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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第四話】
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【1オーダー目】 癒されたいお年頃



「たいーくさいー?」

「それなあに~?」

 毎日毎日毎日毎日同じことの繰り返しで説明するのも面倒になってくるが、放課後を迎えるなり学校から店に直行した俺はすぐにエプロンを着て厨房に立っていた。

 場所は駅から徒歩五分足らずの繁華街に位置する【chaleur de la famille】という名のカフェのような喫茶店のような店である。

 我が叔母桜之宮が店長を務め、俺が半強制的に副店長に就任し、来る日も来る日も汗水垂らして働いている、本人曰く喫茶店とファミレスの融合体であり、それでいてメイド喫茶や居酒屋の性質も併せ持つおかげで忙しさや仕事量がオーバーヒート状態の趣味と思い付きと実益を一緒くたにした奇跡の産物だ。以上、説明終わり。

 そんな外装も内装も地味で平凡で目立たない見た目と人生を引っ提げた俺には不似合いで不釣り合いで場違いなオサレ感丸出しの店舗で普段通り厨房に立つ俺の話が一通り終わると、カウンターを挟んで正面の席に座る二人の女の子は不思議そうに首を傾げた。

 正確な年齢は知らないが、小学校の高学年である二人はリボンに結われたサイドポニーが左右で違うだけで見た目はうり二つの可愛らしい双子ちゃんだ。

 服装も完全に同じで、髪型以外で言えばリボンの色とちょっとだけ声が違うぐらいか。

 それぞれ美沙、理沙と言うこの二人の名字は如月……そう、あの悪魔女王の血が繋がっているとは思えない双子の妹である。

 スタッフ皆が可愛がるため最近では如月の出勤日になるとちょくちょく顔を出しておやつを食べて帰ることが増えている。

 耶枝さんとかリリーさんとか隙あらば相手をしたがるし、音川はサボる口実に構ってあげている風を装って変なことばかり吹き込んでいるし、今やこの店の癒し要員と言ってもいいだろう。

 その対価というわけではないだろうが、基本的に双子ちゃんの飲み食いは無料だったりする。

 ちなみにだが、ヤンキー相良はあんま近付かない。本人が子供が苦手なのも勿論あるのだけど、双子ちゃん側も即決で怖い人認定してしまって絡みたがらないのだ。

 子供の自己防衛本能って精度高いね!

 とまあ逸れた話はさておき、そんなわけで俺が厨房に立ってすぐに現れた双子ちゃんに今や専用メニューと化しつつあるソーダフロートを用意してあげるなり俺の愚痴を聞いて貰ったわけだ。

 小学生ぐらいしか愚痴る相手がいない俺の残念さは今更なので触れなくてもいいに決まってる。

「それなあにー?」

 今日の放課後の件を、要約すると体育祭が決まって憂鬱だと漏らした俺の話がいまいち伝わっていないのか美沙の方がやけに興味津々に言った。

「ああそっか、君達の言い方だと運動会かな」

「うんどーかい楽しいよ?」

「お兄ちゃんはいやなの?」

「君達みたいな前途ある若者と違って俺はそういうイベント事の度にリア充を呪い殺す方法を必死にググらないといけなくなるんだよ~」

「りあじゅ?」

「ぐぐぐ?」

「分からなくてもいいんだよ~。君達はお姉さんを反面教師にそのまま育ってくれればそれで……」

「ちょっと」

 若干ながらジュースやらクリームが散っていたため服が汚れないように双子ちゃんのテーブルを拭いてあげていると、ふと背後からの声が会話を遮った。

 確認するまでもなく後ろに立っているのが誰であるかを理解した俺は平静を装ってゆっくりと振り返る。

 案の定前述の双子ちゃんの姉でありこの店のバイトでもある恐ろしいまでに綺麗な顔をした天上天下唯我独尊絶対女王こと如月神弥が、軽蔑的な眼差しでこちらを見ていた。

 如月神弥。

 クラスメイトであり有名人。通称は氷の国のかぐや姫。

 口が悪く、性格も悪く、人と関わるのを嫌い全ての異性を蔑み一切交流を持とうとしないくせにその数え切れない欠点どころか欠陥を補って余りある見た目の良さのせいでやたらとファンが多い悪辣クイーンである。

 その本性を知っているのかいないのか、美沙や理沙が嬉しそうにお姉ちゃんお姉ちゃんと呼ぶ中で俺は『別にサボってませんけど何か?』的な顔を返事の代わりに浮かべてやった。

 当然、そんな演技が通じる相手ではない。仮に百パーセントこちらの言い分が正しい場合であっても結果は変わらない。

「人の妹に物騒な言葉を吹き込むのはやめて」

 妹達の頭を軽く撫でると、一転して心底煩わしそうな顔でそんなことを言う。

 頑張れ俺、負けるな俺。

「なに、心配はいらないさ」

「はあ?」

「お前と一つ屋根の下に暮らしているんだからこのぐらい慣れっこだろ?」

「ならお望み通り呪い殺してあげようかしら。物理的に、でも私は構わないけれど」

「本当にごめんなさい……」

 実はビビってたよ。

 声が聞こえた瞬間ドキッとしたよ。

 後ろに立たれた段階で勝てる気してなかったよ!

 同級生なのに……クラスメイトなのに……メイド服着てるくせに……なんでそんな怖いのお前。

「何だ優、お前体育祭嫌いなのか」

 謝罪の一つや二つで許してくれそうにもない裏ボスからどう逃げたものかと考えていると、別の声が俺を救った。

 奥のテーブルの片付けを終えて戻ってきたのは今日出勤しているもう一人のアルバイト、キング・オブ・バイオレンスこと相良巴だ。

 髪の毛の右半分だけが金髪になっているという現役バリバリのヤンキーで、レッド・ドラゴンとかいうレディースの総長をしているわ特攻服や木刀がデフォルト装備になっているわフリルがウザいという理由で一人だけ腕まくりをしたりガーターベルトを外したりともう一人無法地帯と言ってもいいようなデンジャーな人種である。

 この前も無断で写メを取った大学生を外に引き摺り出そうとしてちょっとした騒ぎを起こしたりもしたのだけど、まあ基本店長である耶枝さんには従順だし店に迷惑を掛けることはしないと誓っているらしいので見た目ほど問題児ではない……のかもしれない。

 仕事の上では俺の指示もちゃんと聞くし、なんならこの間の一件以来俺のことを同胞とでも思っているのかやけに馴れ馴れしくなっている節まである。

 だからといってピンクのジャージを寄越されても困るし、下の連中に兄貴と呼ばれるのが嫌だと何度言っても注意してくれないのはどうかと思うけども。

 そんな相良はうっすら俺と姉妹の話が聞こえていたのか、話に混ぜろと言わんばかりに随分と古いワードを口にした。

 仲間だけは大事にする。という拘りを持つ面倒見の良さが発揮されたのか、本人なりの優しさなのか、自分から双子に近付かないようにしていることからも分かる通り、時折良い奴なのを匂わせてくるからこんなでも従業員一同と仲良くやっていけているのだろう。

「甘いな相良。体育祭だけじゃない、俺は世に言う青春イベント全てを憎んでいる」

「相っ変わらず陰険な野郎だな」

「陰鬱な男ね。移ると困るから妹に近付かないでくれるかしら」

「うるっせえよ、普段ろくに会話に参加しないくせに悪口の時だけ参戦するな。つーか、相良はそういうの好きなのか? まあ体動かすの好きそうだしな」

 主に喧嘩とか殴り込みとか。

 或いは年間行事だけ張り切るヤンキー気質が備わっているのかもしれない。

「ま、嫌いじゃねえけどな。生憎とうちの学校は無えんだ」

「へえ~」

 そういやこいつ女子校だったな。しかも結構偏差値高いとこ。

 それはさておき、仲間とか友達とか言えるだけ俺や如月とは大違いだ。

 俺なんて人が楽しそうにしてるのを見るだけで体調が悪くなるっつーの。小学校まででいいだろあんなの。

 なんて心で毒突いたところで新規のお客さんがドアベルを鳴らし、夜間メニューに切り替わる前に訪れるちょっとだけ暇な時間は徐々に終わりに近付いていくのだった。


          ○


「優君~、ちょっと話があるから店閉めた後残ってくれる? ご飯食べながらでいいし、ちゃんと姉さんには許可もらっておいたから」

「……へーい」

 時刻はラストオーダーから押しに押して十時半前。

 そろそろ最後の席も空くかなといった雰囲気になってきた頃に、二人並んで洗い物をしていると耶枝さんがそんなことを言った。

 店長であり叔母でもあるこの店の経営者だ。

 実年齢は三十過ぎ、見た目の年齢は二十過ぎというアンチエイジング日本代表みたいな人で、いつもはふんわかほんわかとした雰囲気と口調でありながらノリと思いつきで店を建てたり店内をデコレーションし始めたり次々にウェイトレスの衣装のバリエーションを増やしたりといった後先考えない行動が多く、そのくせ経営者としてはしっかりしていたりあらゆる意味で集客効果に貢献していたりと謎多き人種である。

 この姉さんというはすなわちうちの母ちゃんなわけだけど、オープン以来……いや、オープン前から頻繁にその『姉さんの許可は取ってある』というフレーズを口にするあなたに一言だけ言いたい。

 母ちゃんの前にまず俺の許可を得てくれ。

 俺だって毎度毎度同じ事を言いたくはないし、恐らく言ってももう無駄なんだろうけど。

「ありがとうございました~、またお願いしますね~」

 最後の一団が会計をしに来たのに対応する耶枝さんが笑顔で見送るのに合わせて俺もペコリと頭を下げる。

 これで店内は空っぽ。あとは片付けと掃除を済ませて集計をすれば業務終了だ。

 この辺りの連携というか分担はもう慣れたもので、俺が残った食器を機材を洗い耶枝さんがテーブルを拭いたり夜間用のメニューやポップを回収したりシャッターを閉めたりといった片付けを担当することでスムーズに閉店作業は進んでいく。

 食器以外の調理器具なんかはラストオーダーが終わった時点で綺麗にしているし、おしぼりは業者発注であるため使ったまま返却して朝に綺麗なのが届くシステムなので何と楽なことか。

 床やトイレの掃除も次の日の仕込みも当日の朝にしていることも含めそう多くの仕事が残らないようになっているのは高校生だらけのメイド勢が午後九時四十五分以降に働いてはいけないルールがあるがゆえの効率化と言ってもいい。

 ま、結局は仕込みは俺が、店内の掃除は耶枝さんがやるので全体の仕事量が減っているわけではないのだけど……。

「終わったね~。今日もお疲れ様、優君」

「はい、お疲れ様っす」

 シングルマザーの店長と高校生の副店長という不思議なコンビは今日も互いを労い合い、自宅兼事務所兼共同生活寮になっている二階へ二人で上がっていく。

 俺も激務だのキャパオーバーだのと散々愚痴ってきたし、一日が終わる度に疲れ果ててはいるのだが、この耶枝さんに至ってはそれに加えて母親として家事をやったり買い物に行ったりをしているのだから頭が上がらない。

 追い付かない時間帯以外は一人で厨房を任されている俺と時折酒を飲みながらホールで働いている耶枝さんとじゃ恐らく数倍こっちの方がキツイとは思うけどね……ああでも、その分朝から夕方までは一人で厨房にいるから大差ないか。

 あとこれは余談というか全然関係無い話になるけど、居酒屋にメイド服って絶対ミスマッチだよね。オープン初日には抱いていた感想なのに結局そのまま来ちゃってるよ。

「それでね、この間メニューの見直しをしたじゃない?」

「はあ……」

 晩飯として作ってくれていた鯖の煮付けや大根サラダをいただいていると、さっそく耶枝さんが切り出してきた。

 メニューの見直しというのは喫茶メニューと居酒屋メニューを合わせるとあまりに品数が増えすぎているため食材の収納や使い回しが効率よく出来るように注文数の少ないメニューを一部なくしたり変更したりといった会議を先日二人でやったのを指している。

 あれこれと発注しすぎて冷蔵庫や倉庫が常にパンパンで入りきらないため複数のメニューで同じ食材を使えるように具材や付け合わせを変えたり、大して注文が多いわけでもないのに場所ばかり取るようなメニューを削ったりといった変更だ。

 結果九品ぐらいは無くなったものの、そもそもコーヒーやデザート類も豊富なので総数で言えばそれでも多すぎるレベル。

 酒の種類がそこまでではないことが唯一の救いである。

「さすがにランチメニューが四つも減ると見栄え的にちょっと寂しいじゃない? だから一つか二つ新しく追加しようと思うの。見栄えもそうだし、ちょっとした新商品キャンペーンみたいなのも兼ねてさ。飽きられない努力っていうのかな、たまには何かイベントもないとね」

「まあ……分からんでもないですけど」

 減らしたっつってもパスタ類やどんぶり類に始まりオムライスだのサンドウィッチという定番メニューから一風変わったものまで十分過ぎる程に数は揃ってるんだけどね。

 ま、ロコモコ丼とかほとんど注文なかったし減らしたのは正解だと言わざるを得ない物も結構あったし入れ替えという意味ならまあ納得出来なくもない。

 飽きられないために、と言われりゃ尚更に反論の余地もないし。

「ってことで今度の土曜日にちょっとした打ち合わせというか、お試し会をしようと思ってるのね。だから優君も何かアイディアを考えておいてくれる?」

「アイディア、すか。何とか頑張ってはみます」

「うん、具体的なところまでいかなくても全然いいからこういうのはどうかな~とか、こういうのがあったらお客さんに受けるんじゃないかな~とか、そういうレベルのアイディアでもオッケーだよ」

「了解です」

「あ、それから神弥ちゃんも参加したいらしいから三人でやるからね」

「ええ~……何であいつが」

「そう嫌そうな顔しないの。一番出勤日が多いし、他の子と比べると一番仕事も出来るし、覚えるのも早いし、いずれ厨房に立ちたいって欲求もあるみたいだし丁度いいかなって思ってさ。頑張ってくれているんだから店長として少しぐらい報いてあげないとね♪」

「それまともな会議になるとは思えないんですけど……どうせ俺のやることなすこと全部に文句言ってきますよあの毒舌女王は」

「あ、あはは……まあ、その辺は仲良くお願い」

 普段、どれだけ俺が虐げられているかを知っている耶枝さんもさすがに苦笑い。

 だけどきっと、如月が望んだからというだけではなくその辺りのわだかまりが少しでも解消されればとか思っての提案であることが分かってしまうだけに俺も強く反論は出来なかった。

 みんな仲良く笑顔で接客。

 耶枝さんが毎日のように口にするフレーズだ。

 それでもやっぱり、俺とあいつが仲良くってのは無理があると思いますけどね。


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