表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第二話】
26/56

【5オーダー目】 二人の芋


 やがて日も暮れ、メニューが切り替わる。

 六時を過ぎた辺りから喫茶メニューがなくなり、ファミレス風であり居酒屋風のお品書きに変わるのがこの店の特徴であり耶枝さんの拘りであり難儀な部分でもあるという感じではあるのだが、そのおかげで繁盛しているので何も言えない。

 その辺りは発想というか、言ってしまえばあの人の場合はノリと思い付きなんだけど、それが良い方向に転んだだけではなく本人の人柄も大いに関係しているのだろう。ご近所の顔見知り達が随分と常連として通ってくれているところを見てもそれはよく分かる。

 あとはまあ、比較的良心的な価格設定と下心を持つ男達を集めるメイド軍団の影響といったところか。

 壁に掛かっている時計は六時十三分を指している。

 七時前後になると急激に席が埋まるのが毎日のパターンで、それまでは半分より少し多いぐらいの客足であることが多い。

 ということもあって休憩から戻ってしばらくは調理場にいてくれた耶枝さんは今の内に買い出しに行ってくるらしい。

 トイレットペーパーや洗剤といった少々の備品と、あとは耶枝さん宅のプライベートなお買い物だ。

 朝から一人で店に立つ耶枝さんにはそういう暇が無いため、大体この時間に一度買い物に出る。

 そうでもしないと日々の生活も成り立たなくなるのでこればかりは仕方がないことだ。近所のスーパーなのでさほど時間が掛かるわけでもないし特に不満もない。

「……何か?」

 耶枝さんがにこやかに「いってきまーす」とか言って出て行った瞬間、後に続いていた如月が不意に立ち止まりレジに立つ俺を見た。

 如月も買い出しに同行することになっているため店のロゴが入ったパーカーを重ね着している。

 というのも、今週に入ってから耶枝さんは一人ずつ順番に買い出しに付き添わせているのだ。

 今後一人で行ってもらうこともあるだろうから、というのも理由の一つであったが、客が多くなる前の時間帯を使って一人で店を回すことに慣れる練習という意味もあるのだとか。

 何度も何度も何度も何度も言いたくはないが、しっかり考えているのかノリと思い付きでやっているのかの判断がいつまでたっても難しい人だ。

「いも……」

 それはさておき、如月はジッとこちらを見たまま何か言いたげに一瞬口を開きかけたが、なぜか途中で目を逸らす。

「……芋?」

「なんでもないわ」

 それだけを言い残し、こちらを見ずに如月は出て行ってしまう。

「……なんだあいつ?」

 よく分からん奴だ。

 芋が食いたかったのか? 

 それを俺に用意しろとでも言いたかったのか?

 知るかっつーの。

「っと、んなこと言ってる場合じゃなかった」

 会計をしている間に追加のオーダーが三品ほど入っている。

 ササッと用意にかからなければ。

 そう決めて俺は調理場に戻ることに。注文はオムライスにアイスティー二杯だ。

 ドリンクは勿論のこと三十秒で用意し、相良がそれを運んでいくのを見送るとすぐにオムライスに取り掛かる。

 この店で出すオムライスはケチャップライスではなくバターライスを使い、更には卵の上からかけるのもケチャップではなくデミグラスソースというオーソドックスに見えて定番というわけでもない物になっていて、それが功を奏しているのかどうかは定かではないがランチメニューの中ではトップクラスの人気を誇っていた。

 ソースは鍋に作り置きになっているので比較的短時間でお届け出来ることも理由の一つなんじゃないかと耶枝さんが言ってたっけか。

 ちなみにその他の人気メニューはというとタコライスとカルボナーラあたりが注文数が多かったりする。

 混み合う時間にドリアとかパフェとかのオーダーが入ると「マジかよ~空気読めよ~」って心で舌打ちしたくなるので簡単クッキングなメニューはほんとありがたい。

 まあ今は混み合ってもいないし、どっちでもいいんだけど。

「完成っと」

 不平も不満も一瞬迷いつつ飲み込んでいる間にオムライスが出来上がる。

 すぐに戻ってきた相良がそれを運んでいくのを見送り、一息吐いてとジュースでも飲むかと思った時、ドアベルが来客を告げた。

 こういうパターンって割とあるよね。

 これが終われば休憩だと思って頑張ったたのに邪魔されるパターン。

 いやいや、げんなりしたことは否定しないがお客様相手に邪魔とか言っちゃ駄目だろ。

 ペチンと叱責の意味を込めて軽く自分の頬を張り、お出迎えをするべく出入り口へと向かう。

 相良一人しかいないのでその辺も俺が率先してやらねば負担が増しすぎてかわいそうだ。

「いらっしゃいませ~」

 気持ち大きめな声を発しながらそそくさと調理場を出る。

 出入り口に立っていたのは小さな女の子の二人組だった。

 小学生の高学年ぐらいであろう二人の女の子はやけに今風とでも言うのか、随分とお洒落な格好をしていて、付け加えるならば双子なのかほとんど同じ顔をしている。違うのは結われたサイドポニーみたいな髪の位置が右と左であることぐらいしか俺には判断出来ない。

 そして出迎える俺を見ることなく、キョロキョロと誰かを捜している風に店内を見渡していた。

「えっと……誰か探してるのかな?」

 敬語で話し掛けるかどうか迷ったが、警戒心を持たれると話が拗れそうなので敢えてやめた。

 中腰で言うと、そこでようやく双子ちゃんは俺を見上げる。

「お姉ちゃんさがしてるの」

「お姉ちゃん?」

「おねえちゃんがね、ここにいるからって言ったの」

 右に左に視線を行き来させてみるが、言わんとすることはい今ひとつはっきりしない。

 あと顔は同じでも声が若干違うんだなーとか関係ない感想を抱いていた。

「どの人がお姉さんかな。今この店にいるんだよね?」

 唯一理解できた姉を捜しているという点を汲み取り、聞いてみる。

 双子は店内をキョロキョロしたが、やがて全く同じタイミングで小さく首を振った。

 ここから見える客には居ない。後は角を曲がった先にも席はあるが、今は確か四人組の男子学生とサボリーマン風のおっさんしかいなかったはずだ。

「お姉ちゃんいない……」

「おねえちゃんどこ?」

「どこって言われてもね……俺は君達のお姉ちゃんを知らないから答えようがないんだけど、ここで待ち合わせしてるってことだよね?」

 聞くと、やはり双子(と決め付けていいのかどうかは分からないが)は全く同じ動きでコクリと頷いた。

 小さい子であろうとなかろうと待ち合わせに来た客であるならばやることは一つだ。

「じゃあカウンターに座って待ってようか。ここなら誰か入ってきてもすぐ分かる位置だし」

 出来るだけ出入り口に近いカウンター席に促してやると、双子ちゃんは「わかった~」「そうする~」と元気に答え、ぴょんと椅子に座った。

 素直で無邪気な子達だなぁ。素直に関心してしまう。

 そんな表現とはかけ離れた女子ばかり周りにいるせいに違いない。

「何か飲む?」

 メニューのドリンク覧を開いて目の前に置いてやると、二人は嬉々としてそれを覗き込む。

 そして悩ましげに上から指でなぞりながらどれにしようかと考える素振りを見せたのち、対照的な声を上げた。

「メロンソーダにする」

「はいよ、メロンソーダね。君は?」

「……アイスも食べたい」

「ミサ、お姉ちゃんにジュースだけって言われたでしょ?」

「うーん……じゃあ、ミサもメロン」

 ミサと呼ばれた子(というか自分でもそう言っているが)は凄く寂しそうに、それでいて残念そうにメロンソーダの写真を指差した。

 あまりにしょんぼりしている姿が少し可哀想に思えて、俺はひとまず承った旨の返事を残しメロンソーダを二杯用意するとバニラアイスを上に乗っけて出してやることにした。

 所謂ソーダフロートみたいなものだ。

 そんなメニューは存在しないけど、このぐらいのサービスなら耶枝さんも怒ったりはしないだろう。アイス分は最悪俺が自腹で払う。

「お待たせしました。アイスはおまけだからな、お姉ちゃんには内緒だぞ」

 トレイに乗ったグラスを二人の前に置くと、二人はパッと表情を明るくする。

 それはもう嬉しそうに、我慢するように諭していた方の子も同じように。

「お兄ちゃんありがとー」

「ありがとー!」

「どういたしまして」

 ああ、健気だなぁ。

 ここで働く連中にもこんな時代があったんだろうか。絶対ないだろ、リリーさん以外。

 どこか癒し効果にほっこりしていると、横からドアベルの音がする。

 どうやらこの店には俺の安らぎは長続きしないシステムが備わっているらしい。

「んだよ、お前か」

 振り返った先にいたのは買い出しに出ていた如月だ。

 なぜか耶枝さんはおらず、一人だった。

「あれ、耶枝さんは?」

「クリーニング屋によるのだそうよ」

 如月はそう言って手に持ったスーパーの袋二つを当たり前のように俺に差し出す。

 後は副店長様(笑)の仕事でしょ、的な有無を言わさぬアレね。ふっ、もう慣れたさ。

「トイレのペーパーは閉めた後に補充すりゃいいか。洗剤はそこにおいておけばいいとして……」

 と、袋を物色していた時だった。

「お姉ちゃんだ!」

「おねーちゃんっ」

 やや大きな声が入り口付近に響く。

 何事かと思って声の出所を見ると、なぜか件の双子ちゃんが如月を指差していた。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………お姉ちゃん?

「お姉ちゃんんんんんん!?」

 視線が双子と如月を往復する。

 その間に二人は如月に駆け寄り、足下に抱き付いていた。

 そんなことがあるわけがない。

 そう信じたい気持ちが強すぎたのか、俺は無意識に双子に話し掛けていた。

「君達、勘違いじゃないのかい? この人には人間の血は通っていないんだよ?」

「……どういう意味かしら」

 二人と目線の高さを合わせるために屈む俺の上で冷たい声がする。あれ、もしかして俺死んだ?

「優しいお姉ちゃんだよ?」

「だよ?」

「そ、そうなのか……」

 嘘だ。

 嘘だと言ってくれ。

 こんな健気な女の子が如月の妹なわけがない。

「美沙、理沙、ジュースだけにしなきゃ駄目って言ったでしょう」

 頭上で如月の呆れる声がする。

 妹達の前だからか、俺に精神的暴力が飛ばす気はないようだ。

「お兄ちゃんがおまけしてくれたの」

「おねえちゃんには内緒だよって」

「…………」

 内緒って言ってんだからそれバラしちゃ駄目だろ。

 絶対俺が怒られるパターンじゃん。お前らの血筋は本能で俺を貶めるように出来てんの?

「……いくらかしら」

 かと思いきや、如月は一つ溜息を吐いてそんなことを言った。

 暴言を口にしない如月とか違和感しかない。妹効果すげえ。

「俺が勝手に出しただけだし、サービスってことにしとくよ。身内なんだから耶枝さんもそれでいいって言うだろうしな」

「そう、二人ともお兄ちゃんにお礼言った?」

「「言ったー♪」」

 元気な声が響く。

 如月の変貌ぶりは確かに引くけど、双子ちゃんの様子を見るに家では本当に良いお姉ちゃんをしているんだなぁ。

 意外な一面というか、初めて見た人間味というか、二人を見る優しい目はもはや別人のそれだった。

 名前は理沙、美沙というらしく、推測通り双子だということだ。

 聞けば家の鍵を如月から受け取りに来たらしく、妹の前では調子が狂うのか如月は早く帰らそうとしていたが、遅れて帰ってきた耶枝さんが興味津々過ぎて半ば強引に居座らせているためそれも出来ず。

 可愛がってご飯を食べさせてあげたりしているのは若干やり過ぎな気もするし如月自身少し居心地が悪そうにしていたが、やはり妹たちの前では良いお姉ちゃんでいるようにしているのかその後も特に暴言が飛んでくるでもない俺にとっては平和な一日となるのだった。

 店を出る前に如月が言い掛けた『いも』というのは妹のことを言おうとしていたってわけだ。

 何はともあれ、色んな意味で可愛い妹万歳。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ