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ファミーユの副店長戦線  作者: 天 乱丸
【第一話】
19/56

【18オーダー目】 予想外過ぎる結末



 ようやく店内から客の姿が消え、閉店を迎える。

 音楽を止めた静かな店の中で俺達は朽ち果てていた。

 結局出て行った奴らは十時を迎えた今なお誰一人戻っておらず、俺と如月音川の三人で営業を全うした。

 九時に新規客の入店を止め、九時半ラストオーダーという苦肉の策を取っているとはいえ、本当にどうにか乗り切ったという感じだ。

 俺と音川は客の居なくなったテーブルに突っ伏し、さすがの如月も隣で脱力感溢れる様子で椅子に体を預けている。もう後片付けをする体力など残っていない。

 そんな中、目の前に座る音川が顔を伏せたまま俺を呼んだ。

「……優君」

「…………あ?」

「……死ぬ」

「昨日の俺の苦しみが分かったか」

「大いに分かったよ……君は立派な副店長殿さ。あ~足が痛い」

「お前もよく頑張ったさ……一番の功労者は如月だろうけどな」

 あの後も如月は絶えずホールと厨房を行き来してくれた。

 洗い物だけじゃなく、ちょっと教えただけでドリンクの注ぎ方も覚え、ドリンクのみの注文を受けた際には自らグラスに注いで客に届けてくれたし、それでいてホールの仕事だって三分の二は如月がこなしていた。

 言いたくはないが、もしも耶枝さんの資料を届けるのが如月で残ったのがリリーさんや相良だったらならば確実に捌き切れずに客の不評を多々買っていたことだろう。

「別に私は大したことはしていないわよ。このぐらいのことで称賛されるほど人として残念な能力しか持ち合わせていないつもりはないし」

「あはは、さすがは姫だね。凡庸スペックな僕はもうくたくただよ」

 そんな如月の嫌味にも音川は素直に笑った。

 疲れ果てているのを隠し切れていないくせに強がりやがって、さすがは自尊心の塊アイスドールだ。 

「ところで、お肉の方は最終的にどうなったの? 僕は途中から気にする余裕も無くなっちゃって気にもしていなかったんだけれど」

「残念だけど……そればかりはどうにもならなかった」

「この状況じゃ仕方がないか。ちなみにどのぐらい残ってるんだい?」

「数で言えば百ちょっとぐらいだな。ただ計算してる暇もなかったし傷んだらそれまでだから売れてなくても弁当にしちまった分が相当多くてな、弁当の余りだけで五十以上あるんじゃねえか。残りはビニールに氷入れて箱に詰めてるから多少は持つだろうけど、持ったところでもう閉店だし、ここまでって感じだよ。損失でいえば二万五千円ぐらいだろうから店の売り上げで補える金額とはいえ、勿体ねえよなー」

 今日の店の売り上げは大体昨日の四分の三程度で、やはり豚肉の注文分は減っている。

 少なくとも最低でも二十万オーバーの利益なら十分過ぎる数字だが、やはり食材を捨てるのは気分が良いもんじゃない。食材に贖罪しなければ夜も眠れないぐらいだ。

 それでも、店の冷蔵庫や冷凍庫に無理矢理突っ込んだ二百枚を除いてだが、一日に二百も売ったんだからよく頑張ったとは思う。

 利益を生まないものをそれだけ売って余裕の黒字になっていることも含め上出来過ぎる。

「お前ら、弁当でも調理前の肉でも好きなだけ持って帰れよ。捨てるよりはいいからさ」

「そうは言っても僕はここに住んでいる以上持って帰るということは出来ないんだよね。微力ながら晩ご飯もとんかつ弁当を食べることで協力させてもらうよ」

「ああ、なんなら明日の学校に持って行く弁当もとんかつにしとけ」

 そんな軽口を叩きながらも体を動かす気にはなれない中、現実に引き戻すのは如月だ。

「後片付け、どうするの?」

「お前らはもう上がっていいよ、九時四十五分過ぎてるし。のんびりやって、耶枝さん達が帰ってきたら代わってもらうさ。さすがにそのぐらいやってもらわないとな」

「ここまで来て最後だけ放棄ってのも後味悪いし、せっかくのアピールチャンスを逃すはずがないでしょ。ほら、やるならさっさとやるわよ」

 言って如月は立ち上がる。どうやら今日もサービス残業にお付き合い下さるらしい。

「姫の意志はご立派だけど、なんだか僕も空気を読まないといけない感じになってるなぁ」

「読まなくていいから休んどけって。如月のは腹黒い野望あってのことだからまだしも、お前は明日も出勤なんだし学校もあんだから」

 重い体を腕の力で持ち上げ、どうにか立ち上がる。

 やっぱり体の節々が痛いが、泣き言を言っても何かが解決するわけでもなし。女の如月が文句も言わずにやろうとしてるのに俺が甘えてられるか。

 そう割り切って厨房に向かおうとしたちょうどその時、入り口の扉が勢いよく開いた。

 三人の視線が一身に集まる。

 その先に居たのは、いつか見た特攻服に身を包んだ相良だった。よほど急いで帰って来たのか、息も髪も乱れている。

「さ、相良?」

「優、遅くなってすまねえ!」

 そう言って相良は任侠風のお辞儀をする。

 居ないという事実だけに気がいって完全に忘れていたが、相良はなにやら事件に巻き込まれていたんだったな……。

「モエモエ~、謝罪は優君にだけだなんてあんまりじゃあないかい?」

 後ろから音川の拗ねた様な声が飛ぶ。

 さすがの相良も今ばかりは申し訳なさそうな顔をしていた。

「お、おう。いやマジで迷惑を掛けた、神弥も湖白も済まなかった」

 からかうような意味だったのであろう音川にもう一度頭を下げ、店内を見渡す。

「つーか、店長はまだ戻ってないのか? あとリリーの奴はどこいった」

「店長も戻られていないし、リリーさんも店長を追い掛けて出て行ったっきりよ。ただ一人私事で店を離れた巴さんが一番最初だったんだから運が良かったわね」

「な、なんだよ神弥キレてんのか?」

「別にキレてはいないわ。戻るにしてもどうしてそういう格好なのかと思っただけ」

「そうだよ、後輩の件は無事に済んだのか? 連絡が無いから心配してたんだぞ」

 本当は完全にそれどころじゃなくて忘れてたわけだが、着衣の乱れからして完全に喧嘩してたっぽいので聞かずにはいられまい。返り血とか付いてなくて何よりだ。

「ああ、それは問題無く取り返した。ただ見つけるのに時間食っちまって遅くなっただけなんだ。奴ら男の族まで集めて連合組んでやがってよ、漏れなく全員ボコボコにしてやったけどナシをつけるのも一苦労だったぜ」

「「「………………」」」

 三人ともが目を反らし、何も聞かなかったことにする作戦を選択した。

「それでよ、遅くなった詫びってわけじゃないんだけど下のモンと姉妹チームの奴ら連れてきてんだ。六十人ぐれえいて、今外で待たしてる」

「……なんで連れて来るんだよ」

 確実に店の評判落ちるだろそれ。

 ていうか特攻服の奴らが六十人も店の前に居たら待ってるというよりもこの店が襲撃されてるみたいに見えるっつーの。

「心配すんな、普通の服に着替えさせてるから。ウチは帰る暇なくてこんなんだけど」

「それなら一安心だけど……そもそも連れて来た意味は?」

「みんなに頼んだら弁当買ってくれるっつーからよ。まだ余ってっか?」

「マジかよ……まさかの救世主じゃん。弁当五十個以上残ってるから買ってくれるなら大助かりだよ」

 まさかこいつがそんな気が利く奴だったとは……事の顛末は馬鹿なんだか凄いんだか分からんがあれだけある弁当を捨てずに済むのならもういっそ全部不問にしてやってもいい。

「そうか、そりゃ良かったぜ。じゃあ中に入れるけど、その前に上で着替えてくる。店長には特攻服禁止されてっからな」

 相良はニカっと笑い親指を立てる。その様は親分肌というのか、姉さんだの姉御だのと呼ばれる理由も頷ける風格があった。

 まじで六十人も居るなら余っている弁当は全部無くなる。というかむしろ足りないぐらいだ。

 せっかく来てくれたのなら作り足してでも全員に行き渡るようにしたいところ。

 こうなりゃ気力を振り絞って調理するしかねえな。と、一度下ろした腰を再び上げようとしたのと同時だった。再び入り口が開く。

「遅くなってごめんね~! みんな大丈夫?」

「帰ったヨ~! みんな元気カ?」

 一方は慌てた様子で、一方は暢気に店に入ってくる二人組は言うまでもなく耶枝さんとリリーさんである。

 俺達は迎えるでもなく、責めるでもなく、どこか呆気に取られたままその二人を眺めていた。

 このまま帰って来ないんじゃないかとさえ思い始めていたせいか、もう安心したのか腹が立ったのかそれ以外なのか、自分の感情がよく分からなくなってくる。

 無意識に目を呆然としていたのだろう。そんな俺の方へ耶枝さんが寄って来たかと思うと、声を掛けるよりも先に抱きしめられる。

「ごめんね優君、大変な思いさせちゃったね。頑張ってくれてありがとう」

 照れや恥ずかしさよりも、暖かさに包まれたことで一気に気が抜けてしまった。

 必要とされる事。

 期待を裏切らずに済んだこと。

 どうにか責任を果たせたこと。

 様々なことを今になって自覚し認識し、解放されたことにようやく安堵する。

「みんなが頑張ってくれたおかげっす。褒めるならみんなを褒めてやってください、特に如月を」

「うん、みんなも頑張ってくれたんだね。みんなのおかげで今日の営業を終えることが出来たんだよ。神弥ちゃんも優君の力になってくれたんだね、ありがとう」

 そこでようやく耶枝さんの体が離れた。

 耶枝さんの感謝の言葉にも、如月は謙遜した言葉を返す。多分この辺は計算してそうしているのだろう。

 音川に至っては未だに立ち上がることすらしない。どうみても体育会系ではないだけに体力が限界らしい。

「ところで、なんでこんなに時間掛かったんですか? リリーさんはちゃんと合流出来たんですよね?」

 耶枝さんが店を出たのが昼の二時前で、リリーさんがその一時間後ぐらい。

 リリーさんが到着しないと契約出来なかったのだとしても帰りの一時間を含めて移動時間は合計三時間。現地で一時間過ごしたとしても六時には帰ってこれそうなものだ。

「あ、あ~そのこと……優君怒らない?」

 なぜか耶枝さんはばつが悪そうに苦笑している。

 もう慣れたぜ……このパターン。

「今更怒っても仕方ないでしょ、全部終わった後ですし」

「あのね、普段実家の方に行く時ってわたし電車で行くんだけど、今日は車で行ったのね?それでナビを頼りに行ってたんだけど、帰りは隣にリリーちゃんが座ってたからリリーちゃんにナビのセットをお願いしたら……」

「無関係なところ目指して走ってたってことですか……」

 そりゃそうだ。聞き慣れない地名をリリーさんに託したって判断出来るわけがない。

「リリーが間違ったヨ……ごめんネ、ユウ」

「いえいえ、リリーさんが悪いわけじゃないですよ」

 シュンとするリリーさんに言うと、隣で耶枝さんが仰け反った。

「それって暗にわたしのせいってこと!?」

「いえ、別にそういう意味で言ったわけではないですけど……」

 実はそうだけど、耶枝さんは予想通り納得してくれた。

「だったらいいけど……ていうか、巴ちゃんは?」

「相良は今上で着替えてます」

「そうなの? 何か急ぎの用事でもあるのかな……」

「あ、いえ、そうじゃなくて今さっき帰ってきたんですよ」

「へ? どこか行ってたの?」

「……ファッ!?」

 しまったでござる!

 ここでバラしてどうすんだ。なにか良い言い訳を……略して良い訳を考えねば。

「優君?」

「あの……外になんかいっぱい人いませんでした?」

「へ? そういえば、店を囲む様に若い女の子が何十人も居たけど……」

「そ、それです。それ相良の知り合いなんですよ。弁当の減りが悪くて、このままじゃ余って廃棄になってしまうってんで相良が友達を呼んできてくれて、その人達が弁当買うためにわざわざ来てくれたんですよ」

 どうだこの咄嗟に出た誤魔化し。上出来じゃね?

「へ~、そうだったんだ。お弁当ってどのぐらい残ってるの?」

「弁当自体は五十ぐらいですけど、まだ肉も五十ぐらいあります。外に居るのって六十人ぐらいらしいんで弁当の量足りないんですよ。そうだ……それ作らなきゃいけないんだ」

 もう色々な事が重なりすぎて忘れてたわ。

 少なくともあと十数個、十五分もありゃいけるか。と、厨房に向かおうとすると耶枝さんに押し留められた。

「優君は今日はもう休んでて。お弁当はわたしが作るし、後片付けもやっておくから。勿論神弥ちゃんや湖白ちゃん、巴ちゃんもね」

「リリーも頑張るヨ! ユウは座ってるアルよ」

「アルよって……キャラ変わってんじゃねえか。出先で何があったんですか」

 言いつつも、リリーさんに背中を押されて如月や音川が座るテーブルへ戻される。

 まあ今日ぐらいはお言葉に甘えてもいいだろう。

 色々とトラブルが続いたが、如月や音川のおかげで無事に閉店時間を迎えることも出来たし、相良のおかげで弁当もほとんど無くなった。あとは耶枝さんとリリーさんがちょこっと占めを頑張ってくれれば丸く収まるさ。

 そう決めて、俺はそのまま腰を下ろし再び力尽きるのだった。

 結果的に外に居た相良の知り合いは弁当は六十二個も買ってくれたらしく、残った肉はわずか三十二枚まで減り、俺と如月と耶枝さんが十枚ずつ貰って帰ることで無事解決した。

 閉店後の片付けも耶枝さんとリリーさんに実は昼から仕事をしていない相良も加わって三人が全部やってくれた。

 それらが終わる頃に目が覚めると、重い体を引き摺って家路に着く。

 こうして、激動の長い長い開店から二日間の戦いはようやく終わりを迎えた。

 


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