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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第二話】
27/56

【6オーダー目】 二人の自称妹達は仲が悪い



 それから数時間が経過し、やっとの思いで閉店を迎える。

 如月の妹がいることでいつもより心なしか店内は明るい雰囲気だったし、妹ちゃん達はアイスクリーム効果なのか俺にも積極的に話し掛けてきてくれてほっこりさせてもらったりもしたのだが、それでも閉店後の俺は相変わらず満身創痍だった。

 これが妹ちゃん達じゃなければ「んだよ、このクソ忙しい時に声掛けてくんじゃねぇよ」と心の中でイライラしていたことは間違いない。無邪気で可愛い妹というのはマジ正義である。

 とはいえこうしてしばらくはソファーに突っ伏したまま動く気力がないまま眠りに落ちそうになるのはいつまで経っても変わらないのだから情けないものだ。

 近頃は激務にも慣れ始めたと思ってはいたのだが、どうやらそれは勘違いだったらしい。ただ単に『疲れ過ぎて死にそうになる』ことに慣れてきただけだもんこれ。

 今日のシフトは如月と相良なので閉店作業に追われるはずだったのだが、妹達への食事諸々のお礼にと如月が手伝ってくれたりもしたのに、もう動けません。

 一人阿鼻叫喚の地獄絵図と化すのはいつものことなのでその辺りの説明は割愛することにしよう。

 要約すると疲れ果てた頃にようやく閉店を迎え、ホッと一息の時間が訪れたということだ。

 目の前ではエプロン姿の耶枝さんが俺の晩飯を作ってくれている。

 いつもなら一刻も早く安息の領域、すなわち自宅の自分の部屋に帰りたくてサッサと帰路につくのだが、今日はここで泊まっていくことになっている次第だ。


『今日は泊まっていってね♪』


 なんて、童貞なら一度は言われてみたい言葉ランキング第三位であるフレーズを口にされてしまっては抗うことは出来ず、いっそ一夜の過ちに期待しそうになったのを白咲さんの顔を思い浮かべることで必死に押し殺しているぐらいである。

 見た目も若いし、愛嬌ある可愛らしい顔をしているし、おっぱいも大きいしという耶枝さんにそんな風に言われてドキっとしない方がおかしいって。

 まあ……本人にそんな気は一切ないだろうし、その言葉に釣られて寝泊まりしてしまうと今後ずっとそうなりそうなので童貞を拗らせないようにしなければと思い直したわけだけど。

「……あれ?」

 耶枝さんが俺と二人分のご飯を作ったり、りっちゃんやリリーさんと音川の食後の片付けをしている間に寝っ転がったまま伝票のまとめと集計をしているのだが、どうにもおかしい。

 どう見ても売り上げが一万円足りない。

 計算ミスったのか?

 いやいや、売上高なんてレジスターが勝手にやってくれているんだから札と小銭数えるだけの作業なのに間違うとかあり得るか?

 開店時に入っている釣り銭はオープン以来常に同じ金額だし、ならばなぜ合わぬ!

「どしたの優君?」

 もっかい計算してみるか? まさかとは思うが、釣りの渡し間違いか? 一万円ぴったりそうなることなんておかしくね?

 と若干焦っていると、真上から耶枝さんが覗き込んできた。顔が近い。照れる。

「いや、なんか計算合わなくて……ぴったり一万円合わないっておかしいですし、計算ミスかもしれないんでもっかいやってみます」

「あ、それ莉音だよ。言うの忘れててごめんね」

「……りっちゃん?」

「うん、莉音がお友達と買い物行くからって持ってっちゃった♪」

「普通に横領だーーーー!」

「あはは、大袈裟だなぁ。その分はあとでわたしが戻しておくからそれで閉めちゃっていいよ」

「…………」

 駄目だこの母娘……早くなんとかしないと。

 そんな嘆きも「ご飯出来たよ~」と、出来た料理をテーブルに運び始める耶枝さんの甘い声色に飲み込まされ、俺はいつものように遅めの晩飯に有り付くのだった。

 にこにこ顔で楽しそうにほぼ一人で話している耶枝さんを見ると文句言えないもん……。

「おや、優君。いつの間に上がっていたんだい?」

 目の前の皿が片付け始めた頃、音川がリビングに入ってきた。

 今日はオフなので今朝と同じ、部屋着であるらしいピチッとしたTシャツにスウェットというラフな姿だ。

「いつの間にって、大体いつもこのぐらいだろ」

「そうだったかな? どちらにしてもお疲れ様、店長もね」

「……おう」

 耶枝さんとはまた種類の違うにこやかな表情が俺を捕える。

 いつだってこの微笑を崩さないためどうにも感情を図ることは出来ないが、何というか良い意味でも悪い意味でも人畜無害な奴だ。

「今日もお客さんたくさん来てくれたから疲れたよ~。湖白ちゃんも何か食べる? 鰹のたたきあるよ?」

「お気持ちだけいただいておきますよ。僕はリンリンと違って小食な部類だからお腹が減りにくいからね。ということで優君、食後で構わないからホットコーヒーを僕の部屋に届けてくれるかな」

「はぁ? 寝惚けてんのか。何が『というわけで』だよ、何で俺がお前にコーヒー届けなきゃならねえんだ。何のついでにもなってねえっつの」

「今日はここに泊まっていくんでしょ? とすると妹として優君に甘えてあげるのもある意味では僕の義務ということになるからね」

「誰が妹だ、誰が」

「この店では従業員は家族ってことになっているんでしょ? だったら必然的に僕は優君の妹にあたるわけだ。そういうことですよね、店長?」

「うんっ、湖白ちゃんの言う通りっ。湖白ちゃんと莉音は優君の妹だねっ」

 楽しそうだな~耶枝さん。

 その設定完全に忘れてたわ。さりげなくりっちゃん加わってるし。

 というか家族と呼ぶかどうかなんて無関係に振り回されっぱなしだってのに、その上プライベートでも面倒掛けようってのかこいつは。

 いや……こと音川に関しては最近ずっとこんな感じだったな。だったらお前如月や相良を姉と慕うのか? 絶対しないだろ。

「はぁ、分かったよ。どうせ俺も飲むつもりだったし、届けりゃいいんだろ届けりゃ。ホットコーヒーミルクオンリーな」

「ふふ、そうやって口では文句言っていても最後にはお願いを聞いてくれるツンデレな優君が僕は好きだよ」

「誰がツンデレだ」

 好き勝手言いやがって。

 如月の妹みたいな無邪気さを備えて初めて妹という属性は身に付くんだよ。オタクっ娘のくせにそんなことも分からんのですか。

 心で溜息と悪態を吐きつつも、なんだかんだで体は湯を沸かしているあたりヘタレな俺だった。それもこれも幼少時から続く妹達の傍若無人っぷりが原因に違いない。

「優君も神弥ちゃんと同じツンデレさんなんだね~」

「いや、ツンデレじゃないですってば」

 大いにこの人のせいでもある気がする。というかもう自信どころか確信がある。

 俺の負け犬根性万歳……万歳。


          ○


 それから五分ほどした頃、洗い物を終えた俺は言われた通り二人分のコーヒーを用意した。

 用意するまでは百歩譲って『ついで』という理由で受け入れなくはないが、『部屋まで持って来い』ってのはどういう了見だこんにゃろう。

 サッサと部屋に届けて風呂入ってサッサと寝る。

 そんな決意を胸に音川の個室の扉を叩いたのだが、どういうわけか三十分を過ぎても俺は音川の部屋にいた。

 手にはコントローラー、目の前には32インチの液晶テレビがある。

 せかっく来たんだから。とか言って半ば無理矢理対戦相手を務めさせられることになった時、初めてそれが目的で部屋に呼ばれたことを理解した俺が迂闊だったのさ……。

 見渡す室内は日頃の言動とは裏腹にとても女の子の部屋という雰囲気に塗れた明るい色のカーペットや布団、カーテンに彩られている。

 しかしそれはそれ、リアル僕っ娘を舐めてはいけない。

 なぜならその部分以外はもう完全にオタクの聖域みたいになっているからだ。たぶん誰が見てもそういう感想しかないと思う。

 壁にはアニメキャラのポスターやタペストリーが所狭しと飾られているし、二つある中サイズの本棚の下半分には大量の漫画やラノベやらDVDが、上半分には山ほどのフィギュアが並んでいるという居心地が悪いことこの上ないコーディネイトである。

 一番最初に部屋に来た時には二時間ぐらい拘束されてお宝自慢をされたり、ワケの分からんピンクや水色の髪をした女の子が魔法バトルを繰り広げるアニメを見せられたりした拷問みたいな時間も今となっては思い出話か。

 そりゃゲームぐらいは俺だって全くやらないというわけじゃないし、オフの時間こうして一緒に遊ぶぐらいのことなら不満はなかったのだが……この音川は意外と姑息な奴だった。

「もうヤだ……二度とやるかこんなクソゲー」

 コントローラーを床に転がし、脱力した俺はそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 画面には見飽きた『プレイヤー1 Win』の文字が表示されている。

 これで通算0勝22敗。

 戦闘機に乗って撃ち合う対戦ゲームだから俺にも出来ると言うからやってみたのに、かれこれ三十分もひたすら嬲られ続けているだけだった。

「そんなこと言わないでよ、もう少し頑張ってくれないと張り合いがないじゃないか」

 どこか諭すように、相変わらずの微笑を崩さず音川は次の画面に進める。

 頑張るとか、張り合いとかそういう問題じゃないことを分かっていてい言っているに違いない。

「こんなもんやり方も教わってねえのに勝てるか! 完全にお前のストレス解消の生け贄じゃねえか」

「こういうのは聞くよりプレイしながら要領を掴むものだって言ってるじゃないか。ほらほら、そんなに拗ねないでよ。次はもう少し手加減してあげるから」

「……手加減されて勝ってもそれはそれでムカツクんだよ」

 俺の手を握りコントローラーを持たせてくる音川だったが、もう俺のライフはゼロである。

 だって俺がいくら撃っても簡単に躱されるし、音川の撃ったミサイルは逃げても追い掛けてくるんだぜ? 勝てるわけねぇよ。あと拗ねてない。

「だったら今度はチームプレイにしよう。二人で協力してストーリーを進めていくモードだから、それだったら大丈夫でしょ?」

「まぁ……それなら」

 負け続ける俺のストレスは無さそうだ。

 というかそれ以前にもう十二時近いんだけど、これいつまでやんの?

 思いつつも渋々コントローラーを握り、再び画面と向かい合う。

 シリーズ通して初プレイなので世界観は相変わらず一切分からないままだが、画面には確かに昨今のゲームらしく綺麗なムービーが流れ、誰が主人公なのかどころか誰が敵でどれが味方なのかもよく分からんキャラクター達が何やら緊迫感溢れるやりとりを繰り広げていた。

 一方的にボコられるよりはいくらか楽しめるのかと少しだけ期待た俺だったが、進めてみるとすぐにそれが完全なる勘違いだったとことを知ることとなる。

 なぜなら率直な感想として『これ俺いらなくね?』ってぐらいに音川一人で敵を蹴散らしているだけで、俺は周りでチョロチョロしながら当りもしない弾を撃ち続けているだけだからだ。

 ……やっぱただのクソゲーだわこれ、初心者に全然優しくねえ。

 音川も何が楽しいのやら。なんて考えながら、ステージクリアなんでどうでもよくなって惰性で操作を続けているとふと部屋の扉が叩かれた。

 ノックというよりはどこか慌ただしい感じだ。

「優兄! いるの?」

 二人で振り向くと同時に、廊下からはそんな声が聞こえる。

 それによって訪ねてきたきたのがりっちゃんであることは分かったが、音川ではなく俺に用事なのだろうか。

「入っても大丈夫だよ」

 音川が言うとすぐに扉が開く。

 現れたのは予想通りりっちゃんだったが、なぜか俺と音川を見るなり偉く不機嫌そうな顔をした。

「優兄に用があるんだけど、ていうか何で変態とゲームなんてしてるわけ?」

 ものっそいジト目が俺を捕えて離さない。

 何でと問われても俺自身よく分かっていないのだけど、なぜ責められている感じになっているんだろうか。

 全然関係ないけど、りっちゃんは最近になって音川を変態と呼ぶようになった。女なのに一人称が僕だからなのだそうだ。

「悪いねご令嬢、お兄ちゃんは今僕と遊んでいるからまた後にしてくれるかい?」

 どうすれば後で怒られなくて済むだろうかと言い訳を考えている間に音川がそんなことを言った。

 ほとんど反射的にりっちゃんは声を荒げる。

「はぁ!? 何よお兄ちゃんって、優兄どういうこと!」

「いや、どういう事も何も音川がふざけて言ってるだけで……」

 だからなぜ俺!?

 どういうことって俺が知りたいよ!?

「さ、お兄ちゃん。続きをやろう」

 何が楽しいのか、音川はにこにこしながら俺の腕を抱く。

「おい音川……」

 なにゆえ如月といいお前といいりっちゃんをからかうんだ。

 俺がとばっちりを食うんだからマジでやめろって。

「もういい! あんた覚えときなさいよ! 優兄この部屋出入り禁止にしてやるんだから!」

 案の定りっちゃんは一方的に言い残すと、そのまま部屋を出て行ってしまう。

 あーあー……後が怖いぞこれは。

「ご令嬢は何を怒っているのかな?」

「……絶対分かってて言ってんだろ」

「ふふふ、お兄ちゃんを取られるのが気に入らないんだろうね。でも優君もこう呼ばれる方が嬉しいでしょ?」

「アホ言え。一人でも手を焼くってのに二人も三人も妹ばっかりいたら俺の身が持たねえっつの」

 本心なんだか楽しんでいるだけなんだか。

 どうしてこう捻くれ者ってのは他人との調和が下手なんだろうな。

 音川も然り、如月も然り、ま……俺も人のことは言えないんだけどさ。


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