【3オーダー目】 下には下がいる駄目人間の集い
終末、金曜日。
日々変わらぬ家から店へ、店から学校へと言うルーティンを経て登校の時間も終わりを迎える。
教室に辿り着いた後なんてそれこそ毎日毎日なんら代わり映えもなく、適度に適当に松本や山本と雑談したりチャイムが鳴れば睡魔と戦いながらノートを取ったり、時折惨敗し先生に起こされたりしながら授業時間を消化していった。
例によって俺の学生生活など何ら面白味もないのでダイジェストでお送りしているわけだが、迎えた昼休みも特に何事もない。
教室の片隅で三人集まって飯を食い、それからまた取り留めのない会話で時間を潰す。
残るはHRを待つのみだ。
今日は比較的楽なスケジュールでよかったわ~。
明日は土曜だから朝はゆっくり眠れるし、やっぱ週末って正義だわ~。
なんて暢気に思っていた報いなのか、謎の『今一押しの声優山手線ゲーム』で秒殺された結果三人分のジュースを買いに行かされる羽目になるのだった。
「ま、食後の一本はどうせ買っていただろうからいいんだけどさ」
負け惜しみを一つ挟み、甘んじてパシりを受け入れる俺もどうかと思うが……あんなでも多少は良い奴等なのでたまにはよかろう。
松本が考案するゲームって特殊過ぎて大体俺や山本に勝ち目ないんだけど。
「あ、兄貴!!」
「アニキ!」
今日は何飲むかな~とか考えながら正面に見える自販機に近付いていく最中、横からそんな声がした。
学校では特に聞こえてほしくない不自然な呼称は、否応なく己を呼ぶものだと理解する。
「……よう」
無視するわけにもいかないので渋々その方向に顔を向けると、案の定あまり人前で接したいとは思えない風貌の二人組がこちらに歩いてきていた。
方や明るい金髪を輝かせ、方や黒髪の中に山ほど金色のメッシュを混ぜ込み、生足全開の短いスカートに制服のボタンはロクに止めずネックレスだピアスだと全身くまなくチャラついたいかにもチンピラ風というか露骨なヤンキーアピールというか、警戒色さながらの凡そ一般人とは別の人種ですという雰囲気を振りまく一年の女子二人組である。
地味に、地道に、静かに生きる俺とは別世界の住人であり正反対の人生を歩んできたのであろう人間性の、それも女子と関わりになった経緯はただ一つ。
この二人が相良の後輩かつ舎弟であること以外には何もない。
たまたまバイトで入ってきた相良と同級生でそこそこ馴染んでしまったこともあり、何故か相良のチームの構成員から一目置かれるというワケの分からん状況がいつしか当たり前のようになってしまった結果として今みたくこうして兄貴兄貴と寄ってくる謎の人間関係を形成している。
集団でバイクを蒸かすし、男相手でも年上相手でも平気で喧嘩するし、夜な夜な出歩きたむろするわ煙草は吸うわ授業はサボるわ教師には楯突くわと……悪童っぷりを挙げていけば枚挙にいとまがない。
人前で関わるのも、兄貴と呼ばれるのも当初は嫌だった俺だけど、少し前に力を借りた恩もあったり純粋に慣れもあったりで最近はもうあんまり気にならなくなってきた。
馬鹿でアンチ常識な所を除けば中学を出たばかりの幼さが残る背丈や顔立ちは喧嘩上等な珍走団の一番槍とは思えぬ無邪気さを時折感じさせるのだが、それはきっと連中のチームに『俺に迷惑を掛けるな』というルールがあるからそう思うのだろう。
でなければきっと俺なんて路上の虫けらぐらいにしか見られなかったはずだ。そのぐらい対照的なタイプ、それは間違いない。
「奇遇ッスね兄貴」
そんな事情や背景もあって、傍に寄ってくるなり馴れ馴れしく絡んでくる金色メッシュこと華の態度には何の警戒心もない。
ゆえに今となってはこちらも特に身構えることもない。
「アニキもサボりっすか?」
そう言って反対側に回り込むのは黄金ヘアーこと香織である。
こっちもこっちで兄貴分とか先輩というよりも普通に友達とでも思っていそうな片道フレンドリーを存分に発揮してくるが、形だけでも目上を立てるだけ良い奴等だと思い始めた今日この頃。
なぜなら普段周りにいる女子はそんなもんの欠片も持ち合わせていないからさ。
というか、
「サボりじゃねっつの。今昼休みだぞ」
「そりゃ分かってるッスけど」
「だから堂々とジュース買いに来たんじゃないッスか」
「堂々とって……え、お前等はサボってたの?」
「うっす、朝からずっと屋上で寝てたッス」
「昨日朝まで由佳んちで遊んでたんで」
「由佳? ああ、あの眼鏡の…………吉田か」
「そうッスそうッス、いや実際には違いますけど」
「カスりもしてないっすけど」
「いいんだよ、双方納得済みなんだからそれで」
「…………納得してましたっけ?」
「いや、あいつだいぶ気にしてたような……」
「まあそんなことはさておきだな」
「さておいた!」
「誤魔化した!」
「こら高橋、みちこ、大きな声を出すんじゃない」
「「ああーーーーー!!!!」」
どうやら悪ノリが過ぎたらしく、二人は憤慨混じりの形相で揃って俺を指差した。
こういうのに漏れなく乗っかってくる辺りはイキがってはいてもまだまだ子供な感じがする。
名前を覚えた覚えていない論争はまあ、初対面の時からのお決まりの流れなので一応挟んでいるだけだ。
眼鏡の子だって由佳って聞いただけで思い出しただろ?
覚えられることは少なくても俺だってそれぐらい覚えるわ。高校生にもなって数人の名前も記憶出来ないってどんな病気だよ。
遠回しにあんま距離感詰めてこないでねって言ってただけだよあんなの。もうこいつ等に関しては今更どうでもいいけどさ。
「冗談はいいとして、わざわざ朝から登校しておいて何でサボるんだよ」
「出席取る時は教室にいないと面倒臭いんスよ、担任が親に連絡しやがるから」
「な」
「せっかく来たんなら教室で寝てりゃいいだろ。俺はそうしてるぞ? いや、そもそも寝るなって話なんだけど人のことは言えないからロクなアドバイスじゃなくなっちゃってるのが心苦しい限りではあるが」
「教科によっては起こしてきやがる奴がいるじゃないッスか。あれマジぶん殴りたくなりません?」
「ならねえよ……どんなチンピラ体質だ」
「あ、でも体育はちゃんと出てるんで心配無いッスよ」
「……何がどう心配無いのか」
逆にクラスの連中にとって迷惑以外の何物でもねえよそんなの。
俺も少し前まで大半が寝ているだけの時間だったのでやっぱり強くは言えないんだけども。
「ま、何でもいいけどさ」
他人様に説教垂れる程の学力もないんだなぁ俺ってば。
これ以上つつくと墓穴を掘りそうだ。
「せっかくなんで兄貴も午後から一緒にサボりまスか?」
「何で俺がサボるんだよ……俺を悪の道に引き込むな」
「どうせなら今から三人でカラオケ行きます?」
「何で今からなんだよ……無法地帯にも程があんだろ」
どういう思考回路してんだこいつら。
「だって兄貴全然MINE返してくれないじゃないっすか」
「そうッスよ、うち等あれから何回もメシ奢ってもらおうと思って連絡してるんスよ」
「そうなのか、全然知らんかったわ」
「「えぇぇ~……」」
「いやいや、お前等だって知ってんだろ? 朝から夕方まで学校にいて、そっから店に行って働いて終わったら十一時過ぎてんだぞ? もう帰って飯食って風呂入って寝る以外のスケジュールがないんだからマジで」
「だからって無視は酷くないッスか」
「酷いッス」
「意図して無視したわけじゃないって、元々通知音がしないようにしてるから気付かずに寝てるだけだから。元々頻繁に連絡を取るような奴もいないしな」
精々耶枝さんとりっちゃんぐらいだし、耶枝さんは基本メールしか使わない人でりっちゃんは気付いた所で返事をする前に返事が遅いと怒りながら電話してくるので結局使わない。
ああ、そういえば音川もそれで文句言ってたっけか。お前は大体の場合が同じ建物にいるんだから直接言えと突っぱねたけど。
「てわけでお詫びに今から行きましょうよ」
「間違いないッス」
「間違いしかないわ。さっきも言ったけど、何で今からなんだよ。大体午後からはホームルームだぞ? お前等だってさっき言ってた担任に不在がバレるんじゃねえの?」
「え……マジすか、時間割とか何一つ気にしてなかったんスけど。何でそんなこと言うんスか兄貴」
「そりゃねえスよアニキ~」
「いや、俺に抗議してどうすんだ……」
心底面倒臭そうに、二人はげんなりした表情で顔を見合わせる。
登校するだけして授業全部サボった上に昼からバックれてカラオケ行くってお前……とんだ世紀末だな。
「ならカラオケは終わってからにすっか」
「いやうちバイトあっし」
「じゃあ香織が終わってからオールしかねえか~、どうせ明日土曜日だからいいけど。ね、兄貴」
「俺を数に含めるなというに。俺は今日も明日も明後日も仕事だ」
「え~、ノリ悪くねっスか」
「付き合い悪くねっスか」
「何と言われようとも結構。俺は仕事や学校をサボってまで遊ぶ程アグレッシブな性格じゃないの。休みの日に絶望的に暇なことがあったら血迷って誘いに乗ってしまう可能性もないとは言い切れない気がするかもしれない多分」
「実現性薄っ!」
「うち等の優先度低っ!」
「学年も性別も違う俺と遊んだって面白くないだろ、お前等にとってもさ。まあ世話になったのは事実だし飯ぐらいならまた奢ってやるから」
「「いえーい♪」」
一転、二人は笑顔でハイタッチ。
喜怒哀楽も激しければ黒い部分と無邪気な部分の差もとんでもねえ奴等である。
「じゃあ今日の所はジュースでも奢ってくださいッス」
「前払いってことで」
「……別にジュースぐらいならいいけど、頼むから一度『じゃあ』って言葉の使い方と意味を調べてくれる? 日本語として成立してねえんだよさっきからずっと」
何なら出会った時ぐらいからずっと。
ついでに言えば何の前払いかも意味分からんし。紙パックのジュースぐらい100円だから敢えて文句は言わんけども。
そんな至極真っ当な指摘は『何言ってんのこの人?』みたいな二つの顔がどうにかして常識を説こうという気を失せさせる。
というわけで……というか、どういうわけか三人分の飲み物を購入する羽目に。
俺のレモンティーに加え、飲むヨーグルトとカフェオレを自販機から取り出したところでようやく長い無駄話も終わりを迎えた。
「じゃ、またな。午後はサボんなよ~」
「ウッス、ゴチッス」
「あざっす」
こんなでも俺を先輩とは思っているらしい二人の一礼を受け、俺も片手を軽く振ってその場を後にする。
結構長々と話し込んでしまったせいでふと目に入った校舎の上の時計はいつの間にか休憩時間の終わりが近付いていることを告げていた。
松本と山本の分の飲み物を買ってくるという任務を綺麗さっぱり忘れ去っていたことに気付いたのは教室に戻ってからのことだった。




