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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第二話】
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【1オーダー目】 寝ても覚めても学校では空気を読んで空気でいるべし



「ご馳走様でした」

 両手を合わせ、食後の挨拶を口にしたところで朝食を終える。

 小食の音川やりっちゃんは既に食べ終わっており、部屋で通学の準備をしているためリビングのダイニングテーブルに座っているのは俺を含めて三人しかいない。

「ユウ、もうお地蔵様カ?」

 空いた皿を運ぼうと立ち上がると、隣に座る女性が俺の顔を覗き込んだ。

 リリー・アグスティナ。

 褐色の肌に綺麗な緑色の瞳をした、音川と同じく住み込みで働くアルバイトの一人である。

 歳は二十歳で、近隣にある外大の留学生ということらしい。

 性格はというとスーパー無邪気で、明るくいつだってにこにこしているとても元気な人だ。

 あとおっぱいが大きい。この店の関係者では一番の大きさを誇るそれはタンクトップを着ているおかげで尋常為らざる自己主張をしており、俺の視線を独占しようとしていること山の如しである。

 ガン見していることがバレたら色々と終わるので隙を突いてチラ見するぐらいしか出来ないけど、もうそれだけで朝ご飯とか関係なくお腹いっぱいです。

「お地蔵様じゃなくてご馳走様、ね。朝ってあんまり腹減らないんですよ俺、胃が働いてない感じがして」

 言うと、二杯目のご飯が山盛りに注がれた茶碗を手にリリーさんはきょとんと首を傾げる。

 あまり難しい日本語は伝わらないか間違った解釈をされるのがお約束のリリーさんだが、それも含め客受けも良いのは性格のおかげなのだろう。

「優君も割と小食だよね。リリーちゃんは食べっぷりがいいからわたしも作り甲斐があるよ」

 うんうん、と。正面の席で感心した様に頷くのは耶枝さんだ。

 フルネームは桜之宮耶枝。

 続柄で言えば俺の母の妹、つまりは叔母にあたる人でこの家の家主であり下にある店の店長でもある。

 ふんわりした穏やかな雰囲気に似付かわしいその外見は三十過ぎの子持ちには到底見えず、誰がどうみても女子大学生ぐらいにしか見えない童顔っぷりは年に一度会うかどうかだったついこの間までは見る度にドン引きしていたのも記憶に新しい。

 性格はというと脳天気で後先考えない思いつきとその場のノリでの行動が目立つはた迷惑なことこの上ないタイプで、俺が副店長となったのもその性格による逃げ道の塞がれ具合が大きかったといえる。

 まあ、そんな過ぎたことはさておき、この耶枝さんも胸は結構大きい。耶枝さんとリリーさんがいるから俺は日々頑張っていけていると言っても過言ではないぐらいだ。

 袖の短いTシャツを着ているせいでより強調されていて、もう眼福過ぎてありがとうございます。

 しかし、なぜこうも女性の部屋着というのはエロいものなのだろうか。不思議だ。

 りっちゃんや音川のそれに特に同じ感想を抱いたこともないことを考えるとやはりおっぱいとうのは偉大である。間違いないのである。

「耶枝のご飯はオイシイ、リリーはそれだけでハッピーだヨ~」

 愉悦に浸るリリーさんは意外と達者な箸使いでたくあんをつまむ。

 その幸せそうな表情でなぜたくあんなのか。それ耶枝さんの料理関係ねえよ。

 というツッコミはさておき、このリリーさんが実はここで暮らす中では一番の大食らいだったりする。何ならおかわりをしない日を見たことがないぐらいだ。

 細い体のどこにそれだけの量が入るのかは分からないが、それがこの魅力しかない胸部の元となっているのならどんどん食べていただきたい。

 どうにも朝から雑念どころか邪念に塗れている気がしてならないが、決して白咲さんへの裏切りではないことをここに誓おう。

 一途なラブ。それこそか俺の信条だ。おっぱいに罪はない。

「ママ、優兄、あたし行くね~」

 自分の分に加え、キッチンで今ある分の洗い物をしていると、制服に着替えたりっちゃんがリビングへ戻ってきた。

 桜之宮莉音。現在中学一年生の耶枝さんの娘であり俺の従妹である。

 年相応にお洒落もするし化粧なんかもしちゃってて若干俺などが気軽に話し掛けられるタイプではなくなっている感が否めなかったが、性格は変わらず奔放で我が儘で自由で母のDNAを色濃く受け継いでいるのか、それを自覚していないやんちゃな子供という印象は相変わらずだった。

 耶枝さんと俺にプラスリリーさんから見送りの言葉が返ると、りっちゃんは「優兄、お弁当ありがとね」と一言言うとそのまま階段を下りていく。

 リリーさんにも行ってきますの挨拶ぐらいしてあげて欲しいものだが、そればかりは俺が口出ししていいものかどうか。どうにも悩ましいところがある。

 仲が悪いようには見えないし、普段は普通に会話もしているようだけど、りっちゃんにしてみれば急に出来た同居人という存在に対する距離感は難しいものがあるのかもしれない。

 家族と同じ様に接していいものか、あくまで同じ空間で生活しているだけの他人なのか、中学生に自分なりに心の調和を図れと言っても簡単な話ではないだろう。

 険悪なムードなら流石に口を挟むところだが、嫌っている風ではないながらもどちらかというと住み込みじゃない連中を含めてあまりアルバイト勢と打ち解ける気がなさそうに感じられるだけにこちらとしても行動に出づらい。

 まあ、リリーさんも気さくに接しているし、音川もからかったり無遠慮な振る舞いを上手く躱したりしながらそれなりにやっているようなのがせめてもの安心材料といったところか。

 年頃の娘さんというのは難しいものだ。知らんけど。

「じゃ、俺も準備してきますんで」

 洗い物を終えると、朝のお仕事完了。

 後は学校に行って寝るだけだ。いやいや……お前ほんと寝てばっかだとテストがヤバイことになるっての。

「洗い物ありがとね、優君」

「いえいえ、ついでなのでお構いなく」

 にこやかな耶枝さんに一言返して俺も自分の部屋……ではなく、自分用の部屋へと戻ることに。

 ちなみに未だ味噌スープを啜りながら愉悦に浸っているリリーさんは今日は二講目かららしく、まだまだ時間に余裕があるのだとか。

 俺なら絶対ギリギリまで寝てる自信どころか確信がある。

 リリーさんといい耶枝さんといいみんなでわいわい賑やかな食卓を囲むのが好きらしいので苦ではないのだろうが、飯もそれ以外も基本一人の方が落ち着く俺とは大違いだ。

 そんなことを考えながら、たまたま同じタイミングで部屋を出てきた音川と二人並んで通学路をチャリで並走するのだった。


          ○


 途中で音川と別れ、店を出て十五分も立つ頃には学校に到着した。

 松葉坂高校。

 学力で言えば中堅どころに位置している割にそこそこの進学校であること以外は特に目立った特徴無し。

 と、俺が感じているだけで実際にそうなのかは定かではない。目立つ部活などはなく、さして有名校でもないことは間違いないが、対して興味がないので詳しくは知らない。

 そんなロンリーウルフな俺はいつもの様に駐輪所に自転車を止めると、一人教室に向かって歩く。

 同学年の誰かだろうと、クラスメイトの誰かだろうと声を掛けられたり挨拶をされるということは一切ない。

 それが俺の日常であり、この一年と少しの高校生活における当たり前の朝のひとときだ。むしろ今更声とか掛けられても逆に困る。

 関心を持つこともなく、持たれることもない。

 それこそが俺の平穏な空間を維持するベストポジションだと信じているからだ。

 青春や友情などというものは俺には不釣り合いで不似合いなものだと思うからこそ、人間関係の形成が苦手であり嫌いでもある俺にとって、わざわざ気まずい思いをしてまで乗り越えるべき壁ではないという認識に変化が起きることもない。

 窓際族として平穏に、我関せずを貫いていくことこそが平和に過ごすコツだ。

 必要なのはただ一つの真実の愛のみ。英語で言うところのオンリーラブである。多分間違っているのである。

 そんな風にいつもの如く一人玄関で靴を履き替え校内を歩く。

 すぐに感じたのは、どこか普段とは違った喧噪だった。

 廊下のあちこちから耳に届く生徒同士のざわざわとした無数の声。

 それ自体はHRが始まるまでの時間止むことがないのが常ではあるのだが、明らかに騒がしさというか、慌ただしさというか、そういった常時とは違った空気が蔓延している。

 会話の一つ一つというよりも、校内全体がそういう雰囲気がある様に感じられた。

 何かあったのだろうか。

 さすがに気にはなるものの、気軽にそんなことを質問出来るような友達が居ないので少し教室に向かう足を速める。

 自分が所属している2-Bの教室に入ると、やはり廊下と同じくどこか落ち着かない雰囲気に包まれていた。

 真っ直ぐに自分の席に行って鞄を机に置くと、隣の席とその前の席に居る二人が声を掛けてくる。

 俺にとって唯一学校生活で会話のある相手、山本とか松本とかいった名前のクラスメイトである。

「おはよう、アッキー」

 と、片手を挙げるのは二人のうちの比較的大人しい方だ。その大人しい方が山本なのか松本なのかの説明は求めてはいけない。不必要に人を傷付けるのはよくないことだ。

「つーか話跨いでもまだそのくだり継続するつもりかお前は」

 もう一方が馬鹿にした様な顔で続けた。

 こちらはどちらかというとあまり深く物事を考えないタイプで、活発でもないが大人しくもない中途半端な奴である。

 普段なら俺がこの類のことを言うと怒るのだが、そろそろ慣れてきたのか呆れているのか諦めているのか。自分からさっさと話題を変えてきた。

 ちなみに、教室の最後方でしかも隅の席にいる俺達はいつだって目立たないようにこうして三人で固まっていることが多い。

 俺や大人しい方……仮に山本としておこう、の二人は等しく平穏を求めているので空気を読む能力にはそこそこ長けている。

 もう一方の馬鹿は大して気にしていなさそうだが、そんなんだから友達が居ないんだろう。完全に俺に言われたくはないだろうけど……まあ、馬鹿でも女好きでも悪い奴ではない。

「それより聞いてくれよツッキー」

 そのお馬鹿な松本は嬉々とした顔で椅子を近づけてきた。

 真っ先に聞きたいことがあったのだが、仕方なく聞いてやることに。

「なんだよ、なんか良いことでもあった風な顔して」

「さっきロッカーで如月さんに会ってよ」

「……如月」

 如月。本名如月神弥。

 クラスメイトであり有名人であり密かに同僚にもなった恐ろしいお方だ。

「それで、如月がどうしたって?」

「如月さんのロッカーって俺の隣なんだけど、俺が靴を履き替えてたら『邪魔』って言われちゃってさ」

「なんで嬉しそうなんだよ……」

「朝から如月さんと会話出来るとかツイてるだろ普通に考えて。あの冷たい目、冷たい声、さすがはアイスドールだぜ~」

「…………」

 あ、やっぱこいつただの馬鹿だわ。

「それよりさ、何かあったのか? どこもかしこもざわざわしてる気がしてならないんだけど」

 ざわざわしすぎて何ここエスポワール? って勢い。

 自分が空気でいることに徹しているからこそ、雰囲気的な意味での空気は敏感に感じ取れる俺が言うんだから間違いない。

 松本はその如月の辛辣な一言を思い出しているのか恍惚とした表情で虚空を見つめているので放置し、山本に聞く。

 帰ってきたのはすごーく嫌な話だった。

「ちょっと聞いた話だと、一年の女子と三年の男子が喧嘩したらしいよ?」

「一年のと三年って……そんなヤンキー漫画みたいな。しかも片方女子って」

「それどころか、三年の方が骨折だかで病院送りになったって。それで先生達も慌ただしくしてるみたい」

「なんで新世代の宣戦布告みたいになってんだよ。こえーよ」

「その一年ってのは何でも金髪の女らしいな。そう考えると、マジで血で血を洗う抗争に……」

 女の話になったからか、松本が復活してくる。

 確かに話を聞けば校内の雰囲気にも納得という感じではあるが、そういうのはほんとやめて欲しい。

 これ以上集団生活の場でストレスを与えると俺そのうち死んじゃうよ? ウサギとかハムスター的なさ。

 何も気にしていないように見せているだけで、一人で居る奴ってのは意外と繊細なんだから。


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