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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第三話】
38/56

【6オーダー目】 母親代行



「あ~……疲れた」

 そろそろ本格的に夜が過ぎていこうとする頃。

 ようやく帰還した俺は倒れ込む様にソファーに寝転がった。

 場所は【chaleur de la famille】の二階、すなわち耶枝さん宅のリビングである。

 二時間ほどの珍走パーティーを経てどうにか無事に帰ってきた俺は急いでりっちゃんとの待ち合わせ場所である駅前のショッピングモールへと向かった。

 買い物に付き合うという約束……というべきか強制イベントと言うべきかは難しいところだが、そんな用事で呼び出された俺はギリギリりっちゃんよりも早く到着し、さも『先に来て待ってるのは当然だろ?』みたいな顔で出迎えショッピングのお供へ繰り出したというわけだ。

 単なる買い物なんてそんなに時間も掛からないだろうし、多少の我が儘を覚悟していればすぐに終わるだろう。

 そう思っていた時期が俺にもあったのさ。

 サンプルが皆無なため事実のほどなど定かではないが、女子の買い物ってこんなに手間暇掛けんの? というぐらいに大変だった。

 数件の店を行ったり来たりと忙しなく往復し、熟考に熟考を重ね何度別の階を上り下りし同じ店を出入りしたかも分からないレベルである。

 どれだけツッコみそうにるのを必死に我慢していたことか……予め買う物を決めて出掛け、可能な限り早急に帰宅する派の俺にはサッパリ理解出来ない時間だったと言わざるを得ない。

 結局二着の服とサンダル? みたいな靴を購入していたわけだけど、その時点で歩き疲れるは求められる意見に対する答えを用意するのに疲弊しきっていた(なぜか同じ質問をされているのに同じ答えを返すと怒られる)俺はようやく終わったと安堵するもそう上手くいくはずもなく。

 そこから地下のフードコートでパフェを奢らされ、はっきりと『買う目的ではない』とか『見てるだけ』と名言しながら小物だのバッグだのアクセサリーだのの店を二十分も三十分も徘徊する時間にも勿論付き合わされ、最終的に本当にどういうわけか四千円もするピアスを買わされてようやく帰路に就くことを許されたというわけだ。


「それなりに楽しかったけど、エスコートとしてはまだまだね。また誘ってあげるから今度はちゃんと優兄がプラン考えてきてよね。他の女とデートとか百年早いんだから」


 なんて最後に言われた時には若干泣きそうになったけどね。

 とまあ、そんなこんなでようやく俺はりっちゃんと二人で耶枝さん宅に戻ってくるなり疲れ果ててばたんきゅー状態という感じだった。

 本音を言えば直接家に帰りたいこと山の如しだったのに、さも『家まであたしの荷物を持って帰るまでが買い物』と言わんばかりに全ての戦利品を俺に持たせたままでいるもんだから別れを告げるタイミングを与えてもらえず、結局ここまでお供は続いた次第である。

 加えて言えばそれを見越していたらしい耶枝さんからの、


『莉音に付き合わされて帰りは遅いだろうから晩ご飯は食べて帰ってね。ちなみに私はお友達と飲みに行ってきまーす♪』


 という連絡が入っていたため結局上がり込むしか道はないというね。

 呼ばれて行って荷物持ちまでやったのにパフェはまだしもピアスを買わされるという暴挙を当然のものだと考える親子というのもいかがなものか。

 まあ飯ぐらいご馳走になっても罰は当たるまい。

 母にも連絡済みだという話だし、ちっとはゆっくりさせてもらいますかね。

 そう思っていた時期も、今の今までありました。

 時刻は七時半を回っている。

 戦利品を部屋に持っていったりっちゃんの分を含めた二人分の晩飯を用意するべくキッチンに向かうとIHの上には二つの鍋が並んでいて、蓋を開けてみると中には肉じゃがと豆腐の味噌汁が入っていた。

 耶枝さんがいつ頃出掛けたのかは分からないが、蓋の温度からすると夕方ぐらいには作ってくれていたのだろう。

 炊飯器も保温ランプが点いているし、冷蔵庫にはボールに入ったツナ缶のサラダも入っている。

 つまりは少し温めればすぐに食べられる状態にしてくれているというわけだ。

 そんなわけでキッチンヒーターのスイッチを押し、食器やら何やらを準備しようと頭上の食器棚に手を伸ばし掛けた時。

 廊下を歩く足音が耳に届いた。

 やべ、早いとこ済ませないとりっちゃんに怒られる。

 と焦る俺の予想に反してリビングに現れたのはリリーさんと音川の二人だった。

 タンクトップにショートパンツのリリーさんにTシャツとスウェットの音川、完全にオフモードの二人は俺を見るなり嬉しそうな顔だったりホッとしたような顔を浮かべる。

「ユウ~、やっと帰ってきたカ~。リリーはもうお腹ボコボコだヨ~」

 弱々しい声と共になぜかゾンビみたいに両手をこちらに伸ばし、泣きそうな顔で寄ってくるのはリリーさんだ。

 お腹がボコボコというのはペコペコに置き換えれば意味も伝わるだろう。何十回も聞いたからそろそろリリー語にも慣れてきた。

 いや、その前に……。

「え? ていうか飯食ってないの?」

 耶枝さんが普段は店に出ているためこの家では大体夕方の六時ぐらいには夕食の準備が出来ている。

 店とは無関係なりっちゃんや非出勤時のこの二人は比較的早い夕食を取っているはずなんだけど。

「だって店長は夕方から常連さんのお店に飲みに行っちゃったんだもの。日頃通って貰ってるお礼がてらって」

 疑問符を浮かべる俺に横から補足したのは音川だ。

 そんなことも知らないの? とでも言いたげな顔が若干腹立つんだけど。

「いや、そりゃ聞いたけど」

「つまりご飯を用意してくれる人がいないってことでしょ? だから僕達は優君の帰りを首をながーくして待っていたんだよ?」

「お前等なぁ……少しぐらい自分で用意するっていう選択はないのか。ちょっと暖めて皿に移すだけで食べられる状態にしてくれてんじゃねえかよ」

 俺のせいで理不尽な我慢を強いられたみたいな顔してんじゃねえ。

 何もかもしてもらって当たり前じゃ社会に出てやっていけんぞ、これだから温室育ちのゆとり世代は困る。

 大きな溜息をわざとらしく漏らしてみせ、でありながらも仕方なく俺は全員分の用意をしてやることにした。本当に渋々だからな。

 母には耶枝さんが(勝手に)連絡してくれているらしいので俺もご相伴に預かって、片付けだけ済ませて帰るとしよう。

「ったく……って、おい」

 当たり前のように何も無いテーブルに向かって座る二人にソッコーで待ったをかける。

 例え耶枝さんが普段どれだけ甘やかしていようとも、そんな狼藉は俺が許さん。

「ほえ?」

「どうしたんだい?」

「どうしたんだい、じゃねえっての。お前達も手伝うんだよ、耶枝さんがいない時ぐらい自分達でどうにかしようという習慣を身に付けろ。毎日仕事に家事にお前達の世話にって苦労してんだからたまの休みぐらい楽をさせてやろうって気持ちはないのか。俺がいなかったら帰ってきてから後片付けまでしなきゃならんと思うと不憫で仕方がないわ、親孝行の気持ちを忘れちゃ駄目だぞ」

「えぇ~……お腹減ってるのに~」

「ありがとうダヨ、ヤエ!!」

 あからさまに面倒臭そうな音川、そして両手を組み天に向かって元気一杯に言葉だけで感謝を示すという謎の行動を取るリリーさんにはあまり伝わっていなさそうだ。

 今のガキってのはこんなもんなのか? 

 まあ、りっちゃんの性格を考えると耶枝さんの教育に問題がある気がしないでもないが……そもそもリリーさんは年上だし。

「よし、手伝わねえ奴は肉じゃがの肉を減らすことにしよう」

「ユウ、リリー何でもするよ!」

「やれやれ、仕方がないなあ」

 とか何とか言いながらも二人は立ち上がる。

 現金な奴等だ。

「じゃ、リリーさんは箸とコップを人数分並べて冷蔵庫からお茶。音川は注いでいったもんを運んでいってくれ」

「オッケーだヨ」

「というか、その理屈ならご令嬢も手伝わせるべきなんじゃ」

「何か言ったか音川」

「やだなぁ、僕は何も言ってないよ?」

「ならよし」

 言いつつ、米から味噌汁やおかずを次々に皿に移していく。

 その一言は間違いなく正論なのだが、すまん音川。俺にはりっちゃんを説得するのは不可能だ。

 とまあ、そんなこんなで夕飯の用意が終わり、そのりっちゃんを呼んできたところで世にも珍しい四人での食事が始まる。

 と言っても食事風景自体は特にいつもと変わりなく、一人だけ山盛りのご飯を片手に幸せそうな顔で明るさ担当みたく誰にでも話し掛けるリリーさん、そんなリリーさんの相手をしつつもちょいちょい俺やりっちゃんをからかってくる音川、そして意地になって音川に悪態を吐き俺一人にしか話し掛けてこないりっちゃんという何とも騒がしい食卓だ。

 いつもはここに耶枝さんが加わるので放っておいてもその騒がしさに調和が取れるのだが……俺じゃ駄目だな。

 現代っ子のパワーに負けるといういか、そもそもが皆でワイワイするのが苦手であり嫌いであるせいかあちこち会話の相手をしなきゃならない状況が何かすげぇ疲れる。

 そんな賑やか過ぎる食事の時間も小食のりっちゃんや音川がサッサと席を立ち、おかわり三昧のリリーさんが最後の一杯を食べ終えたところで終わりを迎え、俺は一人洗い物に勤しむことに。

 両親から料理以上に厳しく仕込まれた皿洗いのスキルを遺憾なく発揮し、漏れなく食洗機にぶっ込んだところで後片付けも完了し、生ゴミを廃棄したり残り物の鍋を冷蔵庫に入れたりして事後処理も終わり。

 去り際に言い付けられた音川のコーヒーも届けたし、後は風呂を炊けば帰ってもよさそうだ。

 つーか以前引き受けて以来あいつ当たり前のように俺に食後のコーヒーを用意させるんだけど。

 何なの? ナメてんの?

 文句言っても屁理屈並べるだけで引き下がらないから早々に論破を諦める俺も悪いけどさ。

 あのチンピラも然り、独裁女王然り、勿論りっちゃんも含めどうにもここの連中は俺のことを下に見ている気がしてならない今日この頃……というかオープンからずっとである。

 俺がそれに慣れ始めてきたというか、諦めつつあるせいで抗議や文句の言葉も飲み込んで放置していることにも問題はあるのかもしれないが、あの男女比じゃ女子パワーに抗うのは無理があるって。

「優兄~」

 求む、男性スタッフ!

 なんて馬鹿な事を心で叫びながら帰る前の最後の仕事として風呂を沸かすべく浴室に入った時、外から俺を呼ぶ声がした。

 字面からも分かる通り声の主はりっちゃんだ。

「どしたの?」

 慌ててボタンを押し、栓をして蓋を閉めて脱衣室から出るとちょうど携帯片手に廊下を通り過ぎていくりっちゃんと出会した。

 どうやら俺が風呂にいることを分かって呼んだわけではなかったらしい。

「ああ、そっちにいたんだ。なんか今変なおっさんから電話あってさ~」

「へ、変なオッサン? 何で変なおっさんから電話が……」

「いや、どういう勘違いしてんのか分かんないけどママの携帯からだから。で、なんかママが酔っぱらっちゃってフラフラだから迎えに来て欲しいんだって」

「えぇ……大丈夫なの?」

 お酒、好きだなぁ。

 最近は常連さんの相手しながら営業中に飲んでるぐらいだしなぁ……それは好き嫌いの問題ではないと思うけども。

「まあ後ろで歌ってる声とかしてたし大丈夫じゃない? 誰かも分かんないおっさんがママに馴れ馴れしくしてるのはムカつくけど」

「まあ飲みに行くなら駅前のふっるいカラオケバーだろうし、あそこは夫婦でやってるから心配はいらないと思うよ、よく二人で来てくれるお客さんでもあるしさ」

「ならいいけど……てことでよろしくね」

「え? 俺が?」

「他にいないじゃん」

「ですよね~」

 女の子に夜道を一人で歩かせるわけにもいかない、か。

「じゃあすぐに行ってくるよ。風呂は今沸かしてるから」

「ほーい」

 既に興味がスマホの画面に移っているりっちゃんはペタペタとスリッパの音を鳴らしながら自分の部屋へと帰っていく。

 やれやれと、そんな後ろ姿を見送って追加されたお役目(、、、)を済ませるため俺は夜の街へと繰り出すのだった。


          ○


 程良い涼しさに包まれた繁華街は時刻ほど閑散としてはおらず、どの店も営業を続けているし通りは外灯や建物から漏れる光に燦々と照らされ、人通りもそれなりに多い。

 ディスプレイの数字を見ると二十二時を回っている。

 とはいえ駅から近い商店街の一角とあればまあそんなもんだろう。

 目的地である耶枝さんの知り合い、すなわち我らが【chaleur de la famille】の常連でもある件の夫婦の店は駅のすぐ傍で、歩いても十分と掛からないぐらいの距離だ。

 特に何があるでもなく、すれ違うリア充たちから目を逸らしているうちに気付けば到着してしまった。

 本来なら中に入りたくはないんだけど……電話したところで繋がるかどうかも分からないしなぁ。

「はぁ……仕方ないか」

 敢えて口に出して覚悟を決め、ガラガラと昔ながらの引き戸を開いて軽く二、三十年は続いていそうな古いながらも味のある外観を持つ、いかにも昭和のバーといった風の建物へと足を踏み入れた。

 案の定そこにいる全ての視線が一気に集まってくる。

 これが嫌だったんだよ、この学校に遅刻した時と同じやつ。

 静まりかえった教室でほぼ全員に見られる羞恥といったらもう……そういう理由で俺は毎日五番目以内に到着するぐらいには早く登校している。

 その記憶との違いは『誰あいつ』みたいな嘲笑混じりの目を向けられないところだな。

 何なら基本的に耶枝さんの顔見知りばかりだからなのか逆に誰も彼もが笑顔で声を掛けてくるんだけど。

「おお兄ちゃん、わざわざ呼び出してすまんかったな」

 寄ってくるなりガハハと笑い俺の肩に手を置くのはこの店のマスターである中年のおっさんである。

 平均して週に二回ぐらいはうちの店にも来てくれるので勿論俺の顔だって知っているわけだ。

 それどころか俺の知らない他の客まで耶枝さんの身内、ということだからか『よく来たなー兄ちゃん』とか『あれが自慢の息子さんけ?』とか口々に俺に声を掛けてくる。

 取り敢えずは礼儀として会釈で返してはいるけど……いつから俺が息子になったのか。

「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けしていなければいいんすけど……」

「なーに言ってんだい。ここの客は皆それなりに長い付き合いだ、耶枝ちゃんのことを悪く思う奴なんていねえさ。おーい耶枝ちゃん」

 バシバシと背中を叩いてくるオッサンも酒が入っているせいか上機嫌である。

 名前は確か平田さんとか言ってたっけか、まあいつ見ても気さくで馴れ馴れしい良い人なので別に気を悪くしたりはしない。

 ちなみに当の耶枝さんはカウンター席の端っこで突っ伏して寝息を立てている。

 何時から飲んでたのかは知らんけど、酒に強い耶枝さんがこの時間に酔い潰れるってよっぽどだぞ。

「ほらほら耶枝ちゃん、お兄ちゃんが迎えに来たよ」

 洗い物をしていた平田さんの奥さんが耶枝さんの肩を揺する。

 何だか無駄に親しげに話し掛けてくる平田さんやら他のお客さんのせいで若干居心地の悪い中、二度三度と名前を呼ばれようやく頭を上げた耶枝さんはやや虚ろな目でこちらを見たかと思うと、なぜかパッと表情を輝かせた。

 ふらふらと覚束ない足取りで近付いてくる丈の長いスカートと薄手のカーディガンという普段とそう変わらない若々しい格好をしているこの女性こそが先程まで滞在していた店の経営者であり店長であり俺の叔母に当たる女性である。

 性格は楽観的で思い付きによる行動が多く、だけどしっかりしている部分もあったりなかったりという人で、実年齢は三十過ぎ、しかし見た目は二十代半ばかそれ未満というアンチエイジングの化身という謎のDNAを持つ人物でもある。

 そんな耶枝さんは大丈夫ですかと声を掛けるよりも先に両腕を広げ全力で抱き付いてきた。

 当初は恥ずかしいし人に見られたらみっともないからどうにか拒否しようと策を講じたりもしていたが、拒否する動作を拒否されるだけなのでこれももう諦めた。これに関しては酔っていようが素面だろうが関係ないし。

「優君だ~、迎えに来てくれたの~」

 普段にも増してふわふわした口調でやけに嬉しそうに体重を預けてくる耶枝さんの呂律は相当怪しいものがあるが、もう親戚とはいえ綺麗な女性と密着しているせいで心配の言葉も吹っ飛んでいく。ビバOPPAI!

 とはいえやはり人前では恥ずかしいのでどうにか体を離しつつ、倒れてしまわないように体を支える。

「はい、平田さんから電話をもらって……って、酒くさっ」

 どんだけ飲んだらこんなんなんの?

 アルコールをダイレクトに飲んだの?

「え~、わたし臭くないよ~」

「はいはい、分かりましたから。帰りますよ、皆さんのお邪魔になりますから」

 甘ったるい口調で拗ねた表情を浮かべる耶枝さんをどうにか出口へと誘導する。

 背中を押されるがまま、素直に歩く耶枝さんは顔を後ろに向けて平田さんを始め共に飲んでいた方達に手を振った。

「じゃあまたね平田さーん、みんなもありがと~」

「あいよ、気を付けて帰んなよ。兄ちゃんも、わざわざすまんかったね」

「いえ、お手数をお掛けしまして……」

 と、口々に耶枝さんを見送る言葉をいただき、それに対して頭を下げようとした時。

 耶枝さんの足下がふらついた。

 慌てて抱き止め、転ぶのを防ぐ。

「あーあー、こりゃ歩いて帰るのは無理そうだなぁ」

 確かに平田さんの言う通り、この状態で十分歩けというのは無理がある。

 ならばどうするか……なんだけど、

「んー、こうなったら兄ちゃんがおぶって帰るしかねえな」

「え………………あの人混みの中を?」

 この時間の雑踏の中を、女性をおんぶして歩けと?

 いやいや、それなんて羞恥プレイ?

「それが男の甲斐性ってもんだ。恥ずかしい、なんて理由でレディーを放って帰るような最低な奴にはなっちゃいけねえ」

「それはごもっともかもしれませんけど……」

 レディーて。

 思いつつも、何だか皆でうんうん頷いてるし、断ったり代案を述べる雰囲気じゃないことへの絶望感が勝ってツッコむ余裕なんてない。

 確かにそんな奴は最低なんだろうけど普通にタクシーとかでよくね? とか考えちゃう俺はどっちの部類に入るんだろうか。

「えーっと……耶枝さん、それでいいですかね」

「ふえ?」

 それでも最後の抵抗として断ってくれることを期待して本人に確認してみるも完全に聞いていなさそうだ。

「はっはっは、こりゃ決まりだな」

「頑張りなよ孝行息子」

 楽しげな平田さん夫妻がトドメを刺しちゃったし。

 だから息子じゃないってのに。

「はぁ……腹を括るしかなさそうッスね」

 どのみち置いて帰るわけにもいかないしな。

 たまの休みに羽目を外して楽しんで、それが活力になるなら誰が責められようか。

 普段一番苦労してるからこそ、皆で労ってあげないとな。

 ああ……そういえば俺も今日休みなんだった。

 暴走族ごっこして、荷物持ちして、飯や風呂の用意して、そして最後に叔母を背負って町中を歩く。

 何と対照的な定休日であることか。

 そんなことを思いながら、暢気にも「わーい♪」とか言ってる耶枝さんを背中で持ち上げるのだった。


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