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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第一話】
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【4オーダー目】 悪辣過ぎる面接一人目



 一人目の面接開始予定時刻である午後四時の十分前になった。

 一般常識を弁えている人間ならばそろそろ来る頃合いだろう。

 そんな中、俺はというと壁に反ってL字に並ぶテーブル席の角にあたる席で座って待っているのだが、よく考えてみると俺はどういう態度で臨めばいいんだろうか。

 相手が大学生とかだと俺より年上ということになるわけだ。

 かといって仮にも副店長で面接官をするのなら立場的には俺の方が上なわけで、そうなると敬語とか使った方がいいのか? ということすらよく分からなくなってくる。

 そもそも、そんな相手が俺を見てどう思うんだろう。


「なにこいつ。ガキじゃん、童貞じゃんプププ」


 とか言われたら即刻放り出す自信があるぞ。まあタウン誌見てくるぐらいだからその可能性は薄いんだろうけど……。

 ちなみに、面接するにあたって耶枝さんから受けた指示がいくつかある。

 経験の有無や仕事が出来そうか否かよりも人間性を見て判断すること。

 応募が四人である以上、スタッフが少なすぎると店が回らないので余程問題がある場合を除いては基本的に採用する前提で話をすること。

 採用者には契約書やら何やら入った封筒を渡して明日研修に来てもらうよう伝えること。

 不測の事態や判断が難しい場合には耶枝さんを呼べば来てくれるということ。

 そして共同寮に入る意志があるかどうかを確認すること。

 この五点である。

 後から聞いて驚いたのだが、この店の二階部分は耶枝さん母娘の住む家になっているのだとか。

 そしてこの共同寮というのはそこに一緒に住むことを指すらしい。

 住み込みで働きたい人のためにいくつか部屋があり、耶枝さん母娘と共同生活をするのだそうだ。

 ちなみにすでに俺の部屋は確保されているとのことだ。別に住み込みとかしないけど。

 外装も内装も凝っていて、機材にも相当の設備投資をしているはずなのに二階に家まで作るとかどんだけ金掛かってんだよ。と、思わずツッコむ俺に対して耶枝さんは、


「二千万ぐらいかな? 慰謝料も貯金も財産分与で貰った前のマンション売ったお金も全部無くなっちゃった。テヘ」


 と笑って言った。

 なんというか、大物感がハンパねえ。

 こういう人が案外失敗を繰り返してもへこたれず、最後には成功するのかもしれない。

 とはいえ、今日面接をして明日研修をしてその翌日にオープンってスケジュールはやっぱり無謀過ぎるんですけど……。

 という具合に、せっかく前向きになりつつあった俺の心はすでに折れそうなのであった。

 どうせなら白咲さんとかが面接に来てくれたりしないかな。

 そしたら俺はその場でプロポーズしちゃうよ? 直接話したこともないんだけどさ……。

 などと妄想が膨らみ鼻息を荒くしていると、ふと入り口の扉が開いた。

 カランカランと、ドアベルの音が鳴ると同時に現れた人影は当然ながら白咲さんではなかったが、しかしどう見ても見知らぬ誰かでないことだけは確かだった。

 馬鹿みたいにサラッサラの肩まで伸びた髪に、人形じゃないかと思わせるような綺麗で無機質な顔と人を射るかのような鋭い目付き……見間違うはずがない。

「ア……アイスドール!」

 アイスドール。

 本名、如月神弥。クラスメイトであり有名人。

 他人と、特に男子とはほとんど関わろうとしない。

 それどころかまるで恨みでもあるかの如く冷たい目と態度で辛辣な言葉を平然と投げ掛けることから付いた渾名は【アイスドール】または名前をそのまま取って【氷の国のかぐや姫】である不良女やギャル集団よりよっぽど怖い女、如月神弥が制服姿で立っている。

 思わす立ち上がる俺を見て如月も驚いた様に目を見開いた。

「あなた……同じクラスの秋月? どうしてあなたみたいな奴がここに。というか、今度アイスドールって言ったら埋めるわよ」

 新学期も既に一ヶ月が経った今になって如月と交わした初めての会話が……埋める。

「……脅し文句が怖えー」

「不愉快なのよ、人のことを影でコソコソと。どこにそんな風に呼ばれる要素があるのか甚だ疑問だわ。直接言う度胸もないくせにゴミみたいな奴らが挙って、煩わしい」

 本当にゴミって言った! やっぱそう思ってたんだ!

「……人をゴミを見るような目で見るかららしいぞ? あとその口の悪さと」

「誤解もいいところね。むしろ嫉妬かしら」

「いや、誤解じゃないと思う。だって俺もそんな目で見られたことあるもん」

「だったら聞くけど、ゴミの定義ってなに?」

 と、冷たい目で言う如月は俺の答えなど待たずに続ける。

「その人にとって必要のないもの、意味の無いもの、価値のないもの、でしょう? 私にとって学校に居る周囲の人間がそうであるというだけの話。それが私の価値観なのだから他人にとやかく言われる筋合いは微塵もないわ」

 こいつすげえ……クラスメイトがゴミである理由を普通に説明しやがった。そのクラスメイトである俺に。いくら顔が良くてモテるからってこれは無いわー。

「分かってはいたけど……やっぱり、嫌な奴過ぎる」

「だから、それがムカつくって言ってるのよウジ虫!」

 わーい、ウジ虫呼ばわりだよ。生きてる分だけゴミよりは評価上がったよねこれ?

「私はそれを口に出しているわけではないじゃない。それなのに勝手な被害妄想で陰口叩いて、変な名前付けられて、ほんっとムカつくわ」

「いや、別に陰口とか悪口ってほどのもんでもないだろ。ただの渾名ってだけで」

 むしろアイスドールって呼んでいる奴の大半は男で、どちらかというと好意を寄せているからこその渾名だ。それほどに顔とか見た目だけは良い奴なのだ。

 いわゆる神聖視とか女王様扱いみたいな。

「そんなの知ったことじゃないわ。私が不愉快だと言っているのだからやめるべきであることに変わりは無い。周りの友達にもそう言っておきなさい」

「そういうことは友達が居る奴に言ってくれ」

「…………」

 とてつもない哀れみの目で見られた。

 それはまるで『こんなテンプレ通りな非リア充がこの世に存在したなんて』とでも言いたげな表情だった。大いにほっとけ。

 如月は一つ咳払いをして表情を普段の冷めた状態に戻すと、気を取り直すように言った。

「それで? どうしてあなたみたいな人間がここにいるの?」

 馬鹿なの死ぬの? 的な勢いで睨まれるウジ虫こと俺。

 それはこっちが聞きたいところなんだけど、聞くまでもなく店に入って来た時点で答えは一つしかないよね。

「俺はまあ……面接だよ」

「面接? 四時から個別面接だと言われたのは私だったはずだけど? そもそも女性限定の募集だったはずよね。ちゃんと見てから来なさいよ変態、痴漢」

「今どこに痴漢要素があったんだよ! 第一俺は面接を受ける側じゃねえ、する方だ」

「はぁ?」

 そろそろ侮蔑の目が痛い。

 頭が良いらしい如月なら理解出来そうなものだが、単純に俺の言う事を信じていないのだろう。

「おかしな話だとは俺も思ってるけど、事実だよ。俺がこの店の……えーっと、シャルダンなんとかファイアーの副店長なんだ」

「この店の名前はシャルール デ ラ ファミーユ」

「そう、それだ」

「あなたが副店長ですって? つまらない冗談は病院で言いなさい」

「何科に行かせようとしてんのか知らねえけど、冗談じゃねえから」

「何科というか霊安室かしら」

「死ねって意味かよ! ていうかどうでもいいわ、そんなの。とにかく、これ見ろこれ」

 ついさっき渡されて着ていた男子スタッフ(といっても俺しかいない)用の制服代わりのエプロンの胸についている名札を見せてやった。

 そこには確かに耶枝さんの丸っこい字で【副店長 秋月優】と書いてある。

 それを見た如月は大層気に入らなそうな顔をした。

「本気で言ってるわけ? どうして同じ高校生の秋月が副店長なんてしているのよ、おかしいじゃないそれって」

「だーかーらー、俺だってそう思ってるっつーの。でも事実なんだから仕方がないだろ」

「それは何? つまりは、あなた如き低俗な人間に私が品定めされるというわけ? 人権侵害も甚だしいわ」

 酷い言われ様だ。どんだけ嫌われてんだよ俺。

 いや、こいつの場合他人全てか。

 とはいえいつまでもこんな言い合いをしてもいられない。

 十五分後には次の人が来るのだ。俺には同レベルで口論を続けることよりも、立場上やらなければならないことがある。

「如月が俺をどう思おうと勝手だけど、文句や抗議は後で好きなだけしてくれ。今は面接を受ける気があるのかどうかって話をしようぜ」

 本音を言えば即お引き取り願いたいところだ。

 明らかに人間性に難有りだもん。

 でもそれは、なんというか個人的な都合が混ざってしまっている感じなので若干躊躇いを覚える。任された以上は公私混同は避けなければならない。

「受けるわよ、その為に来たのだから。でもあなたに面接されるのは御免だわ」

「だったら帰れ。我慢するなら席に座れ。二つに一つだ、強制はしねえよ」

 言って、俺は再び腰を下ろす。

 いつまでもこいつの俺非難に付き合ってられん。拒否して帰るならそういう報告をする他ないだろう。

「…………」

 如月は無言のまま精一杯俺を睨み付け、少し立ち尽くしてから渋々前の席に座った。

 格好付けてみたものの目がマジこえぇ。直視どころかチラ見も出来ないです。

「……履歴書は?」

「持ってるわよ。でもあなたに見せる気はないわ」

「…………じゃあ、志望動機は?」

「どうしてそんなことをあなたに教えないといけないのかしら? 馴れ馴れしい」

「………………」

 駄目だこりゃ。話にならん。

 俺は至って普通の対応をしたはずだ。それでもこういう態度だというのなら仕方がない。

 結論! 人間性に問題有り!

「じゃ、残念だけど今回は不採用ということで」

「はぁ? ふざけているつもりなら炙るわよ」

「ふざけてるのはお前だ。バイトの面接だぞ」

「どうして生物として圧倒的に劣るあなたにそんなことを判断されなければならないの? 不合理じゃない。納得がいかないわ」

「不合理でもなんでも駄目なもんは駄目なの」

「あなたねぇ……何様のつもり?」

 徐々に如月の声が低くなってきた。握っている拳の力の入り具合が本当にキレていることを物語っている。

「副店長のつもりだ。別に、それイコール自分が偉いとは思ってないけど、お前の態度がおかしいのは俺じゃなくても分かる。さ、帰った帰った」

「帰るわけがないでしょう。私はここで働くと決めたの」

「その決定権を自分が持っていると勘違いしていたことを教訓にして次で頑張れ」

「そう……わかったわ」

 だったら、と如月は言った。

 諦めて帰るのかと思ったが、席を立つ様子は無い。

「だったら、取引をしましょう」

「取引だぁ? 何言ってんの? 馬鹿なの? 取引どころか労働契約が不成立に終わったんだぞ?」

「あなたほど馬鹿ではないわ。あなたほどの馬鹿が他にいるのかどうかも怪しいけれど」

「どんだけ馬鹿なんだよ俺! もういいからそういうの。俺の文句は家で好きなだけ言っていいから帰ってくれよ。こっちは次が控えてるんだ」

 しっしと手を振る俺に、一つ間を置いて如月は言った。

「あなたと白咲さんがお近づきになれるように便宜を図ってあげる」

「…………………………なんですと?」

「あなたが白咲さんと距離を縮められるように協力してあげる、と言ったの。勿論その対価は……分かっているでしょう?」

「マジで!? よし、採用!」

 思わず即決してしまう俺を軽蔑混じりの眼差しで見たのち、如月は「ふぅ」と疲れた様な安堵したような溜息をついた。

「つーかなんでお前知ってんの? 俺が白咲さんをアレなこと……」

「見ていれば分かるわよ。修学旅行のグループが決まった後に集まった時、隙あらば変な顔と目してチラチラ見ちゃって、端から見ていて気持ちの悪いことこの上ないもの」

「気持ち悪いとか言うんじゃねぇよ。つーか、そんなんでバレるのか」

 今後は気を付けよう。チラ見盗撮マニアだと思われちまう。

いやそれよりも、お前も一緒の班だったのかよ。

「ていうか、マジで協力してくれんのか?」

 ここまでの性悪っぷりを見るに、採用を勝ち取る為のその場しのぎの狂言という線も大いにあり得る。

 そんな疑いの眼差しを向ける俺に対して如月は、

「勘違いしないでね」

 と、ツンデレみたいなことを言い始めた。

「協力といっても、話す機会が出来る様に取り計らうとか、打ち解けられるような場を作ったりということのために気を利かせるとか、その程度のことよ。作戦を立てて無理矢理くっつけようとしたり、彼女に何かを吹き込んだりする、という意味ではないわ」

「いやいや、それでも十分だぜー。お前意外と良い奴なのか? とりあえず、色々よろしくな。研修やら契約に関する資料はここに入ってるから。次来るときに契約書だけ持ってきてくれ」

 耶枝さんから採用者用にと渡されていた封筒を手渡した。

 如月はそれを受け取って席を立つと店を出て行こうと歩き出したが、少ししてその足を止めて振り返った。

 終始一貫した、感情の読めない無表情のままで。

「言っておくけど、取引のこと忘れたら詰めるわよ。肝に銘じておきなさい」

「どこに何を!?」

「私はあなたに協力する。あなたは私を無条件で採用し、尚かつ今後私の言う事に逆らわない。忘れないでね」

「ちょっと待てい。なんか増えてねえ? なんだよ私に逆らわないって、聞いてねえっていうか、さっきそんな話無かったぞ!?」

「よく考えたら割に合わないもの。そのぐらいでようやく対等な条件でしょう?」

 こいつ……少しでも自分が上の立場に立つことにぬかりが無いな。強かというか、転んでもただでは起きないというか、やっぱ嫌な奴だ。

「私がこの取引で得るものは労働先の確保。言ってしまえば、他に代わりがあるもの。でもあなたの恋愛感情はそうではないでしょう? このぐらいは当然だわ」

「それなら俺だって別にお前の助けなんてなくても成就するかもしれねえじゃねえか」

 確かに如月は白咲さんと一緒に居る事が多いっぽい。だからといって自力で成就する可能性が無いということはないはずだ。

「どう考えてもそれは無理ね」

「……なんで言い切れるんだよ」

「自分から話し掛けることも出来ない男に希望があるとでも思っているの? ただでさえクラスでも浮いていて目立たない、女子と交流も無い、取り柄も無い、勉強もスポーツも出来ない、顔も平均値を大きく下回る、存在価……いえ、良い所無しなのに」

「お前が俺の何を知ってんの!?」

 今絶対存在価値無しって言おうとしただろ。何こいつ、人を傷つけるスペシャリスト?

「何を知っているのかと言われると顔と名前以外は何も知らないし、入学以来あなたの何かを知ろうとしたこともなければその必要があるとも今尚思っていないから全て見た目とクラスでの印象から推測しただけでしかないけど、そこまで間違ってもいないでしょう?」

「………………」

 間違っていなかった。やべー、俺の存在って……。

「だから、あなたがあなたの恋愛を成就させたければこのぐらいの条件じゃないと釣り合いが取れないというわけ」

「……だからってそんなパシリみたいな」

「とは言っても、別にあなたみたいな人間に命令することも無いでしょうけど。こっちの品位が損なわれる可能性があまりにも高すぎるし」

「いい加減言わしてもらうけど、その『みたいな人』ってやめてくれない? どういうカテゴリなんだよ、お前の中の俺は」

「地味っぽくてオタクっぽくてクラスメイトっぽくて視姦が趣味の気持ち悪い役に立たなそうな価値の無い男、かしら」

「っぽくて、が一つ多いだろ! クラスメイトなのは事実じゃん」

 ていうかそんな趣味ねえよ。

「心配しなくてもそれ以外も事実よ。それに、楽に生活するのに手頃な駒があると便利かしらとふと思い付いたことに便乗しただけの提案だからあまり気にしなくてもいいわ。勿論、だからといって取引が無かったことにはならないけど」

「……最低だなお前。面と向かって駒とか言うか普通」

「それで、どうするの? 決定権は私には無い、という話だったけれど?」

 一転、立場が逆転したかのような雰囲気を醸しだし始める如月は完全に俺を見下ろしている。

 しかし、俺は愛に生きる戦士。多少の辛酸ぐらい舐めてやるさ。

 白咲さんとお近づきになれる願ってもないチャンスだ。俺にとっては何に代えても縋る価値がある。

「……わかったよ」

 短く告げると、如月は「そう」と言って再び歩き出したかと思うと「じゃあね」の一言も無しに店を出て行った。

 完全に公私混同な上に最終的にはあっちが上の立場になっちゃてるけど……これも俺の一世一代の恋のため。耶枝さんならきっと許してくれるよね。






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