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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第三話】
40/56

【8オーダー目】 それでも一日は始まる

 


 寝覚めの悪い朝だった。

 昨夜、音川の部屋で見た光景が頭から離れずモヤモヤしたままベッドで何時間も嫌なことばかり考えていたせいだ。

 一時二時まで起きていたことは確かだと思うけど、いつ眠りに落ちたのかは覚えていない。

 それでも朝はやってきて、今日も一日が始まる。

 重い体を起こして部屋を出ると寝惚け眼を擦りながら我が家の一階、すなわち店舗部のカウンター席にいつも通りに朝食を待つべく腰を下ろした。

「そんな顔してどうしたのよ? 体調でも悪いの?」

 調理場からおにぎり二つと卵焼きを差し出してきた母はどこか怪訝そうに、というよりも心配そうな顔をした。

 いつもは睡眠不足や疲労の度合い、或いは学業を疎かにしていないかとかいった心配ばかり口にするのに、そんなにあからさまに顔に出ていたのだろうか。

 ポーカーフェイス、言い換えれば感情を表に出さないようにするのは天然で備わっている特技だったはずなのだが……親の目までは誤魔化せないということなのかね。

「いや……どうしたってわけでもないけど」

 それでも心配を掛けまいと咄嗟に繕ってしまう。

 母さんは納得したようなしていないような、何とも言えない反応をする。

「何か悩み事でもあるの?」

「悩み事っていうのかなあ……別に俺自身のことでもないし、何つーか俺が悩んだところでどうなるもんでもないっていうか、いや……どうなんだろな。よく分からん、まじで」

「あんたに分からないことが母さんに分かるはずないけど、若いんだから納得いくまで悩んだらいいじゃない。それでどうしたいかの答えが出たら後悔のないようにやってみればいいわ。その代わり!」

「びっくりするわ……急に大声出さないでくれる?」

「いい? 優が自分なりに何かしらの答えに行き着いた時が来て、それでも行き詰まってしまったなら母さんでも父さんでも、耶枝でもそれ以外でも、人を頼ることを嫌がらないこと。あんたが助けを求めれば応じてくれる人はいる、あんたが話を聞いてくれと言えば耳を傾けてくれる人はいる。それを忘れちゃ駄目よ」

「ああ……ありがと」

 敵わないなあと、密かに思いながら続いて出てきた味噌汁に口を付ける。

 出来たてであるがゆえか、掛けられた言葉のせいか、全身に温もりが広がっていくようだった。


          ○


 それから通学の用意を済ませ、いつも通り朝の仕込みのためにファミーユへと向かう。

 常連客や近隣の若者からはそういう風に呼ばれているらしいことを最近教えて貰ったので俺もちゃっかりそう呼ぶようになった。

 というか、バイトのメイド達も知らないところで当たり前のように使っているらしいのでむしろ俺は後発組もいいところなのだが、確かに略さなければ長ったらしいし、それだけ店の存在が馴染みあるものになってきているのならオープン以来苦労を重ねてきた甲斐もあったというものだ。

「あ、優君おはよ~」

 店に到着して出入り口のシャッターを開け、壁に付いている蓋を開いてパスワードを入力することで防犯ブザーを解除(実はSF映画みたいで気に入っている)し、縦に二つ並んでいる鍵穴(両方同じ鍵で開くのでいまいち意味は分からない)を捻って店内に入ると、そのまま階段を上がって二階に出るなり廊下にいた耶枝さんと出会した。

 昨夜あんなことがあったせいで正直対面するのは死ぬほど恥ずかしい。

「お、おはようございます」

 目を合わせられずに斜め下辺りに視線を落としつつ、どうにか何気ない風に挨拶を返したが若干噛んでいた。

 というかよく耶枝さんは普通にしていられるな……。

「昨日迎えに来てくれたんだよね? ごめんね迷惑掛けて、助かったよ」

「え、ええ……その後は大丈夫でしたか?」

 ……この人、もしや覚えてないんじゃね?

 あんだけ泥酔してりゃ無理もないかもしれんけど、それってズルいよ。俺だけ羞恥心に耐えなきゃならないだなんて。

 まあ、この人なら覚えていても笑い話で済ませそうではあるが……。

「うん、莉音に叩き起こされちゃってお風呂に無理矢理連れて行かれたおかげで目も覚めたからね。迎えに来てくれて水や着替えまで用意してくれて、もうほんと悪いことしたなあって思ってたんだよ~」

「いえいえ、毎日汗水垂らして働いているわけですから。たまの休みぐらい羽目を外しても誰も文句は言いませんよ。歩けなくなるまで飲むと危ないので心配はしますけど」

 どうやら本当に覚えてないらしい。

 俺としてもその方がいいけども、俺は着替えとか用意してないんですけどね。りっちゃんがやってくれたのかな?

 ずっと親子二人で暮らしていたからか何だかんだ言ってその辺は母親思いな子なのかもしれない。知らんけど。

「うん、そう行ってくれる優君だから大好きだよ」

「……あざます」

 やめて、必死に忘れようとしてるのに。

 そういう意味じゃないって分かっていてもドキッとしちゃうから。

「じゃあ朝ご飯作っちゃうね」

「了解す、じゃあ俺は下で朝の用意してきやす」

 言うと、耶枝さんはにこりとした表情を向けつつもキッチンへ向かっていく。

 何とか挙動不審さを隠せただろうか。

 誤魔化すとかじゃなく気付かれてないだけだよね、知ってる。

 とまあ、そんなこんなで仕込み、洗濯、弁当作りと朝のお役目も終え、何だか最近習慣と化しつつある音川とチャリで並走しながらの通学を経て学校が始まった。

 とはいえ学生の本分であるはずのその時間は、気付けば放課後だったというぐらいにあっという間に終わっていた。

 基本的に寝ているがボーッとしているだけで語るべき中身が皆無というのはいつものことだが、こと今日に至ってはほとんど悩んでるだけで時間が過ぎていったという感じだ。

 昼休みと六限だけ寝てたけど、あとは無意味にもやもやしたまま過ごしていたからか誰とどういう会話をしたのかもほとんど覚えていない。

 どのみち話す相手が二人しかいないのにそうなるということは余程どうでもいい内容だったに違いない。

 そうしてホームルームも終え、今日もまたお仕事の時間が近付いているわけだが、どうにも気分は乗らないままである。

 まさか何事にも無関心が信条だったはずの俺が他人事をここまで引き摺るとは自分でも思っていなかっただけに余計に心の置き所というか落としどころも分からず、かといって対処法や解決法も思い浮かばないせいで無駄に気が沈んでくるのだろう。

 耶枝さんに相談しようかとも考えたが、それが音川にとっていいことなのかどうかが分からないからもう雁字搦めだ。

 俺が首を突っ込んでいい問題かどうかも、正直自身がない。

「おいアッキー、聞いてんのか」

「……え、何?」

 不意に名前を呼ばれ、慌てて我に返る。

 全然気付いていなかったが、いつの間にか松本と山本のみならずザ・チャラ系でリア充軍団の一角でもある東城が周りに腰掛け談笑モードを作り出していた。

 何で会話に参加してない俺も加わってる風なんだよ。

 そして何で当然のツラして東城が参加してんだよ。最近多いなこの光景。

「だから、今日は如月いるのかって言ってんだよ」

 頼むぜ~、みたいな顔をする東城が俺の肩をポンポンする。ついでに山本は普通に聞いているのに松本も食い気味に距離を詰めている始末である。

 如月に惚れているこのリア充は俺と店の関係を知ってからというもの、それを利用して積極的なアピールに踏み切ることにしたらしいのが近頃の面倒事の一つだ。

 恋する男心は十二分に理解出来るので批難しようとは思わないが、お前その話しかしないよな。

「えーっと……確かいた、と思うけど」

「はっきりしねえなぁ」

「いや、出勤日数が多すぎていちいち人の分まで覚えられないんだって」

 毎日のことゆえ明日は誰が出勤かとかもう気にしなくなっちゃってるんだよね最近。

 精々、相良がいる日はピンク軍団が来るから騒がしくなるなーとか、音川&相良の組み合わせの日はやや対応が遅くなるからそっちのフォローもしないといけないなーとか、リリーさんがいる日は賄い多めに作らないとなーとか、如月がいる日は行きたくないなーとか、考えるのはその程度だ。

 ……ネガティブ要員多すぎだろあの店。

「それってお前、人足りてないってことじゃね?」

 また一人で考えふけっていると東城が意外な所に食い付いてきた。

 おかげで素の反応を示してしまう。

「ああ、マジで人増やして欲しい。特に男手」

「だったら俺を雇えよ!」

「うん、いや、厨房限定だけどいけんの?」

「料理とか出来ねえよ。素人じゃ駄目なのか?」

「それはさすがに……」

 そもそも耶枝さん厨房担当増やす気ねえし。

 ていうかお前こないだも勝手に電話して断られたばっかだろ。

「確か今日は如月とリリーさんだったはずだから、とにかく来るなら騒ぎすぎないようにな」

 しつこく言われても困るだけなので咄嗟に話題を逸らす俺だった。

 本音を言えば二度と来て欲しくはないが、どうせ言っても無駄だしもうなんか誤魔化すのも面倒くせえわ。

 遠回しに断ったり嘘ついても実際来られたら即バレるしな。

 ピンク軍団は週三ぐらいで来やがるし、こいつらも二回は来るし、知り合いが常連になってくれるってのは経営面で言えばこの上なく良い話なはずなのに何でこんなにテンション下がるんだろうね。


          ○


 寝不足のせいか朝から考え事ばかりしていたせいか、エプロンを忘れるという失態を犯してしまったため大慌てで家に帰り、バイクで改めて店へと向かった。

 五分十分のことで小言を口にするような耶枝さんではないが、そこはやっぱり副店長という肩書きがどうしても邪魔をする。

 といってもそんなおまけみたいな役職を気にしている奴なんて如月ぐらいのものなのだろうが、あいつに遅刻したなどと知られれば何を言われるか分かったもんじゃない。

 こういう日に限ってまさにその如月がシフトに入っているというのだがら俺の不運も筋金入りだ。

「……これが噂のマーフィーの法則ってやつか」

 とか何とか馬鹿なことを考えながら店に入り、二階で着替え……といってもワイシャツを脱いでエプロンを着るだけのことだがとにかく、戦闘服へと着替えて今日も厨房に立つ。

 店内には耶枝さんと入れ替わった俺の他に、恐らくはだいぶ早めからメイドっているのだと思われる元気一杯リリーさんが今日も愛想を振りまいているだけで如月はいない。

 店長を除けば唯一気さくでいつだって誰にだって笑顔でフレンドリーに接するリリーさんはバイト勢では他の追随を許さないぐらいに多くのお客さんから親しまれている存在なのだ。

 逆に見てくれだけで人気を集め、下心のある人間には山ほど言い寄られている如月はまだ二階でのんびりしてやがる。

 どうやら時間ギリギリまでは下りてくる気はないらしい。

 その理由も分からんでもないし、カウンターの威力がハンパないので敢えて直接言ったりはしないが、リリーさんばかりが頑張る構図を作るなと月一会議でやんわり言ったのに全然伝わってねえな。

 言動とキャラとは裏腹に真面目でお人好しのリリーさんは他の奴がサボったり楽をしていても決して文句を言ったりはしないし、そのせいで自分の仕事や負担が増えても不満を口にすることもなければ『どんまいヨ♪』とか言って笑っている度量の広さまで持ち合わせている白咲さんに次ぐマジ天使具合の持ち主なのだ。

 俺の目に止まった時には極力阻止しているし、別に他の連中もリリーさんに押し付けときゃいいというような考えではないだけにどこまで指摘していいものかが難しい。

「おーいアッキー」

「ツッキー」

「秋月」

 厨房で両手のアルコール消毒をしていると、すぐに三つの声が俺を呼んだ。

 ついさっきまで教室でダベっていた山本、松本、東城の新三兄弟である。

 こやつらこそが如月が嫌がって中々下りてこない理由であり、半ストーカーみたいな連中と化している最近増えた常連(と言いたくはないが)だ。

「取り敢えず飲み物をお願い」

「俺もいつものやつな」

「それより如月はどうした?」

 名指しされてしまった以上は仕方なく厨房を出てテーブルまで行くと、すぐに口を揃えて言いたいことだけを言ってくる三人。

 別に飲み物とかは全然構わないが、最後のがもう相当ウザい。

 いちいち俺に聞くな、本人に聞け。あいつのことなんて俺だって名前以外何も知らん。

 よ……華や香織? だっけ? には店であったり、一応は従業員である如月への迷惑を考えて「奴等がはしゃいで騒がしくするようなら追い出せ」と言い付けてあるのでピンク軍団滞在中は常に睨みが利いている状態だし、何なら相良本人とて軟派な男を嫌う性格ゆえにそういう客に声掛けられると大体『ああ?』とか『んだコラ』とかという物騒な対応をするのであの三人組も比較的大人しくしているのだが、今日はその相良がいない。

すなわちピンク軍団もいないためこいつらも伸び伸びしていてウザさが増してるのがもう何とも言えない居心地の悪さを生んでいる。

 如月がどうとか東城がどうとかは無関係に、やっぱり仕事場に同級生やクラスメイトがいるってのはそういうもんだ。

 これは余談だが、前述の華や香織は同じ学校ということが判明してからというもの、余計に一方的な俺への兄貴分扱いが強くなり、多少のことなら言えば素直に聞き入れるし軽い頼み事ぐらいなら簡単に引き受けてくれるようになってしまっている。

 学校でまで兄貴兄貴言われる罰ゲームに耐えているおかげかと思うとどうにも割に合わない気もするけど、ヤンキーは俺だって怖いので俺に敵意を向けられない環境を得られただけで文句は言えない。

 んなこと言ってるうちに俺もピンクのユニフォームを着るようになってねえだろうな……ないか。

 どうあれこれ以上この店に顔見知りが来ることだけは阻止せねばなるまい。

 三人には強く言っているし、そもそも東城は他の如月を狙っている数多のライバル達に差をつけているつもりになっているだろうから他言する心配はなく、松本と山本に至っては情報を共有する相手もいないのでその点は安心だと言えよう。

 そうして下りて来ても如月がこの辺りのテーブルを避けるせいで無駄に俺がホールに出たりしつつ、今日もお仕事の時間が始まった。

 頑なに業務的な返答であしらう如月にそれでもめげずに話し掛ける東城は同じ片思い勢としてはある意味賞賛に値すると言ってもいい。

 自分から話し掛けられもしない俺とは大違い、これイケメンの特権な。

 他の二人も耶枝さんに顔を覚えられてちょっと嬉しそうにしているし、まあそれで俺の平穏が守られるならよしとしよう。

 そんな三人も夜の部が始まる頃には席を立ち、店も忙しい時間帯を迎える。

 ド平日ということもあって七時から八時半ぐらいまでは満席でてんてこ舞いだったが、その後は八割程度の客入りを維持してラストオーダーへと入った。

 今日はリリーさんがいるため片付けの時間を余分に取れる日ではあったが、九時で新規打ち止めにし九時半の時点で締め切ったため十時過ぎには片付けを終え二階に上がることが出来るという稀に見るスムーズな閉店作業である。

 しかもしかもレジ締めも耶枝さんがやっておいてくれるというのだから幸せハッピーな展開に感動すら覚えるレベル。

 今日は早く帰れるぞ~。

 と、内心テンションを上げながら店を出てシャッターを閉め、裏手の自転車置き場に向かうと……なぜか、先に店を出たはずの如月が立っていた。


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