【4オーダー目】 この世はいつだって世紀末
それから昼休み、五限六限が過ぎていき放課後を迎える。
あの後しばらくは悪目立ちしたことへの後悔が続いていたが、六限目に爆睡しいるうちに自己嫌悪もましになってきた。
普段から自炊してるから慣れてるだけ、という言い訳を白咲さんやギャルが信じたかどうかは難しいところだが、別段追求されることもなかったので大丈夫だと信じたい。
余談ではあるが、俺が作った親子丼はなぜかギャルと交換させられてしまった。
そのせいで半生のタマネギを食う羽目になり今でも若干気持ち悪いんだけど。
曰く『そっちの方が美味しそうだから』らしい、毎度毎度傍迷惑な奴である。
そのうちタバスコでも仕込んだ物を食わしてくれようか。
そんなことを考えている内にいつのまにかホームルームも終わり、気付けば周りの連中は帰る用意をしていた。
久々の休みだ、カラオケで思い切り発散しよう。ま、その後りっちゃんの呼び出しが待ってんだけどね……。
「さ、早いとこ行こうぜ。アッキーは時間制限あんだからよ」
我先に帰り支度を済ませた松本がバッグを肩に掛け立ち上がった。
と言っても既にクラスの半数以上が教室から去っているし特別先走っているというわけでもないのだろうが、こういう遊びだったりイベント事が一番好きな奴なので逸る気持ちも分からないでもない。
俺としてもいつぶりになるかという休日であり遊びの日だ、多少は楽しみにしていた部分もあったりするしたまには全力ではっちゃけるとするかね。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
いつだって平穏を乱すのは予期せぬ訪問者である。
不意に教室内の喧噪が止む。
ピタリと止んだざわつきに誰もが疑問を抱き不自然さを感じただろう。
俺だけではなく傍にいる二人もそれは同じだったようで、三つの視線が一斉に教室内を見渡していた。
そこにある異物に気付くのに掛かった時間は恐らくほんの一瞬だったと思う。
だって完全に目の前にいるもん。完全にこっちに向かって歩いて来てるもん。
見覚えのある金髪と金色メッシュという派手な髪の女子二人が。
「兄貴~。よかった、まだ教室にいたんスね」
一年のヤンキーコンビ、その名もピンクは俺達の前まで来るとにかっと笑って片手を挙げた。
この二人もイケメンと同じく俺の平穏を無自覚に壊しつつある害悪である。
現に松本と山本は助けてもくれない。
昨日の一件でビビっているのか、逆に慣れて危険人物だという認識が薄まり警戒心や危機感がなくなったのか。
「……何か用かね? 正直ここに来られると非情に困るんだけど」
「なんでッスか?」
「目立つからに決まってるだろ」
「でもうち等は兄貴の後輩ッスよね?」
と、金色メッシュ。
「そりゃ後輩は後輩だろうけども……」
「アニキの舎弟っすよね?」
と、オール金色。
「それは断じてチガウ」
「ていうか聞いたッスよ、やっとあたし等の名前覚えてくれたらしいじゃないっすか~」
一瞬で話を逸らした金髪の方はどこか満足げに言う。
なぜこうも同じ話題が続かないのかって? それは馬鹿だからさ。
「ああ、覚えた覚えた。高橋と……えーっと、みちこだっけ?」
「「誰ッスかそれ!」」
改心の解答はどうやら全然違ったらしく、二人は拗ねた様に頬を片方膨らませている。
自分の記憶力の無さもさることながら常識も女の子らしさの欠片もないチンピラもどきかと思っていたこいつらでも普通にそういう表情も出来るんだなぁということに驚きだ。
「ああ思い出した、よ……華、だっけ?」
「よ、が何かは気になるところっすけど、思い出してくれたんで良しとしまッス」
何かメッシュに許された。
さて問題はもう片方だ。
「アニキ、うちは? うちは?」
まだ思い出してる最中でしょうが!
「……………………………………………………………………………………麻里k」
「違うッス!!」
「まだ最後まで言ってないのに……」
「ま、の時点で違うッスから。うちは香織ッス、か・お・り!」
「はいはい、香織ね。ていうかそんなことはどうでもよくて、結局のところ何の用なの? もう帰ってくれてもいいんじゃない?」
「いやいや、名前を覚えてるかどうか確認するために来たわけじゃないッスから」
「姉さんにアニキ連れて来いって言われたんすよ」
「……相良に? ……何で?」
「え? 姉さんと約束したんじゃないんすか?」
「は? 約束?」
「休みの日に一緒に走りに行く約束したって言ってたッスよ? だから兄貴連れて集合だって言われたんスもん」
「あぁ~、確か前にそんなこと言ってたな。でもそのうち、って話だったし今急に言われてもさ……」
「へ? アニキにはメールしてっからって言ってたッスよ?」
「メール? 俺あいつのアドレスもMINEもしらんけど」
「なんか電話番号で遅れるやつって言ったッスかね」
「そんなん確認したことねええもん……」
そもそも携帯のどこからそれを見れるのかも知らんし。
しかし、二人のピンクにとって大事なのは親分の指令を遂行することであって俺の事情などどうでもいいらしく、
「つーわけで行きましょう兄貴」
「行きやしょうアニキ」
「いや俺今からこいつらとカラオケ行く約束があるから……」
傍に座りながら助け船の一つも出してくれな薄情な奴らだが、約束は約束だ。
山本はどこか物珍しげに、松本は何か気持ち悪い目で、それぞれ黙したまま俺達のことを見ている。
のだが、礼儀も節度も常識も空気を読む能力も脳みそも何もかも持ってないガキ共は迷わず二人に詰め寄っていた。
「ああん? んだテメーら?」
「おおん? うちらに文句あんのか?」
全力で眉間を釣り上げ、存分にチンピラっぷりを発揮するアホ二人。
説明するまでもなく俺達は二年、こいつらは一年。
いつからこんな秩序無き世の中になってしまったのか。
「おいやめろ馬鹿、お前馬鹿」
ヘッドバッドでも食らわさんばかりに凄んだ表情のまま首をくねくねさせながらそれぞれ松本、山本に迫っていくヤンキーコンビの首根っこを掴んでどうにか止めさせる。
どういう理屈でこいつらに文句を言おうと思ったのかはさっぱり分からない。多分一生分かることもない。
「じゃあ兄貴はうちらと来るってことでいいんスよね?」
「スよね?」
「何でだよ、先約があるんだからそこは別の日とかで……」
「アッキー、俺達のことは気にするな。あの怖いメイドのお姉さんに呼び出されてんだろ? カラオケなんざいつでも行けるし、YOU今日はそっちを優先しちゃいなYO。明日ゆーっくり話聞かせてもらからよ」
「そうだね、前から約束してたのなら僕達のせいで断るのも悪いし。ちょっと残念だけど僕達は別の日で大丈夫だからさ」
「……え?」
何で?
いつから四対一だったの?
山本……お前お人好しにも程があんだろ。完全に騙されてるから!
あと親しげに背中をパシパシと叩く松本は目が笑ってないし。
こいつは単に妬んでるのと言い返す度胸がないだけだな……ここまでの流れを見て楽しく女子と遊んでくるような展開に見えんのか?
「つーわけで兄貴、行きやしょう」
「いつまでも駄々こねてってっと姉さんにブッ飛ばされるッスよアニキ」
「ちょ、待っ……ひっぱんなって」
抗議の声も聞く耳など持ってもらえず、腕と肩を掴まれてそのまま教室の外へと連行されて行く哀れな俺。
俺の休み!
俺のカラオケ!!
そんな心の叫びも虚しく後ろ向きに引き摺られていく教室の片隅で暢気に手を振る山本とムカつく顔で中指を立てている松本は遠ざかっていく。
そうして学校を去った俺は『単車走らせんスから当たり前っしょ』とかいう理由で家までバイクを取りに帰らせられ、ピンク達に誘導されるがまま共に集合場所であるらしい河川公園に向かうことに。
そこにあったのは十数人もの真っ赤な特攻服を着た女達がたむろしているという世紀末な光景だった。
………………………………最悪だー。




