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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第一話】
20/56

【ラストオーダー】 契約


「アッキー、アッキーってば」

 誰かが俺の体を揺すっている。

 重い体を起こし、体よりも重い瞼を開いてようやく竹本が俺を起こしたのだと理解した。

「山本だから。そんなことより昼休みになったけどご飯どうする?」

 なるほど、いつの間にか昼休みになってたのか。一限目から寝てた記憶しかねえ。

「俺はいいや。ジュースでも買ってきて、それ飲んだらまた寝る」

「せっかく松っちゃんが食堂の席取りにいったのにー。ていうかアッキー寝不足なの? 今日ずっと寝てるだけだけど」

「すまんな。寝不足もあるけど、体が休息を求めているんだと思う。ふわぁ~」

 呆れる山本に一言言ってから人目も憚らず、教室の中で大きく欠伸を一つ。

 言葉の通り、この土日の疲れが抜け切っていないことに加えて睡眠不足であることも間違いない。

 というのも朝の六時から店に行き朝の仕込みやら準備をしてきたのだから当然だ。

 なぜ平日の朝からそんな予定に無かったことをするのかというと、基本的に従業員全員が学生であるため平日は夕方まで耶枝さん一人で店に立つことになる。

 そんなことは面接を終えた段階で分かっていたはずなのに耶枝さん本人が全く気付いておらず、昨日の夜にようやく理解するという天然っぷりを発揮しちゃったわけだ。

 リリーさんは大学生なので昼から学校の日もあるらしく、その日は午前だけでも出勤してくれることになっていることに加え、俺も余程のことがあれば早退や欠席して店に出ることは厭わないということだけは伝えてある。実際に中学生の頃から親公認でそういうことも何度もあったからだ。

 だがさすがに初日からそれでは今後毎日学校をサボることになりかねないので今日に限っては特例は無し。

 とはいえ半泣きの耶枝さんに頑張って下さいなどと残酷な言葉を投げ掛けるのも憚られるわけで、仕方なく朝の準備を買ってでるしかなかった次第である。

 しかし、そんな事情を知らない岸本は怪訝そうに首を傾げる。

 ちなみに俺が耶枝さんの店で働いていることはおろか実家の店を手伝っていたことすらこの学校に知ってる奴は居ない。敢えて隠しているわけではなく身の上話をする程付き合いが深い奴が居ないってだけなのだが……。

「休息って、昨日なにかあったの? 山本だけど」

「何かあったってほどのことじゃないって、ただ土日が忙しかっただけだ」

「ふ~ん、なら今日は松っちゃんと二人で食べてくるよ。ごゆっくり」

 そう言って、山本は教室を出て行った。

 誰かが行こうと言い出さない限り三人で食堂になんて行かないので悪いことをしたかな。と、思わないでもないが、今の俺は目先の昼寝が大事なのさ。

 今日は月曜日なので店もそこまで大変にはならないだろうけど、今日も明日の朝も明日の夕方も仕事はあるのだ。休めるうちに休んでおかないと授業中寝てるだけじゃテストがやべえ。

「ふわぁ~、行くか」

 もう一度欠伸をして、俺は自動販売機へ向かうことにした。

 二階にある教室から階段を降り、廊下をしばらく歩いて自販機に到着。

 紙パックの百円ジュースが並ぶ自販機に硬貨を入れ、いつものフルーツミックスにするかナタデココにするかと考える。

 朝からなんも食べてないし、少しでも腹に何か入れる意味でもここはナタデココにしよう。

 そう決めてボタンを押そうとすると、背後から伸びてきた腕が勝手にボタンを押した。しかもチョイスが飲むヨーグルトって喉も潤わないやつじゃねえか。

 一体誰がこんなふざけた真似をしやがるのかと思ったが、振り返りざまに暴言を吐いた結果相手がヤンキーみたいな奴だったら怖いのでひとまず黙って振り向いてみると、そこには知った顔があった。

 悪びれる様子もなく、謝ることもなく、ただ無愛想でいてその眼光に微かに人を拒絶する意志が見え隠れしている学校一の人気女子であり冷酷女子。アイスドールこと如月神弥が。

「……如月」

「今日は『ア』だとか『アイ』だとか言わないのね」

「……さすがに三回目は許してもらえなさそうだからな。いや、それよりなんで勝手に押してんだよ」

 言うと、如月はガシャコンと落下してきた飲むヨーグルトを取り出し口から拾い上げ、ストローを指したかと思うと普通に自分で飲み始めた。

 嫌がらせに俺が飲みたくないものを買わせたわけではなく、普通に自分が飲むために自分が飲みたい物のボタンを押しただけらしい。

「施しを受けるのは嫌いだけど、契約の対価や献上品は受け取る主義なのよね、私」

「知らねえよそんな主義。だったらそれはどれに当たるんだよ」

「献上品」

「献上する理由がねえだろ……あんだけの金を巻き上げておいてまだ俺から財産を奪うというのかお前は」

 昨日仕事が終わった後、耶枝さんが出て行った昼の二時から閉店する午後十時までの八時間×千二百円を俺はきっちり払わされた。

 時給を倍にして、しかも俺が払うという契約の代償だ。俺の財布の唯一の諭吉様と涙の別れを果たした瞬間でもある。

 自分の意志で同意したとはいえなんと阿漕な商売だろうか。しかもどう計算しても九千六百円なのにお釣りも貰えない始末である。

「あれは契約の代価でしょう。一緒にしてもらっては困るわね、詐欺師なの?」

「誰が詐欺師だ、つーか詐欺師はお前だ。契約とか言って採用を騙し取ったくせに。代価代価言うならそっちも払ってもらおうじゃねえか」

 どうせ何もする気ねえんだこいつは。

 あの日以降の学校での態度を見れば一目瞭然。なにせ面接で会った日から見ても学校で会話をすること自体これが始めてだからな。

 如月も痛いところを突かれたと思ったのか、

「それじゃ、ご馳走様」

 とか言って背を向けたかと思うと、そのまま教室の方向へと戻って行く。

 そら見たことかともう一言ぐらい捨て台詞を浴びせてやろうと思ったが、如月はすぐに立ち止まり、振り返ることなく言った。

「そういえば」

「な、なんだよ……」

 思わず言葉を飲み込む。

 背を向けたまま喋られるとなんでこんなに恐ろしいんだろう。答えは簡単、表情が見えないからだ。

 もしも俺が怒らせてしまったのだとしたら、次に続く言葉が俺のハートをボロ雑巾の如くズタズタにすることが目に見えているからだと言い換えれば分かりやすいか。

「一つ伝え忘れていたわ」

「…………な、なにをでしょうか」

 怖い……聞きたくない……傷付きたくない。

 呪文の様に心で繰り返しながら言葉を待つ。

 しかし、やがて如月の口から出て来た単語は俺が恋する女の子の名前だった。

「白咲さん」

「し、白咲……さん?」

「彼女、近いうちに店に遊びに来ると言っていたわよ。シャルール デ ラ ファミーユにね」

「……………………なんですと?」

 それってマジで!? いや、要約するならばそれはつまり……。

「お前が、口添えしてくれたのか?」

「さあ、どうだったかしら。新しいバイトを始めたという話はしたと思うけど」

 それだけよ、と付け加えて如月は再び足を進める。

 その姿が見えなくなるまで俺は立ち尽くしたままだった。

 まさかあいつが約束を守ってくれるとは……いや、そんなことよりもだ。

 近々白咲さんが店に来るだとぉぉぉぉ!

 どうすんだよこれ! どうすりゃいいんだよ俺! なんか興奮してきたぞ?

 もうこのテンションがあれば仕事なんざいくらでも頑張れる気になってくる。

 この数日の間。

 色んなことに驚いて、色んなことを考えさせられて、色々と大変な思いをして、正直に言えば後悔したり先を憂う気持ちは心のどこかにあったんだと思う。ただそんなこと考える暇が無かっただけだ。

 だけど力を合わせて苦難を乗り越えられるなら、経験を積んで成長出来るのなら、そしてもしも、いつか恋が叶うのであれば俺はいつまでだって頑張れる気がする。

 一時の気の迷いと言われれば反論の余地も無いが、ふとそんなことを思った。

 なぜなら―

 俺は愛とおっぱいに生きる男だからだ。

 そこに仕事が加わっただけの話でしかない。

 大した違いなど無いし、俺にとって調理場や店に立つ仕事は学校に通うのと同じぐらいやっていて当たり前の事なのだ。

 だから俺はなんら恥じることなく宣言してやる。

 俺はこの先の人生、愛とおっぱいと仕事に生きる!

 ………………って、ほとんど仕事しかしてねえじゃねえか! 



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