【4オーダー目】 嵐の前の平穏
結局あれからもう一度ジュースの買い出しに行かされるという当然過ぎる末路を迎えたりしているうちに昼休みも終わり、午後の授業が始まる。
本日の五、六限はHR。
ヒューマンリソース、略してHRである。勿論違うのである。
やるべきことは事前に先生から告知があり、要は約一月後に迫った体育祭の担当部署を決めようという時間だ。
学級委員と体育委員が教壇に立って取り仕切り、基本的に先生はノータッチで自主性に丸投げされた自由な話し合いが行われる。
花形である応援ダンス、入場ゲートから競技に必要な鉢巻きだのポンポンだのメガホンだのフラッグだのを作る大道具・小道具係、校内校外に掲示されるポスター制作担当から体育委員を中心にした設営や放送委員、保健委員などなどを割り振るわけだけど、まあ当然のように俺達には選択の自由も大してないようなお決まりの流れが陽キャ達を中心に展開されていた。
名前を書いて用紙を集め、定員オーバーが発生した場合のみ話し合いという立候補形式であるため当然の如く俺達三人組は最も無難で目立たない大道具・小道具を選択している。
誰も俺達のことなんて気にしていないし、そのポジションは謂わばその他大勢枠なので人数制限もない。
ゆえに去年も同じ選択をしているし、恐らくは三年間ずっとそうすることになるだろう。
三年の連中に言われた通りやっていればいいだけなので楽なことこの上ないし、無意味に人と接する機会も少ない天職と言わんばかりのポジションだと思うと正直ありがたい。
そうして各々の名前が黒板に並ぶと、あとはもうリア充達の時間だ。
見る見るうちにワイワイガヤガヤと仲の良い物同士で集まり普段とは違ったテンションの空気が蔓延していく。
とりわけ声がデカイ東城やギャルはダンスを選択しているらしく、後ろの方まで声が聞こえてくるぐらいにははしゃいでいた。
その二人や白咲さんなど目立つ部類の連中はみなダンス担当らしい。
ま、毎年凝った衣装で全校生徒や観衆の中心で踊りを披露するという、ある意味では走ったり綱を引いたりするよりも目立つ花形のポジションだ。
こういった催しを青春、思い出と考えているのならば必然的にそういう棲み分けになる。
白咲さんの可愛い衣装、白咲さんのダンス。
その価値はまさにプライスレス。
専用のカメラマンを雇う可能性すら浮上してきているレベルである。
つーかこれに二時間もいるか?
先生は先生で我関せずで小テストか何かの採点してるし。
「ふわ~……」
隣に座る本本コンビも授業中であることすら忘れて何か携帯でゲームしてるし、もうただの暇な時間だな。
体育委員を中心に盛り上がる活発&運動部組。
そして俺達と同じく自分の担当が決まれば後は特に興味もないらしく教室のあちこちで塊を作って雑談しているだけのその他の面々。
こんな時期じゃなかったらただの学級崩壊にしか見えん残念な光景だった。
つーか、どう考えてもこっちがメインじゃないはずなんだけど皆分かってねえのかね。
先生も最初に言ってたけど、元々は出場する競技を決めるのが本筋だからね。
まあそれとて一時間もありゃ余裕で決まるだろうし、週明けから活動が始まる各部署の仕事とは違って遅れたところで大した影響もないんだろうけど。
ま、俺にはさして関係ないし、どうでもいいんだけどね。
こうして己の成績や睡魔と戦わずに済む平和に時間が流れているだけで満足さ。
ほんと……これが終わった後に迫っている期末テストどうすっかな。
「絶対こっちにするべきだって~、神弥がいたらマジで勝ち確定だよマジで」
ちっ、マジマジうるせえなぁ……。
教室内であれテレビの中であれ、でけえ声で盛り上がる一団ほど破壊衝動を沸き立たせるものはない。
思わず舌打ちを漏らしてその方向に視線を向けると、案の定その中心に居たのはギャルだった。
語彙力の著しい偏りと無駄に通る高い声のせいで見なくても分かるわ。
何が楽しくてそんなにテンションが上がるのかとチラ見した先は無意識に白咲さんになってしまうわけだが、話の内容だけは耳にしっかりと入ってくる。
要約するとあの冷酷女王如月がダンスパフォーマンス担当にめっちゃ誘われいるようだ。
黒板に目を向けると、奴はどうやらポスター・横断幕制作を選択しているらしい。
あいつの好みなんざ知るわけもないが、聞き耳を立てている限りではバイトが忙しいからと断っていることだけは伝わってきた。
それでも食い下がり、ギャルを初めとする周囲の連中が強引に引き入れようとしているという図式のようだ。
似合うからとか華があるからとかそんな理由で、とりわけ全く相手にされていないどころか視線も合わせてもらえない東城が必死だ。
それでも如月はやんわりと回避しようとしてはいるが、チャラ朗どころかギャルに対してすら既に相当面煩わしそうにしているあたりやっぱり社交性はゼロだな。
ま、マイナス2000ぐらいの俺よりはマシか。
それもどうだっていいんだけど。
「さて……」
もうほとんど自由時間っぽいし、俺はお務めに備えて仮眠でも取るとするか。
なんて怠惰な感情を覗かせた報いなのかリア充軍団の度が過ぎたのか、目を閉じかけたところで先生の堪忍袋の緒が切れたのか若干イラ立ち混じりの大きな声で叱責が飛び、全員が席に戻されると話し合いの続きをせざるを得ない状況にリセットされるのだった。
一転して通常授業さながらの全員が席に着き、私語を慎みながら教壇に視線を集める普段の姿を取り戻す。
ここからは先述の出場競技を決める時間だ。
体育委員の吉村と……誰だったかもう一人の女子とが今一度黒板に種目と定員を羅列していき、先程の投票とは違った挙手せいによってクラス全員の名前が二度ないし三度ずつ書き上げられていく。
100メートル走、200メートル走、綱引き、学年別では二年は棒倒しで三年く騎馬戦、そして団体競技は1500メートルリレーに始まりムカデ競争だの借り物競走だの大玉転がしだのあって、最後におまけの部活対抗リレーがある。
大玉転がしとか綱引きって……去年も思ったけど高校生にもなってやるもんなのか? 伝統みたいなものらしく種目の変更は十数年してないって話だしそういうものだと言われればそれまでだけどさ。
二年はメインが棒倒しだけだから楽なもんだけど、三年になると騎馬戦はあるわ組み体操があるわで大変そうだなぁ……主に団体行動が。
ま、来年のことなんてどうでもいいとして、そんなわけで順に希望者を募る挙手制のアンケートが始まった。
勿論のこと俺は団体競技にしか参加していない。
こちらもダンスの件と同じく、駆けっこで一等賞を目指して脚光を浴びるのは運動部の特権であり運動部のためのイベントでしかない。
運動神経なんてほとんど持ち合わせていない俺には遠い世界の話だ。
この辺りも雰囲気というか、既定路線とばかりにこれといって定員オーバーが発生するでもなく運動部の陽キャ達やイベント事だけ張り切る勢である東城のグループで埋まっていく。
女子の方は見ていても誰が運動部とか分からんので割愛するが、そちらも特に拗れることなく滞りなく名前が埋まっていった。
要した時間はものの十分そこらだろうか。
こういう部分はスクールカーストとかいう流行りの言葉も格差社会の象徴になっているだけではないのかもしれない。
それがいいことなのかどうかは別として……という話なんだろうけども、俺は運動好きでもないし目立ちたくもないのでノー文句です。好きにやってください。
といった具合で、むしろもう決まったならサッサと帰らせてくれよと思いながら喧騒の中うとうととしているだけの時間が流れていく。
決まったら決まったで結局やることもないわけで、徐々にまた先生が怒る前の雑談モードになっていくが連中も加減を覚えたのか再び雷が落ちることもなく、結局チャイムがなるまでの二十分程をそんな状態で過ごし、終盤また雑談タイムみたいになってしまっていたせいで先生が中々解散を言ってくれないせいで普段より遅くはなったもののようやく下校の時間を迎えるに至った。
「さ~って、今日も仕事頑張るか~……」
言葉尻とは裏腹にテンションは勿論上がらない。
実家の手伝いも去年なんかは毎日やっていたけど、忙しさが倍こと違うため肉体的疲労の蓄積も中々に辛いものがある。
「アッキー、今日もバイト?」
「おう、今日も明日も明後日もな」
「どんだけ働くんだよお前。つーか今日は如月さんいんの?」
「知らん、どうでもいい。むしろ居ない方がいいまである」
俺の精神衛生上。
「ばっかだなお前。時給百円でも釣りが来るぞあんな職場、この贅沢者め」
「確かに女の子ばかりでちょっと羨ましいと思わなくもないけど、アッキーの仕事っぷりを見てるとそういう問題じゃないぐらい大変そうだったし関心がなくなるのも無理はなさそうだね」
「女子ばっかとか疎外感ハンパないだけだからね? 俺達みたいなのがそこに混ざって休憩時間とかに談笑出来ると思うか? 逆に男のスタッフ増やせと小一時間訴えたいわ」
「なら俺が入る!」
「今度募集する時があったら頑張れ」
一生来ないだろうけど。
とは勿論言わず、勝手にやる気に満ちている松本と苦笑いしている山本に軽く別れを告げ、お先に教室を後にする。
二人は今から本屋に初回特典付きの何かを予約しに行くらしい。
俺もたまにはそんな放課後を過ごしたいもんだ……別に初回特典に興味はないけども。
「……ん?」
校門を出て徒歩で近くにある団地の群れへと向かうその最中、ポケットの携帯が振動を伝える。
別に団地に用があるわけではないのだが、今朝もギリギリまで寝ていたため店に行く時間が遅れやむを得ずバイク通勤しちゃったため致し方ない。
過疎気味の団地は人通りも少なく、駐輪場もオープン状態なためバイクを置いておくのに丁度良いんだこれが。
言わずもがなバレたら怒られるけどね。団地の人にも、学校にも。
さておき、どうせ松本か山本だろうと渋々スマホを取り出してみると意外というか何というか、液晶に表示されているのは『りっちゃん』という名前だった。
登録した(させられた)当初は何を血迷ったのか人に知られたくないがために【妹】という名前にしていたのだが、実際問題として妹って表示されても見る度に混乱するだけだったのでしれっと変更したという経緯がある。
耶枝さんもりっちゃん本人も『ほとんど妹みたいなもの』だと言い張るけど、だからといって親戚とか従妹をそういう風に呼べと言われても無理があるし、別に妹と聞いて真っ先にりっちゃんを思い浮かべるわけでもないし、それでなくとも最近じゃ某僕っ娘まで自称妹を真似してりっちゃんを怒らせる謎の趣味を習得しつつあるしで、一文字で【妹】とか表示されても『どの妹だよ!』ってなっちゃうだけなので致し方在るまい。
ていうか……、
「……なぜこんなタイミングで電話が?」
仕事が始まった直後辺りの俺が店にいる時間には割とあるのだが、学校を出てすぐというのは珍しい気がする。
前者の場合大抵は今から友達と行くからいつもの席を確保しておいて、みたいな話になるわけだけど、そういう用件だろうか。
思いつつ、数回のコールを経てひとまず電話に出てみる。
「はい?」
『あ、優兄? 今どこにいんの?』
「学校を出たところだけど」
『今日朝バイクで行ってたよね?』
「うん」
『だったらちょっと迎えに来てよ』
「迎えに……って、どこに?」
そして何故? とは聞いてはいけない。
なるほど納得と思える解答はまず間違いなく得られない。
『帰りに友達と北峰通りで買い物してたんだけどさ~、ちょっと荷物が多くなっちゃって帰り歩きだとキツくない? みたいな』
「みたいな……」
『他の二人は家が近いからいいんだけど、あたしは学校から逆方向だしさ』
「まあ、事情は分かったけど今からだと時間が厳しいと思うんだけど……」
既に時刻は四時前。
今から北峯通りってバイクでも片道十分、帰りはもっと掛かる。
どう考えても仕事の時間に間に合わない。
はずなのに、
『時間のことならママの許可は得ておいたから安心してよね』
「あ、そうなんだ」
それならそれでいいんだけど、ママの前に俺の許可を得てくれといいたい。
毎度毎度言いたくはないし、多分言ってももう無駄なんだろうけど。
あれ? デジャブ?
とまあ、色々と解せない感はあるものの、迎えに行ってあげるぐらいのことなら文句も言うまい。
中学生が一人大荷物……なのかは若干怪しいところだが、まあ大変な思いをして徒歩で帰らせることもないだろう。
そんなことを思いながらバイクを回収し、店とは真逆の北峰通りへと向かうのだった。




