【2オーダー目】 某総長に比べりゃ一般市民なんてハート様
いつもよりは寝ずに過ごした授業も多かったような気がする今日この頃。
昼休みは勿論のこと寝ていたので若干頭がぼんやりするが、控えめにあくびを一つ溢したところで担任の斉藤先生(科学担当・三十路の女教師。ついでに格闘技好き)が入ってきたこともあって俺に限らず教室全体が徐々に授業モードへと変わっていく。
今日の五限、六限はHRなので気が楽なことこの上ない。
そろそろ慣れろよという話ではあるが、昼休みだけではどうにも睡眠時間が足りてないようだ。
テストとか普通にヤバいし寝ちゃ駄目だとは思っているんだけど、ただ睡眠不足なだけならまだしも体力の消耗が伴っているだけに体が休息を求めてしまって自力で抗うのは中々に難しいものがある。
というか、どうせ昼休みは寝て過ごすんだから音川に弁当あげてよかったわ。
「はい、じゃあ班ごとに集まって話し合いを開始してくださいね~。授業中だからあまり騒がしくしたらシャイニングウィザードの刑だよ」
眼鏡をキラリと光らせ、毎度ながらの独特過ぎる脅し文句を付け足すと先生は自分用の椅子に座ってあとは各々勝手にやれモードで読書を始めた。
確か今日のHRは来週に控えた社会見学のプランニングをするという話だったか。
実はこの社会見学。
手間暇や要する時間を削るためなのか、純粋にリハーサル感覚なのか、前もって決めた年間最大行事である修学旅行の行動班と同じメンバーで行くことになっている。
男子の三人組、女子の三人組をそれぞれ一組ずつ合体させて六人の班を作っているのだが、そこには俺の青春の全てが詰まっていたりもする。
なぜなら俺が加わる班のメンバーには白咲さんがいるからだ。
白咲彩芽。俺が密かに恋するクラスメイト。
ほんわか癒し系な見た目や性格は見ているだけで「ぬはぁん」ってなりそうになる。というか会話したこともないし自分から話し掛ける勇気も無いので見ていることしか出来ない。
そんな六人組の他の面子はというと、当然ながら男子軍団は俺、松本、山本の残念系男子三人組である。
他のクラスメイトと特に関わることもなく、目立たない様にいつも三人で固まって隅っこでコソコソしているせいか影では三兄弟なんて呼ばれていることも知っているが、まあ残念なのは事実なのでその辺はもうどうでもいい。
そして肝心要の女性陣はマイエンジェル白咲さんに、学年一の美少女と噂されていたり校内一冷酷無比な女と言われていたりするらしい恐ろしき唯我独尊毒舌女子アイスドールこと如月神弥だ。残る一人は全然見てもいないので知らない。
というか如月が同じ班なのも後から会話の流れで知ったレベルだ。
それぐらいに俺の目には白咲さんしか映っていない。
このメンバーが決まった時、修学旅行で告白しようと決意をしている程の人生で最初の恋。それが俺にとっての白咲彩芽という女の子であり、一連の行事なのだ。
ちなみにこの社会見学はパン工場、自動車工場、歴史民族博物館の三箇所から行く場所を選ぶことになっている。
一番人気のパン工場は競争率が高かったらしいのだが、先生の発表によると抽選の結果俺達の班は見事に希望通りジャ○おじさんに会いに行けることになったらしい。
別に行き先なんてどこだって構わないが、俺達の班がパン工場を第一志望にしたこと自体その発表があってから初めて知った。
恐らく、というかほぼ確実に女子連中が勝手に決めたのだろう。
全員で話し合いの上、と前置きされていたにも関わらずこの有様では行く末も若干不安でがあるが、気軽に相談されても確実に挙動不審になるのでもうなんかどっちが良いとも悪いとも言えない感じなのが残念な存在具合を象徴していた。
とはいえこの時間では集合場所に始まり、見学場所に向かうルートやその後の自由行動の時間の予定などを話し合って決めなければならない。
実際に教室内を見渡してみると、すでに他の班はどこかしらの席に集まり始めている。
当然ながら俺達もそうしなければならないのだが、松本も山本も席を立つ様子はない。
まず間違いなく自分から女子達のところに行って話し掛けることが出来ないというだけの理由だろう。
さすがは集団生活における落伍者共、哀れ過ぎて泣けてくる。主に自分がその一員である事実に。
とはいえこのまま座っているわけにもいかないし、何よりそんな展開ばかりだと社会見学当日や他ならぬ修学旅行の日にまで同じようなことになりかねない。
一世一代の愛の告白を決意したというのにそんなことでは台無しだ。
少しでも距離を縮め、弾みを付ける。それが俺の人生における至上命題なのだ。
そのために如月と取引きをしたりもした。奴は完全に忘れてるっぽいけど、例えそうだとしてもただ今まで通り遠目に眺めて癒されているだけでは成就の道など開けやしない。
そんなわけで、そろそろ俺達も行こうぜ。と言い掛けた時、前の方から女子三人組がこちらに向かってくるのが目に入った。
俺達がグダグダやってるから向こうから来ちゃったよ……確実に男としてマイナス評価まっしぐらだろこれ。
「おーい、打ち合わせの時間始まってんよ~」
近くに来るなり人の席に勝手に腰掛け、机を寄せてきたのは名前も知らないクラスメイトだ。
茶色い髪だったり短いスカートだったり手首にジャラジャラアクセサリーを着けていることも含め、俺が心の中でギャルと呼んでいる極力関わりたくないタイプナンバーワンの女子である。
その後ろにはマイエンジェル白咲さんがいる。
割と小柄で、正式な名称なんて分からないがツインテールっぽい可愛らしい髪型をしたいつだって明るく(女子友達との会話をこっそり盗み聞いた印象では)て、いつだって笑顔(クラスでの様子をこっそり盗み見た感じでは)でいる癒し成分が留まることを知らない女の子だ。
ついでに言えば、更にその後ろには如月がいる。
如月神弥。影ではアイスドールと呼ばれる見た目だけは絶世の美少女であり、その本性は敵意と悪意の塊みたいな奴である。と、俺は思っている。
学年問わず男子生徒の多くが奴とお近づきになりたがっているらしいが、何の悲劇なのか普段同じ職場で働いている俺は心に余計な傷を負いまくっているので顔面偏差値が200ぐらいあるだけのこいつの何が良いのかさっぱり分からん。
人間、顔じゃなくて癒しと中身とおっぱいだ。世の勘違い野郎共にはそれが分からんのですよ。
まあ、悲しいことに最近は慣れ始めてきているし、あれ以来学校で会話したこともないので学校での俺の平穏は守られているから何だっていいんだけども、社会見学と修学旅行で同じ班に居るあたりが不安要素と言えなくもない。
なんてことを考えていると、他の女子二人も適当に空いている椅子に座り、俺達の席へと机をくっつけていた。
なぜか俺の隣にはギャルがいる。
なんでお前なんだよ、そこは白咲さんだろ。
と、声に出して言うことは勿論出来ないわけだが、ふとあることに気が付いた。
机を寄せる際、そうしやすいように自分の机の向きを変えたのだが、その時にギャルと目が合った。
今までならこれ系の女子相手となると会話どころか目を合わせるのも嫌というか、何を言われるか分からないという印象もあってどちらかというとビビっていたといってもいいレベルに関わりを避けていたのだが、今はなぜか目を逸らさなければという反射的防衛本能が働かなかったのだ。
なぜだろうか?
そう思って、今度は敢えて自分からギャルの顔を見てみた。すぐにそれに気付いたのか、目が合う。
「ん? 何?」
「いや、なんでも」
さすがに延々とガン見していると別の意味で立場が危うくなるのですぐに視線を逸らす。
だけどやっぱり、特に気後れしたり恐れを抱いたりといったことはない。
今までの俺なら女子と目が合うとか何よりも避けるべき事柄だったし、万が一合ってしまったとしてもすぐに逸らしてしまっていたのだが、なんというか全然平気だ。
その理由を考えてみると、案外あっさりと答えは見つかった。
まず第一にあの職場環境により少しずつ女子と会話することへの耐性が出来ているのではなかろうか。
俺の社交性なんざ基本的に仕事中以外にロクに発揮することがなかったはずなんだけど、さすがにあれだけ女子ばかりだと多少は日常生活にも影響するのかもしれない。
当然ながらそれがこの手の女子を怖がらない理由にはならないのだが、そこで出てくるのが俺の知る限りでの霊長類最強の女の存在だろう。
相良巴。
シャルール デ ラ ファミーユで働く同じ歳のバイトの一人でありながら、何たらいうレディースの総長であり喧嘩上等を体現しているバイオレンス&単細胞の申し子である。
相良は男のチーム相手であろうと平気で血祭りに上げて仲間を助けてきたこともあったし、その腕力的な意味での強さやキレやすさに日々気を付けながら過ごしているうちに『怖い女』に対する耐性も同時に身に付いていったと考えるのが自然だ。
あいつに比べりゃそこらの女子なんて恐れるに足らない。それは間違いない。
相良とこのギャルを並べた時、どちらにより気を遣いどちらを警戒するかなんざ考えるまでもないのだ。
言うなればもうシンとハート様ぐらいの格の違いがある。ちょうど相良は半分だけ金髪だしな。
ちなみにその例えでいうと俺はモヒカンのモブキャラである。おい、これ結局俺が最弱じゃねえか。
「ていうか、あんたら名前は? そっから教えてくんない?」
合計六つの机がやや雑に固まったところで、ギャルが俺達を見渡した。
何一つ話が切り替わっているわけでもないのに何がどう『ていうか』なのかはツッコんではいけない。それがギャルという生物だと割り切るしかない。
ついでに言えば、クラスメイトなのに名前知らねえのかよ! というツッコミもしてはいけない。なぜなら俺も同じだからだ。
「山本です」
「俺は松本」
「山本に松本、ね。で? あんたは何本君?」
山本と松本がそれぞれ名乗ると、ギャルは俺の方を見た。
何本君ってなんだよ。なんで名前までセットみたいになってんだよ。
「じゃあ……橋本で」
どうせ明日には忘れてんだろクソが。と思ってテキトーに答えたものの、なぜかギャルは俺の肩をバシバシ叩きながら爆笑していた。
「じゃあって、ウケる」
何が面白いのか全く分からん……ギャルだけあってこいつ馬鹿なのか?
とドン引きな俺だったが、向かいに座る如月も顔を背け必死に声を漏らさないようにしながら震えていた。
「あんた面白いねー、神弥笑わせるとか相当だし」
「いや、人が残念な目に遭ってるのを見たら結構平気でわら……痛ってえ!!」
言葉を遮ったのは右スネに突如走った激痛だった。
理由など考えるまでもない。机の下、すなわち死角からの蹴りが入ったのだ。
「ちょ、なに急に大声だして。橋本ってそっち系?」
「い、いや、なんでも……」
そっち系ってどっち系だよ。という指摘は今はどうでもいい。なぜ俺がスネを蹴られなければなならいのか。
なにすんだ如月! と抗議の意味を込めた恨みがましい目を向けてみるが、如月は目を合わせようともしない。
なるほど、余計なことを言うなというわけか。
確かにクラスの連中にしてみれば俺が如月の性格を知っているというのはおかしな話に聞こえるだろう。変に近しい関係だとでも思われたら面倒なことこの上ない、と考えての蹴りだったわけだ。
「ハル、失礼なこと言っちゃ駄目でしょ。橋本君じゃなくて秋月君だよ」
理不尽な暴力にスネをさすりながら心で悪態を吐きまくっていると、ギャルの隣に座る白咲さんがそんなフォローをしてくれていた。
まさか俺の名前を覚えていてくれてるなんて……感動で泣きそうだ。
「あ、そうなん? 偽名で自己紹介とかマジ謎キャラなんだけど。てかそんなことよりそろそろ決めること決めちゃお」
ギャルはもう一度馬鹿にするように笑うと、先生が各班に配布した予定表を机に置いた。
謎キャラじゃねえよ。お前が『本』ありきで聞いてきたからそう答えただけだろ。
なんかもう色々と騒がしい性格っぽいのが合わないというか受け付けない感じではあるが、白咲さんの友達なので悪い奴ではないと信じたい。
というか『キモ』とか『ウザ』とか言われないだけむしろイメージは上方修正されているぐらいだ。
とはいえこちらもあちらも別に仲良くしようなんて気はさらさらないようで、俺達男三人を完全に放置して女子連中だけで話し合いが始まっていた。
楽しそうに(如月は聞かれたことに答える以外は基本だんまりだったが)わいわいと主に女子三人が勝手に話し合って諸々の予定を決め、最後に形だけこっちに『これでいい?』と確認してくる。そういう流れが自然と出来上がる。
俺達に異論を挟む奴がいるはずもなく、むしろ意見を求められたところで「え、ああ、いいんじゃないかな」的な返事しか出来ないせいで勝手にどんどん決まっていく感じだった。
「じゃあ大体これで決まりって感じ? ほら、橋本……じゃなくて秋月か。これでオッケ?」
チャイムが鳴る五分前。
全ての記入欄が埋まったらしく、ギャルがプリントを俺に差し出してくる。
どこで集まってどういう経路で目的地まで行くとか、到着後施設をどう回るとか、オリエンテーリングをどう消化するかとか、飯はどこで食うとか、大体はそんな内容だ。
どうせ俺の希望や意見なんて通らないだろうし、そもそも別になんだっていいんだけど、気になる点が一つ。
「なあ、ギャル」
プリントを眺めながら、隣に座るギャルを呼ぶ。
なぜか意外そうな顔をされた。
「は? ギャルってあたしのこと? ていうか別にあたし全然ギャルじゃなくない? 秋月って実は面白い系男子系?」
質問が多すぎて最終的に何が言いたいのかよく分からない。つーか系って二回言ったぞ。
「これなんで花菱駅集合なんだ? 遠くね?」
この学校から一番近いのは笹川駅なのだが、その二つ向こうの駅が集合場所として記入されている。
乗り継ぎの駅からも遠ざかっているし、絶対笹川駅集合の方が時間のロスは少ないはずなんだけど。
「あたしとあやっちの家がその駅から割と近いからじゃん? 神弥は近くってほどでもないけど全員の家から近い駅とかないし、神弥も良いって言ってくれてるからマジごめんって感じ?」
「なるほど、ね」
じゃん? とか言われても困るが、白咲さんがそれで楽をできるなら文句などあるわけがない。その全員というのに班員であるはずの俺達が含まれていないのがいかにも底辺ポジションらしくて虚しくなってくるけど、こうして説明してくれるだけやっぱり良い奴なのかもしれない。
というか白咲さんてあやっちって呼ばれてるんだ。今日から俺もそう呼ぶことにしよう、心の中で。
「じゃあ秋月君、松本君、山本君、これで決定でいいかな?」
そのあやっち……じゃなくて白咲さんの明るい声が一体を包む。
こうして逐一確認の声を掛けてくれるのはほとんど白咲さんだけだ。
「あ、うん、大丈夫だと思う」
若干しどろもどろになりつつも答えると、松本と山本も似たような感じでそれに続いた。
修学旅行の前に迎える一つの山場は俺にとってどんな意味を持つのだろうか。
目の前のににこやかな顔に視線を固定出来ず、自然な流れを装って顔を逸らしながらそんなことを考えていた。




