【2オーダー目】 エプロン女子、これ流行るわ
そして翌日。
いつもの時間に教室に入ると、案の定予鈴待ちの時間に東城を含む馬鹿三人が集合していた。
俺と松本と山本の三人組なら周囲の認識的にはセットみたいなものだろうから目立つこともないのだが、明らかに俺達日陰組の中に東城が混じっていることで他の連中から好奇の目を向けられているわけだけど、本人は気付いてないのだろうか。
「よ、秋月。如月って次いつシフト入ってんの?」
バッグを机に置くなり挨拶どころか座る暇すらなく東城がそんなことを言った。
どんだけ気になるんだよ。
まあ……昨日は如月が一切奴らのテーブルに近付かなかったせいで一言も会話出来なかったらしいし無理もないか。
相良や耶枝さんに馴れ馴れしく声を掛けて軽くあしらわれたりピンク達に詰め寄られたりしてたくせに懲りない奴だ。
松本に至っては俺の名前を勝手に使ってそのピンク達と仲良くなろうとしてたらしいからね。結果どうなったのかまでは知らんけど。
「悪いけど他の人のシフトまで覚えてないって。また来るつもりなら直接聞いた方が早いんじゃないか?」
覚えてない、なんて嘘だけどさ。だってシフト組んでるの俺だもん。
「いやぁ、さっき下駄箱ん所で会ったから聞いてみたんだけどよ~、シフト教えてくれるどころか返事すらしてくれなかったわ」
「…………」
既に試したんかい。
「ああ、ちゃんと周りに聞こえないようにしたから大丈夫だぞ」
「うん、まあ、それならいいんだけど。変な話になって悪いな」
というのも、昨日帰る際に一つのルールが課せられた。
それは『無闇にクラスや学校の連中に吹聴したら出禁』という意味不明なルールである。
もちろん耶枝さんはそんなこと一切把握していない。
ただ俺が如月からこいつらに伝えるように強いられただけだ。
だから実際には出禁とか多分ならない。けど三人に取っては店や従業員に迷惑が掛かる可能性があるため店長が配慮してくれた。みたいなことになっている。
勝手に出禁とか無茶苦茶言いやがる。と思わないでもなかったが、これ以上学校の奴等に通われたくないのは俺も同じだったので渋々提案(というか命令)に乗ったというわけだ。
もっとも三人は……というか山本を除いてだが、
「そんなことするわけないだろ。他の奴まで押し掛けたら俺が損するじゃねえか」
とか言っていたのでそもそも最初から漏らすつもりはなかったっぽいんだけども。
「何にせよまた行くからな。ていうかバイト募集したらすぐ教えてくれよ? いっそ俺をもうその場で紹介しておいてくれ」
「まあ……そういうことがあったら、うん」
そういえばこれも今朝耶枝さんに言われたな。
夜の八時頃に突然店にバイトしたいって男の子から電話掛かってきた。みたいな話だ。
もうチラシだしてないのに何でだろうね? と不思議そうにしていたけど、それもお前だったのかよ。
悪いけど一生お前を推薦することなんてないから。
「ちなみに今日は? 如月入ってんの?」
「いや今日定休日」
「んだよ、つまんねえな。取り敢えずまた分かったら教えてくれよ」
東城は一方的に言い残し、席を立って離れていったかと思うと普段つるんでいるクラスメイトの方へと歩いていく。
……マジ傍迷惑な奴だ。
「そういえば今日カラオケ行くんだよな?」
離れていくイケメン風の背中を見送っていると、松本がふと思い出したように言った。
そう言えば昨日そんな約束してたっけか。普通に忘れてたわ。
「ああ、そうだったな。ちょっと用事が出来てあんまり遅くまでは無理なんだけどいいか?」
というのも今朝、りっちゃんに買い物付き合えって言われていたりする。
勿論こっちの都合を確認してくれるわけもなく、何なら了承の返事すらさせてもらえないまま出て行ったから拒否権とかは多分無いんだろう。
六時に迎えに来てとか言ってたからカラオケ行くにしても三時間ぐらいは全然遊べるからまだマシな部類だけども。
そんな俺の急な申し出も二人は嫌な顔せず納得してくれて、どこの店に行こうかなんて話をしている間にチャイムがホームルーム開始の時間を告げるのだった。
○
それから一限、二限、三限と半分ぐらい寝ていたせいかあっという間に過ぎていく。
二限の数学だけは怖い先生だから寝れない。これ豆知識な。
大きなあくびをしつつ、次の授業は何だっけかと記憶を辿ってみるが勉学に勤む気ゼロな学生生活を送っている俺に思い出せるはずもなく。
山本あたりに聞いてみようかと椅子の向きを変えた時、確認するまでもなく教室内の雰囲気がそれを理解させた。
多くの生徒が鞄からエプロンを取り出している。
そうか、四限目は家庭科でしかも調理実習なんだっけか。
はぁ……一番面倒な奴か。
今年になって初めてではあるが、こんなもん毎年似たようなもんだ。
寝れないし(この願望は今年生まれたものだが)、周りでテンション上がったリア充どもが食材で遊び始めるし、出しゃばってキモがられたくないので大人しく雑用だけやってないといけない上にそれでも他の奴らと距離感の分からない会話をしなきゃならないし、結果的に大体不味い手作り料理が昼飯になるし、ほんといいこと無いんだよこれ。
「俺達も家庭科室行こうぜ」
げんなりしていると、一人だけ既にエプロン(ちなみにこれも去年家庭科の授業で作った)を手に松本が寄ってきた。
「なんだよ、えらいやる気だな珍しく」
俺と同じ成績中の下勢のくせに。
「この間の社会見学で俺は気付いたのさ」
「……何に?」
「エプロン女子、これぜってー流行るわ」
「相変わらず幸せな思考回路で何よりだわ」
「お前この大発見の価値が分からないとか馬鹿な奴だなお前。日々メイドさんに囲まれてるせいで女体のありがたみも忘れちまったのか、ああん?」
「よし、お前出禁な。店長に言っとくわ」
「はっはっは、冗談に決まってるじゃないかブラザー。俺達はいつだって胸と尻を愛してやまない性なる愛好家仲間だろ?」
「……勝手に気持ち悪い組織に組み込むな」
どんだけ飢えてんだお前、一人乱獲主義にも程があるだろ。
一途な俺を見習え、そして俺の純情さを白咲さんにアピールしてこい。
「何でもいいけど、早く行こうよ」
下ネタが苦手な山本は基本的にこの手の話題には加わらない。
とはいえ実際問題早めに行かないと教室に入った時により多くの視線が集まって居心地が悪くなるのでその意見には賛成だ。
そんなわけで俺達三人はエプロンを手に別の階にある家庭科室に向かった。
○
階段を登って一番奥にある家庭科室に連れ添って入る。
他の連中はまだほとんど来ていないようだ。
出来ればチャイムが鳴るまでは固まって無駄話でもしておきたいところだが、教室と違って指定席になっているため他人の席に勝手に座る勇気の無い俺にはそれも叶わず、一人ぽつんとシンクやらが備え付けられた調理台の横に並んだ椅子に座ってスマホをいじっている振りをするしかないパターンだねこれ。
言ってしまえばこれこそが移動教室系の授業を嫌う最大の理由である。
ペアだのグループを作れって簡単に言うなっつーの。と声を大にして言いたい。いや小にしないと言えない。
体育とかならまだいいんだよ。自由に組めってんなら大人しく余り物で集合体になることも出来るんだから。
でもこの家庭科は駄目だ。
なぜなら出席番号順に座ることになっているせいで周りに会話したこともない奴しかいない。
松本と山本は近いけど、俺なんて『あ』だからね。前から二番目だからね……孤独死しちゃうよ?
「はぁ……」
思わず溜息が漏れる。
サッサと終わって昼休みになってくれないかと願い過ぎているせいか、余計にこの数分すらもが長く感じてしまっていた。
それでも当然の様に時間は経過していって、きっちり十分後にはチャイムがなる。
前後にはぞろぞろと他の連中が入って来ているため余計に目のやり場が無い。
教室と大差ない雑談空間と化しているおかげで空気になりきることが出来るのはありがたいが、結局それも少しして教師が入ってきたことで終わりを迎えそれぞれが出席番号に沿って自身の椅子へと腰を下ろしていた。
「は~い、お喋りやめ~。全員揃ってるね、エプロン付けながら聞いててくれるかな」
黒板の前に立つなり全体を見渡し陽気な口調で言う斉藤先生は隣のクラスの担任である四十過ぎの女性教師である。
温厚そうに見えて聞き分けのない悪ガキには結構容赦ない人で、たまに注意されても無駄話を止めなかったり授業中に携帯いじっているのが見つかって教室を追い出される馬鹿がいるとかいないとか。
そういう理由があってか、この先生の授業の時は誰もが登場と共にノロノロと自分の席に着くのですんなり授業が始まるのだった。
「えー、今日は前回言った通り調理実習で親子丼を作ってもらいます。一応作業は班に別れてするんだけど、調理は協力してやってもいいけど作るのは各自で自分の分を作るという前提をしっかり守るように。それじゃあさっそく始めたいと思うんだけど、この席順じゃちょっと男女比のバランスが悪すぎるから席替えしましょうか」
そう言うと斉藤先生は少し考える素振りを見せ、革命的な発想に至った。
「くじとか作ってる時間ないから修学旅行の班にしようか。それなら男女半々になるしね」
……なぬ?
さてはお主、天才か?
さすがは一クラスの担任、そうじゃなければその結論は出ないだろう。
すぐに号令が掛かり、席替えを実行させられる。。
修学旅行の班、それすなわち……白咲さんと一緒!!!!
「なんだかんだで一緒になったねツッキー」
改めて別の調理台へ移り、背もたれも無いパイプ椅子に座るなり隣に居る山本が無駄に人懐っこい笑顔を向けてきた。
会話相手が一人いるだけでも相当気持ちが楽になる、これマジ。
だってさっきの席順のまま開始してたら俺保健室に直行してたもん。
「そうだな、孤独死寸前だったからマジ助かるわ」
密かにホッとしつつ答えると、背中をパシンと叩かれる。
何事かと体を反対に向けると、ギャルがいた。
「よ、アッキー」
「お、おう……すげーエプロンだな」
なぜか気さくに絡んでくるギャルが着ているエプロンはものっそいピンクだった。さすがのセンスである。
つーか工場見学以来だいぶ馴れ馴れしいんだけどこいつ。何なの? 友達なの?
「結構自信作なんだよね~、マジ可愛くない?」
「まあ……そうね、うん、いや……うん」
まあギャルでもアホでも見てくれの良い女子だし似合ってなくはないけど、可愛いかどうかは微妙だった。だって派手過ぎるもん。
いや、そんなことより注目すべきは白咲さんのエプロン姿だ。
「…………」
うん、マジ可愛いね。
水色を基調として所々にオレンジや白い布でハートや星といった意匠を施し、より女の子らしいデザインとなっている。
あと制服にエプロンって何かエロい。え? 如月? 知らん。
俺は自然と目を閉じ、その姿を脳裏に焼き付ける。
「何その微妙な反応? てか何で目瞑ってんの?」
「いやぁ……やっぱ女子のエプロン姿っていいよなーと思ってさ。エプロン女子、これ流行るわ」
「おい、お前それ俺が言ってたやつだろ」
即座に松本のツッコミが入る。
もはや俺達の間に意見の相違などない。
「「同志よ!」」
ガッチリと力強い握手を交わす俺達の姿はさぞ気持ち悪いことだろう。
「何なの、わけわかんないんだけど……」
その証拠に、ギャルのドン引きした声だけが俺達の耳にも届いていた。




