【12オーダー目】 それぞれの矜持
「なるほど、よく分かったぜ。とにかくそいつらをブン殴ればいいんだな?」
やけに苛ついた顔で、目の前に片膝を立てて座る相良は舌打ちを漏らした。
夜の公園であれこれと密談を交した翌日、俺はもはや本当に行っているのかどうかも自分自身怪しくなりつつある学校が終わるなり店へと直行した。
そして耶枝さんに無理を言って就業時間を遅らせてもらい、話し合いのため一番奥角のテーブルを借りた次第である。
リリーさんにも一言謝罪し同じくシフトに入っている相良と一応は俺の後輩でもある華、香織、吉田が同席しており、事の次第と顛末をその相良に説明し終えたのが今この瞬間というわけだ。
「待て待て、有無を言わさず暴力ってのは違う。最初はそれを匂わせるだけでいいんだ」
最大限分かりやすく話をしたつもりだったのだが、馬鹿なチンピラには伝わっていないのだろうかと不安になる。
だが、その表情から心情を察するに理解してもらえなかったというよりは純粋に相良自身この話の中身に胸くそ悪い思いをしていることがすぐに分かった。
「匂わす、ねえ。ちっと温いんじゃねえのか優?」
相良はストローを無視して直接グラスに口を付け、半分ほど残っていたコーラを飲み干すとやや乱暴にテーブルへと叩き付ける。
「俺にそれが出来るならそうしてやりたい気持ちは勿論あるさ。でもな、自分に出来ないからってお前達に代わりに人を殴ってくれなんて頼めないだろ。俺がクズだと思われるのはいい、恨まれるのも憎まれるのも全然構わない。だけどそこまでさせたら俺はお前達を利用しているだけのカス野郎じゃねえか。俺みたいなちっぽけでヘタレなぼっちには何も出来ないんだよ、んなことは嫌って程分かってる。でも……だからって見て見ぬふりをするのは俺には無理なんだ。結局俺自身は何もしてないのと同じかもしれないけどさ、誰かの助けを借りてでもどうにかしてやりたいって思ったんだよ」
そういう奴等を憎む気持ちは俺にもある。
痛い目を見ろと、死んじまえクソ共と無意味な呪詛を唱えながら眠る日々を過ごした過去もある。
だからといって正義感なんて高尚な気持ちも、人助けなんて殊勝な概念も俺はきっと持ち合わせてはいない。
ただ昔の自分とだぶるから、あの時誰かが手を差し伸べてくれたらこんな俺じゃなかったのかなって……考えなかったわけじゃないから。
「優……」
「兄貴……」「アニキ……」「あにき……」
釣られて思わず感情的になってしまい赤心を吐露した俺を、四人が見つめている。
その瞳に何が映っているのだろうか。
その心に、何が伝わったのだろうか。
「なあ相良、あいつがどんな気持ちで常日頃ヘラヘラ笑ってるんだと思うよ。何不自由なく暮らしてますって、何も人に心配されるようなことはありませんって、周りにアピールするような顔して。自分は変な奴だから周りに疎まれたり蔑まれても仕方がないよねって、言い訳代わりにあんな一人称まで使ってさ。毎日毎日俺が作った弁当受け取って、ありがとう美味しかったって食べた形跡も無い空っぽの綺麗な弁当箱を返して、周りに知られたくないから一人だけ自分で洗濯して……そんな毎日がどんな気分だよ」
もはや誰の目も見返すことが出来なかった。
俯く目を閉じ、テーブルに乗せた手が震える。
そんな俺の肩を、相良ががっちりと掴んだ。
「優、何も心配することはねえよ。全部うち等に任せとけ」
「すまん……ちょっと感情的になった」
「いいんじゃねえのか? ツレのため、仲間のため、自分はどう思われてもいい……中々言えることじゃねえよ。うちが保証してやる、男だぜお前はよ。誰が何と言おうと、お前は良い男だ」
「姉さんの言う通りッスよ。さすがは姉さんの認めた男ってなもんです、うち等の兄貴は格好良いッス」
「由佳、他の二人にも連絡しとけ。明日直接そいつらに会いに行く」
「わかりましたねえさん」
「え、相良も来るのか?」
「当然だろ、あんなんでもうちの後輩に代わりはねえ。お前の気持ちってのには及ばないかもしんねえけど、こっちも相当ムカついてっからよ」
「分かった。ただ、しつこいようだけどあっちが喧嘩腰にでもならない限り暴力は無しだ。そうなりそうなら俺が止める」
「逆に聞くが、お前も行くつもりかよ」
「それこそ当然だろ、俺の都合で嫌なことやらせるんだ。やり方は正しくなくとも主張その物はこっちに正当性がある。だけど万が一これで何か問題になりそうになったら全部俺のせいにしていい、責任は俺がとる」
「そこまで格好つけんなって。別に無理矢理やらされてるわけじゃねえんだ、こいつらの分も含め、てめえでやったことの責任はてめえで取る。それがヘッドの務めだろ」
「だけど……」
「難しく考え過ぎなんだよお前は。揉め事になろうがならまいが、んなもんはうち等にとっちゃ慣れっこさ。ツレのために喧嘩して咎められたからって何だってんだ。それを理由に見て見ぬ振りするようなクソったれた人生ならうちは御免だ」
「分かったよ……でも、本当に無茶は最終手段で頼むからな」
「ま、そう心配すんな。少なくともお前の顔を立てるつもりではいるからよ」
そう言って、相良は立ち上がる。
話は一旦終わりだと暗に告げ、仕事に戻るために。
今日のシフトはリリーさんと相良の二人。
そして明日、音川が出勤日であることもとっくに調べておいた。
勿論のこと俺の出勤を少し遅らせてもらえるよう耶枝さんにお願いしておくことも忘れていない。
日頃からそれなりに頑張ってきたおかげか持ち合わせている優しさゆえか、快く遅れる許可をいただいたのでひとまず下準備に余念はないと言える。
あとは実際に行動に出てどうなるかだが……先程も述べた通り方法の是非はともかくとしても言い分はこちらに正当性があるのだ。
あっちにとっても大事になると不味いのはそう変わらない。
若干行き当たりばったりな感じは否めないが、こんなもん用意周到に計画を練ってやるようなもんでもないだろう。
俺は俺のやりたいようにやる。
生まれて初めて他人の力を借りることになったし、それが無ければどうしていたかなんて分からないけど、それでもやるんだ。
「しかしまあ……」
ほんと、ガラじゃねえなあ。
○
そうして迎えた結構当日。
例によってダイジェストにもならない学校生活を終えた俺は、やはりその足で集合場所へと急いだ。
つい先日相良のチーム、その名も【赤龍】と共に走り回った時に待ち合わせた川沿いの大きな公園だ。
周りの目があるため華や香織、吉田と共に向かうようなことはなく一人で来たはいいが……中々に想像していた光景とは違っていた。
大前提として第一の目的は警告。
やっていることはクズでも相手だって女だ。
そうなって然るべきであると思わないと言えば嘘になるが、報いを受けさせようとまでは考えていない。
ただそれでも脅し、怖がらせ、話し合いで解決しないならこっちも何をするか分からないぞと明確に脅迫する。
そのために連中の力を借りたのは他ならぬ俺だけど、見た目や雰囲気から無駄に相手の危機感を増長させることは第三者目線としても犯罪性が増す、そうなるとその前に大事になりかねないので特攻服は禁止した。
あくまで体裁は話し合い。
それが守れないなら俺は相良達の力を借りる資格はない。自分の代わりに人を殴れと、そんなことは言ってはならない。
の、はずなのに……。
「…………お前それどうするつもりだ」
華、香織、吉田、そして相良。
集まった四人はこちらの要望通り特攻服は着ていない。
普段から見ているピンクのジャージ姿だ。
相良がこの格好をしている姿を目にしたことはそう多くはないので珍しい。
いや、そんなことはどうでもよくて、その風貌において何よりも気になる点はただ一つ。
なぜか、ボスの相良だけ木刀を持参していた。
「まずは警告、それがお前の考えってのは理解した。だがよ優、お前の言う通り正当性はこっちにあるんだ。ならこっちが頭下げてお願いする謂われはどこにもねえんだよ。連中が気に入らねえからシメようってわけじゃねえんだ。これはこっちも覚悟を以てやってんだって意思表示、聞き入れなきゃ半殺しにされるんじゃねえかと思わせるぐらいの勢いでいかなきゃ意味がねえ。心配しなくてもお前の許可無く病院送りにしたりしねえよ」
「そうだな……その通りだ。すまん」
覚悟、それが必要なのは間違いない。
だけどそれは口にしているだけで伝わるかどうかは不確かだ。
暴力をちらつかせ、脅す。
そんな方法しか思い付かないのなら、クズなりにそれを貫き通す。
あっちが痛い目を見て、後悔することになったとして俺はきっと当然の報いだとしか思わないだろう。
だけど俺もまた、人を傷付けた報いを受けることになるかもしれない。
その覚悟は最初からしているつもりだけど、そうであるからこそ躊躇はしてはならないのだ。
中途半端なことをして、事態は改善されずこっちの非だけを咎められる。
それこそが最悪の展開であり、何の収穫もない。
罰や報いを受けてでもと腹を括ったからこそ、例え遣り過ぎだと思われようと目的だけは達成しなければならない。
警察だろうが家裁だろうがどこにでも行ってやるよ。
その代わり差し違えてでもお前等の悪行を止めさせる。
見て見ぬ振りをする周りの人間、教師、大人。
誰にも守ってもらえない奴にだって、手を差し伸べてくれる誰かがいることを、ただ救いのない人生なんてないってことを、俺が否定しちまったら今の両親に申し訳が立たないからさ。




