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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第一話】
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【3オーダー目】 やたらとエロ可愛くなってるけど久々に会っても相変わらず奔放過ぎる姪っ子中学生



 翌日木曜日。

 いつものようにボーッとしてるか寝てるかして授業時間を乗り切り、放課後を迎えるやいなや昨日言われた通り俺はその足で耶枝さんの店に向かう。

 夜にメールで知らせてくれた住所は学校からなら自転車で通える距離だった。

 これは余談だが、場所は確認出来たのでメールを放置していたら十分後には「なんで返事くれないのー!」とかなんとか電話で怒られた。……意味が分からん。

 そんなことを考えているせいか徐々に憂鬱さが再燃してくる中、店に到着。同時に度肝を抜かれる。

「なんじゃこりゃ……」

 一人呟く視線の先には、繁華街に繋がる大通りに面した花屋と美容室に挟まれたえらく煌びやかな外装の店。

 新装丸出しの綺麗な二階建ての建物にはイタリア語だかフランス語だかの例のチャレウデなんとかという店名の入った看板がでかでかと掲げられている。耶枝さんの言っていた名前は曖昧にしか覚えていないが間違いないだろう。

 外観から得られる印象は喫茶店というよりはOLや女子高生とかが好きそうなカフェと言った方がしっくりくる小綺麗でお洒落な雰囲気の店だ。だから……地味な男子高校生一人じゃ入りづらいってのに。

 いつまでも店の前で立ち尽くしているのも通行人の視線が痛くなってきたので「着いたら入り口から入ってきていいからね(はぁと)」という耶枝さんの言葉に従って【開店準備中】の札が掛かった扉を開けて中へと入る。

 ドアベルの存在に気付かず一瞬ビクっとなりつつ店内を見回すと観葉植物が真っ先に目に入るこれまたお洒落な店内はファミレスほどではないが、結構な広さがある。

 例えるならば、うちの店のような個人経営の居酒屋やラーメン屋の作りと同じ感じで外から見えるようになっている厨房があって、それを囲うようにL字にカウンター席が十二席。その後ろには壁に沿う様に四人掛けのテーブルが十セット並んでいる。

 さらに厨房を覗いてみると、凄まじい設備投資をしていることが見て取れた。

 大きな調理場に用途別なのか業務用の冷蔵室がいくつも設置されていて、フライヤーやミンサー、パスタマシンからドリンクサーバーにこれまた業務用のコーヒーサーバーもミルも揃っている。

「…………」

 唖然とするしかなかった。

 いやいやいや、正直舐めてたわ。

 なにこの本格的な感じ!?

 想像してたのと全然違うんですけど!

 主婦が趣味で始めてみました程度の店をイメージしてたんですけど!

 ていうか、入ったはいいけど誰一人居ないってどういうことなの……。

 不用心な上にドアベルの意味ねぇし。思いつつ、仕方ないので耶枝さんに電話を掛けてみる。

 電話に出ない代わりに出入り口の横にあるレジの奥の階段から、

「優君いらっしゃ~い」

 という女性の声と共にドタドタと慌ただしく駆け下りてくる音が響いたかと思うと、姿を現したのは耶枝さんと一人の女の子。

 朧気ながら見覚えのある顔立ち、何より耶枝さんと一緒に居る女の子には心当たりなど一つしかないので間違い無い。

 桜之宮莉音。耶枝さんの一人娘だ。

 前に会ったのは一昨年の夏休みだったから一年半振りぐらいか。

 当時は俺も中学生で、お互いを「りっちゃん」「兄ちゃん」と呼び合うぐらいには仲の良い、もとい便利に使われる関係だったが、そんなかつてのりっちゃんも今や中学生。

 随分と様変わりしているし、中学生らしく化粧もお洒落もして完全に今時の女の子と化しているせいで接し方や距離感が分からない。

『りっちゃん』なんて気安く呼ぼうものなら漏れなくキモがられると確信せざるを得ないぐらいにエロ可愛い感じだ。

 何よりも服装の露出が多い。ヘソも肩も背中も胸元も足も全部出てんじゃん。

 なんて固まったまま葛藤と分析を重ねていると、

「優兄、久しぶりー!」

 と、不意打ちで向こうから飛び付いてきた。

 突然の首に手を回す密着型熱烈ハグに驚いたが、その母親譲りの無垢な笑顔を見るにクラスの女子達みたいに侮蔑的な目で見られていないらしいことにひとまず安心した。

 髪か体かは分からないがすげえ良い匂いがする。押しつけられる胸は若干ボリュームに欠けるので母親ぐらいの大きさになってから同じ事をしてくれないだろうかと切に願う。

「ひ、久しぶり……元気だった?」

「元気元気ー。優兄もしばらく会わないうちに大きくなっちゃってー」

「どちらかというとそれは俺側の台詞なんじゃ……」

「あたし中学生になったんだよ? 知ってた?」

「いや、それぐらいは知る知らない関係無く分かるけど……」

「どう? 可愛くなった? ていうか普通会った時にそっちから言うくない?」

「…………」

 分かってはいたけど、この子も大概人の話を聞かないな……。言ってることが耶枝さんと同じだし。

 でも同じってことはあれだ。適当に肯定しておけば凌げるってことだ。

「可愛くなったと思う……よ? 前に会った時は莉音……さん? はまだ小学生だったし大人っぽくなったというか」

 あんま覚えてないけど。とは勿論言えないし言わない。

 耶枝さんの場合これで十分機嫌を良くしてくれるのだが、そう単純な話ではなかったらしく体を離すなりえらく冷たい目で見られた。

 ジト目が俺を捕らえる。

 取って付けた褒め言葉だと気付かれたのか? と思ったのだが、

「なにそのキモい呼び方……なんでそんな他人行儀なワケ?」

 どうやら呼び方がお気に召さなかっただけらしい。

 女子中学生に「ちゃん」付けとかキモがられるだろうと思って気を遣って呼び方変えたのに結局キモがられるのかよ……酷い。

「いや、久しぶりに会って馴れ馴れしくした方がキモがられるかと思って……」

 女子中学生相手にしどろもどろで弁明するしかない残念な高校生の図である。

 助けを求めようと後ろにいる耶枝さんに視線を送ってみたが、楽しそうにニコニコしながら見ているだけだった。いや、助けてくれないの?

「久しぶりとか関係無いし。馴れ馴れしいとか意味不明な遠慮はいらないから今まで通りでいいじゃん。呼び方とかもさ」

「じゃあ、うん、そうするよ。えーっと……りっちゃん?」

 恐る恐る口にしてみる。

 それでもりっちゃんは「うん♪」と笑って頷いた。

 ていうか、今まで通りという割にそっちの呼び方は変わってるよね? 優兄とか初めて聞いたぞ。

「そもそもなんでりっちゃんはここにいんの?」

「優兄を待ってたに決まってんじゃん。あたしだってこれから遊びに行く予定なのにさ」

「決まってるかどうかは知らないけど……」

「大体優兄が悪いんだよ。なんで一通もメール返さないワケ?」

 そう言ってりっちゃんは唇を尖らせるが、勿論俺に覚えなどない。

 耶枝さんと違って直接連絡先を教えらたわけでもないし、そもそもいつから携帯持ってたのかも俺は知らないぞ? なんて弁明は通じないんだろうけど……。 

「あ、それはねー莉音ちゃん、面白いことに優君はねー」

 と、ここで耶枝さんが余計な解説を始めた。

 昨日ファミレスで話した理由をそのまま暴露する。さっきまで口を挟まなかったくせに!

 案の定それを聞いたりっちゃんは、

「はあ? なにそれ! 居もしない彼女の事を考えてそんなことしてんの!? ウケる!」

「ねー、絶対変だよねー」

 母娘そろって爆笑だった。

 現代社会において一途な愛というのはどうにも時代遅れの産物であるらしい。

 だがこれも愛に生きる者の宿命だというのなら、俺は嘲笑にも耐えて見せる!

「ママのアドレスも登録したならあたしのも出来るってことだよね? ていうかしてよ」  

「分かったよ、後でやっとくからアドレスを教えといて……」

「い・ま!」

「……はい」

 改めて、恐ろしい母娘だと知りました。

 こうして不幸にも電話帳が立て続けに二件も増え、破局の火種を抱える羽目になってしまった愛戦士俺。

【いとこ】と登録しようとしたことがバレて怒られたが、名前やあだ名で登録するという暴挙だけは避けようと交渉した結果最終的に【妹】で納得してもらうことになった。

 これなら従妹と大して変わらないんじゃね? と思うのだが、本人曰く十万歩譲ってこれが限度らしい。

「じゃ、あたしもう行くから。またね優兄、これからは会う機会も増えるだろうからその辺よろしくっ。あと七時ぐらいには帰るからそれまでにプリン買って来といてね」

 電話帳の登録が終わったのを確認すると、ほとんど一方的に言い残してりっちゃんは店の扉から出て行った……年下の親戚に挨拶がてらパシリを命じられる久々の感覚を残して。

 見かねたのか耶枝さんが呆れた様に苦笑しつつ寄ってくる。

「ごめんねー優君。相変わらず我が儘な子で」

「いえ、まあ見た目以外は変わってないようで何よりですよ」

 あの性格は遺伝的なものに違いないと、他人事の様に言う耶枝さんを見て確信した。

「莉音ちゃんは優君のことをお兄ちゃんみたいに思ってるから。ああ見えても今日会うのを楽しみにしてたんだよ?」

「それはいち親戚関係としては好ましいことなんでしょうけどね……」

 慕われていることと便利に使える相手だと認識されることは全く別だと思う。

 思い返してみるまでもなく、小さい頃からそうだった。

 欲しい物があれば買わされ、好きなおかずは奪われ、俺の所有物は黙って持って帰ろうとする。拒否したりやめさせようとすれば泣き叫び俺が悪者認定という見事なまでの防波堤だ。

 それが当たり前だと思ったまま成長するのは教育上良くないのではなかろうか。なにより俺が割を食うばかりだし。

 ということを耶枝さんに言ってみると、

「莉音ちゃんにとって優君は甘えられる対象なんだろうね、父親も兄弟姉妹も居なかったからさ。でも無理に言うこと聞かなくてもいいからね? 駄目なことは駄目だって怒ってくれていいんだから。それもお兄ちゃんの勤めだもん、ね?」

 勝手にお兄ちゃんにされた。

 義妹という響きだけは興奮ものかもしれないが、りっちゃんが妹だったら「洗濯物一緒にしないで」とか言われて傷付きそうなのでやんわり否定しておこう。

「そうですね。お兄ちゃんとかはよく分かりませんけど、俺は高校生でりっちゃんも中学生ですから物の分別は付けた方がいいでしょうし、何より言いなりになると思われてるのも気分が良くないのでこれを機にガツンと言うことにさせてもらおうかと思います」

「うん、そうしてあげて。あれでも聞き分けは良い子だと思うからさ」

「うっす。ところで例のアルバイトの面接って四時からですよね? まだ少し余裕ありますし、ちょっと出てもいいですか? すぐ戻るので」

「それはいいけど、何か用事?」

「用事というか、今のうちにプリン買いに行っておこうかなと」

「買いには行くんだ!?」

 耶枝さんは大袈裟に仰け反ったかと思うと、出て行こうとする俺の制服を慌てて掴んで制止させた。

 何故止めるのか。売り切れてたなんて言い訳は通じないんだから早い方がいいのに。

「いいよいいよっ、優君が行かなくても。この後お買い物行くし、その時に買ってくるから。優君はお店のことだけ考えてくれればいいんだから」

「耶枝さんがそう言うならお言葉に甘えますけど、それはそれで後から俺が怒られたりしないですかね?」

 例え耶枝さんがうっかり、否、しっかり忘れてしまったとしても、矛先は俺に向く気しかしない。

「うぅぅ……我が娘ながらその悲しい人間関係にわたしは罪悪感を隠しきれないよ」

「なにを項垂れてるんです?」

「とにかくっ、優君はうちの副店長なんだから、莉音ちゃんの我が儘を聞いてる暇は無いのってわたしから言っておくから、今は面接の事を考えて欲しいの」

「そうしろと言われればそうしますけど……ていうかマジで俺が面接するんですか? それ以前に本当に俺が副店長をやるんですか?」

 ここでようやく、ずっと聞きそびれていたこの質問をぶつける。

 今更感というか、すでに後に引き返せない感はハンパないのだが、事の重大さをもう少し自覚して欲しい気持ちに変わりはないのだ。

 考えれば考えるほどにやっぱり無理があると思うわけで、あくまで肩書きとしてのものならまだしも具体的にどこまでを任せられることになるのかも知らされていない今のこの現状。

 にも関わらず当の耶枝さんは俺の不安など一切理解していであろうことが問題だ。この人は真剣な顔とかしたことがあるのだろうかと疑いたくなる。

「大丈夫だよ優君。わたしが信頼してて、頼りに出来ると思ったからお願いしたんだもん。それに優君に任せるのは厨房がメインで、あとはアルバイトの子達を仕切ってくれればそれでいいからさ。経営のこととか、責任が発生するようなことはわたしがやるから安心して」

 そう言ってにこやかに俺の頭に手を置く耶枝さんの言葉は、それはもう不安を増長させるものでしかなかったが、しかし、ではどうして欲しいという意見を今言うことに意味があるとは思えないし、いわゆる反面教師というのか耶枝さんが頼りなく感じるからこそ共倒れを避けるためには俺が頑張らなくてはという思いが増してくる。

 そんな思考に至る根源となる記憶。

 それは小学三年生だった時に両親が掛けてくれた言葉だった。


『迷惑だとか遠慮しなきゃとか、そんな事は考えなくていいの。優がやりたいようにすればいいし、出来ることをやればいいんだから。誰に気を使う必要もない。何かあったら私達が責任ぐらいいくらでも取ってあげる。それが親子なんだから』


 それは生まれて初めて背中を押してもらえたことを自覚した瞬間で、生きてきて初めて守ってくれる誰かがいることを知った瞬間だった。

 そんな風に思っていたことなどおくびにも出さなかったはずなのに、親という存在は凄いものなのだと知った。

 だからこそ俺はそんな両親に報いなければならないと思ったし、人とは違うということも受け入れることが出来た。

 一人だけ放課後友達と遊べなくても平気だったし、部活に入っていないことも気にしていなかった。中学生ながら仕事をしていることで嫌味や悪口を言われても我慢した。

 みんなと同じでないという理由で小さな頃から仲間外れだったことも……だ。

 母親に料理を教わって、厨房に立ったり客と接することで喜んでくれる人がいて、褒めてくれる人がいる。それこそが、その場所こそが自分の居場所だと信じていたから。 

 なんのことはない。

 ただその場所が少し変わるだけのことじゃないか。両親に託された以上はそれを全うすることが俺の使命であり友達一人居ないちっぽけな人間なりの唯一の誇りだ。

 少なくとも耶枝さんとこの店は後には戻れない。

 ならば俺が俺の生活を守るために出来る事は、ただ頑張ってみることだけなのかもしれない。

 そう思えたからこそ俺は、今ここで改めて耶枝さんのお願いを受諾することにした。

 やれることをやる。出来ることを頑張る。それでいい。

 愛とおっぱいに生きると決めた俺の人生設計が愛とおっぱいと仕事に生きる、に変わっただけのことじゃないか。

 その意志を込めて、今になって初めて耶枝さんに頭を下げた。

「出来るだけのことは頑張りますので、改めてこれからよろしくお願いしゃす」

「うん♪ よろしくね。一緒に頑張っていこうねっ」

 そんな耶枝さんの屈託のない笑顔が、前だけを見据える言葉が、初めて心強く感じた。 




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