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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第二話】
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【8オーダー目】 そして迎えた当日



 迎えた週明け、月曜日。

 今日は待ちに待った社会見学の日だ。

 週末や土日の出来事なんて語るまでもないことを証明するが如く俺自身ろくに覚えてもいないのだが、多忙さのおかげか待ち侘びた今日という日はあっという間にやってきた感じがする。

 疲れ果てた状態で一日が終わる毎日ということもあって興奮して眠れなかったなんて小学生じみた症状に陥ることはなかったものの、ひねくれ者の俺でも心の奥深くは正直なものなのか、むしろ随分な早起きをしてしまっていた。

 現地集合という登校体系のため、ただでさえ早めにアラームをセットしていたというのに結局時計が鳴る前に目覚めているのだから時間が余りすぎて逆に困るレベルである。

 とはいえ起きて早々に着ていく服に迷ってチェストを掘り返す羽目になったので結果オーライということにしておこう。

 どう悩んだところで俺にオサレな格好なんて出来ないし、そもそもファッション誌に載ってるような服なんて持ってないから完全に無駄な時間だったんだけどね。

 いいんだよ、どうせ似合わねぇから。無難な格好が一番だ。

「だから日曜日に一緒に買い物行く? って聞いたじゃないの」

 いつも通り一階にある居酒屋のカウンターで朝飯を食っていると、調理場にいる母さんが呆れた様に言った。

 特に俺は何も言っていないのだが、着替えに要した時間から着る物に悩んでいたことを察したらしい。

「別に一緒に買い物行ったからってイケメンになるわけじゃないだろ。大体高校生にもなってそんな恥ずかしい真似が出来るかっての」

 いい歳して母ちゃんと服買いに行くって残念過ぎるだろ。という言い分ってことにしておこう。

 正直に言えば今持っている服だって大半は買ってきて貰った物だし、そもそも買い物に行かなかった理由は仕事の中休みを睡眠に当てたかっただけの話なのだが、家で仕事が辛いだのキツいだの言いたくないのでそう言っておく他あるまい。

 心配を掛けたくないというのも勿論あるし、耶枝さんが怒られて拗ねると面倒臭そうだしな。

 まあ、結局その三時間の中休みも届いたばかりのカラーボックスを作るのを手伝ってくれないと困るという音川の謎理論のせいでほとんど休めなかったんだけどね。

 そんな、意味があるかどうかも分からないままひた隠しにしたがる苦労や子供じみた見栄と偏屈さも見透かされているのかいないのか、「イケメンにはなれなくてもちょっとぐらいのお洒落は出来るでしょ」なんて一層呆れた顔で言われる捻くれ者の息子であった。

 それを自覚するのもなんだか気恥ずかしくて、早々に朝食を済ませると普段は起きる頃には居ない父と共に家を出て集合場所である最寄りではない駅までチャリを漕ぐ。

 女子連中の決定でわざわざ三十分近くも移動する羽目になっているのだが、流石に不平不満を述べる程のコミュ力もなければ白咲さんに悪い印象を与えるつもりもないのでイベント補正ということで我慢我慢だ。

 バイクで行けば楽勝の距離だけど、通学扱いなので先生に見つかったら不味い。

 それでいて数少ない女子に嫌われないための心掛け知識を生かして待たせないために早めに家を出るあたりもうなんだかただのヘタレな気がしてならない今日この頃である。

 いや、そんなことは最初から分かってんだけどさ。

「……おお」

 好きでいつも一人でいるくせに一人で居ることでネガティブ思考が増していくという自爆悪循環に苛まれている場合かと頭を切り換え白咲さんの笑顔を妄想をしているうちに俺達の班の集合場所である花菱駅が見えてくる。

 一番乗りを確信する二十分前の到着だったにも関わらず、そこには既に一人の班員の姿があった。

 しかも最悪なことに、よりにもよってギャルときたもんだ。

 恐らくは今回のメンバーの中で一番苦手なタイプであり二人でいる時間がキツそうなのが何を隠そう奴である。

 これは不味いと、見つかる前にこの場を離れコンビニにでも入って時間を潰す作戦に出ようと防衛本能が働くが、そのために減速した瞬間にはがっちり目が合ってしまっていた。

 改札前に立っているギャルとの距離は二十メートル程。

 思いっきりこっちに手を上げているし、もう誤魔化しきれねえぞこれ。

 せめて俺にじゃなく後ろにいる誰かに対して手を振っただけでしたパターンを期待して振り返ってみるもハゲ散らかしたスーツのおっさんが明後日の方向に向かって歩いているだけだ。

 ここで逃げたら確実に女子連中に良からぬ悪評を立てられる。諦めるしかねえ。

 こんなことなら早めに来るんじゃなかったぜチクショウ……。

 とまあ心で悪態を吐きながらも渋々近付いていく。勿論挨拶を返すようなフレンドリーさなんて持ち合わせていない。

「よっ、おはよ。えーと、橋本? じゃなくて、なんだっけ」

 取り敢えず傍までいくと、ギャルは何気なく話し掛けてくる。

 雰囲気だけ見ればクラスメイトっぽいやりとりに思えなくもないが、名前を覚えてない時点で知り合いという枠にいるのかどうかも怪しい。

 やっぱお前簡単に忘れてんじゃねえか。あの時の俺の判断的確過ぎんだろ。

「いや、吉本だから」

 もうこいつに名乗る名前はなんだっていいということが判明したのでテキトーに答えておく。

 それでもギャルは「あ、そうそう吉本ね」とかほざいていた。やっぱこいつ馬鹿だわ。

 つーかダントツで時間にルーズそうなのになんでお前が一番乗りなんだよ。二人になると気まずいだろが。

 思いつつ、傍にある有料駐輪場に自転車を止めギャルの近くで他の班員を待つ。

 ちらほら他所のクラスの連中は見えていていることからも俺達以外にもこの駅を待ち合わせに場所にしている班がそれなりにあることが分かった。

「…………」

 他所の班は何だか早くも楽しそうにしてんのになぁ……俺達だけだよ、無言なの。

 無言っつーかギャルはもうどれが本体なんだってぐらいジャラジャラと色々なもんがぶら下がってる携帯に夢中だからね。どんだけ相手にされてねえんだよ俺。

 まあ世間話なんか振られても困るし、これでいいっちゃいいんだけどさ。

「お」

 そんな地獄の時間を過ごすこと数分、前方から山本が歩いてくるのが見えた。

 なんであいつ徒歩なんだろう。

 そういや母ちゃんに車で送ってもらうとか言ってたような気がしないでもないが、知らん興味ない。

「はよっす」

「おはよー」

 ようやく現れた顔見知りに安堵しつつ挨拶をすると、山本も俺とギャルの二人に対しての挨拶を返す。

 俺の横に並んだ山本に対しギャルは一瞬だけ携帯から目を上げたが、特に言葉を発するでもなくポチポチする作業を再開するだけだった。

 とはいえこれで男女比は二対一。会話の相手が出来ただけこれ以上俺のコミュ障具合が他のクラスに露呈するのは防げたといっていいだろう。

 そして更に数分経った頃に愛しの白咲さん登場。

 その姿を見ると同時にドクンと心臓が跳ねる。

 初めて見る私服の白咲さんは可愛さ十倍だった。

 何というジャンルのファッションなのかなんて微塵も分からないが、ふんわりとした膝下ぐらいまであるスカートに上は黒い七分丈のシャツの上にフードの付いたカラフルなTシャツを重ね着しているという清楚さの中にお洒落も可愛らしさも加わったマジ天使な服装だ。ひたすらに派手で露出の多いビッチ臭丸出しのギャルとは正反対と言える。

 というかもうこの姿を写メに収めることが出来るなら一万円ぐらい出してもいいまである。やべぇ超可愛い。

「あ、かぐや~」

 愉悦に浸っている隙に不吉な名を誰かが読んだ。

 いつだって俺の安息をブチ壊す女、その名も如月神弥である。

 相変わらず空気の読めない奴だ。もう少しこの幸福を堪能させてくれりゃいいのにさ。

「ごめんなさい、少し遅くなったかしら」

 すぐに合流した如月は俺達になど目もくれず女子二人にだけそう言って白咲さんの横に並ぶ。

 ほんと良い根性してるわ。逆の立場だったらどうなることやら。

 ちなみに如月はスネの辺りまでの丈のジーンズ? デニム? に上は袖の短い白いシャツと茶色い上着を重ねているという大人びたファッションをしている。 

 素材が良いから何着てても似合うわな。神様ってマジ不公平だ。

「じゃ、揃ったところで行こっか。ほら、行くよ吉本」

 女子連中のコミュニケーションが一通り終わったのか、ギャルが俺の背中をパシンと叩く。

 その友達みたいなノリにようやく俺の名前を覚えたのかと一瞬勘違いしそうになったが、よく考えると俺吉本じゃなかったでござる。

「ハル~、秋月君だって前にも言ったでしょ。誰よ吉本って、失礼だよもう」

 げんなりしつつも訂正する理由も見当たらなかったので歩き出すギャルの後ろに黙って続こうとした時、別の声が割って入った。

 どうやら俺達の会話(返事をしていないので正確には会話ですらないが)を聞いていたらしく、隣にいた白咲さんは呆れたようにギャルを諫めている。

「え、ええ!? だってさっき本人が言ってたよ?」

 いやあ、もうその光景を目の当たりにしただけで今日来てよかったと思えるわ。ナイスギャル。

 と一人感慨にふける俺を他所に、むしろギャルは心外だと言わんばかりに視線を白咲さんから俺へと移す。

 それに釣られるように白咲さんまでもが俺を見た。

「へ? そうなの秋月君?」

「いえ、俺は秋月です。吉本とか全然誰のことか分からんッス」

 恥ずかしくて目を合わせることも躊躇われる中での必死の受け答えである。

 正しい距離感が分からな過ぎてタメ口で話すことすら出来ないのはご愛敬ということにしておいてくれ。

「ほらー」

「ちょ、嘘吐くなしー」

 さっきよりもやや強めに背中を叩かれるが、ギャル自身もヘラヘラしているあたりそういうノリだとでも思っているようだ。

 ちなみに如月は二人の向こうで笑い堪え、口元を抑えて顔を背けながら震えている。

「もう覚えたかんね。マジ謎キャラだわー、ウケるんだけど。ていうかマジそろそろ行かないと電車マジで来るって」

 マジマジうるせえ。

 そんな言葉も飲み込み、改めて改札に向かう女子連中の後に続く。

 そうして券売機の前まで来た時、ふと白咲さんが足を止めた。

「あれ? 五人しかいないけど、まだ全員揃ってないよねこれって」

「いや、普通にまっちゃんが来てないんだけど……」

 山本が慌てて口を挟む。

 それを聞いて白咲さんも思い出したと言わんばかりに両手をパチンと合わせた。

「あ、そうだよ! 松本君だ」

「「松本? 誰?」」

 綺麗にギャルとハモる。

「……せめてアッキーは覚えておいてあげてよ」

「冗談だよ。忘れてたわけじゃない、別にいないならいないでいいかと思っただけだ」

「余計酷いよ!」

 流石に悪ふざけが過ぎたのか、山本は全力で仰け反っている。

 まあ、俺が悪ノリしたのはそう言ってる後ろから松本が走って来てるのが見えたからなんだけどね。ギャルは完全に素だったっぽいけど。

「すまんすまん、遅くなった」

 はい松本も到着。

 これで今度こそ班員は全員集合だ。

「…………誰?」

 ギャルは間近で顔を見てなお分かっていないらしい。こいつも大概酷い奴だった

 そんなこんなで駅に入り、俺達は電車に乗り込む。

 学年全体の集合場所というものはなく、三箇所ある見学場所ごとに集合場所が設定されているという特殊なシステムになっていて、俺達の行くパン工場組はここから五駅ほどの比較的近い場所で集まることになっていた。

 各駅停車の電車なためか、時間の割に乗客は少なく、俺達は六人で並んで座っている。

 山本、松本、俺、ギャル、白咲さん、如月の順だ。

 なぜ毎度毎度俺と白咲さんの間にお前がいる……ギャル。隣に座られても心臓が持たんけども。

 ついでに言えば松本が俺越しにちらちら女子達を見ていて気持ち悪い。普段の俺もあんな風に見えているんだろうか、気を付けよう。

「ほら、アッキーも食べる?」

 平静を装うために正面に見える窓の向こうの景色を眺めながら松本の相手をしたり女子連中の会話を盗み聞きしていると、ふと俺の目の前に黒い棒が差し出される。

 言葉の通り、そこにあるのは一本のポッキーである。

「朝一からおやつタイムかよ……もらうけど」

 少ない朝食だったのにチャリを漕ぎ過ぎて確かに小腹は空いている。

 しかし、ギャルの人種的にすぐに太る太る言うようなタイプの女だと思っていただけに若干以外だ。

 ちなみにだが、今回の遠足におやつの規制とかはない。もう高校二年だしな、当然か。

 ていうか、ちょっと待て。今こいつ……俺のことなんて呼んだ?

「ん? 何? もう一本欲しい感じ?」

「いやそうじゃなくて、いつからギャルにまでアッキーと呼ばれることになったのかと思って」

「いいじゃん、そっちの方が覚えやすいし。嫌なわけ?」

「嫌とは言わんけどさ、俺も覚えやすいからギャルって呼んでるから人のこと言えないし」

「あんさ、結構前々から思ってたんだけど、あんたこそあたしのことギャルってあだ名で通す気なわけ? さすがにサムくない? てか前も言ったけど別にあたし全然ギャルじゃなくない? 全然そういうタイプ意識してなくない?」

 相変わらず質問が同時多発しすぎてわけわからん。

 結局何が言いたいんだこいつは? ギャルって呼ばれるのが気に食わないのか?

「そう言われてもな、俺にはギャルの定義とか分からんし」

「だったら尚更あだ名変えるべきっしょ」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ」

「別に何だっていいし。国島でも遥でもハルでも好きに呼んだらよくない?」

「そうか、わかったよギャル」

「今の会話の意味は!?」

 そう言ってくれるな。

 悪いと思ってはいるし、散々心で悪態吐いてた俺が言えることじゃないのも分かってるつもりだけど、悲しきかな俺も全然お前の名前とか覚える気なかったわ。

「あはは、秋月君面白い」

 白咲さんが俺の話を聞いていただと!?

 そしてこっちに笑顔を向けているだとぉぉ!!!??? 

 凄まじい感動とハンパない照れ臭さで心音がビートを刻んでいる。

 普通に目が合ってしまっていて、無垢な笑顔を前に固まることしか出来ない。

 ここで辿々しい態度を取ってしまうとせっかく上がりそうになっている俺のイメージが全力リターンしてしまう。

 頭ではそう思っているものの、咄嗟に言葉が出ずに自爆しそうな程の自己嫌悪が溢れてくる中、タイミング良くギャルが俺と白咲さんとの視線の間に入ってきた。

 今ばかりは感謝したい。

 あのまま目を合わせた状態でいたら完全に詰んでたところだ。

「ね、アッキーってちょっとイジられ系キャラ系だよね」

「…………」

 だから系って二回言ってるっつーの。

 出発したばかりだというのに、なんだかもう色んな意味で身が持ちそうにない。

そんな朝のひとときだった


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