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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第三話】
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【9オーダー目】 絶対女王


 閉店後の薄暗い路地裏、店舗裏手の駐輪場。

 ようやく業務を終え帰ってゆっくり風呂にでも浸かりてえぜとバイクを取りに来た俺の前に立つ異物は、戸惑いを隠せないこちらの心の内などどこ吹く風。

 その名も悪辣女王如月は腕を組んだまま、ジッとこちらを見ているだけで動くこともなければ何を言うでもない。正直まじ怖い。

 理屈だけを述べれば今日は俺と如月しか通いの人間がいないのでここを経由すること自体はそうおかしな話でもないのだろうが、なぜ先に出たこいつがここにいる?

「…………」

 おかしい、嫌な予感しかしない。

 どうすんの? 声掛けんの?

 お疲れ~っす、とか言えば許されるの?

 無理だろおい!

 よし、こうなりゃ触らぬ神に祟りなし作戦しかねえ。

 ということで目を合わせないようにしれっと脇を通り抜けると、そそこさと端っこに止めてあるバイクに鍵を差し込む忍者こと俺。

 その背に掛けられたのは、普段通りの無機質な声だった。

「待ちなさい」

「………………何かご用でしょうか」

 こうなると無視するわけにもいかず、恐る恐る振り返る。

 腕を組んだままこちらをじっと見ている如月は微動だにしない。

「用件を伝える前に、この距離で無視されるとムカつくのを通り越して殺意が沸くから二度としないで頂戴」

「声を掛けたら掛けたで嫌そうにすんじゃねえかお前は」

 どっちが正解なんだよ。

 そもそも殺意を抱かれる可能性のある奴相手においそれと声が掛けられるか。

「店や学校では間違いなくそうだけど、今このタイミングに関しては用があって待っていてあげたことぐらい少し考えれば分かるでしょう?」

「……聞く限り用があるのはお前の方なのに『待っていてあげた』と言える根性がすげえよ」

「分かったの? 分からせて欲しいの?」

「はいはい、分かったよ! で、用件は?」

「買い物に行くわ」

「は? いや……うん、行けば?」

 別に俺の許可とかいらんけど?

 馬鹿なのこいつ?

「馬鹿はあなたでしょう。どういう思考回路ならそれを報告するために待っていたと思えるのか不思議で仕方がないわ」

「いや、だって……ならどういう意味で言ってんだよ」

 それ以外にどう考えろってんだ。

 あと心を読むな。

「本当は昨日買い物に行くつもりだったのだけれど、わけあって行けなかったものだから今日行くことにしたの」

「はあ……」

「だけど、ただでさえ仕事の後に行くと帰りが遅くなるのに三日分の買い物だと量がある分だけ所要時間が長くなるし、今日は雨の予報もあったから歩いてきたせいで持ち帰るのも大変でしょう。妹達が待っているから極力早く帰りたいのよ」

「ふむ……で?」

「一から十まで説明してもらえるという甘ったれた考えをどうにか出来ないわけ?」

「なら十だけ説明してくれりゃいいだろ。お前の場合一から十の間に嫌味と皮肉と文句と純粋な悪口が追加されてトータル二十ぐらいになってんだよ」

「言いたくなるような受け答えと顔をしている自分を恥じるべき指摘ね」

「それのことを言ってんだよ! どう考えても顔関係ねえだろ!」

「煩い黙れ。時間の無駄だから愚かなまでに馬鹿なあなたのために要点だけを言ってあげるわ。送り迎えをさせてあげるからありがたく思いなさい」

「えぇぇ~……結局パシりかよ、どこにありがたい要素あんだよ。チャリも時間も無いなら明日行けばいいじゃん」

「それが出来ればわざわざ気の進まない提案をしたりはしないわ。明日も明後日も私は出勤だし、それまでに必要な物もあるの。何より今日行こうと明日にしようと三日分の荷物なんて重たくて持って帰るのが大変じゃない」

「知らねえよ、最終的に全部お前の都合じゃねえか。俺はな、毎日毎日朝の六時から店に出て仕込みやら荷受けをしてんだぞ。せめて終わった後ぐらいサッサと帰って休みたいんだっての」

「それが何? 同じ雇われた人間として与えられた業務をこなしているだけのことでしょう、それは偉そうにする程のことなのかしら? 立場や担当が違えど皆がそれぞれ定められた時間を労働に裂いているはずよね? 第一帰って休むだけのあなたと違って私は妹達にご飯を食べさせて、洗濯をして片付けをして日が変わってから予習復習をしているの。なぜなら学校でも寝ているだけのあなたと違って学業を疎かにしたくはないし学費を無駄にしたくないと思っているから。それでも自分だけが大変な思いをしている間抜け面が出来るの?」

「……何で俺がずっと寝てんの知ってんだよ」

「あれだけ教員に名指しされていれば誰でも分かるわ」

「まじで!? 内申点やべえ!!」

 ていうか内申点どころかテストがやべえ、俺の進級が大ピンチ!!!

「親の元で自分のことだけやっていればいいあなたが肩書き一つ持っただけで立派な人間気取りとは笑わせてくれるわ。温室育ちのおぼっちゃんと違ってこっちは日々の生活のために……」

「もういいよ! 分かったよ! 行くよ! だからこれ以上俺を傷つけるな!」

 ここで更に畳み掛けてくるとか何なのこいつ?

 悪魔なの? 人の心を持ち合わせてないの?

「良い心がけね」

 しれっとしてやがるし。

「……心掛けっつーかただの自己防衛本能だと思います」

「何でもいいわ、ストレスでしかないから今後は御託や口答えをせず跪いてイエスとだけ返答することを肝に銘じておくことね。召使いとして」

「召使いどころか奴隷じゃねえか。あと誰が跪くか」

 頭や見てくれは良いのかもしれんけど、お前こそどういう思考回路をしてたら平然とそんなことが言えるんだ。

 人の恋心に付け込んでパシリ扱いってある意味ヤンキーよりタチわりいぞ。

 付け加えるなら密かに目論んでいる店の乗っ取り計画のために俺を利用しようとしてるって部分もあるんだろうけど、契約だ何だと自分から言い出しておいていつまで経っても行動しねえってのが余計に腹立つんだよ。こっちにしてみりゃ何のリターンもねえじゃねえか。

 そろそろガツンと言ってやってもいいんだが……やっぱり白咲さんの名前を出されると弱いんだ俺ってば。

 こいつの協力が必要かどうかはさておき、少なくとも敵に回すと多大な不利益を被ることは間違いないからな。裏で何されるか分からん怖さがある、あと白咲さん超可愛い。

「はぁ……どこまで連れてきゃいいんだ?」

 ありすぎるぐらいに不平不満はあるが、諸々考えて結局従うことにした弱小生物な俺だった。

 白咲さんとか契約とかの前に口で勝てる気がしないし、多分どれだけ理屈や正論を説いても最終的にパシることになってるっぽいのでもう心が折れた。

 こうなった以上はもう最短で終わらせてサッサと帰る。

 俺のハートを守るにはそれしかない。

 せめてもの反抗に渋々感をわざとらしく出しつつ、雨の日用にメットインに入れてあるフルフェイスのヘルメットをくれてやった。

「警察署がある通りのスーパーに行くわ」

「ああ、あの二十四時間やってるとこか」

 場所は分かるので案内は必要ない。

 つーか、そうまでして買い物して帰らなきゃいけないってどんな家庭だよ。

 あの同じ生物とは思えぬ可愛らしい妹達がいる以上一人暮らしというわけではないのだろうけど、性格と口の悪さと腹黒さを除いた部分の優等生っぷりが留まることを知らねえなこいつは。

 思いつつ、静けさが増していく繁華街の裏通りでエンジン音を響かせ、さっそく目的地へと向かう。

 しかし……まさか人生で初めて後ろに乗せる異性のが如月になるとは何たる悲運か。

 毎夜そこに白咲さんが座っているシーンを妄想していたというのに、数少ない搭乗経験者が山本、松本、如月って残念すぎる青春にも程があるだろ。

 そういえばりっちゃんも今度乗るって言ってたっけか。

『乗せて』じゃなく『乗る』と言い切るあたりがりっちゃんたる所以という感じだが、そう考えるとどちらにせよ初の異性枠は無理だったわけね。いやそこは親戚だからセーフでよくね?

 そんなことを考えながら夜の街を走ること十分足らず。

 元々さして遠くもないため早々に目的地のスーパーへと到着した。

「あなたは私が戻るまでここで待機。万が一誰かに見られたら面倒だから」

「へいへい、もう好きにしてくれ」

 最初から付いていく気なんてねえよ。

 とでも言おうものならまたうるさいので黙って従う。

 ヘルメットを当たり前のように押し付けてくる如月が何食ったらそうなんの? ってぐらいサラサラそうな髪を一振りし店の奥へと消えていくのを見送ると、駐輪場の脇にある自販機で缶コーヒーを買って傍若無人の女王様の帰りを待った。

 そうして程良い苦みのブラックコーヒーを空にして少し経った頃。

 暇を持て余して特に意味なくスマホの画面をいじっているとようやく如月が戻ってきた。

 手には大きめなサイズの袋が二つ持たれている。

 いずれも食料品が大半を占める、主婦さながらの買い物リストのようだ。

 俺は今からこいつを送っていくと、そういうわけですね?

 何のメリットがあって、いやメリットとまでは言わずともどんな理由があってそんなことになるというのか。

 何度も言いたくはないが、契約とか言って一向に守らねえくせに。いつまでも無償で扱き使えると思うなよコノヤロー。

「言いたいことがあるならはっきり言ってくれるかしら」

 良い根性してんな~、と思っていたのがばれたのか、如月は大層気に入らなそうに俺を睨む。

 自分がするのはよくて他人がするのは許さない。これ如月イズムね。

「ならハッキリ言わせてもらうけど、店に白崎さんを呼んでくれるって話はどうなったんだよ。元々それを条件にお前のパシリやってんだぞこっちは」

 あとは着替えを覗いたりしちゃったり俺のミスの尻拭いをしてもらったこともあったけども。

「そんな約束したかしら」

「…………」 

「その気持ち悪い顔はなに」

「睨んでんだよ! 気持ち悪いのは元々だ!」

「いちいちムキにならないでくれるかしら、器の小さい男ね。まさかとは思うけれど、それで今日一日辛気臭くしていたわけ?」

「……は? 一日?」

「学校でも仕事中にも心ここにあらずだったでしょう、顔も雰囲気もあまりに陰気で話し掛ける気が失せたもの。そのおかげで送迎させる予定であることを伝えるのが遅れてあんなタイミングになったのよ。ある意味あなたのせいとも言えるわね、そう考えると私が文句を言われる筋合いはなかったのに迂闊だったわ」

「そんな顔してたんか俺は……いや、文句を言う筋合いはそれでもあると思うが」

 どういう方程式だ。

「例えそうだとしても、別に白咲さんがどうとかは関係ねえよ。悩んでるように見えたんならそれは音川のことだ」

「……湖白さん?」

 あ、しまった。

 うっかり名前出しちゃった。

「いや、それならそれで丁度いい。パシリやった礼の代わりに一個聞かせてくれ」

「別に礼を言う筋合いもないけれど、目に入るだけで鬱陶しくなるあのストレスから解放されるなら聞くだけは聞いてあげてもいいかしらと思えなくもないわね」

「……お前はさも当たり前のようにほざくけど、誰がどう考えてもその筋合いはあるからね?」

「で?」

 聞く気があるなら素直にそう言え。

 と指摘する間も与えられることなく、続きを促される。

 その面倒臭く思う心の内を隠そうともしない顔に若干イラっとしたが、それで少しでも迷いが晴れるかもしれないのならと昨日の出来事を話すことにした。

 如月ならば口外することはないだろう。

 その上でどう思うのか、どう考えるのか。

 抱え込んでいるだけでは晴れることのない心のもやもやを、どうにかするきっかけになってくれることを願って。

「……お前ならどうするよ」

 話していた時間はほんの五分ぐらいだろうか。

 音川の部屋で俺が目にした物、それを見たことで浮かび上がる疑惑。

 そして下着以外は自分で洗濯していたり、一緒に登校していても学校の話になるとわざとらしく誤魔化されたり、思い返せばそれ以外にもうっすらと思い当たる節があること。

 それらを語っている間、如月は何も言わず、何のリアクションも見せずに黙って聞いていた。

「どうもしないわね。他人のことに首を突っ込むことに何の意味があるの? そういう価値観だと思っていたけれど、私もあなたも」

 普段通り、話の内容に関わらず喜怒哀楽の『怒』以外に感情を見せることのない不変の表情と声色が冷酷に告げる。

 己の意志や考えを曲げず、他者にどう思われようともそれを貫くことに何の躊躇いもない。

 それが如月、それが氷の女王。

「そりゃそうかもしれないけど、知ってしまった上でなかったことにするのか……」

「それはあなたが決めることでしょう、私には関係無いわ。少なくとも私は踏み込まれたくない問題には絶対に他人を関わらせたりしない、助けを求めたりはしない、他者に干渉されるなんて死んでもごめんだわ。誰かが誰かを救う、なんて偽善に縋るほど甘ったれた生き方をしているつもりはないもの」

「…………」

「あくまで私の価値観であって、あなたがどうするかはあなたの好きにしたらいい。だけど、誰かを助けてあげようだなんて偽善、いえ欺瞞は心底軽蔑する」

 正論だからこそ、返す言葉が無かった。

 そう、それが俺の……俺達の選んだ、俺達が求めた生き方だ。そればかりは俺もこいつもそう違いはないと分かる。

 他人に何も求めない。期待しない。欲しない。

 そんなのは誰よりも自分自身が分かっていたはずなのに。

「いい加減時間も時間だしもういいでしょう。出して頂戴」

「……ああ」

 話は終わりだと、暗に言って後部座席に跨る如月にヘルメットを手渡し、愛車のビッグスクーターは再び夜空の下を走り出す。

 話をしたことが、意見を聞いたことが俺にとってプラスだったのかマイナスだったのか。

 分かったような分からないような微妙な気分でハンドルを握り、自宅の場所を知られたくないのか付近であるらしいコンビニまで如月を送り届け、ようやく今日という日の終わりを迎えるのだった。


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