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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第二話】
30/56

【9オーダー目】 パン工場? チャーリー的なアレですね、分かりません


 賑やかな旅に見えて結局その後は男は男、女は女で別れて談笑するだけのいつもの感じに戻りつつ電車での移動が終わりを迎える。

 何をどう頑張ってみても俺達は俺達なのだ。

 女子の会話に割って入ることなんて出来ないし、共通の話題もないし、これはもう仕方ない。うん、最初から諦めてるから。

 それはさておき、目的地である何とかって工場は駅から歩いて十分程度で、俺達が到着した時にはそこそこ他の班の連中も待機していた。

 引率の教師達の周りにいくつもの人集りがあって、白咲さんを始め女子連中はすぐさま他のクラスメイトの所へと駆け寄っていく。

 学年を三つに分けたところでこういう図式は休み時間における教室のそれと大して変わらないらしい。

 こういう時間に居心地の悪さしか感じない奴も居るってのをなぜ教師達は理解出来ないのかね。

 大半の連中は楽しそうにしていても明らかに浮いているのがちらほらいんだろ。いい加減見て見ぬふりの事なかれ主義はやめろっての。

 ま、今更どうでもいいんだけどさ。

「あ、集合しろって言ってるよ?」

 言われなくても聞こえてるよ。とは敢えて口にせず、山本の一言を合図にダラダラと列を作り始める他の生徒達の流れに混ざって点呼の時を待つ。

 すぐに学年の三分の一の人数が整列すると教師やらこの工場の副所長とか言う人があれこれと説明を始めた。

 どうやらここから更に半分に分けての行動となるらしい。

 工場を見学する班とパン作り体験をする班に二分し、昼前にそれを入れ替えるという段取りのようだ。

しおりとか一切読んでなかったから全然知らんかったぜ。

 そんなわけで俺達の班は先に工場見学へ行くこととなり、洋画に出てくるバイオ研究員みたいな白い帽子と白衣を身に着けさせられたりしつつ内部へと足を踏み入れる。

 特に興味もないのでダイジェストで説明すると大きなミキサーがあって、出来た生地を丸める機械があって、それを形にしていく連中の作業風景を見て、やれ発酵室だのトンネルオーブンだのを経由してスパイラルコンベアとかいう焼いたパンの熱を取るマシンがあって、最後に袋に放り込んで封をするメカがあってという具合である。

 正直ね、びっくりするぐらい他の奴らと温度差あるよねこれ。冷まされたパンより冷めちゃってるからね。

 なんで学校行事でまで上手そうな匂いに包まれて過ごさなければならんのか。しかもこの後パン作り体験まで待ってんだぜ? 家庭科の授業でも毎度思うことだけど、これ以上厨房とかキッチンで過ごす時間増やしてどうすんだっつの。

 ぶっちゃけ白咲さんが楽しそうだから文句なんてないというか、もはや俺の中では白咲さん見学として成立しちゃってるけども、それはそれで有り過ぎて泣ける。それなら月謝払ってでも毎週参加したいレベル。

 とまあハイテンションで盛り上がってる白咲さんとギャルが先頭を歩き、そのすぐ後ろをつまらなそうないつもの無表情な如月が続き、更に後ろをごく普通の山本松本が歩き、最後尾を俺が歩くという奇妙なパーティー編成で一通り見学コースを歩き終える。

 案内してくれている女の人の説明と締めの言葉を聞いたところで研究員コスの解除も許され、お次はエプロンを着ての調理実習だ。

「……だからさぁ」

 もう一回言うけども、なんで俺は学校行事でまで調理場に立ってんだってばよ。

 凝った物ならまだしも、ただ生地作って焼くだけのパンなんて嬉々として作る程のもんかっての。

 他の連中が楽しそうにしてる理由が全く分からん。

「どうしたのツッキー?」

 やる気が起きずに生地の材料を前に固まる俺の顔を山本が覗き込んだ。

 パン云々よりもいい加減お前も呼び方を統一しろという不満が頭を過ぎったが、それも含めどうでもいいので放置でいいわもう。

「はぁ……なんでもないって、ぼちぼちやっていこうぜ」

 指導の人の合図によって班ごとに一つの調理台を使ってパン作りが始まる。

 くるみやらドライフルーツやらチョコレートやらと、ある程度お好みの味を目指していいことになっているらしい。

 あーでもない、こーでもないと言いながら粉をこねる二人や女子連中を時折チラ見しながら男三人で生地作りの開始だ。

 本来こういうのは不慣れながらも手探りでやるから楽しくもあり、思い出に残るイベントとなるものなのだろうが、性分か身に染みついた癖なのか調理に手間取る姿を見ているだけで焦れったくなってくる俺は率先して山本や松本の分まで下準備を済ませてしまっていた。

 勿論悪態を吐くでもなく、無理矢理取り上げるでもなく、超自然にさりげなくだ。

 とはいえ二人はドライフルーツをそのまま食ったりして遊んでいるので大して気にしていっぽい。

 そうして出来た紙粘土みたいな白い軟体を等分に分け、こねる段階に入る。

 その時だった。

「ちょ、バターとかナイフで切れなくない? 普通にぐにゃってなるんだけど」

 背後でギャルの声がする。

 ほとんど同時に肩口から顔が現れ、俺の手元を覗き込んだ。

「あ、アッキー終わってんじゃん、そっち使わせて~」

 かと思うと、そんなことを言いながら勝手に俺が切り分けたバターをかっさらっていく。

「あ、おい……」

 ナメてんのかお前。

 と言うよりも先に背を向けられ、きゃっきゃうふふを再開する女性陣に言葉を失うしかない。

 なんだこれ、追い剥ぎが発生してるんだけど。

「ちょ、これなんかベタベタすんだけど。なんでなん?」

 しかもギャル的には完全に無かったことになってるよね。

 生地をペタペタしながら笑ってるからね。

 別にいいけどさ、一箱丸々切っておいたから余裕で余るし。

 ギャルの馬鹿さ具合なんて見た目で分かってたことだ。気にするだけ損ってもんよ。

 俺もサッサと生地を完成させてしまおう。

「…………」

 それはさておき、すぐ横に居る松本は何がしたいんだ?

 ひたすら生地の塊を叩き付けて蕎麦打ちみたいになってんだけど……馬鹿だろこいつ。そういう方法も無いではないけど、同じ面ばかりやり過ぎだっつーの

「なんか全然ツッキーのと違う。僕のもベタベタするもん」

 白けた目を向けていると、隣で真面目に生地をこねていた山本が俺の生地を指で突いた。

 指導係の人の説明だけじゃ少々分かりづらいか。別に発酵すれば大抵は良い具合になってくれるから問題ないんだけども。

「水分が多いからそうなんだよ、こねてりゃそのうち戻るって。押して回してを繰り返すんじゃなくて両手で掴んで伸ばしてってやってりゃすぐに飛ぶから。こう腕を交差してVを描く感じだな」

「へ~、詳しいねアッキー」

「いや、こんなの知識を持ってるかどうかだけの問題だろ。ていうか呼び方……」

 を統一しろってのに。

 という言葉は声にならずに消えていく。

 なぜか、山本のみならず松本や女性陣の視線までもが俺に注がれていたからだ。

「…………何?」

 なんか俺変なこと言った?


          ○


 なんやなんやありつつも、その後はまあそれなりにのんびりと作業を進めやっとのこと焼く段階までの肯定を終えることが出来た。

 生地を粉から手ごねし、分割し、丸め、成形し、あとはまあガス抜きやら卵を塗ったりやらクープを入れるやら色々あったがその辺は割愛でいいだろう。

 兎にも角にもオーブンに突っ込んだパンが焼けるのを待っている間に片付けをしたり(いつもの癖で作業の合間に一人でほとんどやっちゃってたけど)している間に昼も過ぎ、時刻は二時を迎えようとしている。

 調理体験を終えた俺達は食堂とやらに移動し、昼食として作ったパンを食べる段取りだ。

 そこで本日の社会見学は一応の終わりを迎え、後は適当に土産とか買う時間と最後の点呼を挟んで解散の流れらしい。

 そんなわけで各班が固まって広い食堂にずらりと並んだ長テーブルに座っている。

 素人に巨大オーブンを触らせるのは危険という判断なのか焼いた後のパンを取り出すのは勝手に向こうがやってくれていて、各自焼き上がった自分の物をトレイに乗せて席に着くという段取りだ。

 一人あたり三つ、四つ作っているということもあって流石にそれ全部食って帰れというのも無茶な話なので希望者は『ご自由にお取り下さい』的なノリで置いてある紙袋を使って家に持ち帰ることも出来るという親切なサービスも備えているのはありがたい。

 食べきれるか否かに関係無くせっかく作ったのだから土産代わりに家族に見せてやろうと思うのは多くの生徒に共通しているらしく、大半の連中がその紙袋を手にしている。

 かくいう俺も母ちゃん達にあげるために別で作っちゃったりしているのでまあ気持ちは分からんでもない。

 そんな中、誰も彼もが互いのパンの出来を批評し合うガヤガヤと騒がしい食堂内に引率の教師の大声が響き、試食タイムが始まりを告げる。

 飲み物は備え付けの売店や自販機で好きに買えということなので周囲に倣って俺もすぐに立ち上がった。

 緊張的なもんがあったり片付け頑張ったりしていたせいで喉がカラカラなのでこんな状態でパンなんて食ったら干涸らびる自信がある。

 せっかくだから松本や山本や岡本の分も買ってきてやるかと口を開きかけた時、先制でそれを察した奴がいた。

 前述の三人の声ではなく、そもそも岡本って誰だよという話だが今は置いておくとして、抑揚のないどこか冷たさを含む女の声だ。

「秋月」

「あん?」

 真横に座る声の主、すなわち氷の女王様こと如月に訝しげな顔を向けるが本人はこちらを見ようともせずパンを半分に割ってやがるぜ。

「私は100%のフルーツジュースでいいわ」

「…………」

 こいつほんとパシらせるの好きだなー……いいわ、じゃねえよ。せめてこっち見ろや、誠意ってもんを知らんのかお前は。

 今更過ぎる理不尽っぷりに文句言っても無意味どころか最終的に俺が傷付く可能性が高いのでガンを飛ばすというささやかな抵抗に留めるリアクションを意識せずとも取ってしまうぐらいに慣れたけど。

 店で過ごす日々の中でこいつに口で買ったためしがないのでいい加減学習したわ。

 悪辣な暴言の数々を黙っているのもイラとっするだけなので懲りずに挑み続けてはズタボロにされ音川やリリーさんに慰められ続ける俺のプライドも今はしまっておくほかあるまい。負け犬根性に定評のある俺とてクラスメイトの前でズタボロにされたくはないもの。

「はぁ……まあいいや。他の人は? 纏めて買ってくるから」

「マジ? じゃ、あたしミルクティー的なやつで」

「俺はカフェオレでよろ」

「僕はツッキーに任せるよ。ていうか一人で大丈夫? 一緒に行こうか?」

「六本ぐらいなら平気だろ。し、白咲さんは?」

「じゃあ私もミルクティーをお願いしようかな。ごめんね秋月君」

 一人そう言ってくれる白咲さんマジ天使。

 その他大勢共にも見習わせてやりたい。マジ天使。

 ともあれ注文は出揃ったので了解の返事を残し、さっそく端の方にある売店に向かおうとするとその白咲さんが背中越しに待ったを掛けた。

「あ、秋月君お金」

 首だけを後ろに向けると、言葉の通り財布を取り出そうとする白咲さんがいた。

 これまた一人だけそこに気付く白咲さん以下略。

「いいよ、白崎さんだけお金もらうのもなんだし。どうせ如月は毎回金払わな……いっでえええええ」

 途端に左足先端に激痛走る。

 もはや何が起きたのかなど問うまでもない。

 俺だってちょっと『あ、しまった』とか思ったけど! 毎度毎度口封じの手段が雑すぎんだよ如月てめえ!!

 と言えたらどれだけ救われることか。当然の様に全員から変な目で見られてんだけど、どうすんだこれ。

「ど、どうしたの秋月君……」

「あ、いや……」

 どうしよう。

 完全に情緒不安定だと思われてね?

 とヒリヒリする左足を悟られまいと表情を繕いつつ返す言葉を探していると、

「秋月おごってくれるんだー、やさしー」

「…………」

 隣で如月がそんなことを言った。

 文字で見るのとは真逆で顔は決して笑ってなどいなかったが、声音だけはいつもと全然違う。

 何その演技!? 誰お前!?

「ていうかアッキーってちょいちょい急に大声出すよね。素でびっくりすんだけど、やっぱそっち系キャラ系なわけ?」

「だから……そっち系ってどっち系だよ」

 色々と物申したいことだらけだが、話が逸れたからもういいや。

「ちょっと足ぶつけちゃっただけだから気にしないで、ほんと。取り敢えず買ってくるから」

 そそくさと、逃げる様にその場を離れる残念な奴その名も俺。

 あぁ……せっかく白咲さんと会話出来たのに。

 一歩進んで二歩下がるどころの話じゃねえよこれ。一歩進んでブラジル直行便だろこれ。

 まあ今までの距離感を考えれば一歩進めるようになっただけ大きな進歩だと思っておこう。

 とまあ、無駄に前向きに切り替えられるのは会話を出来たというだけのことで浮かれているからかもしれない。

 そうして山本に格好付けてみたものの一人で六本の紙パックジュースを抱えることに四苦八苦しながら戻ると、改めて俺達の班も試食の時間を迎えた。

 別の班の奴らも含め『味が薄い』だの『モチモチする』だのと自分のパンへの不満を口にしたり、友達と交換して食べ比べをしたりしながら賑やかな時間が過ぎていく。

 相変わらず俺達は男女が完全に分別していて、方や笑顔溢れる楽しそうな空間を、方やいつも通り地味に当たり障りのない話をしながらという普段の教室での昼食と大差ない風景だ。

 そうは言っても目の前に白咲さんが座っているだけ大違い、か。こんなに近くで過ごすことなんて今まで絶対なかったもんな。

 今日だけでどれだけ癒され、どれだけ活力を貰ったことやら。いやはや、社会見学万歳。

「ねえねえ、なんかアッキーのやつだけやたらデカいんだけど。どんだけ持って帰んの?」

 しみじみと神に感謝を捧げていると、真正面に座るギャルが急に俺の紙袋をひょいっと持ち上げた。

 毎度毎度こいつは不意にこっちに話を振ってくるな。

 急に女子に話し掛けられるとかびっくりするからやめてくれと言いたい。見た目通り空気を読まない奴だ。

「捨てるのも勿体ないし、親に土産がてら持って帰ろうと思って余ってた生地を取り敢えず焼いておいただけだけど……一つ一つが小さい分だけ量が増えちゃってな」

 失敗を見越してか生地が多めにあったため、残った分を両親にあげるつもりで焼いておいたのだ。

 若干作り方が違うが、チョコレートを混ぜた形だけクロワッサン風のパンなのだが、なまじ食べやすいように小さめに作ったせいで数が十個ぐらいになっちゃったでござる。

「へ~、何作ったん?」

 言いつつ、ギャルは返事を待つことなく勝手に俺の紙袋を開いて中を覗き込んでいた。

 そして許可を得ることもなく勝手に手を突っ込み、パンを取り出している始末。

「は? 何これ? クロワッサン的な?」

「いや、チョコレート混ぜて巻いて焼いただけだからクロワッサンとはちょっと違うけど。見た目がそれっぽいだけで」

「いや、普通に凄くないこれ? なんかよく分かんないけど、天才系じゃん!」

「……どういう理屈?」

 ていうかどういう系?

 日本語が不自由過ぎるだろお前。

「ほんとだ、すごーい」

 白咲さんが目を輝かせているだとおおおおおおおおおおおおおお!!!

 やるじゃねえか……ギャル。

 思い返してみれば白咲さんとの会話のきっかけを作っていたのはいつもギャルだった気がする。如月の奴なんかより余程役に立つ奴だったんだな。

「ちょ、一個食べさせてよ。あたしのも食べていいからさ」

 俺のパンをジロジロと角度を変えて精査しつつ、ギャルはようやくこちらを向く。

 朝ポッキーもらったし、別にいいけどさ。

「いっぱいあるから食べるのは全然いいよ。そっちのはいらんけど」

「酷くない!?」

 だってお前の不味そうだもん。

 拘ってるの形だけで色々混ぜすぎて何パンか分からないレベルだもん。 

 そんな返答が不満だったのか、ギャルは『アッキーって見た目によらずシビア系だよね。普通友達なら交換するっしょ』とかブツブツ文句を言っている。

 いやいや、いつから友達になったのかも知らないし、錬金術師でもないので等価交換の原則に縛られる理由もないから。

 結局他の奴らも俺のパンを食ってみようぜみたいなノリになって、気付けば如月以外の四人に行き渡っていた。

 挙ってお褒めいただける程の物でもないと思うが、それでも面と向かって『美味しい』とか『凄い』とか『天才系』とか言われると照れる。最後のはアレだけど。

 だけどそれでも、

「ほんとだ、美味しい。秋月君凄いね」

 と、満面の笑みを添えて送られたその一言に全てのリアクションは飲み込まれて、初めて俺個人に対して向けられたその笑顔に感動すら覚えたこの一時のことを俺は生涯忘れないだろう。

 その笑顔を見られただけで色々と報われた気がした。

 そんな社会見学の一日だった。


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