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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第三話】
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【ラストオーダー】 本物の笑顔



 色々と激動過ぎた一日も終わってしまえばいつもの日常。

 迎えた翌日、学校が終わると一旦家に帰った俺はすぐに着替えて蜻蛉返りの如く家を出ていた。

 連日のことで申し訳ないことこの上ないが耶枝さんに二時間ほど、つまりは夜間メニューに代わるまでには出るので少し出勤を遅らせてもらうように頼んである。

 優しい耶枝さんは俺が何かをしていることを察していながらも敢えてワケを聞こうとはせず、ただ『全然気にしなくていいよ♪』と快諾してくれたため、今日で最後なのでとお言葉に甘えたわけだ。

 どうにか大事にも揉め事にもならず、無事に俺の冒険は終わった。

 今日はその事後処理というか、まあ言ってしまえば巻き込んでしまった連中へのお礼をしっかりと済ませて全ての幕引きとしようと考えた次第である。

 こういうのは先延ばしにしていいものではないし、本当に感謝しているからこそしっかりしておきたい。

 というのは本音なのだが……、

「あっ、てめそれうちが育ててたやつだぞっ」

「甘いな香織、こういうのは早い者勝ちなんだよ」

「じゃあこっちは全部もーらいっ」

「華、それ生焼けだよ」

「こらこら、せっかく優が取り分けてくれてんだから仲良くしろてめえら。別にいくらでも頼めんだからよ」

 もわもわと香ばしい煙がテーブル一体を包んでいる中、きゃっきゃと女子特有の騒がしさが普段と変わらず俺が馴染めない空気まで蔓延させていて存在感の無さもここに極まれりという感じだった。

 場所は駅前の焼き肉屋。

 同じテーブルを囲むのはボス相良と華、香織、吉田、そして昨日拘束役をやってくれた名前も知らない二人だ。

 相手方三人を解放した後、感謝の言葉や申し出たお礼は相良を始め吉田や謎の二人にやんわりと突き返されたというのに、不意に放たれた華の『焼き肉に連れて行ってくださいッス』という言葉によってとんとん拍子で話が纏まってしまった結果こうなったわけだ。

 仲間助けんのに貸し借りなんてねえよ。

 とか、

 すこしでもあにきに恩返しできたのならそれで満足です。

 とか、俺には似合わない感動的な言葉を多数いただいたというのに、天然で台無しにするあたりさすがは無邪気な馬鹿こと華である。

 まあ、俺としても気にするなと言われてそれで終わりにするつもりはなかったので全然いいんだけど……少々財布に優しくないのが難点といったところか。

 いくら食べ放題のバイキングだとはいえ七人で来れば結構な金額になる。

 一人税込み3980円。

 この一食で三万ぐらいなくなっちゃったでござるよ……らしくない自己満足は高くついたなぁ。

 ほとんど会話にも混ざってない俺はトングを手に焼いたり取り分けたり空いた皿を整理したりしてるだけだし。

「兄貴全然食ってないじゃないですか。これどうぞッス」

 発案者である華が俺の皿にカルビを二枚放り込んだ。

 焼き肉なんて半年ぶりッスと言う華は六人の中で一番量を食べている。

 喜んでくれるのはいいけど、この小柄な体のどこにそれだけの米が入るのかと不思議で仕方がない。

 あとトングがあるんだから自分の箸で人の皿に触るんじゃない。

「ああ、さんきゅ」

「あにき、こっちもどうぞ」

「あんがと」

 続いて隣から吉田がイカやらエビやらを移してくれる。

 くれるというか、女子連中が肉以外にほとんど興味を示さないため頼んだはいいが誰も食わない余り物の処理を任されただけ感がハンパない。

 あと、だから箸……。

「優、あんま腹減ってねえのか?」

「そういうわけじゃないんだけど、俺はこの後仕事があるからさ。あんまりたらふく食って動けなくなっても困るだろ?」

「ま、そりゃそうか。ご苦労なことだよな、その歳で副店長ってのも」

「やってること自体はバイトと大差ないんだろうけどな。ただ一人でやるから仕事量が普通の何倍にもなってるだけで」

「今更謙遜すんなよ優、店長やお前がめちゃくちゃ苦労しながら頑張ってんのはみんな嫌ってほど分かってるさ。うち等がもっと力になれりゃ少しは違ってくるってのもな」

「いやいや、少ない人数でよくやってくれてるだろ。慣れてきたおかげで効率も良くなってきてるしさ」

 例えば相良のオラついた接客態度。

 例えば音川の楽したがりな性質。

 リリーさんの天真爛漫っぷりやオリジナリティー溢れる謎の日本語。

 そして如月の機械(マシン)っぷり。

 そういった個性だとか性格的な部分とも言える問題を含め改善点がないわけでは勿論ない。

 だがそれらを踏まえた上で全体的に客受けが良いため余程の事が無い限りは口うるさく言うのはやめようと決めたのは他ならぬ俺と耶枝さんだ。

 アルバイトという領分で見れば誰もが十二分に戦力になってくれている。

「だったらいいんだけどな。ま、そんなわけで仕事以外の面でお前に頼られるのは、実は結構嬉しかったりするんだぜ」

「相良……」

「昨日も言ったけどよ、仲間助けんのに理屈なんざ要らねえんだ。これからも一人じゃどうにもならないことがあったら遠慮無く言え。その代わりコイツ等がお前を頼った時には助けてやってくれ。それがツレってもんだ、そうだろおめえ等」

「モチのロンっす」

「当然ッス」

「兄貴の頼みなら何でも来いッスよ」

「華の言うとおりですあにき」

「塩タン追加していいッスか?」

「ってことだ。分かったか優」

「ああ……重ね重ねになるけど、ありがとな」

 仲間。

 そう呼んでもらえるだけの価値が自分にあるのか。

 それを必要のないものだと切り捨てた風を装って諦めていた俺に今更そんな言葉を受け止めることが出来るのか。

 正直に言えばまだ分からないし自信もないけど、一つ確かに言えることがあるとするなら、それはこいつらが皆良い奴だってことだ。

 ……最後の奴はどうか分からんけど。

 

          ○


 一時間ちょっとの焼き肉パーティーを終えた俺はピンク軍団と別れるとすぐさま店へ直行した。

 全然関係無いけど、チーム名が【赤龍(レッド・ドラゴン)】なのになんでピンクのジャージなんだろうな。赤じゃないのかそこは。

 まあ、想像してみるとよりチンピラ感が増すだけだから出来ればそのままでいて欲しいけども。

 そんなことはさておき、店内に入るなり耶枝さんとリリーさんや如月に一言詫びて、言わずもがな如月に嫌味を聞かされてから二階に上がるとそそくさと着替えを済ませる。

 普段ならエプロンを上から着て終わりなんだけど、流石に焼き肉食った後の服でそのまま厨房に立つわけにもいくまい。

 消臭剤とかで匂いだけ消しとけばいいのかもしれないが、例え耶枝さんが許しても親父がそういうことに煩いため何年も徹底してきた手前どうしても気になってしまう。

 そんなわけでシャツとズボンを着替え、棚から洗濯したてのエプロンを取り出して紐を結ぶその最中のことだった。

 廊下から足音が聞こえる。

 りっちゃんは確か友達と出かけるって朝言ってたからまだ帰っていないはず。

 そして耶枝さんとリリーさんが店に出ている以上歩いてくる人物は一人しか残っていない。

「やあ優君、おかえり。今日はどこかにお出掛けしてたんだって?」

 振り返ると、目の前で立ち止まった小柄な少女は普段と変わらぬ微笑で俺を見上げている。

 音川。

 音川湖白。

 アニメやゲームが好きで、僕っ娘で、誰に対してもタメ口で、人をからかってばかりいて、面倒くさがりで、気ままで、気まぐれで、強がりで、ポーカーフェイスで、嘘吐きで、そのくせ甘えたがりで、人の優しさに飢えている。そういう女の子だ。

 昨日の事が本人に伝わると不味いので音川本人はおろか耶枝さんにすら相良やその取り巻き達と飯を食うとは言っていない。

 ただ学校の知り合いと、としか話していないのでバレようもないのだろうが……結局のところ当事者である音川にも何も言わずに裏で好き勝手していただけに何だか後ろめたさがあるせいで若干気まずいんだけど。

「ちょっと飯食う約束があってな。昨日も迷惑掛けたし、今後はそうそうこんなことはないから心配すんな」

「普段あれだけ齷齪と働いているんだからたまには羽根を伸ばすのもいいんじゃない? それが労いの精神、なんでしょ?」

「……それは俺じゃなくて耶枝さんに対してそうあれって話だぞ?」

「僕達からすれば変わらないよ。二人がこの家、この店を支えてくれているわけだからね。それよりも優君これ」

「あ、ああ」

 差し出されたのは持ち帰られた弁当箱。

 それを受け取り、俺が洗っておくところまでがいつものルーティンだ。

「今日のご飯はいつもより美味しかったんだ。なんでだと思う?」

「何でって、俺が知るわけないだろ。好きなおかずでも入ってたか?」

「ふぅん……そっか、君がそれでいいなら僕も何も言わないでおくべきなのかな」

「はあ? 何をわけの分からんことを……」

「優君優君、ちょっと耳を貸して」

「何だよいきなり。言いたいことがあるなら普通に言えばいいだろ」

「そうしたいのは山々なんだけど、他の人に聞かれたくない話でね」

「いや別に誰もいな……」

「いいからほら、早く」

「いだだだ」

 どうせまたロクでもないことを言い出すのだろうと渋っていたせいか、音川は俺の耳を引っ張り無理矢理屈ませる。

 あのね、と耳元で囁かれたかと思うと、耳たぶを摘んでいた指は離され代わりに両頬に手が添えられていて、顔の向きを強引に横にされた事に苛立ちを覚えたのも一瞬のこと、不満をぶちまけてやろうと開き掛けた口は予期せず塞がれ声が出ない。

 目の前数センチの距離に音川の顔があって、額と鼻、そして唇がそれぞれ触れ合っていた。

 互いの唇と唇が、確かに密着している。

 それが何を意味するのかを理解しようにもまともに思考が働かず、少しして理解したことで逆に頭が真っ白になった。

 わけが分からず固まっていた時間は十秒前後だろうか。

 ようやく唇と頬に添えられた両手が離れていくと、音川はやや恥ずかしそうにはにかんだ。

 目と目が合うことで現実に引き戻され、急速で我に返る。

「な……な……ななななななな何してんのお前えええええええええ!?」

 キスしたよな今!?

 絶対キスしたよな俺!?

 いや俺がしたわけじゃねえ!!!!!!!

「いやあ、この前言ってたでしょ? こんな僕でもキスされたら嬉しいって」

「い……言ってたか?」

「絶対に言ってた。言葉には責任を持ってもらわないと困るよ優君」

「いやいやいやいや待て待て待て待て! 仮に言ってたとして、だからってなぜお前が俺にキ、キ、キ、キスをする!?」

「どうしたら喜んでもらえるかな~って考えたら、むっつりスケベな優君にはこれが一番いいかなと思ってさ。これで少しぐらいは感謝を伝えられたかな、お兄ちゃん♪」

「お前……」

 普段とは全く違った笑顔が俺を見上げる。

 もしかして。と続けた言葉は、背を向けられることで一方的に会話の終わりを告げら先が出てこない。

 そのままリビングを去っていく音川は扉を開いた所で一度立ち止まると、こちらを見ることなくこんな事を言った。

「言っておくけど、僕だって結構恥ずかしいんだから絶対に追って来ちゃ駄目だよ」

 ペタペタと、スリッパが廊下を辿る音が遠ざかっていく。

 一人ポツンと残された俺はただ放心状態で棒立ちする以外に有り様がない。

 まだ胸はドキドキしていて、頭はふわふわしていて、今尚どういうリアクションが正しいのかもサッパリだ。

 そんな中でもはっきりと分かることは……やっぱり俺の自己満足は高い買い物になってしまったということぐらいだった。

 ああ、ちなみに。

 受け取った弁当箱の中にはこびりついた米粒もバランも、ついでに嫌いだから残したのであろうミニトマトも、しっかり入ったままだったよ。


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