だった。

 あまり下品な話をしたがらない山本はいつも通りに苦笑い。

 そんな気が合うのか合わないのかも分からない三人組は隅の方で目立たず騒がず、今日も平常運転だ。

 ……放課後を迎えるまでは。


          〇


 数学、古典、社会、国語、英語、化学と眠りの呪文みたいな授業の連続した最悪の時間割と呼ばれる月曜日もどうにか眠ってしまわないように耐え、テストがヤベえという危機感によって必死に黒板の文字列を書き写しながら乗り切ることが出来た。

 不思議なもので仕事中なんてあっという間に時間が過ぎていくのに、早く終われ早く過ぎろと時計ばっかり気にしているとやけに時間が長く感じるよね。

 とはいっても今学期は前半マジで寝てばっかだったから補習を回避するためにはいい加減ちゃんとしておかないと不味い。マジで不味い。

 今まで通りに三日前から頑張るスタイルも今の生活じゃ難しいだろうし、だからといって誰かに教えてもらおうにも精々山本は平均点ちょい上ぐらいの成績、松本は言わずもがな俺と同じで赤点回避に全精力を注ぎ込む勢なのでこの三馬鹿トリオにおいては誰も頭の良い奴がいないという別の意味で残念な顔ぶれだ。

 朝の仕込みも毎日じゃなくなったし、土日はゆっくり眠れるし、こりゃその分の時間をテスト勉強に割かなくてはならない未来が近いなこれ。

「じゃあね、アッキー。バイト頑張って」

「爆発しろメイドハーレム野郎。明日は行くからな!」

「おう、お疲れ」

 チャイムが鳴り、お勉強の時間が終わり下校であったり部活の時間が始まる。

 何でも今日は二人でアニメ〇トに行くらしい。高校生らしい青春で何よりだよ、俺もたまにはそっちに加えてくれ。

 別に薄い本とかフィギュアに興味はないけど、俺が参加出来る日は『二人じゃつまんねえだろ?』とか言ってカラオケとかゲーム大会ばっか開催すんだよこいつ等。

 よくて週一でしか予定が空かない俺も俺だけどさ。

「っと、俺も早く行かねえと」

 今日の学生メイドは如月と相良という通称モスト・バイオレンス・コンビ。略してMBC(俺命名)だ。

 相良はともかく、うっかり如月より遅い到着になろうものならまた何を言われることやら。

 と、慌てて帰る用意をし始めた俺だったが、どうやら当のビッグボスはクラスメイト達に囲まれているようだ。

 そこに白咲さんがいたからという単純明快な理由でしれっと聞き耳を立ててみると、話の内容が完全に朝の続きであることがすぐに分かった。

 如月の席の周りに白咲さんとギャル、その他女子数名。そしてなぜか東城。

 ぞろぞろと周囲に集まってワイワイやっているが、勝手に盛り上がっているのは周りだけでその中心にいる女王はものっそい仏頂面を頑なに維持している。

 いや、不愛想なのは大抵の場合がそうなので今更珍しくもないのだけど、散々悪辣な暴言を浴び続けてきた俺は知っているぞ。

 あれ相当ウザがっている、あと多分内心ではキレそうになってる。

 おいやめろお前ら、そいつが不機嫌なまま仕事に来ようものなら98%俺がとばっちりを受けるんだぞ馬鹿マジで。 

「本当に仕事が忙しいのよ、人手も足りていないし簡単に休めないから。毎日練習に参加出来るかも分からないし迷惑を掛けてしまうわ」

 案の定、如月は一貫して遠慮を装った拒絶を口にし続けている。

 しかし、数の暴力に勝つのはそう簡単ではなく、周囲の連中は全然屈していない。

「いいよそんなの~、他の子だってバイトや部活の日は休むみたいだしさ」

「そうそう、神弥が居れば特別賞間違いなしだし?」

「ちょっとみんな、神弥にも事情があるんだからそんなに無理言っちゃ駄目だよ」

 ギャル、プラスもう一人の女子がごり押しする中でも如月の味方をする白咲さんはやっぱり天使である。

 ついでに言えば東城が後ろでちょいちょい口を挟んでいるが、あんまり相手にされていなかった。

 ともあれあんな人数にヨイショされてしまえば一応はクラス内での立ち位置を考えて波風立たないようにしている(女友達限定だが)如月にしてみれば頑なに拒否し続けるのも辛いだろう。

 そんな経験など一度も無い俺には分からないが、自分がその立場だったらと想像してみると最終的に折れる以外の選択肢がなさそうだ。

 同調圧力とか一番嫌っていそうな如月も数の力には抗えないらしく、どこか諦めたように溜息を吐き、

「だったら……」

 と、ヒソヒソと内緒話でもする風に小さな声で何かを伝え始めた。

 離れた位置からでは全く聞こえないし、そもそもいつまで聞き耳を立てているのかと今になって我に返った俺は慌てて帰り支度を再開することに。

 急いで教科書その他をバッグに詰め込み、店に急ぐべく席を立った……その時。

 出口に向かおうと歩き出す最中、先程までぼんやり眺めていた一団が挙ってこちらを見ていることに気が付いた。

 ギャル、白咲さんプラスαがなぜか俺を見ていて、うっかり目が合ってしまった俺は慌てて視線を逸らすしかない。

 つーか何で俺を見てんだ?

「アッキー」

「……ん?」

 せっかく気付いていないふりをしたのに、名前を呼ばれたせいで全部台無しだった。

 その呼び方をする女子はクラスに一人しかいない。それすなわちギャルこと国島……そう国島なんとかさんだ。

「アッキー、ちょっと集合」

 と、なぜか手招きをしているギャルは完全に俺を見ている。

 人違いであってくれと祈る気持ちは瞬時に霧散した。

「集合って……」

 それお前が俺を呼びつけてるだけだろが。

 思いつつ、多くの目が向けられている状態でそんなツッコミを叫ぶ精神的余裕など勿論なく、ものすごーく嫌な予感がしながらも言われるままその一角に近付いていく哀れな小動物こと俺だった。

「な、何?」

「アッキーも神弥と一緒にダンスに変更ね」

「………………はあああ? 何で急に!? つーか無理無理そんなの。運動神経もそんなにないし、仕事が忙しいし、目立つの苦手だし……」

 あとコミュ障だし根暗だし友達いないしもうほんと無理。

「だーいじょうぶだってそんなの、いけるいける」

「根拠……ていうか何で急に俺が」

「だって神弥と同じ所で働いてるんでしょ? これって基本ペアダンスになるから神弥の相方は都合が合う方がいいってことになってさ」

 なるほど、理解した。今ようやく全てを理解した。

 つまりお前のせいというわけだ。

「お前……俺を売りやがったな」

 元凶を、すなわち如月を睨み付け恨み節をぶつけることしか出来ない。

 日頃の報復とばかりにありったけの罵詈雑言を以て罵ってやりたいのは山々だが、周りの目と後々報復合戦になった時に分が悪すぎてこれが限界っす。

「仕方がないでしょう。毎日遅れて行くわけにもいかないし、だからといって一ヶ月まるまる休むことなんて出来ないもの。ペアで練習するのなら他の人に迷惑も掛けられないし……」

「俺全然いいよ、如月さんの都合に合わせて練習するしさ」

 そして興奮気味に肩を組んでくる馬鹿が一人。

 しかし今ばかりはナイス東城と言いたい。

 言いたいのだが、俺が呼び寄せられる前と同じで女性陣は聞こえていないのかと言いたくなるレベルでスルーしていた。

「貴方とだったら事情も分かってる分どうにか合わせられるし、シフトも調整出来る。嫌だけど、心底嫌だけど」

「巻き添えを食らった上に嫌々組まれる俺の気持ちを一瞬ぐらい考えてくれても罰は当たらないと思いますけどね!」

「五月蝿い、耳障りだから少し黙っていてくれるかしら。出来れば卒業ぐらいまで」

「最短で一年と十か月喋るなってか言ってんのかおい」

「進級出来ない可能性を憂いていたのはどこの誰だったかしらね」

「それは割と深刻な問題だから笑えねぇんだよ……」

 なんて、普段みたいに言い争いをしているこの場所が教室であることに気づいた途端に恥ずかしさで死にそうだった。

 隣ではギャルが『あはは、やっぱアッキーってマジ面白いわ~』とか言って背中をバシバシ叩いている。

 ついでに白咲さんも笑っていて、東城は何か唖然としていた。

 この空気は不味いと俺は誤魔化すように話題を戻すことに。

「と、とにかく! 仕事の事は気にしなくていいよ。耶……店長には俺から言っておいってぇ!」

 もう何度目になるか、俺の言葉は激痛に遮られる。

 学校でこいつと会話する度に死角で足を踏まれて黙らされ、店では会話の前に背中を蹴られるという無残な扱いにも慣れてきたものだ。

 傍若無人さに慣れたというだけで間違っても痛みになれることはないんだけどね!

「どしたのアッキー」

「あ、悪魔の所業が俺の肉体を……」

「ではそれで決定ということでいいかしら。時間も無いし、そろそろ行くわよ」

「オッケー、じゃあ諸々よろしくね~。勿論アッキーも」

「いや俺了承してな……」

「あ、そうそう。神弥が働いてる店、そのうち顔出すから予定教えてよね」

「ええ、そのうち……ね」

 それだけ言って、如月は鞄を手に取りスタスタと教室を出て行ってしまう。

 取り残された俺の話を聞く者は誰もいない。

「お、俺の意思は……」

 苦し紛れに絶望の台詞を漏らす俺を、如月に手を振っていたギャルと白咲さんが『どうしたの?』と不思議そうに見ていた。

 そしてその後ろで小さくガッツポーズを決めていた東城は一人でサッサと出て行ったその唯我独尊女の後を慌てて追いかけていく。

 二人の間でどんな会話が交わされたのかを、いや……そもそも会話が成立したのかどうかを知る由はない。


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